第二百九話 襲来
一陣での戦いも、三時間ほど。
幸いというか、助っ人として参加してもらっているゼストの手をわずらわせることもなく、ラ・フローティアは順調に討伐をこなしていった。
「『ブライトフラッド』!」
少し長めに歌って発動したシリルの魔法――光の洪水が、前方の数十もの上級の魔物を洗い流していく。
その奔流が収まると、残ったのは上級の魔物の中でも特別タフなドラゴンが一匹だけ。そいつも、全身にダメージを受けて動きが鈍く……僕が追撃で投げた槍で、頭蓋を四散させた。
とりあえず、これで近場の魔物の殲滅は完了である。
ふう、と僕は一つ息をつく。
「よーし、よーし! どうですか、見ましたかヘンリーさん、シリルさんの魔法! 思う存分称賛していただいて構いませんよ?」
「よーく見させてもらったよ。すごいすごい」
褒めろ褒めろと全身で表現しながら寄ってきたシリルの頭を、ボフンと撫でる。
我ながら雑だと思うが、シリルはこれでもいいらしい。むふー、と割と満足げな顔をする。
「いや、しかし。作戦ハマったなあ、ヘンリー」
「ああ。一陣は魔物が多いけど、そういう時はコイツの魔法が役に立つ」
ジェンドの言葉に、僕はシリルの頭をぐりぐりしながら頷く。
……他の全員で魔物を足止めし、なるべく固まるように立ち回り。いい感じに集まったところで、シリルの魔法でどーん! という作戦である。
フローティアでも似たようなことをやっていたが、この戦法、一陣でも有効だ。
シリルの魔法のチャージ時間と、僕たちの足止めキャパのバランスは慎重に測る必要があるが、滅茶苦茶効率的に魔物を排除できている。
都合、この戦法はこれで二十四度目。数分歌い上げて発動するシリルの魔法は、よっぽど頑丈な相手でなけりゃ一撃だ。
「……なあ、ヘンリー。シリルさんの魔力は底無しか?」
上級の群れを薙ぎ払うような大魔法をぽんぽん連発して疲れも見せない様子のシリルに、ゼストが半ば呆れのようなものを見せながら聞いてきた。
最初は驚いていたようだが、もう笑うしかないといった感じだ。
「んー、底はあるはずだけど、尽きたところは見たことないな。体力の方が先に切れるから」
「……まあ、ウチの国は古代魔法使いに連なる血統が多かったらしいからな。その流れを汲んでいるのか……」
かつて、まだ人類が未熟で、天の宝物庫からの下賜品もなかった頃。
魔物蔓延る大地で、人類の剣となり盾となったのが古代に存在した魔法使いたちである。
魔力とかはある程度遺伝するので、そういう血統の人間だと強い魔力を生まれ持つ確率が高い。
「特にフェザード王族は非常に強い魔力を持つ方が、数世代に一人は出てきていたそうだ。建国の父である始祖魔法使い、リーン・フェザードの血だな。古代の魔法使いの中でも、頭一つ抜きん出た魔力を持っていらしたそうだからな」
「……そんな名前だったっけ」
いや、王国の祖がすごい魔法使いだってのは知ってるが、名前は知らなかった。
「王国史は騎士の基礎教養の一つだぞ。准騎士当時、なにを学んでいたんだ」
ぷい、と僕は顔を背ける。
……フェザード王国時代の僕が、その手の勉強の時間で居眠りをしなかったことはない!
「まったく……この調子では、ラ・フローティアのみんなも苦労しているだろう」
「ち、違わい!」
ちょ、ちょっと歴史に詳しいだけでマウント取ってきやがって。
「はは、ゼストさん。お生憎ですが、うちのパーティのリーダーは非常に頼りになる人です。私達がこうしてリーガレオで戦えているのも、ヘンリーさんのおかげですよ」
フェリス、偉い。今度甘いものでも奢ってやろう。
「……でも、私生活では少しだらしないのでは」
ぼそっ、と。ティオが僕の心を抉るような鋭い指摘を口走った。
そうすると、他のみんなも顔を見合わせる。
「あー、まあ。そんなことないって擁護したいところだが……」
「ジェンド、無理に庇う必要はないですよ。あと、シリルさん的にはもうちょーっとこう、デリカシーを身に着けてもらえると嬉しいのですが」
「はは。シリル、ヘンリーさんにそれを身に着けさせるには、長期計画で考えないと。私から見ても……その、ちょっとヒドいからね」
こいつら容赦ねえな!?
ゼストも『ほれ見たことか』って面してやがるし。
「っと」
意識を切り替える。地平線の向こうから、砂煙を上げて魔物がやって来てる。
「ティオ」
一声をかけると、空中に足場を作る叢雲流魔導『跳符』でティオは高所に上がり、遠眼鏡でざっと観察して降りてくる。
「……上級三割の中級七割。特別厄介なのはいませんね」
簡潔な報告の後、詳細な内訳が報告される。
たった数秒の観察でよくここまで見切ったもんだ、と感心しながら、僕は槍を構えた。
「っし、ならシリル。歌は二分だ」
「らじゃーです!」
シリルの歌が朗々と響き渡り……遠くから聞こえていた歌声が、それにハモるように大きくなってきた。
「うん?」
それに違和感を覚えるのと、その声の主が僕たちの方に来ていた魔物の群れに突貫するのがほぼ同時。
……いや、はえーよ。
声の主――ロッテさんは、たった一人で並み居る魔物を蹴って叩いて投げ飛ばす。
魔物の平均的な体躯からして、なんか小さな影がぴょんぴょん飛び回っているようにしか見えなかったが……百以上はいた魔物たちは、ほんの数十秒で壊滅した。
そうして、ロッテさんはこちらに来て、
「やっほー。そろそろ一息入れようと思うんだけど、ご一緒していいかな?」
「勿論大歓迎です!!!!」
……いや、フェリス。ここ、戦場だから。魔物がいないとはいえ、ステイ。
「お茶どーぞ」
「お、ありがとシリル。いやー、戦いながら歌いっぱだと、流石に喉が渇くねえ」
シリルの差し出した水筒を受け取って、ロッテさんがぐいっと一口飲む。シリル自身も戦場で歌うので、用意してあるのは喉にいいハーブティーだ。ロッテさんにもよかろう。
「うん、美味しい」
「それはよかったです。水筒もう一つあるんで、それは全部飲んじゃっていいですよ」
「そりゃありがたい。んじゃ、お言葉に甘えて」
フローティアの花祭りの頃から妙に仲のいいシリルとロッテさんはきゃっきゃとしている。
で、ロッテさんの接待はシリルに任せ、残りの僕たちは魔物の警戒だ。
一瞬興奮したフェリスも、僕らの中で一番休憩が必要であるシリルにロッテさんの相手を任せることに、異存はなかった。
「ヘンリー。そういえばシャルロッテさん、今は歌ってないけど……まだバフの効果あるんだが」
「ああ。効果なら、歌をやめてもしばらくは残留するぞ。十分か十五分くらいは」
そうでないと、息継ぎのたびに効果が切れることになってしまう。そんな効果が瞬断するような強化、危なっかしくて使えない。
僕の説明に、ジェンドは頷いた。
「あー、それもそうか。じゃなかったら、休憩もできなくて、シャルロッテさんは一日中歌うことになるしな」
「……あの人のことだから、そうなったらなったで平気だと思うけどな」
嘘か真か、かつてとある小国を襲った突発的な魔物の大量発生。それを、三日三晩歌い続けて戦線を支えた……なんて逸話もある。
まだロッテさんが英雄になる前。腕前自体も、今よりずっと未熟だった頃の話だ。
聞き齧った話をジェンドに語って聞かせると、へえ、とジェンドが感心する。
「やっぱ英雄になる人の活躍はすごいもんだな」
「ああ。特にシャルロッテさんはライブで全国を巡っているからね。色々なところで、人や国を救っている。私がファンになったのも、アイドル活動だけじゃなくて、そういうところも込みでなんだ。……本当だぞ?」
『シャルたんモード』をオフにしたフェリスが神妙な顔で言うが、自分でも説得力がないと思っているのか、最後に念押しのように付け加えた。
「フェリスさんの言う通りだ。シャルロッテさんは歌手としての活躍が取り上げられがちだが、冒険者としての実績も『大英雄』や『大魔導士』に劣るものじゃない。いや、本業が騎士や教授である二人より自由に動ける分、彼らを上回る部分も多いんだ。また、僻地にも積極的にライブに向かい、エンターテイメントを届けるその姿勢は……」
ゼスト、普段口数すくねーくせに、ここぞとばかりに早口で口を挟んできやがった。
見た目堅物な男の、妙に情感のこもった解説に、ジェンドは『お、おう』と生返事をする。
「随分詳しいんですね」
「……先達の歩みをしっかり学んで、それを活かすのは大切なことだ。ティオさんだったな。君も覚えておくといい」
「なるほど。私もアゲハ姉には色々と教えてもらっていますし、そういうことですか」
「そうか、アゲハさんの縁者でもあったな。……そういうことだ」
そういうことでいいのかなあ!?
いや、下手に口を挟んだら藪蛇になりそうだから、なにも言わねえけど!
「でもゼスト。ティオにまでさん付けなんだな」
「これが俺の女性に対する接し方だ」
女性~~? うちの面子でその形容が似合うのはフェリスくら……ロッテさんが関わってない時のフェリスくらいだろ。
残り二人は、残念ながらまだまだ小娘だ。
「ヘンリーさん、なにか」
「……なんでもない」
だからこういうところだぞ、僕。
なんて内心反省しながら、ティオの追求するような視線から逃れる――と。
「あン? 誰だ、あれ」
ふと。
南の方から、人影が一つこちらに歩いてくるのが見えた。
一陣でソロ……は、たまーにエッゼさんとかがやっているが、そういう例外でもない限り存在しない。
なら、魔物との戦いで仲間とはぐれて――と、考えたあたりで思い当たった。
ロッテさんのライブの初日。セシルさんとユーとで一陣を張った時にも見かけた、フードの男だ。背格好やフードの色形が一緒。
「……あの人、また仲間とはぐれたのか」
「知り合いか、ヘンリー」
「いんや、ちょっと前にも一陣で一人だったのを見かけてな。そん時はこっちの力借りるつもりないらしくて、とっとと離れてったけど。……二回目で懲りたか、こっち来るな」
前に素で一陣にいたのに、今日もいるのは……もしかしたら、あの日のことで反省してロッテさんの援護を受けて慣らすためかもな。
「どしたのー? 誰か来た?」
と、手早く休憩を済ませたロッテさんが、こっちにやって来る。
「いや、仲間とはぐれた人がいてですね。多分一旦、うちと合流しようと……」
「……誰あれ」
――それは、今までに聞いたことがない。
全力で警戒しているような、ロッテさんの声。
「え、誰って……」
「今日、一陣に来る面子は全員朝の集まりで確認したよ。あんなやついなかった」
二陣のある北の方から来たならともかく、南から。
もしかして、という疑念。
今まで、大量の魔物を引き連れて『大攻勢』を仕掛けてきた、奴らがまさか――
「……肌の色が見えた! 魔族……魔将ってヤツだ!」
ロッテさんの声に反応し、フードの男……魔将は、魔物を生み出し、僕らに向けて攻めてくる。
まるで想定していなかった、命がけの戦いが始まった。




