第二百十八話 リーガレオでのデート
ランパルドとの戦いから、一ヶ月ほどが経過した。
『次ヤる時は一人でも負けないようにしないとねー』と、口調だけはあっけらかんと、その実いつか来るリベンジに燃えていたロッテさんも、とうに次の興行に向かい、リーガレオは日常――毎日毎日魔物が攻めてくるという物騒な日常を取り戻している。
なお、シリルはお偉いさん方に根回しをした上で、宣言した通りに勲章の授与式で自身の正体を暴露した。
『私、シリュール・フェザードは、我が騎士たちとともに、祖国の奪還に全力を尽くすことを……ここに誓います!』
……なーんて、僕とゼストを侍らせてハッタリ効かせた演説をぶって、しばらくは周囲も騒がしかったが。
二週間もすぎる頃合いには、大分落ち着いてきた。
たまに、遠巻きに注目されていることもあるが、この宿にいる連中や冒険者として付き合いのある奴らは、シリルの本性は大体わかっており、見る目もそう変わらなかった。
じゃあ、なんの効果もなかったかというと、そんなことはない。
冒険者っつーのは、大なり小なりロマンチストなところがあり、亡国の王女がかつての国の騎士を携え母国を復興する――みたいな話には食いつきがいい。士気も上がろうというものだ。
……魔国に併呑された地域については、恐らく荒れ放題かつ敵地が近いので、どの国が引き受けるかババ抜きみたいな状態になっていることもあり、それなりの功績を立てれば旧領を復帰されることも割とすんなり認めてもらえた。
いや、僕的にもそれはちと無謀なんじゃないかと思うのだが、まあかつての土地を再興することに意義は感じるので、もし拝領となったら頑張るつもりである。
――あと、変わったことといえば。
「おはようございます、シリュール姫、ヘンリー」
ラ・フローティアの休日。
シリルとともに宿を出た直後、待ち構えていたゼストに挨拶され、僕は頭を抱える。
「お、おはようございます」
「……おはよう」
挨拶を返すと、ゼストは略式の礼をシリルに捧げる。
……ちょっと前までは、毎回毎回大げさな本式の敬礼をやっていたので、これでもマシにはなったのだが。
「さあ、今日はどちらに参られますか?」
と、ゼストは付いてくる気満々だった。
休日、僕とシリルが連れ立って出かける……要はデートなのだが、この出歯亀野郎め。
「ゼスト。お前も今日は休みだろ。僕たちの後なんて付けてないで、適当に羽を伸ばしてこいよ」
「シリュール姫に万が一のことがあってはいかんからな。俺も今のパーティに義理があるから毎日とはいかんが、休日くらいは付かせてもらう。……俺のことは気にせず、二人は自由に過ごせばいい」
変わったこと。それは、ゼストが休日のたんびにシリルのところにやって来るようになったことだ。
流石に今のパーティからいきなり抜けるなんてことはしなかった。しかし、なんだかんだでラ・フローティアと臨時で組む機会も増え、なんつーか助かってはいるのだが。
……シリルとのデートにまで付いてこようとする辺り、空気読めねーっつーか。
シリルがその正体を暴露したあの日以来、ちっと暴走気味である。少しは落ち着いてきたとは思うのだが。
「あのー、ゼストさん? 私たち、別にこれから冒険に行くというわけではなく。ふつーのデートなんですが」
「承知しております。しかし、この街は無頼も多い。身の安全のため護衛はいた方がいいでしょう。俺のことは、カカシとでも思ってもらえれば」
「えーと、あのー……へ、ヘンリーさ~ん?」
四角四面な物言いに、シリルが助けを求めるように僕の方を見てくる。
はあ、と僕は溜息をついて頭を掻き、
「んな心配はいらん。なにかあったら僕が対処する。それとも、僕だと実力的に不安か?」
「む……」
意外と……意外と! 僕のことを評価してくれているゼストは口をつぐんだ。
「……酒を入れたりして、不覚を取らないか?」
「仮に呑むとしても、そこまで深酒するわけないだろ」
心外な。
僕の憮然とした様子に、ゼストはしばらく考え込み、ふう、と息をついた。
「わかった。……シリュール姫、こやつに不安を感じるようであれば、姫の神器の念話でいつでもお呼び立てを」
「あ、あはは。じゃあ、その時はよろしくお願いします。……まあ一応、そういう面ではヘンリーさんを信じていますので大丈夫です!」
……シリルの今の台詞、逆説、信じていない面があるってことだよね?
いや、心当たりについては多々あるわけだが!
「さ、ヘンリーさん。行きましょう。今日は演劇鑑賞です!」
「へーい」
自然と腕を組んでくるシリルに引っ張られながら、僕たちは内壁の中にあるリーガレオ多目的ホールに向けて出発した。
ここはグランディス教会集会のような集まりや、色んな催し物が行われる施設で……昨日から、慰問の演劇団が来ていて、劇を披露しているのだ。
と、歩き始めると……背中にビシバシ視線を感じる。
僕たち二人が連れ添って歩いていくのを、ゼストは見えなくなるまで見送っている様子。
なんとなく居心地の悪い思いをしながら角を曲がり、
ゼストの視線が途切れた辺りで、ふう~~、とシリルは大きく息をついた。
「うーん、ゼストさん、心遣いはありがたいんですが、ちょーっと行き過ぎですねえ」
「お前からそう言ってやればいいだろ。多分、すぐやめるぞ」
「今はそれ言ったらまた極端に走りそうで……まあ、頃合いを見て言いますよ」
まあ、その辺りだろうな。
大体、ゼストは大げさすぎるのだ。
確かにシリルは、僕たちが忠誠を誓うはずだった王族の生き残りではあるが、フェザード郷友会のみんなも、ゼスト以外はここまで大げさな反応はしなかった。
シリルは王位を継いだわけでもないし。それにその、なんと言っていいのか……うちの国は、そういう面でいうとアルヴィニア王国に輪をかけてゆるい国風だったし。
だから、ゼストも僕とシリルが付き合っていることに関してはなにも追求しなかった。功績を立てた騎士が、王女様と結婚する……なんておとぎ話みたいな話は、フェザード王国史を紐解くと数例出てくるらしいし。
『祖国の仇を討った騎士……遺憾ながら、釣り合いは取れていると言えなくもない。お世継ぎを拵えるため、早めの結婚を検討してくれ』
……などと、シリルのいないところで言われた。
いや、シリルが功績立てるためには前線から離れるわけにはいかねーよ、と正論を返すと、『……なるほど』と納得していたが。
まったく、困ったものである。
「まあ、それはそれとして。早く行きましょう!」
「待て待て。そんなに急がなくても、まだ大分開演まで時間はあるぞ」
「ふっふっふ、実はホールの近くにある喫茶店に目をつけておりまして。最近開店したばかりだそうですが、そこのモーニングが絶品らしく。試してみたいなあ、と」
あ、こいつ。それで今朝の朝飯食わなかったのか。
「ていうか、そういうことなら先に言えよ。僕、普通に朝食っちゃっただろ」
「? ヘンリーさんなら、お腹が多少膨れてても、喫茶店のモーニングくらいぺろりでは」
「そうだけどさあ!」
むう、もういい。
行くぞ、とシリルを促して。
僕たちは内壁へと向かっていった。
ふわっふわのパンに濃厚な味のバター。透き通ったスープに、シャキシャキで甘酸っぱいドレッシングの掛かったサラダ。デザートにフルーツソースが添えられたヨーグルト……と、前評判通り、非常に美味いモーニングをいただき。
アルヴィニア王国でも評判という劇団の劇を鑑賞し。
モーニングを食った喫茶店で、僕とシリルは感想を言い合いながらお茶を喫していた。
「……ちなみにヘンリーさん、途中眠たそうにしていたでしょう」
「いやあ、中盤辺りはちと動き少なかったからなあ」
とある国の宮中が舞台。
国でも評判の美姫である公爵令嬢を巡り、二人の王子がなんやかんやして、最後に決闘という筋書きだ。なんやかんやの部分が僕が眠くなっていた部分である。
「まあ、話の内容わからなくても、結構感激したよ。やっぱ本職の役者さんの演技はすごいな」
最後の決闘シーンでのヒロインの叫びは、真に迫ったものだった。うんうん、観劇して感激した、うん。
「もう、こういう体験を共有するのがいいのにー」
「悪かったって」
「じゃ、原作読みません? あの劇、実はとある小説が元になっていまして。私、好きな作品なんですが、フェリスさんもティオちゃんも興味ないらしくて」
感想を言い合える人が欲しいです! とのことである。
ふむ……ふむ、ふむ。
「ほれ、シリル。メニューを見ろ」
「え? いきなりなんです」
「……いや、僕にはハードル高いから、追加のケーキ辺りで懐柔を図ろうかと。ほれ、ここはデザート類も豊富みたいだぞ」
シリルにメニュー表を押し付ける。
……こいつと出会ったときから変わらず、詩集も読めない僕である。
「もう! あ、でもケーキはありがたくいただきます」
ふんふーん、と鼻歌を歌いながら、シリルはデザートのメニューを眺める。
まあ、趣味に付き合いきれないのは悪いが、体験の共有、というのであればこうして一緒に茶や菓子を食べるのも悪くはないんじゃないかなあ、と思う。
少なくとも僕は、メニューに目移りしているシリルを見ているだけで、ほんのり幸せを感じる。
……いや、もう少し落ち着いたら、趣味を理解する努力はするよ、うん。結局僕ってば、フローティアでのんびりしてても、趣味らしい趣味作れなかったし。
「うん、決めました!」
「ほいほい。あ、すみませーん」
店員さんを呼び、シリルはショートケーキを、僕はレアチーズケーキを注文する。
「……しっかし、リーガレオに、内壁の中とはいえこんな店まで出てくるようになったか」
時代が変わったことを感じる。
「? どーゆーことです?」
「美味い店はまあ少しはあってもさ。もっと値段は高くついたし、こんなにメニュー豊富な店、なかったよ」
そういや演劇とかも、有名な劇団はこんな危険な街は避けていて、来るのは冒険者兼業の連中だったりしたっけ。
「ほへー、そうなんですね」
「ああ」
フローティアの空の下にいるラナちゃんにはつくづく感謝である。
リオルさんに無茶振りされたそうだが、元気でやっているのだろうか。
それに、他のみんなも……と。
少し郷愁……みたいなものを抱きながら。
その日は、シリルとゆっくりとした時間を過ごすのであった。




