第二話 冒険者とは
門のところで諸々の手続きを済ませ、トーマスさんのお店に直行。
宿の紹介は、教会へ挨拶を済ませてから、ということにして、シリルとジェンドの二人に先導され、フローティアの中央の目抜き通りをのんびりと歩く。
雑然と言ったほどではない、程よい賑わい。左右に連なる建物は小奇麗で、呼び込みの声も元気がいい。並んでいる商品もどこかお洒落だ。
そして『花と水の都』の名に恥じず、そこかしこに飾られている花の数々が、前の街との違いを雄弁に物語っている
そして何より。
小腹が空いたため、そこらの露店で買った串焼きが思いの外旨い。一本十ゼニスの安い焼き鳥だが、中々にいい肉だ。
「ヘンリーさん、ヘンリーさん。続きを! 最前線で百匹の亜竜に囲まれて、それでどうしたんですか」
とある冒険の話をしていたのだが、串焼きを食っている間は中断していた。食べ終わりを見計らってシリルが続きを促した。
「あー、そんときは、強い魔導士が一緒だったから。僕ともう一人で時間稼いで、魔導で一掃って感じだ」
「確か竜って魔力抵抗も強いんじゃ」
相方が矢継早に話しかけているので、もう遠慮はするだけ無駄と悟ったジェンドが聞いてくる。
「いやいや、亜竜は見かけが竜っぽいってだけで、本物のドラゴン程強かないよ。それに、仲間の魔導士は、僕の知ってる中で一番の使い手だったから。この街くらいは燃やし尽くせる奴でね」
「ひょえぇ、それは凄いですね。でも、私も負けませんよ」
うおー、と杖を掲げるシリル。
ぼふ、とジェンドからチョップが入った。
ぐむぅ、とシリルが抗議めいた視線をジェンドに送る。
「街中で武器を振り回すな」
「正論だな」
僕ももっともだと頷く。
「はーい、ごめんなさーい」
ちょっと拗ねた。ころころ表情が変わるやつだ。
「っと、ヘンリーさん、そろそろ教会が見えてきましたよ」
「ああ、あれかぁ」
四階建ての屋敷が見えてきた。
玄関のところに飾ってある盾にクロスした剣を象った意匠のエンブレムは見慣れたものだ。
地母神辺りの教会はもっと厳かな雰囲気なのだが、僕たちが用のある教会は、基本的には実用一辺倒。そこらの商館と作りは大差ない。
中に入ると、これまた見慣れた構造だ。
「戦の神の教会は、どこも同じようなモンだなあ」
真正面に、一応祈りを捧げるための祭壇。右を向くと、冒険者向けの依頼の張り出された掲示板と魔物のドロップ品の買取や依頼を仲介したりする受付。左を見ると酒場。
……教会に酒場? と他の神の信徒は思うらしいが、戦の神はこう、戦いが終わった後の宴が三度の飯より好きらしく、大体併設されている。
「あ、ジェンド。今日は私が先に引きますからね! この前はジェンドが先に引いて、アンコモン当てたんだからいいですよね!」
「いや、後でも先でも確率は別に変わらな……」
「シスター! 今日沢山狩ってきたから、三回くらい引けると思うんですけどー!」
丁度並んでいる人もいないので、シリルがまっさきに駆け出す。
この教会のシスターらしき女性が呆れた顔になっていた。
「一狩りで三回か。意外と駆け出しだったんだな」
「はは、まだ冒険者を始めて一ヶ月ほどで」
シリルもジェンドも、装備品が結構上等なものだったから、若く見えてそれなりにやっているのかと思っていた。
とすると、いいところの出かな。
「はいはい、シリルさん。まずは戦神グランディス様にお祈りを」
「はぁい」
シスターに嗜められ、シリルが渋々と祈りの格好になる。
「……はい。それでは始めましょう。功績を確認いたしました。今日、シリルさんは『宝物庫』より四点、神器が与えられます」
「よっしゃ! ……あ、ごめんなさいです」
おっと、四回か。僕は、もうそれだけ引くにはかなり溜めないと駄目だなあ。
「コホン。……それでは、グランディス様。信者シリルに、恩寵を」
シスターが『天の宝物庫』へアクセスする。
シリルが今日稼いだ功績点を鍵に、空中に扉が開き、光が溢れる。
そこから、四つの影が祭壇に据えられた台座にふわりと落下した。
「はい。コモンワンドが一つ、回復のポーションが二つ、後は……あっ、おめでとうございます。こちらのフードはアンコモンですよ!」
「やった! どんなのです? どんなのです?」
「少々お待ち下さい。ええと……『そよ風のフード』ですね」
「ほうほう、効果の程は?」
「フードの周り一メートルに、微風を起こします」
「……ええと、髪を乾かすのには、いいかもしれませんね」
シリルが困っている。あ、昼間っから酒場で呑んでる冒険者が、ご愁傷様ー、と囃したてた。声は聞こえてないだろうが、宝物庫の光は目立つし、シリルの様子を見ればハズレを引いたってのは一目瞭然である。
「うるさいですよ、そこの酔っぱらい共!」
ぷんぷん、と怒りを見せるシリルに、ますます酔漢どもは笑い声を浮かべる。
うむ、なんか気持ちはわかる。
「それで、どうします? 返還しますか?」
「うう……一応、初めてのアンコモンなんで、持っておきます。コモンワンドだけ返還で」
「はい」
シスターがポーションとフードをシリルに渡し、残った杖を宝物庫に送還する。代わりに、小さな銀のコインが台座に残った。
「はい。……まあそんな気を落とさないでください。私の体感ですが、アンコモン以上の神器が出ても、そのうち使えるのって五つのうち一つってところです」
「むー、わかりました。……ジェンドー、次どうぞ、次」
「おう」
ジェンドは僕に会釈して、シスターのところに向かう。
「見とけよ、俺の豪運を見せてやるから」
「この前当たり引いたんだから、今日はどうせコモンばっかりになりますよ。いや、なれ」
「ヘンなこと言うなよ! 本当に運気が下がる気がするから!」
ジェンドに茶々を入れて、シリルがこっちに来る。
「残念だったな」
「はいー、初めてコモン以外を引いたんですけど、あまり役に立たない装備ですね。あ、でも結構かわいいフードかも」
シリルが引いたばかりのフードをかぶってみせる。まあ、冒険に役に立つかはともかく、似合ってはいた。
このフードも神器……か。神様の世界の宝物庫ってどうなっているんだろう。
何度目かの疑問を抱きつつ、僕はこっちへの移籍手続きを済ませるため、受付に向かう。
……なお、シリルの呪いが届いたのか、ジェンドの結果はコモンオンリーだった。
冒険者がみんな信仰している(ということになっている)グランディス神。闘争と開拓を司る神様である。闘争の方にだいぶ比重が傾いているって、誰しも思っているが。
諸説あるが、その神様が二千年だか三千年だか前に、この世界に降臨したことがあるそうだ。
そして、全人類に対して啓示を下した。
色々と小難しいことが教典には書いてあるが、要約すると、
「おう、お前ら。魔物倒して、世界を冒険しろ。なに、道具は貸してやっから」
……ってなことを言ったらしい。僕たちみたいなグランディス神の信徒を冒険者って呼ぶのはこのときの言葉が理由である。
なお、当時の人類は僅かな安全圏に集まって、細々と生活をしていた。
まともな金属加工もままならず、ロクな武具もなかった昔。魔物を倒すには大の大人が何人も集まって叩くか、本当にわずかしかいなかった『魔法使い』が出張る必要があった。
しかし、この時を境に、戦の神に誓いを立てることで立派な金属製の武具が下賜されるようになったのだ。
しかも、魔物を倒すと、その功績に応じて神様たちの武具が納められている『天の宝物庫』から武具や道具が与えられるようになった。
……まあ、『宝物庫』っていうか、神様的には多分倉庫かなんかで。外れも多々あるわけだが、それでも人々は宝物庫からもらえるアイテムを元に、徐々にその生存圏を広げていった。
今となっては、誓いを立てたときにもらえるコモン系の武器よりもいいものは、武器屋に行けばいくらでも売っている。魔導技術も発達し、人は魔物に自力で対抗できるようになっていた。
「でも、やっぱりいい能力のついた装備は欲しいんですよねえー」
魔物のドロップ品の売却も終え、教会の酒場でパフェ頼んで食っているシリルがそう零す。僕はさっき焼き鳥食ったので、果実水だけだ。
「ヘンリーさん、やっぱ前線だと凄い神器持っている人はいたんですか?」
「それなりにはいたけど、レジェンド持ってるやつは数人しかいなかったよ」
「レジェンド!」
天の宝物庫から出てくる武具には、五段階のランクが付けられている。コモン、アンコモン、レア、エピック、レジェンド。
何が違うかというと、アンコモン以上には特殊な能力が付与されている。アンコモンなら一つ、レアなら二つ、といった具合に。
「でも、人の作った武器の方が受け渡しもできるし、ヘンテコな能力はつかないし、って、神器は全部返還してる奴もいたけどね」
神様の武具は、『貸与』されているだけなのである。消耗品や一部の例外は別だが、引いた本人しか使えないし、その人が死ぬと勝手に宝物庫に戻る。代わりに、返還するとその道具に応じた銀や金がもらえる。
そしてこれが一番の問題なのだが……今日、シリルが引いたそよ風のフードのように、使いもんにならない能力が付与されていることが多々あるのだ。
棍棒に切れ味アップ、隠密用のスーツに敵意集中、剣に『いい匂い』のする効果……等。意味がないだけならマシで、使用者にとってペナルティがあるような効果もある。
神様、これ作ったとき酔っ払ってたんじゃねぇかな、と真剣に疑わしいものもある。先のレア度は、実際はアテにならない。クソ能力が三つ付いたエピックより、いい能力が一つ付いたアンコモンの方がよっぽど有用なのだ。
一方、技術的な難易度も高く、お値段も相応に高くつくが、人間がそういった特殊能力を武具に付与すれば、目的通りのものが出来上がる。
「ヘンリーさんはどうなんですか?」
「僕? 僕は、武器とお守りだけ神器で、他は普通の装備」
「へえ、ランクはいくつなんです?」
「武器の方はエピック。お守りの方はレア」
今まで引いた中で使える武具って、この二つ以外は前使ってたもう一本の槍くらいだ。
まあ、使える武具一度も引いたことないやつもいるんだから、僕の引き運は悪くはないはず。
……初めて引いたエピック神器の革鎧は『錆防止』(革なのに)、『体臭がフローラル』、『食べられる』という見事なクソ能力だったが。
「勇士の人ってなると、エピックまで引けるんですね」
「僕も引いたことあるの、二つだけだけどねー。まあ、二個目は超強いってわけじゃないけど、そこそこ使える効果だったから」
珈琲啜ってるジェンドに、手をひらひらさせて返す。
天の宝物庫は、引けば引くほど次に必要な功績点が増加し、それに伴い少しだけいいのが出る確率が上がるのである。
「そういえば、街の近くじゃ魔物見なかったけど、ここの冒険者ってどこで魔物狩ってるんだ?」
「街の東にある森がメインっすね。奥まで行けば強いのもいるらしいですけど、入口あたりは俺とシリルには丁度いい感じです」
「キラードッグの牙を納品してたか」
「はい」
群れて襲ってくるので、キラードッグは初心者向けの魔物の中では結構強いんだが。傷一つ負っていないところを見ると、二人は初心者ながら結構手練のようだ。
「ヘンリーさんは勇士の人なんですから、もっと奥行くんですよね。ジャイアントスパイダーとか、グリフォンとかも出るらしいですよ。私もいつかは戦ってみたいです」
「行かない行かない。いや、そのうち行くかもしれないけど、最初は二人と同じようにキラードッグでも相手するよ」
「ええ~、なんでですか?」
「なんでって、普通初めての狩場で、無理するわけないじゃないか」
そりゃ僕も自分の腕にそれなりの自負はある。
でも、普段と違う場所でいつもと同じ実力を発揮できるとは限らない。それに、同じ魔物でも、地域によって行動が違うこともあるから、戦い慣れた奴ほど別の土地に移動したときは注意が必要だ。
大体、強い魔物倒す必要ないし。
こう、日銭を稼ぐ程度でいいんだ。そういうのんびりライフを送りに来たんだから。
「あ、じゃあ俺達と一緒に行きません? 上の人の戦い方も見てみたいですし」
「ん?」
突然の提案。
んー、しばらくのんびりしたかったが、あまり勘を鈍らせるのも良くないか。ちょっと怖いし。
そうすると、ジェンドの提案は渡りに船である。
「そりゃ、土地勘のある相手と一緒なのは助かるけど。僕はともかく、そっちはいいのか?」
今日会ったばかりの相手である。僕からすると、二人はこの街に根を下ろしている商人であるトーマスさんと馴染みだから信用できる。でも、向こうからすると僕はどっか別のところから来た胡散臭い冒険者だ。
人里離れた場所に冒険に出て、『騙して悪いが……』なーんてことは警戒しないのだろうか。
「シリル、いいよな?」
「いいですよー。ヘンリーさん、いい人っぽいですし」
シリルの方も問題ない模様。……いや、あれはパフェに夢中であんまり考えていないだけと見た。
「まあ、そういうことなら。よろしく」
「よろしくお願いします」
「よろしくですー」
なんか、そういうことになった。
ガチャ? なんのことですかね(すっとぼけ)