第二百十四話 終結
十三に分裂した槍が飛んでいくのを、魔力消費で飛びそうになる意識を必死で保ちながら見送る。
「もうそれは見飽きたんだよ!」
ランパルドは触手で迎撃しようとするが、今の一投はそう簡単に叩き落とすことはできない。
三つは弾かれたが、残りがランパルドの周囲に突き刺さり……強化された《拘束》と《固定》の魔導がランパルドの体を拘束する。
直接ランパルドを狙っていたら大半が防がれていただろうが、今回はダメージではなく足止めが目的。魔導の起点を飛ばしたかっただけだ。
「ッッ! こんなもん、すぐに!」
ほぼ完璧に決まりはしたが、ランパルドが一つ身じろぎするたび、拘束が次々と剥がされていく。想像通り、僕の全力でも魔将相手だと数秒しか稼げないようだが、問題ない。
(ぶちかませ、シリル!)
(わかりました!)
遠く、杖を構えるシリルが見える。
ゴードンさん作、青の虹水晶が先端に付いた杖が、ランパルドに向けられた。
キィィ、と甲高い音を立て、魔力が集中していき、
「~~~っ、やってみろよ、大層な魔力だがそんくらいで――」
「『コキュートスプリズン』!」
魔将の声を遮って、シリルが大魔法を喝破する。圧倒的な蒼い光が一直線に飛び……魔将に激突した瞬間、巨大な氷塊がランパルドを包むように出現する。
真冬を思わせるような冷気が、離れたここまで飛んできた。
「寒っ! シリルやるなあ!」
アゲハがぶるっ、と身を震わせ、次いでヒュゥ、と口笛を吹く。
(さ、流石に一撃で倒せるとは思わなくて、足止め優先の魔法にしましたがどうでしょう!?)
(上等だ、今行く!)
ウォードラゴンが暴れているが、アゲハとゼストのコンビが相手をしていて、僕は今フリーだ。
「アゲハ、ゼスト、こっちは任せた!」
「あっ、ずりぃ……けど、仕方ねえ、行ってこい!」
なにがずるいのかわからないが、アゲハが悔しそうに送り出してくれる。
「……気張れ、正念場だ」
「ああ!」
駆け出す。
ポーチから、最後の魔力回復のポーションを取り出し、飲み干した。
……僕一人が行ったところで、数分も持たないとは思うが、それでもそれだけ稼げば応援が期待できる!
魔将が囚われている氷塊に近付く。
透明度の高い氷なので、中の魔将がよく見える。当然、この程度では死んではおらず、抜け出そうと足掻いている様子が見て取れた。
魔力でできた氷。強度は恐らく僕でも破壊に苦労するレベルだろう。僕が中に閉じ込められたら、当然脱出は不可能だ。
……しかし、魔将が中で滅茶苦茶に瘴気の触手を暴れさせると、ピシピシ、と氷塊に亀裂が入っていく。
「っぅっぜえええ!」
砕かれる……が、ぎりぎり、回り込むのが間に合った。
シリル達と魔将の間に割って入り、槍をまっすぐ構える。
「チッ、本当にしつこい。……でも何の真似? お前一人で俺を止める気?」
「そのつもりだ」
「あ~~~、もういい」
ゆらり、と魔将から伸びる触手が蠢く。
「お前から死ね」
そうして、魔将の触手が僕に伸びてきた。
……集中。まず一撃を決死で逸らす。そうして、一本分の空間に足を踏み入れて他を躱すが、左右を別の触手に囲まれる。
逃げ場はない……ように見えるが、上が空いていた。
ジャンプ。
「はっ、もらった!」
「《光板》!」
身動きの取れない空中へ触手が伸びてくるが、魔導で足場を作り、後方へ飛んだ。たまたま見せてなかったから、うまく引っ掛か……
「ギッッ!?」
……避けきれず、足に一撃をもらった。
脚甲の上からだが、骨に罅が入った感触。
「《癒》」
骨まで逝くと、流石に『ニンゲルの聖域』でも回復に時間がかかる。待っている時間はない。
自前の魔導で痛みだけ緩和して、着地と同時に槍投げ。
「ショボいんだよ!」
強化も使っていないので、当然全部弾かれる……が、弾くために触手を使っているため、一息だけ入れることができた。
……ここまでで、十秒くらいは稼げたか?
「……きっついな、糞」
想像はしていたが、あまりの難事に舌打ちして。僕は再び、魔将に向けて駆け出した。
「……まー、粘ってくれたな」
……ここで戦い始めて、一分か、二分か。
僕はついさっき受けた攻撃で、立ち上がる事もできなくなっていた。膝立ちで、視線だけは魔将を睨む。
全身、痛くないところなんてない。自分でも、正直ここまでどうやって生き延びたのかわからないが……時間稼ぎとしては上等だろう。
諦めはしないが、打てる手がもうない。
「ったく、そろそろ別の英雄が駆けつけてくる頃だ。とっとと……ん?」
「おおおおおおおおーーーー!」
後ろから、気を奮い立たせるための声を上げて、ジェンドが突っ込んでくる。ティオの気配も一緒に感じる。
……制止の言葉を上げることもできない。
駄目だ。今のジェンドたちじゃ、すぐにやられ――?
「あー、もう。いいよ、すぐに全員まとめて……? おい、お前。どこを見て」
はっ、と。僕の視線につられて、魔将も振り向く。
……魔将の背後、リーガレオの方向の空から、光の鳥が向かってきている。
あれはリオルさんの飛行術式『導きの鳥』。
だけど、遠い。ここに到着するまで、まだ何十秒かかかる。それだけあれば、僕たちとロッテさんを殺して、魔将が逃走するのに十分な時間だ。
……しかし、普段の導きの鳥とは違う点が一つ。その飛行術式から、天を衝くような一本の柱が伸びていた。
光の剣、大英雄グランエッゼのルミナスブレード。
かつてないほど伸長したその剣がゆらりと揺れる。
「やべっ、とっとと済ませて……」
『させぬわぁっっ!!!!!』
ここまで届く気迫の声が上がり。エッゼさんの奥義『山断ち』が、遥か離れた上空からランパルドに向けて放たれた。
「冗談だろ!?」
その剣をランパルドは躱そうとするが……甘い。
全力の振り下ろしにも関わらず、エッゼさんは見事に軌道を変え、避ける魔将を追いかけ、
ズンッッ! と。『山断ち』は、大地に深々とした亀裂を走らせた。
「っっい、ってえ!? 畜生が!」
魔将の方も、流石に一撃で終わるということはない。触手で防御して難を逃れたようだが、左腕を切り飛ばされている。
……例によってすぐ治してくるだろうが、向こうに気を取られた!
「ヘンリー、大丈夫か!?」
「これ、回復のポーションです」
「ああ、助かる」
こちらに走ってきていたジェンドとティオが到着する。手渡された、傷を癒やすポーション……ティオの鞄に念の為に入れておいた、上級のやつ……を、一息に飲み干す。
全身バッキバキだったが、なんとか動けるくらいには回復した。
「くっそ! まずい、さっさと――」
「悪いが、もうちょっと足止めさせてもらうぞ! ジェンド、ティオ、フォロー頼む! 前に出んなよ!」
「わかった!」
「了解」
焦れて突っ込んでこようとする魔将を、ジェンドたちと組んで押し止める。
思った通り、焦りからさっきより攻撃が雑になっている。これなら、ジェンドとティオも瞬殺とはいかない。
「くそ、くそ、くそ! お前ら、どけ!」
「どくか!」
そうして、粘ること十秒ちょい。
エッゼさん、リオルさんの到着前に、疾風のように脇に一人の人間を抱えた英雄がやってきた。
走りで、空を飛ぶリオルさんより早く駆けつけられるような英雄なんて、こっちにいるロッテさんを除けば一人しかいない。
「待たせたね! ……やっぱり魔将か。ここからは俺が相手だ!」
現れたのは『勇者』セシル・ローライト。
ついでに、ぺい、と極力優しく投げられたのは、ユー。
どうやら、怪我人を見越してセシルさんが連れてきてくれたらしい……よっしゃ!!
「うう~、頭がくらくらしますが。ヘンリー、今治します」
「こっちより、後ろにいるロッテさんが先だ! 腹部貫通、まだ歌ってるけど、そろそろヤバい!」
「――! 了解、今すぐ行き……」
「行くぞ!」
「って、ちょおぉぉおーー!?」
こいつじゃ遅い。セシルさんに倣って、ユーの脇を抱え全速力でロッテさんのもとに向かう。
「ええい、仕方ないです。急いでください!」
「言われなくても」
さっきから、少しずつ歌声が小さくなっていっている。
間に合え、と念じながら全速で駆けていく。
「ヘンリーさん、ユーさん!」
「お待たせしました! フェリスさん、ロッテさんの容態は!?」
ユーが尋ね、フェリスが解説する。
僕も、ロッテさんの様子を見た。
……顔面蒼白で、お腹からおびただしい血を流している。フェリスが止血したようだが、誰から見てももはや死は避けられないように見えるだろう。今も意識を保って歌っているのは、奇跡と言っていい。
だが、
「『リザレクション』!」
……死の淵で、まだこちら側に留まっているのであれば。
それを当然のように引き戻すのがユーという女だ。
強く優しい光がロッテさんの傷口に集まり、浸透していく。
……それが収まる頃には、まるで傷などなかったように、ロッテさんは完治していた。
「……あり、がとうね。ユー」
「喋らないでください。血を失いすぎてます。セシルさんも来たんです、もう大丈夫ですから」
「そう、か。なら、ごめん。休む、よ」
限界を迎えたのか、ロッテさんの体から力が抜ける。
……っし、危なかったが、生き延びた。
「後は……セシルさん!」
魔将とセシルさんの方に視線を移す。
戦いは、一進一退。ランパルドが触手を伸ばし、セシルさんはそれを剣なり魔導なりで弾く。
時折踏み込んで傷を負わせているが、何十という触手を縫いながらではどうしても浅手になってしまい、そのくらいでは魔将は倒せない。
……という攻防を、しているのだろう。魔将は触手の数に任せてなんとかしているようだが、正直セシルさんの動きは僕も完全には追いきれない。
逆に邪魔になりかねないと判断したのか、ジェンドとティオは少し下がっている。
僕も似たようなものだが、なにかできることがあるかもしれないと、戦場近くに戻ることにする。
「ユー、こっち任せた。……シリル、次の魔法、最大に威力高めたとして、あと何分かかる?」
……先程の氷塊の魔法を放った後、すぐさま次の歌に入っていたシリルは、パーにした指を僕に向ける。
五分。
「わかった。セシルさんとタイミング合わせるの難しいかもだけど、準備は進めといてくれ」
「待った、ヘンリー。今ティンクルエールかけるから」
「……悪い、今強化ポーションの効果中。お前の強化入れたら、多分ぶっ壊れる」
ロッテさんの虹色の戦歌でも割とギリギリだったのだ。それ以上の強化受けたら、体の方が耐えきれない。
「はあ!? ロッテさんの魔法受けてたよね……ええい、帰ったら説教!」
「無事帰れたら喜んで受けてやるよ!」
走って、セシルさんと魔将の戦いに近付いていく。
到着する頃には、リオルさんの導きの鳥が近くまで来ており、
「フンッッッ!!」
……アゲハとゼストが戦っていたウォードラゴンを、エッゼさんが通りがかりの駄賃とばかりに、ルミナスブレードの一刀の元に両断した。
そうして、魔将近くまでやって来て、導きの鳥からエッゼさんは飛び降りる。
「ラ・フローティアの面々よ、待たせたな! 我らが来たからにはもう安心である!」
漆黒の鎧に身を包み、大剣を構えて堂々と宣言するその姿は、実際ひどく安心感を与えてくれるものだった。
リオルさんは上空に待機し、魔将を牽制する構え。
「……あ~あ~、台無しじゃん」
と。
二人の到着に、ランパルドはボヤきながら大きく飛び退いた。
「折角殺したと思った英雄も、あの分じゃ治しちゃったみたいだし。やっぱ救済の聖女か、一番にやるべきは。……次はちゃんとやらないとなあ」
「次があると思っているのか?」
セシルさんが剣を向け、ランパルドに尋ねる。
……セシルさん、エッゼさん、リオルさんの英雄三人。そして、今近くまで来たアゲハとゼスト。加えて僕たちラ・フローティア。
魔将といえども、封殺できる布陣だ。
それがわかっているのかわかっていないのか、ランパルドはへらへらと笑いながら口を開く。
「まあ、このまま攻められると殺されるのは俺かな。……でもさあ、俺もそうそうやられたくはないんでね。ちょっと切り札というか、保険を使わせてもらった」
なにを――と思っていると、上空にいるリオルさんが叫ぶ。
「!? 魔国の方角から、魔物が多数こちらに押し寄せてきている! 先頭集団だけでも千以上!」
「な――!」
「次の大攻勢用に、俺が後ろの方でせこせこ溜めてた魔物さ! 大赤字だけど、生きて帰るためには仕方ない!」
そういえば、そんなことを言っていた。自分が魔物を大量に生み出せない分、魔国で自然発生した魔物を集めている、と。
それが来たってことは……
「このままじゃ負けるけど、それでも簡単にはやられないぜ!? 今、前線にいるのは二線級の連中で、あっちの英雄の強化も切れた! オイオイオイ、お前らが対処しないと何人死ぬかなあ!」
クソうぜえ。しかし、言ってることは正しい。
英雄たちが、難しい顔になる。
ややあって、諦めたようにエッゼさんが必殺の気配を静めた。
「……むう、仕方あるまい。この場は見逃してやるのである」
「おーう、サンキュウ!」
おどけた様子で、魔将が堂々と踵を返す。
「あ、そうそう」
ふと、ランパルドが足を止めて振り向く。
そして、セシルさんに目を向け、
「……俺になにかあるのか?」
「そう、勇者サン、あんただ。我らの麗しの魔王様が、いっつもボヤいてるよ。『なんでお兄ちゃん、こっちに来てくれないんだろう』って。そんだけ」
………………は?
一瞬、言葉の意味が理解できず。
呆然としている間に、魔将は去っていった。




