第百九十六話 アゲハとヴィンセント
「こんなところか……。ヘンリー、アゲハ、他にはなにかないか?」
「いんや、僕は大丈夫だ」
「アタシも」
星の高鳴り亭の談話室で。
僕は冒険者パーティ『スターナイツ』のリーダーであるヴィンセントとアゲハの二人とテーブルを囲んでいた。
目的は情報交換。
前線の様子だったり、有力な冒険者の噂話だったり、『今このドロップが欲しいから、見かけたら確保しといて』みたいな話だったり。
親しい冒険者同士の横のつながりっつーわけだ。フローティアにいた頃も、銀の牙とグローランスのパーティと似たようなことをしていた。
「うん、一陣でも実感してたけど、やっぱ二陣も安定してるか」
「ああ。魔導結界が作用するようになって、こっち来る冒険者が本格的に増えてきたからな」
人の数イコール強さだ。身動きが取れないほど人がいても困るが、増えた人数だけ余裕になってきている。
噂では、今は十番まであるグランディス教会を十一番まで増やそうかって話が出ているらしい。
「リーガレオに来たばっかの連中も増えたけど、そこら辺のサポートも大々的にやってるしな」
「そうだな。スターナイツも新人のお守りのクエストは何回か受けた。……まあ、新人とはいっても、別の街でちゃんと慣らしたやつらだから、そう苦労はなかったけどな。どこの誰とは言わないが、リーガレオからキャリア始めたやつの指導は大変だっただろうなあ」
ぷい、と僕は目を逸らす。
……若気の至りだったんだよ!
んで、同じくリーガレオで冒険者始めたアゲハの方は、ヴィンセントの言葉になんの痛痒もない様子で、
「まあ、めでてーことだとは思うが……ヘンリー、おい。気ぃ抜いて、うちのティオを危ない目に遭わせんじゃねーぞ」
「言われるまでもねえよ。あと、うちのパーティの面子だからな、ティオは」
は? とアゲハの視線が鋭くなり、『やんのか?』と僕も少し腰を浮かせる。
「……お前たち、相変わらず仲良いな」
『よくねえよ』
ヴィンセントのツッコミに、思わず同時に反論してしまう。
「チッ」
「ペッ」
気まずくなり、同時に目を逸らした。
……いやまあ、本気でいがみ合っているわけじゃない。とりあえず、お互い舐められたら終わりだと思っているだけなのだ。
「ん?」
と、そこで。談話室に宿の亭主であるクリスさんが入ってくる。
彼は談話室をぐるっと見渡し……アゲハの姿を認めると、まっすぐにこちらにやって来た。
「アゲハ」
「? なんだよ、クリっさん」
「お前に手紙だ。差出人はリシュウのサギリ家……またお前の実家からだ」
げっ、とアゲハの顔が引き攣る。
「ほれ。……確かに渡したぞ。ではな」
アゲハに封筒を押し付け、要件は済んだとさっさとクリスさんは去っていく。
もう日がだいぶ傾いている時間帯。帰ってきた冒険者のために風呂の用意やら、夕飯を前に食堂の清掃やら、色々と立て込んでいるのだろう。
さて、そしてアゲハだ。
「あー、もう」
アゲハは乱暴に封筒を破って中の便箋を取り出す。
一分も経たずに読み終え、アゲハは深い溜め息をついた。
「アカネさん、なんだって?」
「まーたいつものやつだ。アタシの性根を叩き直してやるから、一度実家に戻ってこいだと」
……リーガレオに来る前のラ・フローティアのリシュウ旅行で。
ティオの家にとっては本家に当たるアゲハの実家に顔を出し、そこでアゲハの両親と会った。
僕はこいつの戦友として、ご両親に最前線でのアゲハの様子を語ったのだが……どうにも、アゲハの首刈り癖は実家の人たちにとっては寝耳に水な話だったらしく。
リシュウという遠い地とはいえ、サギリ家は結構な名家で、リーガレオでの英雄の動向を調べるくらいは朝飯前。僕の話の裏付けをとった結果。
……オウ、お前随分イキってんじゃねえか、シメてやるから一回帰って来やがれ――みたいな催促の手紙が、アゲハの実家からひっきりなしにくるようになった。
「どうするんだ? もういい加減、一度くらい顔見せに帰ってあげてもいいと思うが」
「あー、うーん。海がなけりゃなあ。港町まで走って行く分にはいいんだけど、その後の船旅がなんつーかかったるすぎて」
お。
「お前も船酔いが酷いのか? いや、本格的な船旅はリシュウ行きが初めてだったけど、ありゃ辛いよな」
「は? いや単に乗ってる間退屈だから嫌なだけだけど。え? ヘンリー、お前船に弱えの? ダッセ」
……おのれ。仲間を見つけたと思ったのに、すげえ裏切られた気分だ。
「ほう、ヘンリーは船が苦手なのか。うちのみんなにも広めておくとしよう」
「やめろ、ヴィンセント」
「嫌だね」
ふふん、とヴィンセントは澄ました顔だ。
……くっそ、普段クール系を装っているくせに、相変わらず人の弱点を嬉々として抉りに来るやつめ。
「まあ、それはそれとして。意外だな、アゲハなら説教されに帰るのは嫌がるかと思っていたが」
あ、それは僕も思った。
アゲハの両親にこいつの所業を説明した件も、意外や意外、文句言われなかったし。
「お前ら、アタシをなんだと思ってやがるんだ」
そりゃ……お前はアゲハだと思っているが。
そう考えていると、アゲハはまったく、と腕を組んで語り始める。
「そりゃ、何度も手紙が来てちと辟易してるけど……これでも、アタシなりに家族は大切に思ってんだ。なんか向こうは誤解してるみたいだから、そんならきっちり話し合って、アタシの行いがお天道様に何一つ恥じるものじゃない、って理解してもらいたいって思ってる」
……これ、言葉だけなら実にいい話に聞こえるのだが。
アゲハの行いイコール『首刈り』である。
魔物相手だから、確かに誰憚るものじゃない……という気がしないでもないが、さてはて、これを一般的なご家族が理解できるかというと僕は自信ないなあ!
「ちなみに、他にはなんか書いてあったか?」
聞いてみる。
向こうに滞在したことのある縁から、アゲハの実家からの手紙には、うちのパーティへの言葉も入っていたりするのだ。
「いつも通り、お前んトコへアタシとティオのことをよろしくってさ。……チッ、よろしくしてやってんのはアタシの方だってーのに」
反論したいが……できねえな、これ。
ティオが実際にアゲハに稽古つけてもらってるし、僕とかたまにアゲハと組んで一陣で暴れてるし、パーティでの訓練で仮想敵やってもらうこともあるし。
「ああそれと。帰ったら見合いでもどう? とか来てるな」
……見合い。
「ちぇっ、母さんにも困ったもんだ。アタシを密かに想うリーガレオの男どものことをちーっとも考えてな……おい、お前ら。なんか言いたいことでもあんのか」
思わず白けた顔になっていた僕とヴィンセントは、慌ててブンブンと首を横に振る。なにせアゲハの野郎、腰の短刀に手ぇかけてやがったので。
「は、はは。でも実際、アゲハはどうなんだ? 気になる男の一人くらいいないのか?」
「あン? ヴィンセント、お前もしかしてアタシのこと」
「いや、それはないが」
アゲハの台詞を途中でぶった切ってまで、ヴィンセントは否定する。
いやまあ……気持ちはわかる。
「チッ。……まあー、そうだなあ。アタシのお眼鏡にかなう男は、残念ながら今のところいないな」
どうしよう、思わずホッとしてしまった。
アゲハがこの体たらくで、実は恋する乙女だったりしたら、僕は自分の常識というものを根底から信じられなくなっていた。
安心して、僕は話題を続ける。
「はは。じゃ、興味本位で……あくまで興味本位で聞いてみるが、アゲハの好みってどういうやつなんだ? なんとなく、アタシより強い男じゃないと認めない、みたいなノリな気がするが」
いやイメージがね。
「はあ? ヘンリー、なに馬鹿なこと言ってんだ。んな条件つけたら、ほとんど相手いなくなるだろうが。エッゼのおっさんとかリオルのじっさまとか勇者サンとか、そのレベルだろ。アタシより明確に強い男っつーと」
……うん、そうだね。そうなんだけど、それでもあえて言いそうな雰囲気があるっつーか。
「アタシは別に、そっちを男に求めねえよ。そうだな……アタシの趣味に理解があって、飯とか作るの上手ければいいな」
なるほど……たっかいハードルっすね!
こいつは見た目は結構整っているから、もしかしたら新人が騙されるかもしれない。よくよく注意しておこう。
「まあ、アゲハにもいい相手ができることを影ながら祈っておこう。でだ、ヘンリー、このあとの話だが」
ヴィンセントが意味深に視線を向けてくる。
「……わかってるよ。お前ら、リクエストは」
「アタシはそうだなー、適当に甘い酒でも」
「今日はうちの持ち出しが多かったからな。そこそこいい目の酒を。種類とかは任せる」
へいへい、と承って、僕は立ち上がる。
情報交換、とはいっても、お互いが持ち寄る情報は等価ではない。
差分はこうして、食い物や飲み物なんかで補填するのが普通だ。金だと露骨すぎるし、この後の軽い酒宴でコミュニケーションを取るのが目的でもある。
「追加の酒とつまみは、いつも通り折半でな」
「あいよ。買い出しの付き添いにティオ呼んで……つまみは、シリルに作らせれば安上がりか」
星の高鳴り亭の厨房は、主のパトリシアさんが認めた者であれば使っていいことになっている。
つい先日、シリルは合格を頂戴し……冒険に出る日はともかく、休日であれば『食事は私が作ります。いや、作らせろ』と、その腕を振るっているのだ。
食事分、宿代が安くなるし、シリルはあれ楽しんでやっているようなので、止める理由もない。
「あー、シリルかー。あいつの飯美味いしな。……ん? それに、なんだかんだアタシとも付き合いいいし……さっき言ったアタシの好みピッタシでは?」
「あれは僕のだよ! ぶっ殺すぞ!?」
「ジョーダンジョーダン。いや、お熱いねー」
してやったり、といった顔で、アゲハが笑う。
……あっ、ヴィンセントもニヤニヤ笑ってるし、談話室に陣取っていた他の冒険者もからかうような目でこっち見てる。
「か、買い出しに行ってくる!」
「いってらー」
そうして、僕は逃げるように談話室を後にするのであった。
……なお、その後のアゲハ、スターナイツとの酒宴でも、この件を蒸し返されたことを追記しておこう。




