第二百十二話 混戦
「ッッッ、ォラァ!」
如意天槍を、固まっている最上級どもにブン投げる。
とは言っても、今回はダメージを与えるのが目的ではない。
目的は連中の分断だ。
「ジェンドとティオはハヌマン頼む! ……ゼスト、残りどっちが好みだ!?」
ジェンドたちが交戦経験のあるハヌマンだけは一匹になるよう。他四体はなんとか半分ずつになってくれ、と祈りながらの投擲だったが、うまい具合に分かれた。
「お前が選べ。俺はどっちでも構わん」
「んじゃ、戦ったことあるから、フェンリルのいる方もらうぞ!」
「承知した」
僕とゼストは、それぞれ二、二に分かれている最上級に突っ込んでいく。
僕はフェンリルとキュクロプス。ゼストがオオオロチとエレメンタル。
「グウウ……ガアアアアァァァッ!」
フェンリルの咆哮が、僕の全身を叩く。人の恐怖を呼び起こす、と呼ばれるそれだが……生憎と一度経験している上に、それより小さな、しかし力強い歌声が二つも味方なのだ。身を竦ませることなく、僕はそのまま突っ込む。
「ゴルゥァ!」
突進する僕に、キュクロプスからハンマーの振り下ろし。
……さっき、ゼストの光盾を叩く時にこいつの動きは見た。パワーは堅牢な要塞を一撃で砕きかねない圧倒的なものだが、反面速度は大したことがない――!
「ッッ、っと!」
あえて、ギリギリで躱す。ハンマーが地面を叩く衝撃に吹き飛ばされそうになりながら、攻撃直後の硬直を狙って、キュクロプスの腕に長槍にした如意天槍をぶっ刺す! 地面に縫い止める!
「《強化》+《拘束》+《固定》!」
重量マシマシにして、更に魔導による拘束。
……そして縫い止めた槍はそのまま、一本だけ分裂させた如意天槍を手に僕はフェンリルの方へ走る。
「ガアアア!」
残った腕で、僕を直接ぶん殴ろうとするキュクロプスだが、僕はそれを掻い潜る。
……多重強化で反応が上がってなけりゃモロに食らってたかもしれないが、なんとかキュクロプスは抜けた。
フェンリルと、この一瞬だけ一対一。
そのフェンリルの周囲には、なにやら氷の粒が出来上がっていた。
……極低温のフィールドを作り出す、フェンリルの魔法。
「《火》+《火》」
「ヴォアウ!」
周囲の空気が極寒になるが、その一瞬前に火の魔導を発動し、体を低温からガード。
「!? ガァ!」
「読めてんだよ!」
フェンリルの爪の一撃も、軌道が予測できていたので、余裕を持って躱す。
魔物の戦い方っていうのは、ごく一部の例外を除いて、同じ種族であれば大して変わらない。研究、対策、戦術、技術。これが基本的に魔物に比べて能力で劣る人間の戦い方だ。
情報が少なかった最上級が、リーガレオにポンポン出てくるようになって、討伐のハードルが一気に下がったのもこれが理由である。
……そして、前のフェンリルとの戦闘は、十分に検討は済ませてある。
使ってきた魔法は全部頭に叩き込んでるし、関節の可動範囲も大体わかったので攻撃や防御が可能な範囲も予測できる。
なにより、『生まれたて』のこいつは、前のやつより弱い!
「いただき、だ!」
強化の魔導を四重に掛け、全力の刺突を横脇腹に。
下手な金属よりよっぽど強靭な体毛と毛皮を突破し、確かな手応えが――
「oluulo■o!」
「~~っ、マズ!?」
フェンリルが横目で僕を捉え、背筋に悪寒が走る。
その予感に従って、慌てて槍を手放し、後ろに飛び、
「っ、痛ぅ~~」
……一瞬間に合わず、フェンリルの生み出した氷の刃に、腕を切り裂かれた。
付随して、傷口が凍りそうになるが、今も掛けている《火》を重ね掛けして防御。
少しすると、フェリスが今も維持している『ニンゲルの聖域』の効果で治ったが……その頃にはキュクロプスも拘束の槍を引き抜いて復帰。フェンリルも、多少のダメージはあれどまだまだ元気いっぱいだ。
如意天槍を手元に引き戻し、内心でだけ小さくため息をつく。
フェンリルはあのタイミングであれば、あわよくば致命傷まで持っていけるかと思ったが……まあ、この程度で勝てれば苦労はない。
向こうがこっちの動きを知らない初回の激突であの程度のダメージだったのは痛いが、なんとかするしかないか。
「……かかってこいや!」
自分を鼓舞するために、大声を出して。
僕は槍を構えて、二匹の最上級を迎え撃った。
キュクロプスのハンマーの一撃が掠る。
「っっ、ぐぅ!?」
メキ、と左腕が嫌な音を立てた。
フェンリルの攻撃を捌いているところを、うまいこと狙われてしまった。フェリスの『ニンゲルの聖域』のおかげで、数十秒もすれば治るだろうが、そんなに待っていられない。
「《強化》+《強化》+《癒》」
自前の癒やしを掛け、ぎゅっと左拳を握る。
……微妙に違和感が残るが、なんとかなる範囲だ。
「グォゥ!」
「おっと!」
フェンリルの突進を躱し、すれ違いざま槍をぶっこむ……が、かすり傷しか付けられない。《強化》抜きの素だと、眼でも狙わないとキツイ。
(ヘンリーさん、魔法準備できました! どいつ狙いますか!?)
と、神器リンクリングの念話の能力によって、頭の中にシリルの声が響く。
(早くないか? まだ三分くらいだけど!)
(一撃で倒せなくても、大ダメージは与えられると思います! その方がいいかと思って!)
いい判断だ!
ジェンド達とゼストの戦いを見る。
ジェンドとティオは、ハヌマンをよく抑えている。一度の交戦でよく戦い方を掴んでいるようで、攻めには転じられていないようだが、危なげのない立ち回りだ。正面に立つジェンドは勿論、ティオがいい仕事をしている。
一方、ゼスト。
不規則な動きをするオオオロチに、後方から魔法を飛ばしてくるエレメンタル。一歩も引く様子はないが、徐々にダメージが蓄積している様子だった。
(……悩むが、エレメンタルをやってくれ! あれ、こっちにも時々魔法飛ばしてきて鬱陶しい!)
(りょーかいしました!)
僕はキュクロプスを投げ槍で牽制しつつ、ゼストに向けて声を上げる。
「ゼストォ! エレメンタルに向けてドデカイ魔法が行くから、注意しろよ!」
僕の警告に、ゼストは小さく頷く。
シリルが、杖を離れた位置にいるエレメンタルに向ける。
その杖の先端に常軌を逸したレベルの魔力が集まっていき、それが弾ける寸前、シリルが叫んだ。
「『エーテルバスターァァァ』!!」
純魔力の砲撃が、エレメンタルに向けて一直線に伸びていく。当然、エレメンタルも避けようとするが、
「少し止まれ」
……残念、ゼストの『ソルの盾』による光盾が三方からエレメンタルを囲み、その場から動けないように拘束する。
単なる防御だけでなく、ソルの盾はああいう使い方もできる優秀な神器だ。
「$%&$%$###$$!?」
……エレメンタルのど真ん中を、シリルのエーテルバスターが貫く。
精霊系の魔物は臓器みたいなのはないが、体が半分くらい消し飛んで平気なわけがない。消滅はしていないが、明らかに動きが鈍っている。
「っし、あっちはなんとかなるか」
あれなら、ゼストであれば余裕で持たせるだろう。
ジェンドとティオも、まだまだ崩れる様子はない。
っつーことはだ。
「……一番ヤバいのは僕か」
フェンリルとキュクロプスが、油断なく僕の方を見据えて二方向から距離を詰めてくる。
さっきまでは二匹とも好き勝手に攻めてきていたのだが、それじゃ倒すのが難しいと判断されたようだ。
シリルの次の魔法まで、なんとか持たせるしかないが……一匹ずつでも正直綱渡りだったのに、何分生き残れる?
「ガアアァァッ!」
「ゴルゥゥウ!」
――なんて、考えてる暇はないか!
突撃してきた二体に、僕は意を決して立ち向かうのだった。
「『ライトニングジャッジメント』!!」
天空から降り注いだ雷の塔が、フェンリルを刺し貫く。
「……っこれでっ、終わりだ!」
残った力を振り絞り、強化付きの槍を投げる。
シリルの魔法には生き残ったフェンリルだが、如意天槍によって頭蓋を貫かれ絶命。
「ゴルアアア!」
「~~~、くっそ!」
右足はさっきフェンリルに噛まれ、ろくに動かない。残った左足で思い切りその場から退避し、ほとんど転がるようにしてキュクロプスの攻撃を避ける。
キュクロプスの殴りつけを受け止めた左腕も、全く力が入らない。
キュクロプスの追撃を必死で躱しながらポーチを漁る。
回復のポーションの上級を取り出し、こぼしながらも飲み込んだ。
シュウシュウと音を立て、右足と左腕が治っていく。強力なポーションは体には良くないらしいが、気にしている場合ではない。
「はっ、はっ、はっ」
息を整えながらキュクロプスと改めて相対する。向こうも、態勢を整えた僕を警戒して、すぐには襲いかかってこなかった。
「……よしっ!」
体力も大分消耗したし、あと一歩間違えてたら死んでたが、ようやっと一匹倒せた。ゼストの方もエレメンタルには止めを刺したし、こっちはなんとかなりそうだ。
そうすると問題は。
キュクロプスに隙を見せないようにして、ロッテさんと魔将の戦いに視線を向ける。
「……流石」
二人の戦いは、ロッテさんが優位のようだ。触手の動きをもう見切ったのか、一撃も当たらない。反面、ロッテさんの攻撃もあまり効いてはいないようだが、あれならば心配はいらない。
と、ふと魔将の視線がこちらに向いた。
「ってぇ! オイオイオイ! なに二匹もやられてんの? そろそろこっちに手ェ貸してもらうつもりだったのにさあ!」
……気付いてなかったのか。
やっぱり、能力はともかく、ランパルドは戦闘者としての質は高くない。首尾よくこっちを倒して、ロッテさんに援護に行ければ、倒すことだって……
「仕方ねえなあ! 『他のやつ』呼ぶかぁ」
……? 他のやつ?
と、疑問に思っていると、魔将が触手以外は外に漏らしていなかった瘴気を垂れ流し始めた。
あいつ、なにを。周囲にバレないよう、わざわざ隠していた瘴気をなんで……
「~~っ、やっばい! まさかあいつ――!?」
ここは、一陣。
ランパルドが魔物を生成できなくても、少し歩けばいくらでも魔物はいる。
そして、魔将は自分の生み出した魔物ではなくても、当然のように魔物を操ることができ、
「みんな、上級の群れが来た! ~~っ、目視できる範囲で百以上!」
フェリスの警告が飛ぶ。
くっそ、ジェンド達の方に来やがった!
「ハヌマン、こっちに来い! このすばしっこい英雄を殺るなら、お前が向いてる!」
「行かせるか――!」
ジェンドがハヌマンの行く手を遮るが、やって来た鬼虎どもの対応に追われ……とうとう最上級が一匹、ロッテさんの方に向かってしまう。
「……ええい!」
槍を投げて足止めしたかったが、僕の方にもワイバーンの群れが来ている。数十のブレスが襲いかかり……それを躱していると、キュクロプスまで抜けてしまった。
「この――!」
「ヘンリー、こっちは気にすんな! そっちはそっちで、危ないだろ!?」
追いかけようとすると、ロッテさんからの制止が入った。
……百以上の上級との乱戦。後ろにいたフェリスとシリルの方にも魔物が行っている。確かに、こっちはこっちで極めて危険な状況だ。
~~、ええい!
「しばらく頼みます!」
「合点!」
僕はシリルたちのガードに向かう。
ジェンド、ティオも合流して、魔物を倒していく。
唯一こっちに残った最上級であるオオオロチは、ゼストの足止めからのシリルの魔法で粉砕。
ゼストも一緒に、どんどん集まってくる上級を倒していき、五分ほど。
ようやく、ある程度間引きが済み、僕はロッテさんへ援護に――
「もらったァ! ァァハハハハハ!」
向かうために一歩を踏み出すのと、魔将の哄笑が響くのが同時だった。
あん、なに……?
「よーやく捉えた! いやあ、ホント英雄ってのは強いなあ!」
二匹の最上級を背後に従え、何十という瘴気の触手を生やした魔将が、称賛する。
その触手の、一本が。ロッテさんの、腹を、
「糞が!! みんなは残ってろ! ――ゼストォ!?」
「ああ、行くぞ!」
僕とゼストが飛び出す。
あの触腕の攻撃は、とてもじゃないが他のみんなは対処しきれない。僕とゼストもあの数は怪しいが……関係ない。
「おー、おー。来るか来るか。いいねえ、有力な冒険者、他に二人も仕留められるとは」
笑いながら、魔将は僕たちを悠々と待ち構える。
……頭に血は上っているが、かといって魔将と最上級二匹相手に勝てると思うほどトチ狂ってはいない。
確かユーは今日、一陣に出た連中の怪我に備えて、黒竜騎士団が守る二陣の天幕で待機してるはずだ。ロッテさんにかすかにでも息があれば、連れていけば治せる!
「……いざとなれば、俺が殿を引き受けよう。お前はシャルロッテさんを連れて逃げろ」
「いや、それなら僕が」
「パーティのリーダーなんだろう。責任を果たせ」
……言い返せない。
「おしゃべりしてる暇ァあんのかなあ! ハヌマン、キュクロプス!」
二匹の最上級が魔将の前に立ち、僕たちに向けて武器を構える。
……この二体を抜いて、魔将のもとに辿り着くだけでも博打もいいところだ。
でも、やる。
そう決めて、前衛をゼストに任せ、僕はその後ろにつく。
……ふと。
パァァァァン! という甲高い音が、空高くに響いた。
「信号弾!?」
音と共に瞬いたのは、危機を知らせる赤い閃光。
……チンピラもどきの冒険者が悪戯で使いまくった過去があり、今では限られた一部の人間しか持てない信号弾。特に、今炸裂したのは、遠くまで届く一陣の人間向けのもの。
「あン? とうとう誰かに気付かれちまったか? まあ、もう止めをさすトコだから、いいけど」
腹を貫かれたロッテさんの頭に向けて、もう一本触手が伸びていく。
間に……合わな……!?
ドン、ドン、と。大きな音が二つ。
「は?」
魔将が間抜けな声を上げる。
……それは、頭が落ちた音。
キュクロプスの単眼の頭と、ハヌマンの猿頭が、魔将のすぐそばに転がる。
「なに、が……!?」
「いただきぃ!」
どこか、聞き慣れた声がして、一閃がランパルドの首めがけて走る。
「うおおおおおおおお!?!?」
ランパルドは瘴気を全身から放出し、ギリギリのところでその一撃の主を吹き飛ばした。
……しかし、転んでもただでは起きない。その影は、吹き飛ばされる方向を調整していたらしく、ロッテさんを貫いていた触手を切って、彼女を引っ掴んでこちらに下がってくる。
「……アゲハ?」
「おう、アタシだ!」
ニヤ、と笑ってるのは、どこか薄汚れているが、アゲハだ。
「お前、なんでここに」
「いやぁ、初日にアタシ、ロッテさんにボコられただろ? 悔しくて悔しくて、憂さ晴らしと修行かねてあれからずっとここで首刈ってたんだ。で、ついさっき魔将に気付いたんで、不意打っちゃえと思ってさ。最上級はお前らに釘付けだったから楽勝だった」
ありがとう馬鹿!
「よし、ロッテさんをフェリスのところへ連れてってくれ。足止めは僕とゼストが――」
「……いやぁ、足手まといになる、気はないから。私のことは、適当に捨ててくれればいい」
よろよろ、とアゲハの腕から離れて腰を下ろしたロッテさんが、そんな事を言う。
「冗談言わないでください!? 腹に風穴空いてんですよ!?」
「……なぁに、平気平気。……ペッ。~~♪」
血反吐を吐きながらも、ロッテさんは虹色の戦歌を維持するため、歌を途切れさせない。
「やるぞ、ヘンリー」
「~~、わかったよ! アゲハもいいか!?」
「おう。ギゼライドの首は取れなかったからな。アイツの首は絶対いただく!」
ゼスト、アゲハと一緒に。
僕は魔将に向けて走り始めた。




