第二百十五話 後始末の戦い
「セシルさん。先程の、魔将の言。当然、俺たちを動揺させるための流言の類ですよね?」
魔将の言葉を否定しなかったセシルさんに、どこか思い詰めた表情となったゼストが問いかける。
セシルさんは少し思い悩んでから、重々しく口を開いた。
「……わからないんだ」
「わからない?」
「俺に妹がいることは事実で、魔国に……生きていれば、住んでいることも確かなんだ。でも、俺は実際魔王として振る舞ってる妹を見たわけじゃない。単に、複数の魔将から同じようなことを言われただけなんだ」
それだけを聞くと、こちら側の最強戦力の一人であるセシルさんを孤立させる、離間の策に思えるが。
「……だけど、魔将たちは、妹の名前を知ってた。リーフィ。俺の妹ではあるけど、親父の妾の子で。表向き、俺に妹はいないことになってたはずなんだよ」
確かに、僕も聞いたことがない。妾ってのは……確かセシルさんの実家、ローライト家は魔国では貴族階級らしいから、そう不思議な話ではない。
「魔将からの伝言では、俺と妹しか知らないことを伝えられたこともある。……断言はできないけど、多分」
「貴方の、妹が――!」
ぐい、とゼストが激昂して詰め寄った。
……仕方もないだろう。
僕とて今のを聞いて複雑な思いはあるが……直接の仇であるジルベルトを倒して、僕は心の中で一区切りがついてしまった。
そんな僕とは違い、ゼストにとってまだ十一年前の出来事は生きている。
「俺の、俺たちの国を、滅ぼしたっていうのか! あの、魔将たちの親玉だと!」
「……申し訳ない」
「~~っ、謝って欲しいわけじゃない。俺は、俺は」
なら、どうして欲しいのか。自分がどうしたいのか。ゼストの言葉は形にならず、項垂れるようにセシルさんから離れた。
僕も、もしジルベルトを討つ前に今の話を知ったら、きっと似たような反応になっていただろう。
ややあって、ゼストが顔を上げ、
「すみません、感情にかられて余計な時間を。今は、貴方を問い詰めることよりも、魔国から来る魔物を食い止めるほうが先決です」
と、セシルさんをまっすぐに見据えて話した。……目に精気が戻っている。
……僕も似たような、って考えたのは間違いか。僕ならきっと、まだまだ悩んでいた。
「ああ。帰ったら、詳しいことを話そう。リオルさん! 魔物の状況はどうですか!?」
セシルさんが上空のリオルさんに尋ねる。
じっ、と上空で南を観察していたリオルさんが降りてきて、全員に状況を説明する。
「先程、後続も見えてきたが……総数、三千といったところだな。雑魚ばかりであればなんてことはない数だが、大半が上級で、最上級もちらほら見えるぞ。先頭がここらに来るまで、あと五分といったところだ」
うっげ。
「五分か。信号弾を受けて、普段一陣張っている連中もこちらに向かっているはずであるが、間に合うか微妙なところであるな」
「一部足の速い者は間に合うだろうが……」
そいつらが準備万端迎え撃てるのであればなんとか撃退できるだろうが、厳しいものがある。
……やはり、ロッテさんの強化が切れた今、一陣に来ている奴らの犠牲は完全には避けられないかもしれない。
しかし、百錬練磨の英雄は、この状況でも足掻こうと話し合う。
「ううむ、我とリオルが前で迎え撃っても、やれて三割といったところであるな。それ以上は後逸させてしまうだろう」
「その辺りだろうな。まあ、今一陣に来ている連中も冒険者。武勇拙く敗れることも覚悟している……と、割り切れればいいんだがね。なんとか死者は少なくしないと」
「ひとまず、俺が突貫して最上級だけでも斬り捨ててこようか」
三千の上級……しかも塊で向かってくる相手に、雲の上の会話だぁ。
恐ろしい目線で話す三人の英雄に僕が顔を引き攣らせていると、後ろから歌声が近付いてくる。
「~~♪ ~♪」
「あ、シリル」
そういやランパルドにぶつけるための魔法、ずっと歌ってたな。
(あ、じゃないです、あ、じゃ! どうなったんですか? 魔将、悠々と逃げちゃいましたけど!)
歌いながらじゃ喋れないので、シリルは神器の念話で話してくる。
「あいつ、魔国の方に溜め込んでた魔物をこっちにけしかけて来やがって。そいつを囮に逃げたんだよ」
(そうなんですか……折角勝てそうだったのに残念ですが、このさんざっぱら高めた魔力、ぶつける先があるってことですね!)
「ま、まあ、そうなる、けど」
………………あ。
「シリル、聞きたいんだが、お前最大まで歌ったとして、あれ使ったらどうなる?」
(あれ?)
あれだよ、あれ。と、随分前に使ったっきりなので魔法名を忘れたが、効果を伝えてシリルに重ねて尋ねる。
回答は……満点だった。
「エッゼさん、リオルさん、セシルさん」
「うん? どうした、ヘンリー。なにか妙案でもあるのであるか?」
「ええ。実はですね……」
僕は、考えた作戦を簡潔に説明する。
……時間もないし、やって損をするわけでもないし。他の作戦も考えつつ、いっちょやってみようと、僕の案は採用された。
北大陸と南大陸を結んでいるビフレスト地峡。
今や魔国と三大国の戦争の最前線となっているここは、別にだだっ広い荒野というわけではない。
リーガレオ周辺は割と平地が多いが、南大陸側に近付くにつれ、峻険な山や急流の川、鬱蒼と茂った森などがあり、なかなか踏破が難しい場所になる。
上級の魔物であればそういった難所を超えることは可能だろうが、やはりそちらは移動には余計に時間がかかる。
そのため、魔物たちのメインの進軍ルートはかつて北と南を結んでいた街道――数少ない平地を縫って整備された地形になる、のだが、
「行けるか? シリル」
リオルさんの導きの鳥で、僕たちは魔物の集団の先頭位置にまできた。一緒に連れてきたシリルに尋ねると、コクンと頷く。
そうして、地表に向けてシリルは杖を構え
「~~♪ ……では、行きます。最大――『グラウンドバーン』!!」
……かつてフローティアの土木関係者に一時期もてはやされた、地面をひっくり返す魔法を放った。
街道の横幅を余裕で超える円形に、地面が弾ける。
……溶岩ではないが、ちょっとした火山の噴火並の勢いで土砂と、その上に乗ってた魔物がやや南側に向けて巻き上げられる。
そうして、それらは重力に従い落ちていき――コトの済んだ後、街道だった場所には大穴が空いており、その大穴の向こうにはちょっとした小山が出来ていた。
「……うぅむ、なかなかに凄まじい。地形破壊力なら、私を超えているかもしれんな」
と、シリルが魔法を使う間も、魔導で魔物を攻撃していたリオルさんが感想を漏らす。
要は、相手の進軍ルートを破壊するという、シンプルな遅滞戦術である。……この規模を、魔法一発でやってしまうなんて、控えめに言って常軌を逸しているが。
「わぁ。本当にやっちゃいましたね……」
「ああ、アタシの趣味じゃないけど、これはこれですげえ!」
完全に呆れた様子のユーと、パチパチと単純に派手なのを喜んでいるアゲハ。
導きの鳥で帯同したのは以上だ。
ゼストとジェンドたちはロッテさんの護送。エッゼさんとセシルさんは、それぞれ別のルートの魔物の排除に向かっている。
「ではヘンリー、ユー、アゲハよ。落とすから、適当に暴れてこい」
「相変わらず雑……「ゴーである」って、本当に雑だなアンタ!?」
ぺい、と言葉の途中で僕たちは放り出された。
「でもヘンリー、疲れは大丈夫?」
ひゅー、と落下しながら、ユーが心配の言葉をかけてくれる。
……こいつもこれは慣れっこだ。
「あー、さっきスタミナと魔力のポーションキメたし、怪我はお前に治してもらったから」
「もう、ポーションの乱用は体に悪いのに……これが終わったら安静にしなさいよね」
「……それはアゲハに言ったほうが。この馬鹿、ロッテさんが来た初日からずっと一陣で戦ってたとか」
と、鼻歌を歌いながら眼下の魔物を見据えるアゲハに水を向けると、なんでもないように、
「? そりゃ最低限は休んでたけど。普通、首刈ってたら元気が出るよな」
「お前だけな!」
そんな異次元の論理を持ち出してくるんじゃねえ!
「はあ……ったく。先行ってるぞ。《光板》」
光の板を生み出し、それを足場に下に向けて踏み込む。
「あ、待てこら!」
一瞬遅れてアゲハも跳符で似たように追っかけてくるが、今の一瞬のアドバンテージは大きい!
地面に到着直前にくるりと反転し、着地。
……シリルの作り出した小山を越えようとしていた魔物に向けて、初っ端の強化付き槍投げを敢行。
「うっし、ひいふう……十はいったか!」
「けー! さっきのシリルの魔法に比べりゃしょっぱいくせに、エラソーに」
「おんやぁ? 未だ撃破数ゼロの首刈りがなんか言っているなあ!」
煽ると、面白いようにアゲハが地団駄を踏む。
「ちっ、アタシは数じゃなくて質だ質。……最上級でも来ねえかな」
今日はもう勘弁願いたいところだが……来たら来たでぶっ潰す。
「はあ……激戦続きでテンション上がってるのね。いいけど、引き際を誤ったりしないでよ」
僕たちに遅れて着地したユーが心配してくるが、心外な。
「ユー、僕がそういう判断ミスをしたことが、駆け出しの頃以外にあったか?」
「ジルベルトの時の暴走は?」
いやまあ、うん。
……故郷の仇が来たと聞いて、そのまま槍引っ掴んで突撃カマそうとした苦い過去は置いておいて。
「と、とにかく。上でリオルさんとシリルが派手に数減らしてくれるから、漏れてくるやつをぶっ潰すぞ」
「あいよ!」
「わかった。ヘンリー、強化ポーションの効果切れたらティンクルエール入れるから、言ってね」
おう! と返事をして。
僕たち三人は、今日の締めとなる戦いに挑むのだった。
 




