第二十二話 王都での再会
ノーザンティアに到着し、次の客を乗せてフローティアに戻っていったウィルと別れ、
僕たちは、ノーザンティアの街の中心近い位置にある、大きな建物にやって来た。
ここは、通称転移の駅。この中に転移門と呼ばれる魔導術式があるのだ。
「さて、まずは受付済ませるぞー」
「ええ~、今日は馬車に乗りっぱなしで疲れましたし、明日にしません?」
「予約だけだ、予約だけ。転移門って客が多いから、予約待ちしないと」
転移門は人数制限があるので、大体一杯まで枠は埋まっている。
今日受付を済ませて、二日くらいはこの街で待たないといけないかなあ、と考えていたが、
「……え? 今すぐ行けるんですか?」
「はい。二十分後の転移に、五名様であれば大丈夫です。丁度、先程キャンセルがありまして」
早っ。
間が良いと言うか悪いと言うか。
この街に滞在するのであれば、少し観光でもしていこうかと考えていたのだが、即座に移動できるときた。
「……ちなみに、今回を逃すと、次はいつになります?」
「それでしたら、三日後の午後一の転移が空いておりますね」
あー、三日かあ。
「ラナちゃん、どうする?」
今回の旅の主賓はラナちゃんである。彼女の意向が最優先だ。
「ええと、早く行けるなら、その方が良いと思います。滞在費もかかりますし。それに、向こうの教授さんに、近々向かうって先に手紙を送っていますから。早めに着いた方がスケジュールの都合も付きやすいかと」
「んじゃ、そうするか」
「観光は、帰りでもできますからね」
いや、シリル。帰りは馬車見つけたらすぐ帰るぞ。この時期なら、馬車は転移門ほど予約過剰ってわけじゃないんだから。
「あー、で、あれば五人、お願いします。荷物は今持っている分だけです」
荷物にも金がかかる。予約のときに荷物の量も見られるから、ティオの鞄に予め全部入れておいた。
「はい、それでは……」
告げられた値段をそのまま払う。
もう時間もあまりないので、すぐさま転移門の術式陣へ案内された。
最大で百人程が立つことのできる、床に描かれた円形の陣。複雑精緻に刻まれた魔導術式は、起動を待って仄かに緑色に発光している。
既に人でごった返しているその術式陣の端に、僕たちは立った。
「なあ、ヘンリー。もう二十分で定員埋まってなかったんなら、交渉すりゃあ値引きしてもらえたんじゃないか?」
商売人の息子として、金勘定には煩いジェンドが言うが、馬鹿を言うんじゃない。
「ここ、国営だぞ。そんくらいでありえないとは思うけど、国に睨まれたら、国教のグランディス教会からの印象も悪くなって……」
「……そうだったな。悪い、忘れてくれ」
「いや、費用を抑えようとしてくれること自体はありがたいよ。いや、これは本音な」
専業の冒険者は割と学のない傾向にあり、金のことはどんぶり勘定になりやすい。そのせいでパーティ内でトラブルが起こったり、首が回らなくなって高利の金貸しに走ったり……
僕自身も冒険者を始めた時分は金のことは疎くて、あわや餓死するところだった。
お金の管理を疎かにすると、破滅へ一直線。これは冒険者のみならず、大人であれば当然のこととして覚えておかなければならない。
「お金、と言えば。そう言えばティオの鞄に、フローティアンエールの樽、持ってきてるんだよな。売るんだろ?」
「はい。王都であれば高値で捌けるので。ジェンドさんを通じて、カッセル商会から十樽程仕入れました。利益のうち半分は私、残り半分は今回の旅費に当てるって条件で」
「俺んちがこっちの流通にも噛んでたら、もっとどでかく行けたんだけどなあ。王都の商会は独自に仕入れててな。そういうとこが、目溢ししてくれる範囲って感じだ」
その辺の話はよくわからんが、ジェンド、やっぱ商人でもやってけるんじゃね?
まあ、僕たち――というか、旅費を出しているノルドさん的には、すごく助かるのだろうが。
「ええ……ティオ、利益の半分も旅費に使っちゃっていいの? ジェンドさんなんて、利益もないし」
「ラナの将来がかかってるし。それに、こういう機会でもなければ王都なんて行かないもの」
「俺んとこにしたって、うまく売り先を選べば、もしかしたら商圏に食い込めるかな……なーんて妄想してるだけだから、気にするな」
こいつら、太っ腹だな。僕が同じ神器やツテを持ってたらどうしてたか……と、考えると、やや器の小ささを思い知らされてしまう。
そうこうしていると、転移門の職員の一人と思われる人が、大声を張り上げた。
「はい! 大変お待たせいたしました。本日第五回のノーザンティア発、セントアリオ行きの転移門、もう間もなく起動いたします! お客様におかれましては術式陣の外に出ないようにし、気を落ち着かせて転移をお待ち下さい!」
術式陣を囲む、十人の魔導士が呪文を唱え始める。
詠唱式魔導は戦闘用としては廃れているが、こういう儀式級の大規模術式の補助においてはまだまだ現役らしい。
一流魔導士十人がかりの膨大な魔力が、転移陣の刻まれた部屋に満ちていく。
……が、シリルのやつ、下手したら一人でこれに匹敵しかねないんだよな。改めて末恐ろしい。
「お、おお。光り始めましたよ」
「じっとしてろよ」
魔導士の立つ十箇所から術式に沿って強い輝きが放たれ始める。ゆるゆると、術式陣の全ての呪文に光が満ち、
カッ、と。
視界が真っ白に染まり、奈落へ落ちていくような、天上へ昇っていくような不思議な感覚に包まれ、
僕たちはノーザンティアを出立した。
転移中の妙な感覚も一瞬。
瞬き程度の時間を経て、唐突に光は失われた。
僕らが立っているのはノーザンティアの転移門のあった場所と、ほぼ同じような雰囲気の大部屋。
「……あれ、これで着いたんです?」
「ああ、そのはずだ。旅の情緒も何もあったもんじゃないが、もうここはセントアリオのはずだぞ」
「えー、もっとこう、ぬがー、ってすごい感じのを想像してたのに、拍子抜けと言うか」
シリルは時々、滅茶苦茶感覚的な言葉を言う。僕にはその意味はよくわからない。
とりあえず、転移を終えたので外に出たいのだが、転移直後は外に出る道がめっちゃ混む。少しここで人が少なくなるのを待つことにした。
「しっかし、転移門ってすげぇもんなんだな。もっと普及すれば、流通に革命が起きるじゃないか」
商売人の視点で、ジェンドが言う。
「色んな技術的なハードルが高くて、これ以上の普及は難しいらしいけどな。ま、そういうのは偉い学者さん……そうそう、その卵になるかも知れない、ラナちゃんに期待しとけ」
「え、えええ。私、魔導学は専門外なんですけど。ここの術式も、三割くらいしかわからないし。でも多分、術式は二重構造になっていますよね。この床の下にもう一つ術式陣があるはずで……機密保持も兼ねてるのかな」
おい、この子どうなってんだ。
「と、とりあえず、行こうか。人少なくなってきたし」
しかし、そうか。国家機密に指定されてもおかしくない術式を、やたら堂々と見せているとは常々思っていたが、そういう絡繰りだったのか。
長年の疑問の氷解に、なるほどなー、と頷きつつ道を歩き、外に出る。
駅の入口に立ち、シリルとジェンドが感嘆の声を上げた。
「ああー、本当に別の街に来てる!」
「ここがセントアリオか」
四方都市の一角とは言え、ノーザンティアのある北方はアルヴィニア王国の中ではどちらかというと田舎である。あの街とは打って変わって、近代的な街並みが広がっていた。
そして、転移門の建物から出ると、そのまま正面遠くに見える王宮の威容。
これが王都だ。
「……転移の駅、ノーザンティアの何倍も大きいですね」
「そりゃそうだ。向こうは、ノーザンティアとセントアリオ間だけだけど、こっちはその四倍だからな」
転移門は、送る術式陣と受け取る術式陣がセット。なので、ノーザンティアには二つの術式陣があるが、ここは八つある。自然、転移の駅のハコもでかくなるわけだ。
なるほど、と疑問を呈したティオが頷く。
「しかし、人多いですね。ヘンリーさん、王都はやっぱりいつもこんなに多いものなんですか?」
「いや……ちっと、多すぎるな? ラナちゃん、これから宿取りに行くけど、はぐれないようにな」
僕たちと同じ転移でこちらに来た人たちが、街の方へ行こうとしているが、人波に阻まれて難儀している。
うーん、おかしい。僕もこの転移の駅は何度か使ったことがあるが、こんなに駅に人が集まっているのは初めて見た。
「もしかしたら、どっかの吟遊詩人が王都に来るとかかな……」
吟遊詩人は、場末の酒場で歌っているような奴ばかりではない。
若くて人気があって、大きな劇場で歌ったり、雑誌に載ったり、ファンが熱狂して追っかけになったり……
そういう奴を、アイドルと呼ぶ。
特定地方のみで有名なローカルアイドルとかもいるらしい。
「ほほう、それで出待ちというわけですか」
「もしかしたらな」
「それならば、私も一目見てみたいです。フローティアの歌姫と界隈で名高いこのシリルさんが見定めてあげましょう」
「界隈ってどこだよ」
大体、お前の歌ってあれだろ、魔法歌。
……知ってる人間は恐ろしくて逃げるかもしれんぞ?
「ラナちゃん、ちょっと寄り道だけど、いいか」
「はいっ。有名人さんなら、私も見てみたいです」
へー。割とミーハーだね。
僕、その辺り全然興味持てないんだが。……流行の話に乗れないのも、女に縁がない遠因か?
「俺も構わないけど、それならここからとっとと離れようぜ。駅の入口なんて、鉢合わせになるじゃないか。知名度のあるやつと、トラブるのはごめんだ」
「だなあ」
アイドルとは適切な距離を取るのが礼儀と聞く。こんな駅近くで突っ立ってて、出待ちしているとでも思われたら、熱心なファンから敵意を持たれてしまうかも知れない。
くだらないことかもしれないが、こういう小さな積み重ねが、敵を作らないコツなのだ。
と、そうこうしているうちに、次の転移客が外に向かってきたのか、駅の中が少し騒々しくなる。
「ほら、野次馬に混ざるぞー」
全員を連れて、人混みに紛れるべく向かう。
しかし、それはちょっと遅かったのか、件の人物の姿が見えたみなさんが声を上げた。
「うおおおーーーー! 黒竜騎士団万歳!!」
「我が国の誇り、英雄グランエッゼ!」
「おかえりなさいませ! 王都へ!!」
わーわー、きゃーきゃー、と件の人物は大歓迎の様子。
しかし、今なんつった? 声が大きいし、雑然としすぎているからよく聞き取れなかったが……もしかして、黒竜騎士団に、グランエッゼつった?
まさかと思い、振り向いて、転移の駅の入り口の様子を見る。
……揃いの、全身黒の甲冑。歓迎する民衆に手を上げて応える、見上げるような偉丈夫が二十人程。
今は兜を脱いでいるから、なんとまあ見慣れた顔が雁首揃えているのがわかる。
そうして、好奇心にかられて後ろを見たのが悪かったのか。
騎士の一人が、僕の顔に気付いた。
ヒソヒソと、両隣の騎士に話し、その一人が『あ、ヘンリーだ!』等とほざく。
テメェ、オーウェン! そこは黙ってろよ馬鹿!
そうすると、当然黒竜騎士団団長のグランエッゼ……エッゼさんも、僕に気付く。
「お、おおお! お主、ヘンリーではないか!!」
黒竜騎士団を歓迎する民衆の声をかき消すような大声を上げ、歴戦の騎士団長がずっかずっかと大股でこちらに向かってくる。
僕はもう諦めた。
悪い、みんな。王都に来たばっかで悪目立ちしてしまう。
「久し振りだな! お前がリーガレオを離れて暫く経つが、元気そうで何よりだ! 我々も、元気に魔物をしばいておるぞ!」
ばっしばっしと、背中を叩かれる。
この人、いい人なんだが、いちいち言動が豪快で大袈裟すぎるんだよなあ……
「どうも……ご無沙汰してます、エッゼさん」
最前線の街、リーガレオに常駐する、アルヴィニア王国最強と名高い黒竜騎士団。
その団長にして、グランディス教会が認定した八人の英雄の筆頭格、グランエッゼ・ヴァンデルシュタイン。
……冒険者と騎士団の共同作戦で、幾度となく共闘した英雄との、久方ぶりの再会であった。
八英雄の中では、主人公との友好度三位くらいのエッゼさん登場




