第二十一話 旅の道中
馬車の旅は順調に推移していた。
二つの街を越え、段々とノーザンティアに近付いている。
そこで、問題となるのが、
「たーいーくーつーでーすー」
「ええい、やかましい。お前、一応成人してんだろうが。ラナちゃんとティオはおとなしくしているぞ。見習え」
「そうは言っても、一日中馬車の中ですることもないですし」
これだ。
馬車旅に慣れていないシリルがぐずり出したのだ。
いや、多分、僕と御者のウィル以外は全員同じように思っているだろう。マジすることねえもん。
カード遊びとか、馬車の揺れのせいでやりにくいし。しりとりみたいなちょっとした遊びはこの二日でやりつくした。
こういうときは、到着した街で本を買いつつ暇つぶしに読んだりするんだが、慣れないと酔うからなあ。
「はあ。あ、そういえば、街道に魔物とかって出ないんです?」
「この辺は瘴気も薄いし、定期的に兵士さんが街道見回ってるからな。そうそう出ないぞ」
魔物が出ることを望むわけではないが、出てきたら出てきたで、良い運動になると考えているんだろう。
フローティアに来る時、ワイルドベアに遭遇したが、ああいうことはこの辺りでは本当に稀らしいので、期待しないほうが良い。
「なんだったら、馬車と並走して走ったらどうだ? お前、体力ないんだから」
僕は、身体が凝ったらそうしている。
「う……別に私の体力がないんじゃなくて、ヘンリーさんたちがありすぎるんですよ」
「確かに、僕もジェンドもティオも体力ある方だけど、魔法使いだからって疎かにしていいわけじゃないぞ」
冒険者の仕事は走ることだ、なんて断言する奴もいるくらいだ。
「僕も付き合ってやるから、ランニングしようぜ」
「えーと、えーと」
「……それなら、私も付き合います」
「ティオちゃんまで! ほ、ほら、今の私達ってラナちゃんの護衛でしょう? 仕事中に、そんな疲れるようなことをするのはいかがかと」
こいつ、ラナちゃんを盾にしやがった。でも、その程度で疲れていては、話にならない。
「あはは。皆さんのことは信用していますから。ちょっと疲れたくらいなら、へっちゃらですよね?」
「うう~」
ラナちゃんに笑顔で言われ、今度こそシリルは口をつぐんだ。
よし、取り急ぎ十キロくらい走らせよう。
と、考えていると、御者台からジェンドが顔を覗かせた。
「おーい。まだちょっと早いけど、良さげな清流があるから、昼にしようかってウィルと話してんだが」
「おお、いいですね。実は私、お腹ペコペコなんですよ!」
あ、くそ。間が悪い。
「? どうした」
「いーえ、なんでもないです。ささ、皆さん、お昼の準備ですよー」
……まあいい。飯食った後、走らせよう。
じ、っと川の流れを見る。
街道近くを流れるこの清流は、魚も豊富に住んでいる。そのうちの一匹、中々に形のいい奴をターゲットに据え、僕は慎重にいい位置に来るのを待つ。
……今っ!
「ほっ」
槍を川に突き入れ、捻りを入れながら素早く引き上げる。
そうして、目的の魚を川から弾き飛ばした。
「大漁、大漁っと」
地面に打ち上げられ、ぴちぴちと動く魚を、そのへんの植物で即席で作った魚籠に入れ、釣果……釣果? を確認する。
丁度十二匹。一人二匹は食えるから、この辺でいいか。
魚籠を川から引き上げ、馬車の方に戻る。
「捕ってきたぞー」
馬車から少し離れたところで焚き火を起こしている連中のところに戻る。
シリル、ティオ、ラナちゃんは、昼食用のシチュー作り。
ジェンドは、周辺警戒。
ウィルは、馬車を引いてくれている二匹の愛馬に、水と餌を与えていた。
「おかえり。こっから見えてたけど、なんで槍で魚捕ってんだ。そういう使い方するもんじゃないだろ」
「だって、釣り糸垂らすよりこっちのほうが早いし……」
遊びであれば釣りもいいが、さっさと食事をしたいのであればこっちの方が良い。
「はは、冒険者って、凄いんですねえ。ジェンドも、実はああいうこと出来るの?」
「いや、ウィル。俺はできねえからな。そもそも、大剣でんなことできるか」
「出来るやついるぞ」
「お前の知り合い関係はどうなってんだ!」
と、言われても。
最前線で戦っていれば、このくらいの知り合いは普通である。
「そもそも、ジェンドもやったことがないだけで、やれる技量はあると思うけどなあ」
「俺、魚を捕るために剣を鍛えてきたわけじゃないんだが」
「そりゃ当たり前だろ。僕だってそんなことのために槍の修行してきたわけじゃない。でも、応用できるんだったら便利じゃないか」
イカンぞ、ジェンド。そんなに頭が固くっちゃ。
冒険には、色んな状況がある。手持ちの技術や道具だけでは、一見解決が難しい事態なんてしょっちゅうだ。
そういうときに、通り一遍の常識に囚われず、自分の持つものを応用して解決していく。そういう思考が重要なのだ。
……まあ、事前に予測を立てて、ちゃんと対策を用意しておくのが一番ではあるのだが。
「はは……おっと。もっと水が欲しいのかい? 汲んでくるから、ちょっと待ってておくれ」
「ああ、手伝うぞ」
ブルル、と馬の鳴き声に、ウィルが桶を持って川の方へ向かう。ジェンドも片方の桶を取ってウィルと並んで付いていく。
仲いいなあ。
……あ、水だったら《水》で出してやればよかった。
まあいいか。僕は気にせず、料理している連中のところに向かう。
「ティオ。魚捕ってきたから、適当に焼いてくれ」
「はい」
ティオに呼びかけ、魚籠を渡す。
「わ、みんないい魚形ですね。美味しそう」
「ああ、そこの清流の魚は、良さげなのが多かった」
「では、串打ちして塩焼きにしちゃいますね」
うむうむ。その場で捕った魚を焚き火で焼いて食うのは、なんか気分が高揚するよね。
さて、と。ジェンドは水汲みに行ったし、代わりに僕が周りを警戒しておくか。
「いやあ、毎度毎度、すみません。馬車の道中の食事で、こんなに豪勢なものをいただけるとは。実にありがたいです」
と、僕の捕った魚とラナちゃん手製、熊の酒樽亭風シチューを食べながら、ウィルが笑顔を漏らす。
移動中の昼食は、毎回こうして火を熾して、簡単な料理を作る。こちらが客とは言え、ウィルだけを仲間外れにするなんてことはするはずもなく、一緒に食卓を囲んでいた。
食堂の娘であるラナちゃんがいるから、いつもの野営より食事のクオリティは高い。
「へえ、普段はどんなものを食べているんですか?」
ウィルの言葉に、シリルが興味を持ったらしく、質問をする。
「大体が保存食を齧るだけですかね。後は、貴女方のように野外活動に長けた方を乗せた時は、たまにこうして温かいものを作ってもらって、ご相伴に預かることもありますが」
「でも、手際良くやらないと、むやみに時間がかかって、次の街に着くのが夜になったりするんだよなあ」
「はは、ヘンリーさんの仰るとおりです」
まあ、その点、うちは問題ない。キャンプも大分こなしてきて、こういうのは慣れたものだ。それに、ティオがいるから、必要な道具は持ち運んでいるし。
「ウィル、次の街までどれくらいだ?」
「次の、アーカスの街までは四時間ってところかな。途中、もう一回休憩を挟む予定だよ」
四時間ねえ。
「よし、そんくらいなら、シリル。僕たちは走って付いてくか」
「ええ~、さっきの話、まだ生きてたんですか」
「当たり前だろ。馬車の速度は小走りくらいなんだから、そんくらいは走れるようにならないとな」
実際、冒険者だけが移動するのであれば、走ったほうが早い。
疲れを抑えたり、荷物を運んだり、今回のように普通の人が移動するために馬車を使うのだ。
たまに、別の街へ特急で手紙を届けて欲しい、みたいなクエストが出ることもあるので、都市間の徒歩での移動も覚えたほうが良い。
「街道は森みたいに足場が不安定なわけでもないし、お前が思っているより疲れないぞ」
「……本当ですかね」
「本当だって。僕が嘘ついたことあったか」
「なかったとでも?」
「冒険者としての心得とかで、嘘はつかなかったろ」
いや、それ以外では割とからかって冗談とか言っているが。信用しろって。
「シリルさん。先程も言ったとおり、私も付き合いますから」
「お、なんだ。みんな走るのか? 俺もそうすっかな。道中、修行できてないし」
おう、ジェンドもやる気か。まあ、身体なまるよな。
そうして、他のパーティメンバーの圧力に屈し、シリルも『わかりましたぁ』とうなだれて返事をした。
「やれやれ、これでも五人分のお代をいただいているんだけどなあ」
「俺からの予約だからって、かなり割り引いてくれたろ。気にするなって」
「ジェンドの実家の、カッセル商会との繋がりを持ちたいって打算込みだから、そこは気にしなくてもいいよ」
カッセル商会か。
何度か買い物しに行ったが、本当に大きな商会である。お店は、五階建てのでかい建物に、階ごとに別々の商品を扱うという、流行りのスタイル。
そういう店を、フローティアに三店、近隣の大きめの街にもいくつか出しており、アルヴィニア王国の北方ではかなり名を知られている商会らしい。
フローティアの商人組合の組合長と領主様の御用商人もやっているから、フローティア伯爵領では随一の存在と言えるだろう。
……改めて、なんでそこの次男坊が冒険者やってんだ?
「俺が客になったからって、兄貴や親父へのコネにはならないけどなあ」
「なに、ウィルってやつが馬車の御者をやっている、って一言言ってもらえればそれでいいさ。名前が頭の片隅にでも残れば御の字だ」
「……言うほど大した影響あるかね。四方都市には食い込めてないぞ、うち」
そこに新規で食い込めるような商会はガチだから。
どこかでかい領が後押ししてたり、それこそ『英雄』みたいな商人とは別の実績と名声でゴリ押ししたり。
商売のことはよくわからんが、それくらいは必要なんじゃないだろうか。
「はは、でもフローティアを拠点にしてる僕としては、絶対に無視できないところなんだよ」
「そんなもんかねえ」
なんて、世間話をしながら食事を進める。
さて、さっさと食って片付けて、出発するとするか。
なお、息も絶え絶えながら、シリルは次の街まで走りきった。
「な……んで、三人は息も切らしていないんですか」
「訓練の差だ、訓練の」
「シリルさん、もうちょっと鍛えた方が」
「俺とヘンリーの訓練に付き合うか? 近接戦も出来た方が良いと思うが」
全員で駄目出しし、フローティアに戻ったらもっと肉体面の訓練もこなすことを約束させた。




