第二百十七話 内密の話
二番教会。
リーガレオを魔国との戦いの最前線にするにあたり、元々この街にあった一番教会の次に設立された、もっとも規模の大きな教会。
その二番教会の貸し会議室の一つ。防音や魔導妨害処理が施された機密性の高い話をする一室に、僕たちは集まっていた。
集まっているのは、ランパルドと戦った面々。僕とシリル以外はまだ疲労の色の濃いラ・フローティアのみんなとユー、アゲハ、ゼスト。そして英雄上位四人。
……後はドワーフ英雄ゴードンさんと、獣人英雄リザさんが揃えば英雄勢揃いという豪勢な面子だ。
「あー、よく集まってくれたのである。……ふぅ」
「エッゼさん、なんか疲れています?」
「うむ。昨日は一日会議漬けでな。まったく、こんなことなら前線で暴れている方がよっぽど楽なのである」
……爵位持ちの貴族のくせに、相変わらずそういうの苦手なのか。
「エッゼよ。お前もいい加減、剣ばかり振るのではなく、そういう仕事もきちんと覚えろ。昨日、私が何度フォローしたことか」
「リオルには感謝しているのである」
なにやらリオルさんが呆れているが……昨日、なにがあったのやら。
まあ、なんとなーくどういう光景かは想像が付くけど。
「エッゼ君、戦っている方が楽、っていうのは俺も同意だけど、話を進めよう。みんな集まってもらってるんだ。時間を割きすぎるのも悪い」
「おお、そうだな、セシル。うむ、脱線してしまって申し訳ない」
うん、その方がいい。リーガレオも余裕が出てきているとはいえ、僕たちはもとより、ここに集まっている英雄戦力をいつまでも遊ばせておける程楽勝というわけではないのだ。
「さて、まずは簡単なところ――今回の論功行賞から説明しよう。この度の功績により、皆にはリーガレオ二等勲章が授与されることが内定した。また、同時にフェリス嬢の勇士就任も前倒しになり、その勲章の授与式の際に勇士の称号が贈られる。まずはおめでとうである」
お、三等じゃなくて二等までいったか。
「わーい。……で、なんです? そのなんとか勲章って」
「シリル……お前ね。文字面で大体わかるだろ。リーガレオで大きな功績立てた奴に送られる勲章だよ。五等から一等まである」
リーガレオでの戦いでは、普通の狩場より遥かに功績を立てる機会が多い。
それに伴って新設された勲章だ。
ラ・フローティアのみんな以外は全員一等勲章持ってるから勲章のモノ自体はもらえないが、『二等勲章相当の功績を上げた』ってことは、ちゃんと教会の賞罰に記録される。
今回は勇士となったのはフェリスだけだが、他のみんなの勇士昇格にも大きくはずみがついただろう。
僕も英雄に昇格できればなあ、と思わなくもないが……うーん、魔将を倒していればワンチャンあったかもしれないが、逃してしまった以上、流石に期待できないか。
チッ、まだしばらくはユーとアゲハにマウント取られるのか。いや、僕が勝手に取られていると思っているだけだけど。
「報奨金などもあるから、楽しみにしておくのである。……さて、次はセシルの妹のことであるな」
エッゼさんの言葉に、ゼストが身構える。
「一応、念の為ではあるが。これから話すことはみだりに口外しないようにお願いするのである。セシルはリーガレオの最強戦力の一人。身内が魔王などという話が広まれば、士気に関わるのでな」
勿論、こんなこと言い触らしたりはしない。今まで僕たちが知らなかったということは、普通に緘口令が敷かれているんだろうし。
まあ、エッゼさんも言う通り、念の為の確認だろう。
ここに集まっている連中であれば、安易に話したりしない。そう信頼されているから、一昨日は特に口止めもされなかったのだろうし。
……アゲハなんかは、普段の言動からして口が軽そうではあるが、実はその辺の区別はキッチリついている。
「そもそも、本当かどうかも確認できていないことだしな。そういう話があると知っているのは、ごく一部だ。教会や三大国の上層部と、君たちと同じくたまたま魔将の言葉を聞いてしまった騎士や冒険者」
と、リオルさんが補足した。
「……詳しくは、俺から話そう。初めて俺がそのことを知ったのは、魔国の侵攻が始まった十一年前」
ビフレスト地峡周辺にあった小国家群――僕たちの故郷、フェザードも含む――が、またたく間に侵略され、北大陸に魔国が橋頭堡を築いた直後。
ここにいる英雄を含む三大国の精鋭が集まり、魔物たちをリーガレオまで押し返した。
故郷を焼き出された当時の僕も、自分になにかできることはないかと、志願兵として補給部隊の雑用なんかやってたのでよく覚えている。
「知っての通り、当時の前線は大混乱だったよ。攻めてきているのは魔物で、なぜか見たこともない魔族が指揮官としてそいつらを操ってる。当然、魔物を操るなんて技術、見たことも聞いたこともなかったしね」
まだ子供だった僕は、それを不思議に思うより報復に頭がいっぱいだったが。
確かに、色々と慌ただしかった覚えがある。
「で、俺はとりあえず魔物をぶった斬って、指揮官らしき魔族――魔将に肉薄したんだ。勿論、諸々問い詰めるためだ。魔国からは宣戦布告もなにもなかったからね。で、その魔将、グランガルドはなんて言ったと思う?」
グランガルドといえば、最初に討たれた魔将だ。
その魔将は、セシルさんに対して、『おお、探しましたぞ、セシル殿。魔王様――リーフィ様がお待ちです。是非、我らが城に』と、馴れ馴れしく話しかけてきたらしい。
「勿論、断って切りかかったけど、この時は逃げられた。……まあ、余談だけどね」
その後も、何度かセシルさんは魔将に話しかけられたらしい。
『十一人目の魔将として、魔王様を盛り立てていきましょう』だの、『あの方とお会いになればきっと貴方も目覚められる』だの、『魔王様は、毎年のプレゼントのぬいぐるみがなくて寂しがっています』だの。
……特にグランガルドはセシルさんを勧誘することが多く。初期の頃は、グランガルドのちょっとした言葉尻から、魔国の事情を推測していたらしい。
ていうか、魔将が十人ってそこから来たのか。いつの間にか当たり前の認識になっていたが。
「……話は、わかりました」
ひとしきり、セシルさんが魔将から言われた言葉を聞いて、ゼストは口を開いた。
「正直なところ、複雑な思いはありますが……もしかして、セシルさんが最前線で十年以上、誰よりも奮闘してきたのは」
「……うん、まあ。本当に妹が魔王なんだとしたら、そのための犠牲者はなるべく少なくしないと、って思ってね。……故国を滅ぼされた君たちの前で、なにを言うのかと思われるかも知れないけれど」
なんとなくそうなんじゃないかと思ってはいたが。それでか。
ゼストはしかめっ面のまま、溜息をつく。
「そんなことは思いませんよ。……もう、俺はこれ以上はなにも言いません。だけど、俺の目的は復讐で。仮に邪魔立てするというのであれば」
「…………しないよ」
絞り出すように、セシルさんが言う。
これまでも相当葛藤してきているんだろう。その悩みは想像もできないが……しかし、いざという時になってこの人が行動を躊躇うとも思えない。
「ええと、そうそう。気になっていたことが」
重い空気を晴らすため、僕はことさらに明るい口調を心がけて話を変える。
「うん、なんだい? ヘンリー君」
「その、ランパルドはセシルさんから情報を聞いた、みたいなことを言ってましたけど」
「それね。……どうも、外で戦っている時の俺の声、妹に聞こえているらしいんだ」
……意味がわからない。
魔国にいるはずの魔王が、リーガレオで戦ってるセシルさんの言葉を聞く? いくらなんでも無理がありすぎる気がするが。
「確証があるわけじゃないんだけど……一応、機密に関わることは、俺は外では話さないようにしてる。リーガレオのみんなが知っているような、ライブの話とかは不覚だったけど」
まあ、魔将が単騎で英雄狙ってくるとか、想定外の戦術だったしな。
と、そこでリオルさんが得意げに話し始めた。
「そのことについてだがな。私は瘴気が感覚器のような働きをしているのでは、という仮説を立てている」
「ええと?」
「今回のランパルドのように、瘴気を体の延長として利用する魔物もいるだろう? であれば、そういったことができてもおかしくはないと思ってな」
ええー。
いや、本当にそんなことが可能であれば、確かに疑問は解消するけど……無茶じゃね?
「ちなみに、つい先日だが、ラナ君にもこの仮説は伝えて、検証してみてもらっているのだ」
ちょっと待て、リオルさんが今とんでもないことを言った。
「ラナちゃんになに危ないことさせてるんですか!」
「平気である。魔王云々の話は一切伝えず、ボヤかしているからな。……伝えてすぐ、『それは面白そうな仮説ですね!』と返事があったぞ。戦闘で時間の取れない私より、よっぽど早く解明してくれるであろう」
ぉぉう。あの子、一体どこまで行くんだろう……
と、頭を抱えていると、エッゼさんが締めに入る。
「ふむ、これで大体話は終わったと思うのであるが。なにか他にあるかな?」
「はい!」
「うむ、シリル嬢」
シリルが元気よく手を上げ、それにエッゼさんが鷹揚に頷く。
「勲章の授与式とやら、一体いつになるんでしょうか!」
「十日後であるな。定例の集会の一プログラムとして実施される」
リーガレオ、グランディス教会定例集会。
月に一度教会の人間が集まって、告知事項を発表したり、勇士や新しい神官の任命式などが行われる会だ。
なお、一般冒険者は参加してもいいが、大体の連中は後で冒険者通信で内容を知るだけで、基本出向いたりしない。存在すら知らない奴もいる。
「ふぅむ、十日後。それだけあれば、諸々根回しもできそうですね……」
「うむ? なんの話であるか、シリル嬢」
「ああ、いえ。セシルさんではないですが、私にもちょろっとした秘密がございまして。今回の件でそれなりに功績も立てられたようですし、そろそろ発表の時期かなぁ、と」
ラ・フローティアの仲間以外に、ハテナマークが飛ぶ。
……言うのか、とうとう。
「ううむ? なんとも要領を得ないが……」
「ここにいる人たちは信用できると思いますので言ってしまいますが。私、フェザード王国の王女様だったんですよねー」
あははー、と。
シリルが実にあっけらかんと、こいつに相応しい軽さで暴露した。
「ほう! なるほど、言われてみれば、同じ元王女であるフローティア伯爵夫人と顔立ちが似ておるな!」
「へー。シリル、そういう面白そうなことはもっと早く言えよ」
そして一瞬で受け入れる大英雄と首刈りィ!
「ふむ、まあそういうこともあるか」
「……俺としては、ますます申し訳無さが募ったよ」
「なぁに、あの子は暗い恨みは持たないさ。しゃんとしな、しゃんと」
と、何気なく納得しているリオルさんとセシルさん、ロッテさん。……長生き組は総じて動じないな。
「え、あ、ほえ?」
「ユー、落ち着け」
「へ、ヘンリー? シリルさんが王女様って」
「マジです」
ええー! と。ユーは、この部屋が防音効いてなかったら誰かがすっ飛んでくるような声を上げた。
「……いや、うちの国は三大国に比べれば本当に小さな国だったし、そこまで大層なものじゃ。なあ、ゼスト……ゼスト?」
ゼストを見てみると、かんっぺきに固まっていた。
と、思うと、ぐるんと勢いよく僕の方を見て、
「おい、ヘンリー。嘘をつくとためにならんぞ。……シリルさんの言葉、本当か?」
「いくらなんでも、こんなことで嘘はつかねえよ。本当。アステリア様からも聞いた。本名シリュール姫だってさ」
わなわなとゼストは震え……しばらく。
つかつかとシリルに近寄ったゼストは、略式ではない、本式の騎士の礼を取り、
「騎士ゼスト、是非ともシリュール姫の隷下に加えていただきたく! 是非とも!」
「は、はい?」
テンパりながら、そんなことを口走った。
……その後、ゼストを落ち着かせるのに、一時間程かかり。
他に仕事のあるみんなは、呆れながら先に退室したのあった。




