第二百二十一話 ギリギリの配分
「ソルの盾よ、加護を!」
ゼストが左手に身に着けた篭手を前に出し、一喝する。
すると、先程魔将の不意打ちの刺突を防いだ光の盾が五つ、それぞれ五匹の最上級の前に立ちはだかった。
「ゴルゥゥアアアアッ!」
最上級の一匹、キュクロプスが手に持つハンマーを構え、ちっぽけな盾を粉砕しようと振り下ろす。
他の魔物も、盾などそのまま突進で破壊するつもりなのだろう。勢いを緩めずにこちらに迫り、
「馬鹿め、だ!」
全員、光の盾を寸毫も動かすことができず、盾にぶつかってその勢いを止めた。
ゼストの持つ篭手型のエピック神器『ソルの盾』。『光盾』、『不壊』、『不動』の能力を持つ、防御型神器である。
不壊と不動は、光の盾にかかっており……一度に展開できる数や大きさ、発動時間には勿論制限はあるが、ほぼ無敵の盾となる。
かつて超大型の最上級の突進も三枚がかりで止めた、数ある神器の中でもトップクラスの逸品だ。
「ちょ、お前ら!?」
シュン、と数秒も持たない盾はそのまま消えるが、これで魔将だけが突出した形になる。
驚きで、その魔将も一瞬動きが鈍り、
「~♪ ……ヘンリー、行くよ!」
「わかりました!」
虹色の戦歌の維持のための歌を挟みつつ、ロッテさんが声を掛けてくる。その意図を察して、僕は魔将に突撃するロッテさんの斜め後ろに陣取って一緒に突貫した。
「ふん、舐めるな!」
ロッテさんを薙ぎ払うように、魔将ランパルドが『瘴気の手』を伸ばす。
しかし、こと接近戦の技量においては英雄の中でも随一なのがロッテさんだ。なんか手を光らせて、自在に軌道を変化させるその手を掴み、ぐい、と力を入れる。
どのような力の入れ方をしたのか、それでランパルドの体が流れた。
「お、お……っと!?」
ランパルドが崩れそうになる体を支えるために思い切り足を踏みしめる。魔将の脚力で、大地に亀裂が入るほどの衝撃が走り……どうあってもその体勢では対応できない方向から、ロッテさんが拳を振り上げて襲いかかった。
「もらった!」
……普通であれば、必殺の間合い。
ロッテさんの光る拳がめり込めば、ノーダメージということはないだろう。
しかし、相手は魔将。人類最大の敵であり、常識の外にいる連中だ。
「あっハァ! かかった!」
ランパルドの脇腹から、腹から、足から。幾本もの瘴気の手……いや、触手が伸びる。
……腕からだけじゃねえのかよ!
「!? こんの!」
しかしロッテさんもさるもの。攻撃のための拳を、迎撃に回して、その触手を迎撃した。
「ほらほら!」
ロッテさんが触手を一本を弾くたびに、空気が震える。逸れた触手は、地面をプリンかなにかのように容易に抉っていった。
恐ろしい威力だが……でも、ロッテさんに集中している今がチャンス。
元々、自分が受け役になるからブッ貫け、というのがロッテさんの作戦だ。
「《強化》+《強化》+《強化》!」
三重の強化。更に重量操作で、如意天槍を常より重くし、構える。
「させるかよ!」
魔将が叫び、ロッテさんに向けている都合十本の触手の一つを僕に伸ばしてくるが……間に入った光の盾が、それを防いだ。
リチャージが終わったゼストのソルの盾。
「よい、」
そして、ロッテさんがランパルドの触手の群れを、どうやったのかは見えなかったが突破し。
「しょっと!」
僕では理解できない動きで、魔将を投げ飛ばした。
空中浮かぶ無防備な魔将の背中が見え、僕は迷わずそれに向けて槍を投げ飛ばして、
……着弾。
三本に分けた如意天槍は、間違いなく魔将に直撃したが、
「いってぇ。やりやがったな」
……背中からも出てきた瘴気の触手に、威力を大幅に減じられてしまった。
突き刺さりはしたが、内臓まで届いていない。
槍を引き戻す。
「糞」
そうして改めて本性を表したランパルドを見る。
……もはや四肢も使わず、全身から伸びた瘴気の触手で地面に『立つ』魔将。僕が見てきた魔将の中でも、かなりのゲテモノだ。
「……化け物、ね。聞いてた通りだ」
「おいおい、ひどいな英雄さん。対抗できているアンタも、俺からすれば十分化け物だよ。でも、ま。ここまでだ」
ゼストの光の盾で足止めされていた最上級たちがもうすぐ戦線に到達する。
勝ちを確信したらしいランパルドはニヤリと笑い、
「『グレートウォール』!」
城壁のような頑強な魔導の壁が、最上級と魔将の合流を再び遮った。
「うっそ、またかよ!? 今度は、後ろのヤツか!」
英雄ゴードンの手によって製作されたフェリスの盾。自在鉱で出来たその盾は、持ち主の意思に応じて表面が流動し、本来個人携行の呪唱石ではとても扱えない大規模な術式を描くことを可能とする。
盾に登録されている四つの大魔導の一つ。使い勝手が良く、リーガレオでも何度か活躍した魔導『グレートウォール』が発動したのだ。
……魔将の存在に萎縮していたみんなだったが、気配を察するに動けるようになったようだ。
「ヘンリーさん! 作戦は!?」
この状況で後ろは見れないので、視線は逸らさずに耳に届いたシリルの声に一瞬だけ考える。
魔将ランパルド。今見えている能力は、全身から瘴気でできた触手を伸ばすこと。
自在に動くそれは、今のところ最大十四でロッテさんを襲って……いや、今十五本になった。
ロッテさんも今は捌いているが、グレートウォールで寸断されている最上級が合流してしまったら、流石に手が足りなくなる。
「ヘンリー! 私一人でなんとか一分は持たせるから、みんなと逃げていいよ!」
「~~っ、できるわきゃないでしょう!」
人情的には勿論、実利的にもだ!
仮に魔将がロッテさんを殺したとして、そのまま帰ってくれるか?
そうなったら、ロッテさんの虹色の戦歌の効果が途切れた、普段は二陣で戦っている連中が残る。最上級と魔将本人がいれば、混乱したそいつらを行き掛けの駄賃に半壊させることなど簡単だろう。
それがリーガレオの全戦力の何分の一になるのかは知らないが、折角好転しかけた戦況が一気に悪化することは目に見えている。
――つくづく、嫌なタイミングで仕掛けられた。
セシルさんが密告したなんていう妄言を信じるわけではないが、この魔将に今日のことを知られたのは最悪の事態だ。
「ヘンリー、じゃあどうする気だい!?」
グレートウォールも、今破壊された。元々、不意打ちでなければ流石に最上級複数は止められはしない防壁だ。
数瞬脳裏をよぎった考えは一旦脇に置く。
どうするか……逃げないなら逃げないなりに、打てる手がなくもない。
「ロッテさん、魔将引き離せます!? こっちは僕たちがなんとかします!」
「無茶……だけど、男なら言ったこと守れよ!? 絶対全員生き残るんだぞ!」
言ったが早いか、余裕のない鼻歌を歌いながら、ロッテさんが魔将の触腕に蹴りをくれて吹き飛ばす。抵抗しようとする魔将も、今まで少しだけ抑えていたロッテさんの全力の動きに目が慣れないらしく、なすすべもなく離されていく。
……こと純粋な技量においては、あの魔将は大したことはない。能力が能力だけに、既存の武術とかを流用できなかったんだろう。瘴気の触手は恐ろしい能力だが、ロッテさんなら勝ってくれる――と、信じる他ない。
ふう、と溜息一つつく間も惜しく、僕は叫ぶ。
「フェリス! 僕を持たせろ!」
「なっ、馬鹿なことを…………くそ! ヘンリーさん、死ぬなよ!」
万が一の時のために決めた合図に、フェリスが一瞬躊躇するが……すぐに納得し動き始める。
「ゼスト、十秒くれ!」
「なにをするか知らんが、任された」
ゼストが一歩前に出る。そうして再び光の盾を繰り出すが、もう学習した最上級には通じない――なんてことはない。
ゼストは僕と同じく槍と魔導を使うが……やや攻撃寄りの器用貧乏タイプな僕とは違い、ゼストは神器抜きでも超一流のタンクだ。十秒、稼ぐと言ったら稼ぐ。
必死に、ポーチを弄る。
打てる手、なんて言っても、僕は今までやったことしかできない。
取り出したのは、お馴染みの能力増強ポーション……の、ちょっと高級なヤツ。筋力、耐久、反射、速度、魔力の五種を矢継早に飲み干していく。
ロッテさんの魔法の影響下にある今、これを服用すれば更なる強化が見込める。
……一分もしないうちに体がぶっ壊れるリスクと引き換えに。
それを埋め合わせるのが、
「地母神の聖域よ、ここに!」
フェリスの盾に刻まれている魔導の一つ『ニンゲルの聖域』。
指定した範囲にいる味方の体を癒やし続ける、持続回復魔導だ。
以前、同種の強化ポーション二種の同時使用とかを試して、過剰強化に体を慣らしていたおかげで、この魔導があれば動ける。
「……痛みで喜ぶ変態の類か、貴様。なんてことをしている」
「お前も大概だよ馬鹿」
キッチリ十秒。
最上級五体相手に足止めして下がってきたゼストの軽口に、強化の反動による痛みに耐えながら返す。
ゼストの立ち回りは、ポーションを飲みながら見ていた。
神器による光盾を見せ札に。絶妙な位置取りで最上級の攻め気を誘いつつ、その実魔物同士の動きが互いに邪魔になるように動き。また、わざとあまりダメージにならない攻撃を受け、甘い追撃を仕掛けさせそれを躱し。
とうとう、たった一発の被弾で切り抜けた。
いつまでも続けられるものではないが、相変わらず防御にかけては敵わねえ。
……ゼストがいてくれて良かった。コイツがいなかったら、もうとっくに終わってた。
なのでもうちょっと踏ん張ってもらおう。
「ゼスト、その調子で二体、しばらく引きつけててくれ! 僕も二体やる! ――ジェンド、ティオ! 残り一匹、悪いがなんとかしてくれ!」
どこもかしこもギリギリで、この配分が限界。
正直、初の一陣に臨む仲間に言うことではないが、
「~~っ、わかった、任せろ!」
「了解です」
そう、力強い返事があった。
心得たように、とっくに魔法のための歌を始めていたシリルの歌に背中を押され。
……僕たちは、戦いを始めた。
読み返したら同種ポーション同時服用は百十一話で、実に百話ぶりの話題。
伏線の貼り方が下手ですね、どうも。




