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第百九十七話 旧友 前編

 それは冒険の精算を終え、七番教会をあとにしようとしていた頃。


 丁度、教会に新しい冒険者が来た。

 勿論、それ自体は不思議なことではないのだが、その人に僕は見覚えがあり――加えて言うなら、彼は三番教会所属だったはずだ。


 彼は僕の姿を認めると、『おっ』といった感じで、軽く手を上げる。


「ヘンリー、知り合いか? ちょっと年かさの人だけど」

「あー、まあ顔見知り? ……って、あ゛!?」


 ジェンドの質問に軽く答え……絶句する。

 かんっぜんに失念していた。


 ばっ、と隣のシリルを見る。


「はい? どうしましたヘンリーさん」

「い、いや。……あ、あとで話すよ」


 と、とりあえずはボーマンさんだ。


 以前と変わらない、人好きのする笑顔を浮かべながらこちらにやって来るボーマンさんに、僕も手を上げて挨拶をする。

 彼の身に付けている装備は、使い込まれた鎧に槍。それは、見る人が見れば、かつて存在したとある国の騎士の、制式装備であることがわかるだろう。


「よお、ヘンリー! 帰ってきたって噂は本当だったか。なんだよ、挨拶にくらい来いよ!」

「す、すんません、ボーマンさん。うっかりしてました」

「あー、まあ。お前が出てく辺りだとだいぶ疎遠だったしな。しかしまあ、元気でやってるようでなによりだ! そっちが今の仲間か?」


 頷く。


「どなたが存じませんが、ヘンリーさんのお知り合いですか。私はシリルといいます、よろしくお願いします!」

「おう、元気でかわいらしいお嬢さんだ。……アンタが噂のヘンリーのコレかい?」

「はい、ソレです!」


 ボーマンさんの立てた小指に、シリルは勢いよく親指を立てる。

 ヒュゥ、と、からかうようなボーマンさんの口笛が響いた。


 ……つーか、そっちも噂になってんのかよ。なんで……って、初日に星の高鳴り亭のみんなの前で宣言したの僕だった。


「はっは。あーの、落ち延びたガキがねえ。ふふん」


 ……後年は付き合いが薄くなっていたが、僕が冒険者になった当初はボーマンさんには色々と世話になった。

 まだ未熟だったフェザード王国流槍術を一通り修められたのはこの人のお陰だ。……如意天槍を手に入れてからこっち、改造しまくって原型はほぼなくなっちゃってるけど。


「えーと、それでヘンリーさん? どういう付き合いのお方なんだい」

「ああ……この人、ボーマンさんっていって。……僕と同じ国出身の、元騎士さんなんだ。その縁で、冒険者始めたての頃は色々と世話になってた」


 えっ、とみんなが声を上げる。


「その様子じゃ、うちの国のことはもう知ってるみたいだな。まあ、そういうわけだ。ただ生憎、魔将を討伐して国の仇を取ったこいつ程ぶっ飛んじゃあいない」


 ボーマンさんの階級は、最後に会った時と同じく冒険者のまま。決して弱い人ではないが、一陣はちょいキビしい人でもあった。


「あー、それはボーマンさんが鍛えてくれたこともあって……」

「謙遜するなよ。俺の立つ瀬がない」


 ボーマンさんが肩を竦める。


「ええと、それでどうします? 折角だし、ちとこの教会の酒場で一杯やってきます?」

「いや、俺はちょいと用事があってな。今日は、お前が帰ってきたって聞いて、確かめに来ただけだ。丁度来週、郷友会の定例会があるから、そっち来れるか? 場所はいつものトコだ」


 ……郷友会。

 ちら、とシリルを見る。


 ……うーむ。


「冒険の都合もあるんで、参加するかどうかはまた後で連絡します。ボーマンさん、宿変わってます?」

「いや、前のまんま、『地霊の寝床』だ。それじゃそういうことで。俺がいなかったら、宿の人に伝言頼んでくれ」


 はい、と僕は頷き、


「その……ところで。ゼストのやつは?」

「今も定期的に参加してる。……まあ、あいつも頭冷えてる頃合いだろ。なんかあったら、仲裁するから」

「……よろしくお願いします」


 はあ、と僕は重いため息をつき。


 去っていくボーマンさんの背中を見送るのだった。

















 そうして夕食後。

 僕の部屋にシリルを招き、今後の相談をすることにした。


「相変わらず殺風景な部屋ですねえ。お花の一つも飾りません?」

「どうせ世話するの忘れて枯らせるのが目に見えてる。パス」


 大体、殺風景とはなんだ。一応、壁にコルクボード据えて、フローティアの写真とか貼ってるだろ。僕的には十分頑張った方である。


「はあ……まあ、これは今度の休日にでもお買い物に行くことにして」


 んー、とシリルが頬に指を当てて考え込む。


「あのボーマンさんって方が仰っていた郷友会って」

「ああ、お前の考えてる通り、フェザード郷友会な」

「ですよねえ。ちなみに、フローティアにも昔あったみたいですが、あの街が地元になるにつれて自然消滅したそうです」


 離れた街などで、同郷同士が互いに助け合う集まり。

 数少ない正騎士の生き残りであるボーマンさんが代表である、旧フェザード王国民で構成されたフェザード郷友会。


「規模としてはどんなもんなんですか?」

「僕が冒険者始めたばっかりの頃は、冒険者とか兵士とか中心に五十人はいたな。そっから、怪我なり就職なりで後方に引っ込む人間も増えて……僕が最後に集会に参加した時は、十人ちょいってとこだった」


 その最後に参加したのが、魔将ジルベルトを討伐した直後の会。

 そこでちょいと揉めて……以来、郷友会のメンバーとは疎遠になっていた。


「……で、ぶっちゃけどこまで話す? お前がフェザード出身だってとこまでか、王族の生き残りってとこまでか。フェザードの復興が目的、っていうところまでか」


 この前、執政院の代官さんたちに話したように、この情報は徐々に広めている。アルヴィニア王国では、アルベール様から貴族の方々にそれとなく話を通し始めているらしい。


「ちょーっと悩ましいですねえ。私が王族とか、そもそも信じてもらえるかどうか」

「そこはまあ、僕からも口添えすれば大丈夫だろ。それなりに信用されてるはずだし」


 しばらく会っていないとはいえ、こんなことで嘘をつくとは思われていないはずだ。


「うーん、それに、国を復興したいって言っても、今更って言われそうですし。逆に、熱狂的な人がいて、暴走されても困りますし。その辺、どうでしょう?」

「うーん」


 昔は、そういう人もいた。

 祖国を滅ぼされたのだ。報復と、そしてその後自分たちの国を取り戻す――そんな風に気炎を上げている人たちだ。


 しかし、十年である。そしてフェザードの人間は戸籍上はアルヴィニア王国民となり、新しい人間関係もできる。

 ……強い気持ちを風化させるのに、十分な時間と変化だ。


「ほとんどの人は新しい生活に馴染んでた、かな。今の生活を壊さない範囲なら協力してくれると思うけど、それ以上じゃない。……一人、怪しいのがいるけど」

「ゼストさんって人ですか。さっき話題になってた」

「……正解」


 ゼスト・ゼノン。

 僕と同年代で、フェザードが滅ぼされた時は僕と同じ准騎士の地位にあった男。


 ゼストは成人するまで修行してからリーガレオに来て、そのあとツテを求めて郷友会に入り、知り合った。似たような境遇だったから、僕とはそれなりに付き合いがあったのだ。


 ちなみに、僕とは実力的にも拮抗してて……ライバル、という程ではなかったが、互いに意識はしていたと思う。

 ゼストは修行してからこの街に来た分、技術では僕より上だったが、僕は僕で実戦経験とコネで勝っていた。


「で、性格は堅物を絵に描いたようなやつでな。しかも頑固で、魔軍に対する復讐心満々。ジルベルトだけ倒してやる気なくした僕が気に入らなかったらしくて、大喧嘩だ」

「そ、それは~、付き合いづらそうな方ですね」

「そうでもないぞ? あいつは女子供には優しいし、普通に後方に下がる相手にはなんも言わないやつだったし」


 自分で言うのもなんだが魔将を倒せるほどの実力があって……目的を同じくすると思っていたやつが腑抜けたから怒ったのだろう。


 いやまあ、うん。我ながら、あの頃の僕はこう、言い訳のしようもないくらいグッダグダだったからな。


「ただ、フェザードの復興とかいかにもゼスト好みだからなあ。どういう反応するか、ちょいと読めない」

「そういうことなら、とりあえずフェザードの出身だってことだけ話して。あとはまあその場の雰囲気でいいようにやりましょうか」

「……それは流石に無策特攻がすぎないか?」

「失礼な。臨機応変と言ってください」


 本当かなあ!?

 まあ、この辺りのバランス感覚は、僕よりシリルの方が上手いので任せるしかないのだろうが。


「……って、そもそもお前のこと知っている相手がいたらその臨機応変とやらも水の泡なんだが。それこそボーマンさんとか登城した経験くらいあるだろうし」


 ボーマンさんは先程はなにも言わなかったが。もし会ったことがあるとしたら、フェザードの出身ということを話すと紐付けられる可能性がある。


「大丈夫だと思いますよ? 子供だったので、公の場に出たことはなかったですし。前にアイリーン殿下にはバレましたが、あの方とは子供同士で遊んだことがあったってだけですので」


 まあ、それなら大丈夫か。郷友会の人は、ほとんどが僕より一回り、二回り年上の人ばっかり……って、


「? はい、なにか」


 むむむむむ。


「……ちょっと気になったから念の為に聞くんだが。実はゼストと子供の頃会ってて――みたいな不安になる話はないよな」

「そこで不安になるのは私に対して失礼ではないでしょうか!」


 ぽか、と頭を小突かれる。


 ……だって定番じゃん、堅物騎士と姫君の恋愛物語。


「生憎、そういう思い出はありません。まったく」

「そ、そうか」

「もう、シリルさんはご立腹です。お話はここまでとして。ヘンリーさん、どうぞ私の機嫌を取ってください」


 あ、ヘソを曲げつつ甘えてきやがった。シリルの得意技である。


「はいはい、わかったわかった。で? お姫様はなにが所望ですかね」

「甘いものが欲しいです。まだ露店の一つや二つやってるでしょうし、買ってきてください」


 へいへい、と僕はその要求に頷き。


 ……もう面倒なので、店に向かうべく、部屋の窓から外へとジャンプするのだった。

第百十五話で名前だけ出ていたゼストさん、ようやく本編に出ます。

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― 新着の感想 ―
[一言] シリルの正体についてはたとえ面識はなくても王家一族の構成を把握している人がいたらエンデ流を名乗った時点でほぼ特定される気がします。
[一言] くっそ!シリルかわいいな!!くっそ!くっそ!!(好き)
[気になる点] デリカシーが足りないのは前線で生きてきた故仕方なし……と言いたいところだけど、他の根っからの冒険者さんと比較しても単にヘンリーが朴念仁なだけだな、これは。 エッゼさん辺りが詳しく知っ…
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