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第二十話 出発

 王都行きの当日。

 今日は早めに起床し、昨日のうちにまとめておいた荷物をチェック。


 というか、僕の荷物は全部持っていく。この部屋、ずっと取っておくのもお金がかかるし。日用品は処分した。

 ノルドさんは、荷物くらい預かっておこうか、と言ってくれたが、都市間の移動の時はいつもこうしていたので、厚意に甘えることはしなかった。


 ありえないとは思うが、向こうでなにかトラブルがあったり、別の仕事見つけるなりして、フローティアに戻ってこない可能性も皆無とは言えない。


「よし、っと」


 荷物を持ち、階下に向かう。


 何人かの宿泊客がモーニングに舌鼓を打っていた。そして、配膳しているのは、いつものラナちゃんではなく、その母親のリンダさん。赤ちゃんを背負いながらの接客である。お客の少ない時間帯だけ、女将として復帰するそうだ。

 赤ちゃんの方はぐずることもなく、きゃっきゃとはしゃいでいる。


「ああ、おはよう、ヘンリーさん! モーニング、すぐ用意するから適当に座っててくれ!」

「お構いなくー」


 見ると、今日はお客さんと同じようにテーブルにかけて食べているラナちゃんがいたので、対面に座る。


「おはよう、ラナちゃん」

「おはようございます、ヘンリーさん」

「荷物の方、忘れ物はない?」

「はい。三回チェックしたので、大丈夫だと思います」


 三回もか。まあ、ラナちゃんは街から出るのも初めてだというから、慎重になるのもわかるが。


「はい、モーニング、おまっとさん!」

「おお、来た来た」

「今日は、ラナの出発の祝いで、ちょいと豪勢だよ!」


 本当だ。腸詰めが一本付いてるし、スープも手が込んでいる。サラダにチーズが掛かっていて、パンも一個多い。

 ほうほう、美味しそうじゃないか。


 早速いただく。

 朝から、気合が入った。
















 朝食を食べ、ノルドさんとリンダさんに見送られ。

 僕はラナちゃんと共に、乗合馬車の駅にやって来た。


「おはようございまーす。ヘンリーさん、ラナちゃん」

「おう、シリル。おはよう」

「おはようございます」


 相変わらず、待ち合わせには早くに来るシリルに挨拶する。


「ジェンドは……ああ、来てるのか」

「はい。私達が乗る馬車の御者さんとお友達で。お話していますよ」


 そういえば、馬車の予約をしたのはジェンドだったか。

 そして、話している御者さんは確かに大分若い。成人して、御者として就職したばっかりと言った感じだ。だが、一つの馬車を任されているということは、ずっと真面目に下積みとか訓練とかはしてきたんだろう。


「それにしても、いやー。昨日は楽しみすぎて、全然眠れませんでした」

「寝ろよ。いつでもどこでも眠れるっていうのも、冒険者の素養……って、何回か言ったよな」


 そういえば、キャンプで僕と隣で寝るのに慣れるのも、大分かかったっけか。寝付きの悪いやつである。


「そうは言いましても。何を隠そう、遠足とかイベントの前日は、私、ワクワクしすぎて寝れないのがいつものことでして」

「自慢するなよ……」

「ラナちゃんはどうでした? ちゃんと眠れました?」

「実は、少し寝付けませんでした」

「ですよねー!」


 こいつ、寝てないくせにテンションたけーな。


「あ。ティオちゃん来ましたよ。おーい」


 ぶんぶん、とシリルが手を振る。

 何事かと、他の馬車の御者や乗客の皆さんが注目するが、この女はどこ吹く風だ。


 グランディス教会であればもう恒例のこととして誰も気にしないが、普段と違うところにいるってことをもうちょっと自覚して欲しい。


「やめんか、恥ずかしい」

「え? なにがです?」

「こいつ……」


 手を振られたティオが、ダダダっと走ってきた。


「シリルさん! 恥ずかしいからやめてください!」

「えー、なんでですか。ヘンリーさんといい、ティオちゃんといい」

「あ、あはは……」


 ラナちゃんも苦笑いである。ったく。


「ほれ、全員揃ったんだから馬車行くぞ」

「はーい」


 ジェンドと御者さんが話しているところにある馬車に向かう。

 馬車は、大体五、六人向けか。他の馬車と比べればサイズは小さめだが、良く手入れされている。


「おう、ヘンリー。おはようさん」

「おはよう、ジェンド。それで、こっちが……」


 後ろにいたラナちゃんが、一歩踏み出した。


「どうも、おはようございます! 熊の酒樽亭の娘の、ラナといいます。どうぞ、よろしくお願いします」


 と、元気よく挨拶をし、頭を下げた。

 流石は食堂兼宿の娘。ほぼ話したことのない男相手でも、物怖じしない。


「ああ、何度か見かけたことはあったけど、話すのは初めてか。……ジェンドだ。ヘンリーと同じパーティで、冒険者をやっている」

「知っています。とても頼りになるって、ヘンリーさんが」


 おい。


「ラナちゃん、そういう、お客の情報を漏らすのは感心しないぞ」

「あはは、ごめんなさい」


 ったく。まあ、この子に限って、本当に不味い情報を漏らすことはないだろうが、なんていうか、恥ずかしい。


「お、おう。ヘンリー、ありがとうな」

「……ああ」


 おおい、どうすんのこの空気。


「あ、ラナちゃん。私のことは、ヘンリーさんなんて言ってました?」

「え? ええと……」


 と、シリルのやつが食いついてきた。

 こいつについては……ああ、別にいいか。


 くい、と顎でラナちゃんに話しても良いと伝える。


「その、シリルさんについては、正直残念なところが多いけど、魔法の威力はすごい……って」

「なにおーう!?」


 ぐいぐい、とシリルが怒りを表し、僕の胸元を掴んで詰め寄ってくる。


「どういうことですか。こーんなに可愛いシリルさんが残念とは!」

「そういうとこだよ!」


 離せー、とシリルの顔を押す。


「むう、いいでしょう。そのうち、ヘンリーさんのその評価を覆して、『シリルさんすごーい』って言わせてやります」

「言わないから」


 ……というか、別に低評価というわけではない。

 シリルは身体能力も、武術も、それ以外の細々とした冒険者としての技能もまあ一般の後衛レベルといったところ。


 しかし、魔法だけは別だ。少なくともフローティアの冒険者に、シリルの代わりになれそうな奴などいない。

 威力過剰のため、フローティア周辺の冒険では多少持て余すが、最上級の……殺しても死なないような魔物を相手にするとなったら、超高火力のシリルは大変に有用な存在である。


「ラナ、私のことは?」

「ティオは、すごく便利な子だって」

「便利扱い……」


 ラナちゃん、それ、言葉だけじゃ超語弊があるからやめてくんない?


「あー、歓談中失礼。ご挨拶しても?」


 と、所在なさげにしていた御者さんが、困ったように話しかけてきた。


「ああ、悪いなウィル。ほったらかしにして」

「いやいや、別にいいんだけどね。ほら、出発時間もあるからさ」


 あー、そうか。

 ゴトゴトと、周りの馬車はぼちぼち動き始めている。日が暮れる前に次の街に着くためだ。


「さて、はじめましての方にはご挨拶を。僕はウィル。皆さんをノーザンティアまでお送りする馬車の御者でございます」


 と、優雅に一礼するウィル。

 高身長イケメンで、仕草一つ一つがすげぇ洗練されてる。……最近の乗合馬車の御者って、こんなんだっけ。


 っとと、挨拶挨拶。

 しばらくの間同じ馬車で移動するのだ。お互い、仲良くなっておくに越したことはない。


「はじめまして。僕はヘンリー。ジェンドと同じパーティで、冒険者をやっています」

「噂には聞いていますよ。この街で、勇士の冒険者の方はとても珍しいですからね。実力派だとか」

「まあ、それなりには」


 自慢するわけではないが、客観的に見て、冒険者としては僕は結構な腕前である。最前線でも、ここ五年くらいは一線級だったし。

 ま、今はだらだら適当に弱いのを相手にしているだけだけどな!


 そうして、それぞれ挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。


「じゃ、出発しますよー」


 馬車が動き出す。


 フローティアの街を出て、街道に。

 しばらくはすることもないので、僕は馬車の中で座り、適当に買った小説を読み始めた。
















 最初は、馬車の窓から見える風景にシリル、ティオ、ラナちゃんは夢中になっていた。

 初めての馬車に、色々と惹かれるものがあったのだろう。


 しかし、外の風景は中々変わらない。ずーっと続く街道に、平野だけ。流石に飽きたらしく、今では少女たちらしい歓談に花を咲かせていた。


「ラナちゃんはー、好きな人とかいるんですかー?」

「えっと、あまり。幼年学校時代の同級生くらいしか、年の近い男の人いなくて」

「ティオちゃん……は、いないって言ってましたね」

「はい。そう言うシリルさんは?」

「私ですか。ふふふ、言い寄ってくる冒険者は沢山いますが、私のお眼鏡にかなう人がいなくて」

「……嘘をつかないでください」

「ちょっとティオちゃん。こう、ラナちゃんに出来る女アピールをしようとしているんですから、乗ってくださいよ」


 折角好意を持ってくれている男を、『お眼鏡にかなわない』なんて言い方をする女は、果たして出来る女なのか? シリルの中ではそうなってんのか?


 ……しかし、すごく居心地が悪い。ジェンドと同じように、御者台に行こうかな。


「あれ、ヘンリーさんとは? 仲が良いから、てっきり」

「うーん、そうですねえ」


 ちら、とシリルがこっちを見る。

 よかった、忘れられているわけじゃなかったのか。いきなりコイバナなんて始めるから、僕なんて視界の中に入れていないのかと思った。


「まあ、悪い人ではないですが。この私の恋人になりたいのであれば、好感度をもっと稼いでもらわないと」

「誰が恋人になりたいと言った」

「あ、今好感度ちょっと下がりましたよー」


 知らねえよ!


「全員、色恋に縁がないってことで、話は終わりでいいだろ。もうちょっと別の話にしときなさい」


 馬車の中をきゃいきゃいした空間にしないで欲しい。切実に。


「あー、そうですねー。そういえば、ウィルさん、ノーザンティアまでって言ってましたけど、王都はもっと先ですよね」

「ああ。……旅程、お前に伝えていなかったっけ?」

「はい」


 あー、シクった。これは僕のミスだ。

 フローティアから王都まで、となるとどう行くかはほぼ決まっているため、伝えていなかった。


「ノーザンティアは知ってるよな」

「はい。近隣で一番大きな街ですよね。四方都市でしたっけ」

「そうそう」


 アルヴィニア王国には、主要な都市が五つある。

 一つは、言わずと知れた、今回向かっている王都セントアリオ。そして、それを囲むように、東西南北それぞれに大きな街がある。


 俗に、アルヴィニアの四方都市と呼ばれる街のうち、フローティアに最も近い北方都市ノーザンティアが一先ずの目的地だ。


「ノーザンティアまでは馬車だ。大体、四日くらいかな」


 朝から出て、次の街に日暮れまでにたどり着く。これを繰り返して、ノーザンティアまで行くわけだ。


「で、そっから先は転移門で王都に行く。ちと高く付くけど、王都までの馬車代とか考えたら、実はそんなに料金変わらんからな」

「転移門ですか。噂は聞いたことありますが、使ったことは……あった、はずです。昔のことなんで、よく覚えていませんけど」


 ? ああ、そういえば、シリルって子供の頃にフローティアに来たって言ってたっけ。

 遠いところから来たなら、使っている可能性はある。


 国が研究を主導して完成した、転移門。極めて精密かつ複雑な術式と莫大な魔力を必要とする、一大魔導だ。

 一流魔導士が十人がかりで制御しなくてはならず、それだけに他の移動手段とは桁外れの料金を取られるが、一瞬で都市間を移動できるメリットは語るまでもない。


 アルヴィニア王国では、四方都市と王都間でのみ、民間用の転移門が開放されている。


「ま、そういうわけで、馬車はノーザンティアまでなんだ」

「そのノーザンティアとかって、どんな街かってわかります?」


 と、シリルが聞く。

 ティオとラナちゃんも知りたがっているようだ。


 ……僕も、フローティアに来るまでの道程でしばらく滞在しただけだけど、まあ話してやろうか。





 と、こんな感じで。

 僕たちの馬車旅は始まった。

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