第二百六話 臨時パーティ
「あっちゃ、出遅れたか」
いつもの七番教会にやって来た僕は、中の様子を見て失敗を悟った。
朝のぐだぐだでちょっと出るのが遅れたせいで、七番教会の冒険者はおおよそそろそろ出発するかー、といった状態である。
今日は、特に知り合いが捕まらなかったので、適当に臨時で組むつもりだったが……この様子だと難しいかもしれん。
「おーい! 勇士の前衛、一陣志望が空いてるんだけど、誰か臨時で組むやつはいないかー!?」
臨時パーティの声掛け。
……フローティアではこういうやり方はなかった。それを知らない頃にこれをやって失敗したなあ、と懐かしく思い出しつつ、反応を待つ。
「すまーん! 五分前に埋まったー!」
「ヘンリー、おせーよ! 俺らはもう適正人数だ!」
何人かの顔見知りが反応してくれるが、やはり芳しくない。
一度組むと決めた後、やっぱりなしで、とかは信用に関わるからできないしなあ。
例えば、今反応してくれたパーティが、僕の方が強いからって既存メンバーと僕を入れ替え……とか、普通に考えて、替えられた方は気分が良くないだろう。
「……っちゃー。どうすっかね」
昨日までの手ぬるさからして、激戦区でもなければソロでも大丈夫そうだが……そう油断したところで、どんでん返しが起こったりするのだ。ここでリスクを取る必要はない。
なら、今日は二陣辺りでお茶を濁すか、あるいは僕と同じように遅れてくる冒険者に期待するか。
「ヘンリーさん、おはようございます。出遅れですか」
「ああ、どうも、ニコルさん。ええ、ちょいと朝バタバタして」
声を上げたからか、うちの担当神官であるニコルさんが話しかけてきた。
「どこか前衛が不足してるパーティとか心当たりないですかね? なければ少し待って、それでもいい感じに組めそうなのが来なけりゃ、二陣にしようかと思ってるんですが」
「今は英雄シャルロッテさんの訪問で、一陣の戦力が全般的に落ちてるんですよ。折角防衛を買って出てくれる勇士を、遊ばせておく余裕はありません」
……ですよね。
「少々お待ちを。他の教会に連絡を取って、同じような人がいないか聞いてみますので」
「はい、わかりました」
ニコルさんが奥に引っ込んでいく。
今、十番まである教会。それらの間には通信用の魔導具が設置されており、これによって各教会は密に連携している。
別々の教会に所属する冒険者が臨時で組むことはあまりないが、必要とあれば斡旋もしてくれるのだ。
手持ち無沙汰に待っていると、いくらもしないうちにニコルさんが戻ってくる。
「あれ? 早いですね」
「ええ。丁度、最初に連絡を取った教会で丁度いいパーティがいまして。八番教会です」
教会の数字は、単に設立した番号であり、そう大した意味はない。
……が、番号の近い教会同士は仲が良いと言われている。まあ、単に全教会会議で席が近かったり、こうやって連絡を取る時も近い番号順にするから、といった他愛のない理由らしいが。
しかし、完全初見の相手と組むのは久し振りだな。
「ええと、じゃ、八番に行ってニコルさんの名前を出せば?」
「はい。それで大丈夫です」
了解、と。
僕は一つ頷いて、近場にある八番教会へと向かうのだった。
八番教会に到着して適当な神官さんを捕まえてニコルさんの名前と用件を告げる。
情報共有はしっかりしているらしく、すぐに案内された。
教会の酒場のテーブルの一つに座る、若い三人組。
案内をしてくれたこの教会の神官さんが、歩きながら手短に説明をしてくれたが……彼らは『戦神の咆哮』という冒険者パーティ。
一年くらい前にリーガレオで活動を始め、ここ半年ばかりで頭角を現し始めた、八番教会期待の若手らしい。
普段は四人で活動しているのだが……彼らのうちの一人がロッテさんの滅法なファンで、昨日参加したライブで興奮しすぎて、今日熱を出してしまったそうな。
「やあ、戦神の咆哮の皆さん。先程話した、七番教会からの助っ人を連れてきましたよ。こちらの方です」
テーブルに到着し、案内係の神官さんが僕を紹介する。
その言葉に、僕は一歩を踏み出して、口を開いた。
「どうも、ヘンリーだ。一応、勇士を賜ってる。基本は槍を使っての前衛だけど、魔導との組み合わせで中衛、槍を投げて後ろからの火力役もこなせる。よろしく」
見たところ、戦神の咆哮は全員僕より年下で全員階級は冒険者。
へりくだりすぎると舐められるが、あまり上から言うのも良くない。こんなものだろう。
「ああ、どうもこんにちは。俺がリーダーのジャンです。こっちがレオンで、そっちがルーク」
「よろしくお願いします」
「…………」
レオン、と呼ばれた方がきびきびと挨拶をして、ルークという冒険者は無言で頭を下げる。
「俺も槍使いなんです。普段は俺と、今日休んでるもう一人が前で魔物を止めて、レオンとルークの魔導使いコンビで魔物を殲滅する、ってフォーメーションなんですが……」
「ああ、聞いたよ。ロッテさんのライブで張り切りすぎたんだとか」
「お恥ずかしい話です」
あはは、とジャンが情けなさそうに頬を掻く。
「しかし、ヘンリーさん? 槍を使うという話ですけど、得物はどこに?」
「ああ、ごめん。不安にさせたか」
不審そうな顔のレオンに、僕は腰に差したナイフ状の如意天槍を引き抜き、短槍に形を変える。
「神器でな。形状を変えられるんだ。結構便利」
「へえー! 珍しいのを持っていますね」
「まあな。……これのせいで、流派の技をめっちゃ弄ることになったけど」
僕の基礎となったフェザード騎士団流槍法は、基本的な型と投げ以外は、ほぼ原型をとどめていない。
「はしゃぐ……前に。戦力の、摺り合わせを」
つっかえるような独特の喋り方で、ルークが提案する。
「それもそうだな。ヘンリーさん、よろしいでしょうか?」
「勿論」
ジャンの言葉に頷く。
初対面同士で組む場合は、当然お互いの力量を話し合う必要がある。
時間に余裕があれば、訓練場で軽く実際の動きを確かめるのがいいのだが……リーガレオでその時間の余裕というのはほぼない。
その分、口頭で伝える経験は多いので、話だけでも致命的な齟齬が出ることは少ないのだ。
「ふんふん」
話を聞くに、戦神の咆哮は一陣を張る冒険者としては中くらいの力量だ。
上級下位であれば、余程の大群でなければ対処可能。上級中位もある程度は。上級上位が複数出てきたら、相性次第で撤退を視野に入れる。最上級となると、流石に即座に回れ右。
「とまあ、俺たちの方はこんな感じです。レオンとルークの魔導が強いんで硬い相手は得意なんですが、魔導の狙いがつきにくいすばしっこい魔物はちょっと苦手ですね」
「うん、大体わかった。ありがとう」
彼らの装備の質や使い込み具合を見るに、今の説明は過不足ない感じだ。
うちの連中とそう変わらない年齢なのに、いい経験をしたのか、自分たちを客観的に見れている。
リーガレオに来て一年、というキャリアを考えると、確かに十分期待の星だ。うちも負けてないけどな!
「ヘンリーさんの方は? 勇士の方の実力を疑う気はないですけど」
「うん」
通常時でソロなら、上級中位複数までは。能力増強のポーション飲めば、上級上位複数も道具も駆使していける。
最上級は……時間稼ぎに徹したら、十何分か稼いで逃げられる。相性いい最上級ならワンチャンあると思うけど、よっぽどじゃないと狙うつもりはない。
「まあ、今のパーティ連中と一緒なら、最上級も半々くらいで……どうした?」
話していると、どうも戦神の咆哮の面々が眉をひそめている。
「……あの、失礼ですが話を盛っていませんか? それだけの実力者であれば噂くらいは聞くはずです。でも、俺たちはヘンリーさんのこと今日初めて知ったんですが」
ォゥ。言われてみれば、疑われるのは当たり前だった。
こいつらがリーガレオで冒険者として活動を始めたのは一年くらい前、とのこと。
……一度離れる前は、『なんでも屋』ヘンリーといえば、リーガレオの冒険者の間ではそれなりに知られた名前だったが、今はボチボチ二陣でやってる程度である。
たまにユーやアゲハと一陣で狩っても、違う教会の人間にはそれほど知れ渡っていないだろう。
勇士であることから、最低限できることは信用してもらえていると思うが……僕の言葉をそのまま鵜呑みにして、万が一嘘だったりしたら、下手をすれば命に関わる。戦神の咆哮の懸念も当然だ。
さて、どう説明したものか。
とりあえず、二陣辺りで少し動きを見せて、それから――?
「……おはよう。なにをやっているんだ、お前たち」
ふと気付くと、見覚えのある顔が近くまでやって来ていた。
いつもの、眉間の皺も深いムッツリ顔。別に本人は機嫌が悪いわけではないのだが、どこか周囲を威圧するような雰囲気をまとった男。
「あ、ゼスト師匠!」
……僕と同じフェザード王国出身であり、この前のフェザード郷友会の定例会で再会したゼスト・ゼノンだった。
そういやこいつ、八番教会所属だったか。
「ああ。それで、どうした?」
「師匠、お手間をかけて、すみません。今日、こちらの勇士と、組むことになったのですが。どうも………………彼の語る自分の実力を額面通りに受け取っていいか。一抹の不安が、拭いきれず」
ルークよ、滅茶苦茶言葉を選んだのはわかるが、要は信用できないってことだろ。そのくらい、普通に言っていいから。
「実力、か」
ジロリ、とゼストがこちらを睨んでくる……ように見えるが、こいつ的には多分普通に視線を向けただけである。
「……腕は落ちていないんだろうな?」
「馬鹿抜かせ。後方は訓練時間がたっぷり取れたんだ。装備も新調したし、強くなってるに決まってんだろ」
昔の僕なら、最上級ソロは時間稼ぎか撤退かの二択だった。今では時間稼ぎをした上で逃げられるくらいにはなったのだ。試してないから断言はできないけど。
「ならいい。……ジャン、レオン、ルーク。この男の実力は、俺が保証しよう。ややちゃらんぽらんなところがあるが、冒険の腕は確かだ」
「お前は一言多いんだよ、この真面目堅物クンめ」
「真面目で堅物であることのなにが悪い」
軽口を叩き合う。
……対して、戦神の咆哮の面子は目を白黒させていた。
「し、師匠? ヘンリーさんと、お知り合いで?」
「同郷の、元准騎士だ。後方に逃げたが、最近出戻ってきた」
ジャンが聞くと、ゼストは簡潔に答える。その答えに、レオンが『えーと』と声を上げ、
「ああ! 師匠がいつも『あいつがいれば……』みたいに話していた、あの」
「……レオン。妄言はやめることだ」
ゼストの放った小さな怒気に、『ひゃい!』とレオンが背筋を伸ばす。
「……なんだ、ヘンリー」
「いいや? なんでも」
こいつ、物語のライバルキャラみたいなムーブしてんな。でも、僕もここでからかいに走るほど、空気読めないわけじゃない。肩をすくめて済ませた。
戦神の咆哮のみんなは、それぞれ顔を見合わせ
「え、えーと。師匠がそう言ってくれるなら、ヘンリーさんとは是非組ませてもらいたいと思います。……あ、今日の割り当て確認してきますね!」
「俺、消耗品のチェックしとくわ」
「……なら俺は、ついでにこなせそうなクエストがないか、見ておく」
三者三様に役割を見つけ、率先して動き始める。他人任せにはしない、いいパーティだ。
……で、
「……ゼスト。お前、なんで師匠呼び?」
「あいつら、地元では一番のパーティで実際それなりに強かったが、リーガレオに来たばかりの頃は立ち回りが全然でな。見かねて、少しばかり手解きをしてやったら、勝手に呼び始めた。俺が強要したわけじゃない」
……僕がうちの面子にしたことと似たようなことしてら。
「弟子、というつもりはないが、面倒を見てやった連中だ。無事に帰してくれ」
「あいよ、任せとけ」
うむ、とゼストは頷いて。
くるりと踵を返して、立ち去っていった。
なお、その日も一陣の魔物は多くなかったものの。
ドロップ運に恵まれ、結構な儲けを戦神の咆哮の面々と分かち合うのだった。




