第二百八話 四日目、開始
朝のリーガレオ南門前。
今日は、普段二陣で戦っており、そろそろ一陣……という連中が、ここに集まっている。
リーガレオの二陣を張る面子といえば、普通の街ではエース級――らしい。僕はこことフローティアくらいしかロクに知らないので、人に聞いた話だ。
……で、そんな連中なのだから、強面も多い。
しかし、そんな集まった面々に臆することなく、英雄『虹の歌い手』シャルロッテ・ファインは彼らの正面に立っている。
ロッテさんはこの三日は吟遊詩人として活動していたが、今日は冒険者の一人として立っている。服装もきらびやかなステージ衣装ではなく、実用第一の戦闘用の装いだ。
並み居る冒険者の前に立つ風格は、小さくても流石は英雄と思わされるものであった。……朝の体たらくはともかくとして。
ロッテさんは、静かに集まった冒険者を眺め、
「……うん! みんないい顔だ。私の歌はみんなにキッチリ届けるからね! 目標は、一人も死者を出さないこと。安全第一で行こう!」
そう、よく通る声で激励の言葉をかけた。
ぉぉおおおーーーー! と、数百人の冒険者の声が合わさり、大地が震えるような感触がする。
「うん、お返事ありがとう! リーガレオで歌うのも、これで何十度目かだけど、今日は特に元気がいいね! さぁて、出発前に少しだけ私の話を聞いておくれ」
アイドル活動で培ったロッテさんのトークで、みんなのやる気も上がっていくのを感じる。
……この集まりは、ロッテさんが魔法の対象を覚えるためのものだが、士気を高める効果も大きいようだ。
「ふっ、流石は英雄というだけある。シャルた……シャルロッテさんはいいことを言うな」
「お前、一度口を滑らせてからダダ漏れじぇねえか」
今日の助っ人であるゼストが訳知り顔で頷き……僕は思わずツッコミを入れた。
「……うるさいな。リーガレオの冒険者の半数以上がシャルロッテさんのファンなんだ。俺がそうでなにが悪い」
「悪いとは思っていないが、キャラじゃねえとは思ってる」
「ふん。俺も真面目、堅物ばかりではないということだ」
あ、こいつ昨日僕が真面目堅物クンって言ったこと地味に根に持ってやがる。
そんな僕たちを見て、シリルが口を挟んできた。
「郷友会の時はちょっとギスギスしてましたけど、やっぱり二人仲良いんですね」
そんな感想に、ゼストはむっと少しだけ眉を寄せて、
「シリルさん、誤解はしないでくれ。俺は自分の好悪を態度に出さないだけで……」
「そーだぞー。同郷で割とよくツルんでたからなー。はっはっは」
こうした方がゼストが嫌がると思い、僕はゼストの言葉の途中でこいつの首に腕を回す。
「ええい、やめろヘンリー! 肩を組んでくるな!」
「おいおい、そんなにうるさくするなよ。ロッテさんの演説続いてんだから」
「クッ……!」
ゼストが悔しそうに押し黙り、僕も満足したので腕を離す。
そうしてしばらく。
「さぁて、まだまだ積もる話はあるけど、これ以上話したら日が暮れちゃうね。そろそろ行こうか!」
ロッテさんがこの場にいるみんなのことを覚えたらしく、トークを切り上げてシメの言葉を発した。
「さあ、各自、自分トコの教会から割り当てられた防衛地区はちゃんと確認したかい!? 一陣は初めての子が多いんだから、経験者はちゃーんとフォローしてあげること。あと、何度も言うけど安全第一だからね!? それじゃあ、出発と行こう!」
たん、たん。と、ロッテさんが足でリズムを取り、涼やかな声で歌い始める。
「~~♪ っっ~~~♪!」
……まるで、歌声に包まれているような感触。
するりとその声が体に浸透し、全身の力を爆発的に高める。
ぎゅっ、ぎゅっ。と拳を握って調子を確かめる。
「……うし」
普段の僕では到底望めない力が、全身に充溢している。
……そこらの能力増強ポーションを遥かに超える強化率。この歌一つで、この場の数百人からの冒険者を、全員一段階、二段階上まで引き上げる、ロッテさんの代名詞である魔法。
昂身唱歌魔法『虹色の戦歌』。
初めてこの効果を受ける人は戸惑っているが、歌が一つ終わる頃にはおおよその連中が勝手を掴んだらしい。
……すごい強化なのに、こうして早めに慣れることができるのも、ロッテさんの魔法のインチキ臭いところである。
「おお、久し振りだけど、やっぱすげえな」
これが二度目となるジェンドも早々に慣れて、体の調子を確かめ……ハッ、とフェリスを見る。
「い、いや、フェリスの強化の方が強いと思うぜ? 頑張って覚えてくれたんだし」
「ジェンド、別にフォローはいらないよ。私の『ティンクルエール』は持って三十分くらいだ。半日以上持たせるというシャルロッテさんには敵わないさ」
個人向けに調整したニンゲルの手の強化魔導は、流石にロッテさんの歌より効果は上だ。
だけど、対象人数や持続時間は虹色の戦歌とは比べるべくもない。慣れてる僕とユーでも、持続は三時間くらいだし。
「さぁ~て~♪ そろそろ一陣に出発するよぉー。ちゃーんと着いてくるように~」
メロディに合わせて、ロッテさんがみんなに指示を出す。
ちなみに、ロッテさんの感性的に、『歌っているとなんとなく魔法が使える気がする』というふわっとした発動条件なので、別に歌詞や曲調に特に制限はない。
シリルも似たようなことを言っていたので、魔法というのがいかにいい加減なのかがよくわかるだろう。そりゃ使い手少ないわ。
ともあれ。
ロッテさんの合図とともに、リーガレオの南門が開け放たれる。
街のすぐ側にある荒野が視界に広がった。
たまに属性瘴気に汚染されてぬかるみになったり、植物系の魔物が生えたり、熱砂になったりするが……今日はスタンダードな荒野だ。
そして、地面が見えるのはせいぜい六分。残り四分が魔物の群れ、といった風情。
朝はいつもこんなもんである。なので、朝の始まりには手練が雑に間引くという作業が入る……のだが、今日は不要だ。
「みんなぁ♪ 行きがけの駄賃に、この辺の魔物ぶっ潰すぞぉ!」
可愛らしい歌声に似合わない物騒な号令に、集まった冒険者が武器を構える。
ロッテさんの強化を受けた一陣参戦候補たちが、ウォーミングアップ気分で三陣に発生した魔物たちを蹂躙しに走った。
……そうして、ロッテさん滞在の四日目。
僕たちラ・フローティアの一陣初参戦の日が始まるのだった。
遠くから、小さく歌声が聞こえる戦場。
一陣。
「ぉぉぉおおお!」
ジェンドの大剣のフルスウィングが、ついに巨人の胴体を真っ二つにする。
「ジェンド! そっちが終わったら、ティオのフォローを!」
「了解!」
フェリスの指示が飛び、二体の巨人を足止めしているティオの方にジェンドが走る。
「シリル、向こうから近づいてくる鬼虎を薙ぎ払え!」
「……『メテオフレア』!」
角の生えた虎の魔物が、シリルの魔法によって蒸発。
フェリスは、自分によってたかってくる中級の魔物をあしらい……今度は僕に視線を向けた。
「ヘンリーさんは上のワイバーンを頼む!」
「わかった!」
相手をしていた魔猿の群れの最後の一匹を突き刺し……ようやく余裕のできた僕は、さっきから鬱陶しいブレスを上から放ってきていたワイバーンに向けて飛ぶ。
《光板》を駆使して、空を飛ぶワイバーンを追い詰めて。
絶好の位置に来たところで投槍で心臓辺りをぶっ貫く。
巨人二体は、僕が降りる頃にはジェンドとティオがコンビで仕留めていた。
「……ふう、お疲れ」
と、ここで一旦魔物が途切れた。
この三十分ほど、息をつく暇もなかったが、少しは休憩できそうだ。
「どうだ、みんな? 初の一陣の感想は」
聞いてみると、ずい、とシリルが前に出る。
「すっっっっっっっごい、疲れましたよ! いつもこんなに来るんですか?」
めっちゃ溜めたな、おい。
よほど面食らったようだが、
「なにを言うんだ。いつもはもっと多い。こんな風に魔物が途切れることがないこともあるから、仲間が踏ん張っている間に五分だけ座って休憩、とかもやるぞ」
後衛なら、飯を戦いながら食うこともある。
「数もそうだけど、上級の魔物の割合が明らかに多いな」
「二陣だと、上級複数は対応できないパーティいるからな。そこは念入りにぶっ殺してるんだ」
まあ、たまーに一陣でパーティが複数潰走して、上級の群れが二陣に来ることもあるけど。
「……ちなみに。一陣をメインにしているパーティでも、大体は上級上位複数は忌避する。先程の巨人三体、ヘンリーの手をほぼ借りずに危なげなく倒したのは大したものだ。シャルロッテさんの支援込みとはいえな」
と、少し離れた位置で、自衛に徹していたゼストが来て、そう感想を漏らした。
「あー、いや。地元の山に、巨人はよく出てきてて、俺たち倒し慣れてるので」
「三体くらいなら、私達四人だけでも全然ダイジョーブです」
ジェンドとシリルのあっけらかんとした言葉に、ゼストが僕の方に首を向けた。
「ヘンリー、やはりラ・フローティアは一陣に来るのが遅かったのではないか?」
……そんな気がしてきた。
なんだかんだいって、一陣でも互いにフォローし合って安定してたし。
今も、戦闘時と意識をすぱっと切り替え、休憩に入っている。初めての戦場の興奮に、冷静さを失っていない。
「フェリス悪い、腕怪我したから、癒やし頼む」
「任された」
ジェンドの怪我を、フェリスが魔導で癒やす。
ティオは装具を点検してるし、歌いっぱなしのシリルはのど飴を舐めていた。
僕も水筒をポーチから取り出し、喉を潤す。爽やかな香りのするハーブ水が、戦いで渇いた体に染み込むようだった。
「……しかし、やっぱり今日も魔物少ないな。ゼスト、僕がいない間にこういうことあったか?」
「ない。周期と言われればそんな気もするが……魔国の事情はわからんからな」
「まあ、そりゃそうか」
事情、なんてものが存在するのかどうかすら不明である。
魔国との戦争で、言葉が通じる相手は魔将だけ。
その魔将が発した僅かな言葉だけで色々と想像しているわけだが、そんな程度で向こうのことがつまびらかになれば苦労はない。
もしかしたら公開されていない発言があって、もっと詳しいことがわかっているのかもしれないが……一勇士は知る立場にないのだ。
「っと、みんな! おかわりきたぞ。戦闘態勢!」
気になることは気になるが……今は戦いだ。
僕たちは武器を構え、やってくる魔物たちを迎え撃つのだった。
魔法の名前の前にそれっぽい言葉をつけたかったんですが、なかなかいいのが思いつきませんでした。この辺りのネーミングセンスが欲しいですね。
 




