第二百十三話 足止め
魔将に向けて、僕、アゲハ、ゼストの三人が駆ける。
自惚れではなく、リーガレオでも若手という括りであればトップクラスの面子だろう。
……しかし、ロッテさんが仕留められなかった相手に勝つには、とてもではないが手が足りない。
「で、作戦どーすんだ!?」
走り始めてから、アゲハが尋ねてくる。
「ゼストを盾に、僕とアゲハで攻撃! でも基本、時間稼ぎ優先で応援を待つ!」
「あいよ!」
「承知した」
アゲハが打ち上げた信号弾に気付いて、救援が来るまで恐らく五分から十分ほど。
信号弾では細かい情報までは伝えきれないが……なんとか、ユーが来てくれることを祈るしかない。
先程の、ロッテさんの凄惨な様子を思い返す。
……腹部貫通。恐らく、内臓もかなり傷ついてしまっているだろう。
この場合、回復のポーションは役に立たない。ポーションで治るのは、程度の差はあれ、体力と栄養さえあれば放っておいても自然治癒できる範囲の傷まで。
ポーションは複雑な臓器を復元することはできず、ただ単に肉だけを埋めて『治して』しまう。
あれを治せるのは、きっと治癒士の中でも両手の指で数えられるほども存在しない。
……リーガレオに来て急速に経験を積んでいるが、元々都市部で治癒士をやっていて、内科系の方が得手であるフェリスもまだ無理だろう。
「はっ!」
魔将の触手が、倒れているロッテさんに向けて伸びる。
しかし、当然そいつは迎撃。距離が離れれば威力も落ちるらしく、普通に叩き落とせた。
……その間に、うちの仲間がロッテさんのもとに駆けつけようとしている。
「邪魔すんなよ! よーやく目的の英雄を殺れるっつーのに!」
「アタシも英雄だっつーの。なに眼中にないツラぁしてんだ!」
魔将ランパルドの言葉に、アゲハの殺意が一瞬でフルになった。
下手すると見失いそうになる身のこなしで、魔将に向けて突っ込んでいく。
「そういやあ、お前みたいなのもいたっけなあ!? なら英雄二人、ここでいただきだ!」
ランパルドから伸びる触腕が十数本、逃げ場がないよう囲むような軌道でアゲハに向けて殺到する。
ロッテさんは凌いでいたが、ほぼ初見のアゲハでは無理――
「甘い」
……なんて、そこまでアゲハも無策ではない。
ゼストの神器による光盾が致命的な軌道の数本を受け止め、アゲハはそれによって出来た隙間に体をねじ込み、魔将に肉薄する。
近い歳の実力者同士、アゲハとゼストも何度も組んだことがある。
打ち合わせもなしでゼストの盾を当てにして突っ込むのは、無謀と言えばいいのか信頼関係があると言えばいいのか。
「っちっ! おら!」
しかし、これだけで攻撃を通せるほどムシはよくない。
魔将にナイフが届く間合いに入る前に、別の触手によってアゲハは道を塞がれ……隙のあった何本かの触手を切り飛ばすだけで、アゲハは後退を余儀なくされる。
……が、狙い目だ。
「ふん、さっきの英雄に比べりゃ、動き見えんだよ!」
「そうか、死んどけ!」
……アゲハが切る触手を上手く選んでくれたおかげで、今僕とランパルドの間を遮る触手はない。
射線が、通った。
如意天槍を振りかぶる。
「んっな!?」
「《強化》+《強化》+《強化》+《火》!」
槍を投げ、分裂させる。
ロッテさんは、瀕死だというのにまだ虹色の戦歌を維持してくれていた。
つまり、最初にランパルド向けて投げた時に比べ、術式が一つ追加され、強化ポーションによる更なる能力の底上げがある。
果たして――
「っっってえなあ」
……五本に増やした槍は、三本が弾き飛ばされ、一本がランパルドの腕を、もう一本が腹を貫通した。
普通の人間であれば、致命傷。《火》で傷も焼いているのだから、そう簡単には治らない。
……しかし、ランパルドは無造作に槍を引き抜き、投げ捨てる。
傷は、すぐに治っていった。魔導も使わず、無造作に。
まあ、想像はついていたので、気落ちせず、槍を引き戻す。
……ロッテさんも何度かクリーンヒットを当てていたが、ピンピンしてるしな。
コイツに限らず、魔将は保有している瘴気を『磨り潰す』勢いで傷つけないと倒せない。昔アゲハがやったみたいに、首でも刎ねれば流石に話は別だが。
「出会い頭にもカマしてくれたよな、お前。ヘンリーだっけ? お前もついでに殺すわ」
「……やってみろよ魔将野郎。ついででやれるもんならな」
「カッ! 言いやがったな!」
挑発する。
僕の方に意識が集中して、アゲハが奇襲するチャンスが増えればしめたものだ。
と、思っていると、ずい、とゼストが前に出る。
「生憎だが。盾役の俺をどうにかしないと、ヘンリーを殺すことはできんぞ。無理、ということだ」
そして、おもむろにそんなことを告げた。
……これを格好つけではなく、素で言っているのだから頼もしい。
「っし、改めて……行くぞ二人とも!」
そうして。
戦いが、始まった。
ゼストが触手を払う。
その隙をついて、僕が前から、アゲハが後ろから攻める。
残った触手が滅茶苦茶に周囲を薙ぎ払い、後退。
……躱しきれず、一本だけ槍で防御。骨が軋むような衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
打撲くらいは負ったようだが、背後でロッテさんを介抱しているフェリスの『ニンゲルの聖域』が回復してくれる。痛みだけ無視してすぐさま起き上がり、追撃を回避。
「アゲハ! 当たってないか!?」
「ったりまえだ。お前ほどすっとろくねえよ!」
まだ持続している虹色の戦歌の効果は、アゲハにも及んでいる。確かに、今のアゲハに当てるのは難しいだろう。
……当たったら、僕とは違って一撃で沈みかねないので、安心する。
「そろそろ、終わっちまいなよ!」
「ふン!」
僕に向けて伸ばされた触手に対し、ゼストが間に入った。
光の盾でいくつかを防ぎ、残りは自分の槍や鎧を強化して受け止める。
ゼストの使う魔導、ガレアス流は、武具の強化に特化した魔導で。魔将とはいえど、完璧に受けに成功したら、その強度を突破することはできない。
しかし、
「ゼスト、あとどんだけもつ!?」
「無論、永遠にだ」
「強がりはいいから正直に言え!」
どれだけ強固な装備で受けても、衝撃を完全に防げるわけじゃない。並のタンクなら一発で死ぬような攻撃なのだ。いつまでも耐えられるなんて寝言は聞かない。
「……二、いや、あと三合は俺の意地に懸けて防ぐ。それ以上は天運と相談だ」
「わかった!」
まだ戦い始めて二、三分。
……あと三回。
~~っ、攻めるっきゃねえ!
「アゲハ! ちと無理めにでも攻めるぞ!」
「あいよォ!」
こっちの手番を増やして、ランパルドに対応させる。守勢に回った瞬間、僕やアゲハじゃ受けきれない攻撃に晒される。
……時間稼ぎが優先なのに矛盾してるが、そういう手合だ、こいつは。
「目の前で堂々と作戦会議たぁ、舐めてくれるじゃねえか!」
ランパルドが更に触手を伸ばす……直前、アゲハが突っ込む。魔将の意識が僕に向いた瞬間を狙って『潜んだ』。
ふっ、と。慣れてる僕でも一瞬見失いそうな動きで、アゲハがナイフを滑らせ、
「ッッチィ! 切れねえ!」
「!?!?!? っぶな! くそ、お前が首刈り狂なのは知ってんだ! 重点的に守っててよかったぜ!」
アゲハの斬撃は、首の表面を浅く傷付けただけで終わった。
さっきからランパルドは首周りに瘴気を纏っていたし、やつの触手を躱しながら接近したせいで態勢が不十分だったので仕方ない。
……が、今度は意識がアゲハの方に行った!
無言で、僕も接近。
「寄ってくんなよ!」
しようとするのは、ブラフ。
雑な迎撃を避け、槍投げ。触手に弾かれるが、その隙にアゲハが離脱に成功。……嫌がらせ目的のアゲハ特製毒煙玉が転がり、ランパルドを包む。
「ぺっぺっ! 糞が、死ね!」
気に触ったのか攻撃が全部アゲハに向かう。
……と、その頃にはアゲハの方に回り込んでいたゼストが、それを防いだ。
あと、二回。
(ヘンリーさん、大丈夫ですか!? 一応魔法の準備できましたけど!)
どう動くか、と少しだけ考えていると、シリルの念話が届いた。
歌っているのには気付いていたが、
(少し待ってくれ!)
魔将の動きは決して遅くない。僕やアゲハはなんとか速度では勝っているが、『なんとか』レベルだ。
それに、流石にシリルの魔力は感づかれている。今撃ったところで、避けられるのがオチだ。
……隙を見つけて、《拘束》と《固定》で拘束を。
と、算段を立てていると、ふと魔将が動きを止めた。
「ハァン? 後ろのゴツいの、準備終わったみたいだなあ?」
さっきまでの興奮した様子が不気味なくらいに落ち着いて、どこか余裕のある態度。
……なに、か。マズイ。
「……だから、なんだっつーんだ」
「いや、俺の方も『準備』終わったんでね。奇遇だなあ、って」
準備、ってなにが……と、思っていると、魔将の隣に瘴気が集まっていく。
あれは、魔物が発生する前兆の――!?
「俺の瘴気バラ撒いて、よーやく一匹作れるくらいにゃーなったんだ。……おら行け」
出現したのは……ウォードラゴン!? ドラゴンの上位種、最上級でも指折りの難敵!
「ガァァァアアアアア!」
尾の一撃がアゲハを、ブレスが僕を狙う。
「くそ!」
この後の展開が読めたが、仕方なく飛び退く。
道が、出来てしまった。
「はっはぁ! お前らはそこでそいつと遊んでればいい……! 俺はとっとと目的を果たさせてもらうことにする!」
魔将が抜け出した。
当然のように狙いは瀕死のロッテさんで。ジェンドたちが守りについているが、普通の魔物ならともかく魔将相手はまだ荷が重すぎる。このままじゃ諸共殺されてしまう。
追いかけたいが、自分の守りを全く考えず暴れるウォードラゴンが邪魔過ぎる!
(~~っ、シリル! 今魔将止めるから、そうなったらぶちかませ!)
(はっ、はい!? わかりました!)
「ゼスト! 守り任せた!」
声をかけ、僕は全力で攻めて来ようとするウォードラゴンを無視して、魔将の方に向く。
……半分以上、賭けだこれは。
「《強化》+《強化》+《強化》+《拘束》+《固定》!」
全力の、足止めの投擲。
重量増加も加え、思い切り踏み込む。
……後ろで、全力で回り込んできてくれたゼストがウォードラゴンの攻撃を受け止めるのを感じながら。
僕の残り全魔力を込めて、槍をブン投げた。




