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第二百十話 魔将の話

 もはや無用のフードを外した魔将は、生み出した魔物と共に突っ込んでくる。


 魔物は、なんの因果か前にも戦ったフェンリル、ハヌマンを始めとする最上級六匹――って最上級六匹ィ!?


「っっざっけんな!? ゼスト、信号ォ!」

「心得ている!」


 ゼストの動きを横目に、僕は全力で槍を振りかぶる。


「《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《固定(イス)》+《拘束(カテーノ)》!!」


 五つの術式の組み合わせ、投擲。

 僕の全開の足止め――あわよくばダメージを狙う投槍。


 先頭の魔将に向かって槍が直進していく。


 到達までのコンマ数秒。僕は慎重にタイミングを図る。

 まだ、まだ、まだ……今!


「分かれろ!」

『!?』


 遠くの魔将が、流石に少し驚きの表情を見せた。


 都合二十――残魔力全部を持っていった魔槍が、六匹の最上級を範囲に含めて炸裂した。

 ロッテさんの強化も込みなので、ちょっとした戦術級魔導並の爆発が巻き起こる。


「~~っ、えらい威力だな、ッオイ!?」

「馬鹿、気ぃ抜くなジェンド!」


 余波だけで危うく体が飛ばされそうな勢いだが、この程度でなんとかなれば苦労なんざない。


 しかし、それでも数秒は稼げたはずだ。一気に魔力が枯渇したのでくらりとするが、すぐさまポーチから高濃縮マジックポーションを取り出して飲み干す。

 ……一本で、十回分の稼ぎが吹っ飛ぶ虎の子だが、これ一つで僕くらいの魔力なら全快だ。


 僕がポーションを飲んでいる最中。魔将を足止めしたこの隙に、ゼストも動いている。懐から拳程度のボール状のものを取り出し、全力で後方の上空に向けて投げつけ、


「!?」


 僕の投槍の炸裂した砂煙の中。まだ姿も判然としないそこから、一条の黒い影が伸びた。


 それは、ゼストの投げた道具――後方に危険を伝える信号弾をこともなげに捕らえ、そのままぐしゃりと潰した。


「……オイオイ、こっちは何日も苦労してタイミングを図ってたんだぜ。いきなりそれをされちゃあ、台無しっつーもんだ」


 ゆっくりと、土煙が晴れる。


 姿を表したのは、涼やかな容貌の魔族。どこか飄々とした雰囲気だが……放つ威圧感は、今まで遭遇したことのある魔将と何ら変わらない。隠密のためか、普通の魔将なら垂れ流している瘴気は発生していない分マシだが、


「~~っ!?」


 一端の一陣の戦士でも、気合を入れないと立っていられない圧力だ。魔将との直接相対のない後ろのみんな――弱ったギゼライドしか見たことがないシリルも含め、固まってしまっている。


 ……いざ戦いになれば動いてくれる。

 そう信じるしかなく、僕はなぜか襲ってこない魔将をささっと観察した。


 装備は、フード付きのコートに片手剣。恐らく、魔将であれば当然にこなす瘴気の物質化で作った武器だろう。

 剣を握っているのと逆側の腕には、黒いモヤのようなものを纏っている。あれが信号弾を撃墜したようだ。瘴気の手、ってところか。


「しかし、誤算だったなぁ。今日は、二線級のやつしか前に来ていないんじゃなかったっけ。こんだけの威力の投げが来るとは思わなかった」


 ……魔将本人は、コートの右肩のところに穴が空いているが、さほど痛痒を感じている様子はない。


 しかしその後方。

 僕の《固定(イス)》、《拘束(カテーノ)》の術式など意に介さず前に出てきた魔将とは違い、六匹の最上級はそれぞれが拘束され――そのうち一匹、最上級でも脆い方であるスパルナは致命傷のようだった。


 本来、高空を舞う最上級で。上に行かれる前に攻撃できたとはいえ、ラッキーだ。


 ……魔将と不意に遭遇するという、最悪の不運はちっとも相殺できていないが。


「一匹やられたのはちィっと痛いけど、まぁ、問題ない」


 最上級たちが力ずくで拘束から抜け出す。

 フェンリル、ハヌマンの他。生き残っている最上級は、地を這う蛇の魔物の頂点オオオロチ。巨人の上位種、単眼のキュクロプス。あらゆる自然現象を操るエレメンタル。


 ……一匹一匹ならまだしも、これだけの数にかかられては、ラ・フローティアでは抵抗すら難しい。


 しかし、今度はすぐに攻撃してくるつもりはないらしく、魔将は片手を上げて攻撃に興奮している魔物たちを制した。


「不意打ちにならなくなっちゃったから、一応挨拶くらいはしよう。俺はランパルドっていうんだ。すぐにお別れになっちゃうけど、覚えといてくれ」


 当然、そのお別れは僕たちが死ぬ、という意味だろう。


 じり、と僕たちは警戒して魔将――ランパルドとやらの出方を伺う。


「おいおい、まだそう怯えることはないぜ? 俺の苦労話、少し話したい気分になったんだ。今まで話せるやつもいなかったしな。冥土の土産、っていうんだっけ?」


 放つ威圧はそのままに、ランパルドはそうなんてことのないように言った。

 ……随分とおしゃべりな魔将だ。僕が直接戦ったことのあるジルベルト、ギゼライドとは全然違う。


 しかし、時間をもらえるのはありがたい。シリルたちの萎縮も、少しはマシになる。


 そう考えていると、ロッテさんが一歩前に出た。……僕たちを守るような立ち位置だ。


「へえー、そりゃまた悠長な話だね。信号弾は潰せても、私の声なら一陣にいるみんなにアンタのことを伝えられるけど? 魔将サン的には、逃げられちゃ困るんじゃないかい」


 と、ロッテさんも魔将の流儀に合わせて軽口を返す。

 ロッテさんが魔将と相対するのはこれが初めてのはずだが、うちの連中とは違い、流石に怖気づいていたりしない。


 そんなロッテさんの言葉に、ランパルドはくい、と待機させている最上級を指差す。


「そん時ゃ、後ろのこいつらをここいらで暴れさせるさ。いくらアンタの歌で強化されても、二線級の連中がどこまで対応できるかね?」


 ……今一陣にいるみんなに魔将の襲来を伝えると、どうしても混乱が起こる。そこに最上級が暴れまわったら。

 全員が逃げるまでにどれだけ犠牲が出るかは、想像もできない。


「アンタも気付いてたんだろ? 虹の歌い手、厄介な英雄、シャルロッテ・ファイン。じゃなきゃとっくに警告出してるよな」

「……まあね~♪」


 そろそろ虹色の戦歌の効果が切れるため、ロッテさんが再び歌っぽいかたちで返事をする。


「……アンタの魔法は歌がキーなのは知っているけど、どうにも間抜けだな」


 ランパルドはそうボヤいてから、ロッテさんの声が響く中、語り始める。


「ま、いいさ。じゃあ、話そうか」


 そうして、魔将は話し始める。


「まず俺さぁ、魔将としては才能なくてね? 生み出せる魔物は、最上級ばっかり五、六匹ってところなんだ。おいおいこれは困ったぞ、次の人類攻めを任されたはいいけど、この戦力でさあどうする? って考えてな」


 とんでもない言い草だった。

 最上級一匹は、種類にもよるが、上級に換算すると二百匹分くらいの脅威度、ってのが大体の目安である。一匹でも小国くらいなら落としかねない、それが五、六匹。


 魔物の生産能力でいえば、今まで現れた魔将に決して引けを取らない。


 ……ただ、言う通りでもある。リーガレオに最上級を安定して倒せるパーティは、二十前後はいる。そして単独で斬り殺す英雄も。


 魔将の大攻勢で一番の問題が、『対応する人手が足りない』という点だ。局所的に英雄や勇士が踏ん張ったところで、リーガレオを突破され北大陸に大量の魔物が流入した時点でこちらの負け。


 そのため、確かに数を生み出せる魔将の方が脅威度は高い。


「まあ、数を補うため、南で自然発生する魔物どもを今せっせと溜めてるところなんだけどな」


 そして、さらりと戦略級の情報をブチ撒けられた。こいつが絡んでいるとは思っていたが、最近の魔物の少なさはそういうことか。


「……でもまあ、それだけじゃ芸がない。俺は考えた。他になにか、できることはないかってな。思いついたのは、英雄殺し」


 すぅ、と。

 それまでの、どこかふざけた様子が鳴りを潜め、ランパルドの赤い瞳がロッテさんを射抜く。


 ――っ、一歩、下がってしまいそうになった。


「単独でも厄介だし、いると士気も上がるし! アンタたちの排除は大きな課題だからな。幸い、正体を隠すのは得意だったから……そちらの英雄さんの一人に倣って、こっそり近づいて斬首戦術でもってね!」


 ……よし、死ねない理由が一つ増えた。

 帰って、アゲハのやつをこの件でからかいながら一杯やる。


 くだらないが、結局はこういうのの積み重ねだ。なにがなんでも生きてやる、って気持ちの元は。


「でも、勇者、大英雄は、単独でも返り討ちの危険があるからパス。大魔導士は飛んで逃げられる。獣王は常に一流の味方と一緒だし、鍛冶師は前線に出てこない」


 残りは、ユー、アゲハとロッテさん。


「まあ、そういうわけで。残り三人が、狙えそうだったら殺るつもりだったんだ。そん中でもターゲットの最優先は、何度戦士を倒しても即席で治して戦線復帰させる救済の聖女。……一度見かけたけど、勇者がついてて断念したよ。って、ああ、そっちの槍士は、そういえば一緒にいたな」

「……あん時は、どーも」


 意識をこちらに向けられ、言葉に返事一つするだけで口の中が渇く。恐怖に心臓が早くなり……ぐっ、と歯を食いしばってこらえた。


「チッ、シクったなあ。英雄二人とつるむやつだって気付いてりゃあ、スパルナは殺させなかったのに」


 舌打ち一つ。ランパルドは話を続ける。


「まあ、話はわかったよ。で、私かい」

「ああ! 今日、前に出てくるって聞いてね。しかも、いつもは精鋭揃いの最前線に、二線級の連中が来るって話じゃないか! 今日しかないって思ったよ」


 ……?


「おい……聞いたって、誰に」


 この魔将の口の軽さに期待して、聞いてみる。こちらに内通者でもいるようなら、潰すチャンスだ。


「あー、そうだな。……そちらの英雄の一人である勇者様に、さ。更にそこから人伝だがね」

「!?」


 ……いや、落ち着け。一瞬驚いたが、これはあっちがフカしてるだけだ。もしセシルさんが裏切り者だったら、とっくに人類は負けている。


「ともあれ、だ。チャンスを待ってここいらを張って、もう十日くらい。……いやあ、しんどかった。でもようやっと報われるわけだ」


 口角を上げて言うランパルドに、ハン、とロッテさんが鼻を鳴らす。


「なるほど、理解はしたけど。……セシルやエッゼなら返り討ちにされるかも? そこに私の名前を入れなかったのが、アンタの敗因だよ」


 ピッ、とロッテさんが構える。


「そりゃ怖い……ってところで、俺の話は終わり。いやあ、久し振りに話ができてなかなか楽しかった」


 へらへらと笑いながら、ランパルドはショートソードをこちらに向ける。


「ぜ!」


 ……その切っ先から、瘴気で出来た刺突が一直線に伸びてきて、


「フン!」


 予想していたらしく、一挙に前に出たゼストが光の盾でそれを防ぐ。


「……長話もようやく終わりか。魔将、このフェザード王国元准騎士、ゼスト・ゼノンが相手だ」


 相手が復讐の相手にも関わらず律儀に話を最後まで聞き。場違いなほど堂々と名乗りを上げる。


 実にゼストだと僕は苦笑しながら、その隣に立つ。


「同じく、ヘンリー・トーンだ。……ジルベルトのやつと同じように、倒してやるよ」

「……そういやその名前、聞いたことがあったな。ったく、チャンスかと思ったけど、失敗かあ?」


 微塵もそう思っていなさそうな口調で、ランパルドは言って。


「でもま、ここまで来て回れ右も滑稽な話だ。……さぁて、それじゃあ――始めるかぁ!」


 制していた最上級どもとともに、一気呵成に攻めてくるのだった。

獣王=百九十話で名前出てきたリザさんです。

あとがきで説明もよくないですが、上手く混ぜ込めなくて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色んな手段使ってくる相手なだけにブラフも十分交えて話してそう… 実力が上がってるとはいえ魔将と最上級×5に対するには戦力が足りない感 シリルの大技で早めに最上級減らさないとジリ貧な展開? …
[良い点] ロッテさんのバフ込みとはいえ最上級一体一撃かぁ。 いち早く動けたことといい、強くなっているのではないかと。 [気になる点] シリル、こっそり歌ってくれて……いないですよね。 これだけ話して…
[良い点] けっこう緊迫した状況 これからどうコテンパンにするのか楽しみですw [気になる点] よもやゲームによくある「負けイベント」じゃないいっすよね・・・ [一言] みんながんがれ~
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