第百九十九話 旧友 後編
ゼストと話をつけしばらく待っていると、続々とフェザード郷友会の面々がやってきた。
彼らは素直に僕が戻ってきたことを歓迎してくれ、どうにも照れくさい思いをする。
……丸二年以上参加していなかったが、とりあえず数が減っていないことに安堵しつつ、全員が揃ったところで会長であるボーマンさんが口を開いた。
「えー、第五十三回、フェザード郷友会の定例呑み会。乾杯の挨拶の前に、今日は嬉しいやつが戻ってきてるから、挨拶の一つもぶってもらおう。おう、ヘンリー!」
その言葉を受け、僕は立ち上がる。こういう目立つのはちょい苦手だが、ある意味身内ばかりなので気楽なものだ。
「挨拶した人もいますけど、皆さん久し振りです。後方に引っ込んでた――ゼスト曰く臆病者のヘンリー。色々ありまして、リーガレオに戻ってきました。……知らせるのが遅れたのはすみません」
ゼストは、余計なことを……と顔に書いて、僕を睨みつけてきた。
「おいおい、ゼスト。あんまヘンリーをいじめんなよ」
「……いじめてなどいません。ただの率直な感想を述べただけです」
酒場のマスターではなく、一人の客として座っているホーキンスさんが、隣のゼストをからかうように言う。
なお、シリルにご馳走すると言っていたホーキンスさんだが、手ずから料理の下拵えは全部済ませており、あとは副料理長さんが上手く差配してくれるらしい。
「えーと、で。みんな気になってると思いますが……シリル?」
「はい!」
待ってましたと言わんばかりにシリルは勢いよく立ち上がり、シュピッ、と手を敬礼のように掲げる。
「皆さんはじめまして! シリルと申します。えーと、こっちの人の女です!」
ピーピー! と、まだ酒も入っていないというのにみんなが囃し立てる。
……もういい加減慣れたが、それでもやっぱクッソ恥ずいな。こいつ、なんでこんなに無駄に勢いがいいんだ。
「そして……えーと、フェザード王国の王女だったアステリア様は、皆さんご存知ですかね?」
「? そりゃ、フェザードの美姫と評判高い人だったからな。みんな知ってると思うが」
ボーマンさんの言葉に、シリルはうん、と頷く。
「ありがとうございます! で、私、そのアステリア様の、フェザード時代からの側付きの人の親戚でして。その縁でフローティアの領主館にお世話になっていました。……そんなわけで、出身はフェザード王都リースヴィントです! 私も郷友です!」
おお、と、今度は別の意味でざわつく。
「ヘンリーが恋人を見せびらかしに来たわけじゃないのか」
「ああ、俺はてっきり」
……シリルのことを説明していない何人かが、予想通りのことを言ってる。いやまあ、僕もあっちの立場ならそう思っただろうけど。
「そうか、ヘンリーはフローティアに行ってたんだな。そういえばアステリア様の嫁ぎ先だったか」
「そうですね。シリルはアステリア様と懇意にしてて、その縁で僕も良くしてもらいました」
ボーマンさんに、僕は表向きの話をする。本当の姉妹です、とはまだバラすわけにはいかない。
チラッとシリルに視線を向けると、一つコクリと頷いた。
「ついでに、僕は魔将ジルベルトを倒した件で、アステリア様にお褒めの言葉をいただきました!」
「ちっ、羨ましい話だなー、オイ! 騎士の誉れじゃねえか。ちょっと詳しく聞かせろよ!」
郷友会の一人で、元騎士の人が野次る。
「はいはい、それは乾杯のあとに話しますよ。ボーマンさん?」
「おう」
ボーマンさんがエールのジョッキを掲げ、みんながそれに続く。
「改めてだ。第五十三回フェザード郷友会定例呑み会、戻ってきた仲間と新しい仲間を盛大に歓迎し。また今後の我々の安全と活躍を祈念して――乾杯!」
――そうして、宴会が始まった。
「シリルちゃん、こっちにもお酒もらえるかい?」
「はいはーい、どうぞどうぞ」
シリルはお酒は苦手だからと、最初の一杯のあとは料理をつまみつつ、みんなへ酌をして回っていた。
他人の女とはいえ、可愛い女の子に酌をしてもらって、気の良くならない男はそういない。女性も二人ほどいるが、そっちもニコニコである。
そうやって、この短時間でシリルは郷友会のみんなの人気を勝ち取った……のだが、これ真相を知ってる僕からすると、王女サマに元国民が酌されてんだよな。
あまり王家への忠誠とかピンときていない僕でも、ちょっとマズいんじゃね? と思わなくもない。
そんな風に危惧していると、シリルが声を上げた。
「あ、それでー、お聞きしたいんですが、この中にリースヴィントの出身の方っていらっしゃいます? 私、子供の頃なので街のことよく覚えてなくて。アステリア様は王城回りのことしかご存知なかったので、街のこと教えてほしいです」
「ん? ああ、それならホーキンスがそうだったはずだ。だよな?」
シリルの質問に、ボーマンさんが応える。
エールを呷っていたホーキンスさんがジョッキを下ろし、『ああ』と頷いた。
「俺は元はリースヴィントの街の警備隊に所属してたんだ。だから、シリルちゃんともすれ違ったことくらいはあるかもな」
「へへー、そうかもしれませんね!」
街中が担当の警備隊と、王城住まいのシリルに接点があった可能性はめっちゃ低い……のだが、シリルはあっけらかんと頷く。
シリル……お前、意外に腹芸できたんだな。
「んで、街なあ。言っちゃなんだが、フェザードは三大国とは比べもんにならないくらいの小国だったし。アルヴィニアの、四方都市より賑わいって意味じゃ負けてたな」
うん……まあ、そうだ。
国境寄りで交通の要衝、そのためフェザードでは指折りの街だった僕の地元であるウェルノートも、人口はフローティア以下だったし。
「でもまあ、俺の覚えてる限り、笑顔の絶えない街だった。大通りにあった国祖様の像が立派で……」
ホーキンスさんが、思い出しながらかつてのリースヴィントの情景を話す。自然と他のみんなも話すのをやめ、それに聞き入った。
「……ああ、そういや。行きつけの店の煮込みが美味くてな。仕事上がりにあれで一杯やってたっけ。……っとと、わりぃ、こんなもんだ」
ジョッキの水面を眺めながら、ホーキンスさんは最後の方は独り言のように呟いて、話を終えた。
「あー、すみません。もしかして、つらいことを思い出させてしまったやも」
「うんにゃ。どっかのガキ共はずるずる引き摺ってたが、こちとら落ち延びた時には立派な大人だったんだ。半年もすれば、まあ現実は受け入れたよ」
はい、ずるずる引き摺ってたガキその一です。
ガキその二、かつ、多分現在進行系でまだ折り合いがついていないゼストは、気まずそうに視線を逸らした。
「それなら、もっと色々お話を聞きたいです! 他の皆さんのも!」
「おうおう、いいぜ。思い出語りなんて久し振りじゃねえか」
「まあ、あまり覚えていないっていう郷友に、色々教えてあげるのも年上の役目かね」
そうして、酒の力も手伝って、みんなが調子よく語り始める。
シリルはそれらにいちいち大げさに反応し、時々相槌を打ち、みんなの話を聞き出していった。
「……いい娘だな。ヘンリーにはもったいない程に」
「お前、話しかけてきたと思ったらそれかよ」
その様子を見てゼストが漏らした感想に、僕は顔を引きつらせる。
「しゃんとすることだ。シリルさんに失望されたくはないだろう」
「僕の情けない姿とかあいつは慣れっこだっつーの。お互い様だけどな。……今の姿からはイマイチ想像できんかもしれないが、あいつも割とポンコツだぞ?」
「フン」
鼻を鳴らして、ゼストがエールを舐める。
……くっそ。わかってるよ、本当の意味で、駄目な姿は見せないつもりだよ。
この店に来る前のあのやりとりが駄目じゃなかったかと言われれば、多分駄目だっただろうけど!
「しかし、故郷ねえ。ゼスト、お前どこ出身だっけ」
「……辺境の村、ノルン。あまり豊かではなかったが、いい村だった」
そうだったっけな。……ああ、思い出した。
「確か、村の常駐の騎士さんの推薦で准騎士になったんだっけか」
「そうだ。たまたま才に恵まれただけだがな。……お前のように都市生まれじゃない」
「やっかむな。都市っつーほどの都市じゃなかったし。大きな道の途中にあったから宿が多かったくらいの、普通の街だよ」
思い出すことも少なくなってきた故郷の姿が浮かぶ。
騎士団の小隊長やってた父さんの槍と鎧の手入れを手伝ったり。稽古をつけてもらったり。
料理をしている母さんの後ろをちょろちょろしたり。
腕が認められて准騎士になった後は、先輩方にそれはもうシゴかれたっけ。寝坊した時は嫌んなるほど走らされたり……
「……まあ、思い出は色々あったけどな」
「それを燃やされて、お前は報復を誓った。……そして、実行した輩だけを倒して、満足した」
「そうだよ。あれで一度燃え尽きた」
少しだけ責めるようなゼストの目に、僕は真っ直ぐ見て返した。
「まあ、あれだよ。伝説の不死鳥は灰から蘇るらしいし? 戻ってきた僕のこと、フェニックスヘンリーと呼んでくれてもいいぞ。……ヘンリーフェニックスの方が語呂がいいか?」
「酒毒が脳に回ったようだな」
お前、場を和ませようとした僕の冗談をあっさり切って捨てやがって。
「……街で准騎士としてやっていくことになった時な。村のみんなが色々物入りだろうって、金を工面してくれた。そんなに余裕があるわけでもないのにな。……俺は立派な騎士になって恩を返す、つもり、だったんだ」
そう振り絞るように言って、ゼストが顔を伏せる。
……故郷を焼いた魔軍を、魔王を倒す。ゼストの気持ちは、僕もわからなくもない。
肯定も否定もできず、僕はゆっくりとジョッキを傾けるのだった。
定例会が無事終わって、シリルと共に帰路につく。
酒で少し火照った顔に、夜風が心地良い。
と、思っていると、周囲に人気がなくなった辺りで、シリルが話しかけてきた。
「ヘンリーさん、ヘンリーさん。あの、多分大丈夫ですので、次は私のこと、ちゃんと話そうと思います」
「……は? なんの話?」
「だから、私の身分のこと」
元王女だってことか。
「ん? でも、なにが大丈夫なんだ?」
「いえ、私の目的話しても、『なんとしてでも故国を取り戻さないと!』なんて暴走する人はいないってことです」
……そういえば、出る前にそんな話はしていたが。
「どうしてんなこと断言できんだよ」
「そりゃ、故郷のことを話すときの会話の熱とか、仕草とか、まあ諸々? フェザードのことを聞きたいのは本音でしたので、一石二鳥というやつです」
シリルは胸を張る。
政務とかを仕込まれてる、って話だったから、多分その一環だろうが……マジだったんだな。
少しだけシリルを見直して。
郷友会の日は、終わるのだった。




