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第百九十五話 勇士

 朝の教会。

 僕たちが所属している七番教会にやって来て、今日は二陣のどの辺りで戦えばいいのかを確認しに受付に向かう。


 丁度よく、うちのパーティの主担当であるニコル上級神官が窓口に立っていたので、迷わずそこへ……


「やあ、おはようございます、ラ・フローティアの皆さん! 来訪を心待ちにしていましたよ!」

「? おはようございます、ニコルさん。どうしたんです? すごい歓迎っぷりですが」


 僕たちを見つけるなり笑顔を浮かべて声を上げるニコルさんに、シリルが訝しがる。


 ………………


「いやー、すみませんニコルさん! 今日、俺らは冒険に来たんじゃなくて、たまにはここの酒場のモーニングでもと! まいったなあ、頼りにされるのは嬉しいんですが、うちにもローテーションというものがありましてですね!」

「へ、ヘンリー? お前までどうした?」


 一気にまくし立てた僕に、今度はジェンドがツッコミを入れる。


 ……が、こっちはそれどころではない。

 ニコルさんと視線で牽制し合い、追求されないよう頭の中で想定される質問に対する回答を練り上げる。


「おや? それは変ですね。普段のローテであれば、今日は冒険に出る日では?」


 当然の突っ込みである。


 高速で思考を回す。


 ……一陣に行くために、ローテを変えるトコ? 馬鹿な、一陣はまだ早い。言質を取られるのは非常にまずい。

 体調不良……を装うには、うちのメンツは今日も元気いっぱいだ。

 女が三人もいることだし、あれの周期がズレたとか……言った瞬間、僕がフクロにされるわ!


「き、気分ですよ、気分! ほら、たまーにやる気のない日もありますよね」

「ちなみにヘンリーさん。今であれば評価に影響しませんよ?」


 ……っはぁぁぁ~~~。

 クッソ、もう少し早めにニコルさんの様子に気付いていれば、他にも言い繕いようもあったものを。


「ったく」

「ええと? ヘンリーさん、どういうことだい? その、私たちの今日の予定は……」

「ああ、混乱させて悪いな、フェリス。みんなも」


 ガシガシと頭をかき、今のやりとりの説明をすることにする。


「まあ、なんだ。今日割り当てられる場所、間違いなく厄介なトコだから、覚悟してくれ」

「……どういうことだ、ヘンリー?」

「難度が高かったり、強い魔物が出てくる場所は、任せられるパーティも少ない。……でも対処しないともっと危険になるから、割り当てる教会側としても、そういう場所をどこのパーティに任せるかは悩みの種なんだよ」


 で、折よく任せられそうなパーティが来たら、どの神官もニコルさんみたいに声を弾ませる。

 一方、冒険者側からすると、当然そのような場所は引き受けたくないので、微妙な心理戦が発生するわけだ。


 いや勿論、本格的に危機となれば否応はないが、誰しも貧乏くじは引きたくないのである。


「はは。まあ口の上手いパーティのリーダーなら、常にもっともらしい断りの材料の一つや二つは用意してきますがね。これでも一日何十組というパーティと折衝しているのです。早々負けません」


 ニコルさんはあっけらかんと言い放つ。ぐぬぅ。


「……で、どんな案件なんですか。流石に、危険度によっては拒否しますよ」


 教会からの評価は下がるかもしれないが、僕は一応リーダーとしてみんなの命を預かっている。明らかに実力にそぐわない戦場であれば断固として断るつもりだ。


「なに、安心してください。三陣です」

「……で、三陣の?」

「えー、つい先日発生した樹毒領域となります」


 うげ。


「樹毒領域といえば。確か以前、サレス法国で」

「ああ」


 ティオもよく覚えている。


 空気や植物が毒素を含み、対策のない一般人だと数分で死に至る……土属性の瘴気が蔓延した属性瘴気汚染地帯。

 毒は中々に対策も難しく、三陣とはいえ確かに対処に困る案件だ。


「ヘンリーさんは耐毒の神器をお持ちでしたね? ……そして、ニンゲル教の診療所から聞きましたが、フェリスさんは範囲で解毒の魔導が使えるとか?」


 ……少し前の事だが。なんでも、最上級の魔物であるバジリスクと戦った連中がユーの診療所に運び込まれ。相手の毒に侵されていた連中を、フェリスがエリア・アンチドーテの魔導でもってまとめて治したらしい。

 それから『診療所専属になりません?』というユーの攻勢が強くなったので覚えている。


 っていうか相変わらず耳はえーな。


「ヘンリーさん。聞く限り、確かに私たち向けの案件のように思うけど」

「はあ……毒系の魔物は、結構厄介なんだぞ?」


 たとえフェリスが治せるとしても、毒食らったら治してもらうまでどうしても動きに影響デカいし。

 ともあれ、確かにどうしてもと拒否するほどのものじゃない。


 ちらっと他のみんなの様子を見ると、やる気満々の様子だし。


「……わかりました。ニコルさん、三陣に発生した樹毒領域の攻略、ラ・フローティアが引き受けました」

「おお、ありがとうございます! とりあえず、樹毒領域がいつまでもあるのも困るので、浄化術士を後で派遣しますね!」

「よろしくお願いします」


 これが攻略しやすい属性瘴気ならともかく、樹毒領域みたいなエンガチョなトコだと、特別に浄化術士が派遣される。

 この辺りの土地の特性から、浄化かけてもすぐ瘴気に汚染されるのだが、一度浄化すると大体は瘴気は別の特性を持つようになるのだ。


 ……と、まあ。そこらへんのウンチクは、みんなには後で説明するとして、


「っし。今日はいつもより注意して。ラ・フローティア、行くぞー」


 おお~、と小さな掛け声とともに。

 僕たちは出立するのだった。















 冒険から戻って。

 シリルは、教会備え付けの酒場でジュースを一口。


「っっっはあ~~~……嫌~~なところでしたねえ」

「だから言ったろ」


 そうして、重く重く告げたシリルの愚痴に、僕は呆れて嘆息する。


 ある程度事前に話は聞いていたが、ヒドかった。


 そこら中に毒沼が点在し動きづらく。

 出てくる魔物は暴れ毒蛙、ヴェノムスパイダー、エビルサーペントなどなど、動きが独特で戦いづらく、ついでに気色悪い連中ばかり。


 結局、大怪我はなかったものの、全員が毒付きの泥だらけになって。

 使える人数が限られるため、普段は利用しない南門近辺備え付けの洗い場で体や装備を洗うことになった。


「私としては、毒系の素材がたくさん集まったので。たまになら悪くないと思うんですが」

「うええ、ティオちゃん、勘弁してくださいよ~」

「……そこまで嫌がらなくても」


 ティオは、従姉に似て図太い。アゲハは毒効かないよう訓練してるから、『なんかピリピリした感じがして楽しい』って樹毒領域の攻略に積極的な変態なのだ。


 と、そこで。

 エールをチビチビ傾けていたジェンドが、ふと思い出したように口を開いた。


「しかし……そういえば珍しかったな? ヘンリーがあの程度の数のヴェノムスパイダーを捌ききれないなんて」

「んぐ!」


 ジェンドの突っ込みに、僕は口を噤む。


 ……今日、中級下位のヴェノムスパイダー十匹ほど囲まれ、一発噛まれたのだ。

 手甲の上からだったから、別に怪我はなかったのだが、確かに普段の僕ならあんなミスはしない。


 まあ、隠すことでもないんだが。


「……あー、言ったことなかったっけ。僕、駆け出しの頃一番初めに死にかけたの、ジャイアントスパイダー相手でな。それ以来、どうも蜘蛛蜘蛛してる魔物は苦手で」

「蜘蛛蜘蛛してる相手って」

「ちなみに、上半身が人っぽいアラクネとかは、僕的に蜘蛛とは別枠だから平気だ」


 つまり、完全に気分の問題なのである。ちょっと動きが固くなる、って程度だが、今日は不覚だった。


「言われてみれば、フローティアの森の冒険でも、ジャイアントスパイダー相手は消極的だった気がしますねー。ヘンリーさんにもそんな時代が」

「そりゃそうだろうよ……僕だって最初っから強かったわけじゃないし」


 ていうか、僕の冒険者始めたのって十二歳の時分だし。

 フェザードの准騎士として訓練してたから、そりゃその辺の子供よりは強かったが。リーガレオで冒険者始めて生き残ったのは奇跡に近いぞ。


「はは、確かに。言われてみればその通りなんだけど、私からしてもヘンリーさんは会った時から勇士で実力者だったから。そういう話は意外に思うね」

「……フェリス、他人事みたいに言ってるけど」

「うん?」


 っと、噂をすれば、というか。

 幾枚かの書類を携えたニコルさんが、僕たちの座るテーブルにやって来た。


「やあ、すみません。諸々調査や精算に時間がかかりまして。ああ、件の樹毒領域は無事浄化が完了しましたので、ご安心を」

「そりゃよかった」


 魔物の狩り残しがあったり浄化中に『発生』したりしたら、またあそこへ出動だったからな。二回も三回もは勘弁だ。


「報酬の方は規定の口座に、規定の割合で振り込んでおきました。こちらが証書です」

「どうも」


 一枚の用紙を受け取り、ちらりと目を通す。

 問題ないことを確認して、みんなで回覧。


 普段なら、これで終わりであるが、


「それと、フェリスさん」

「? はい、なんでしょうかニコルさん」


 コホン、とニコルさんが一つ咳払いし、折り目を正してフェリスに告げる。


「おめでとうございます。まだ内々にではございますが、フェリスさんへ勇士の称号の授与が決定しました。何事もなければ、三ヶ月後には正式に任命されるかと思います」


 フェリスの笑顔が固まり、気楽にドリンクを飲んでいたみんなも固まる。

 ……まぁ僕は、フェリスの信用調査のため、普段の言動とかのヒアリングを裏で受けてたので、大体想像はついていた。


 しばらくの沈黙。

 いち早く目に正気を取り戻したシリルが、あんぐりと口を開け、


「え、ええええ~~~~モガッ!」

「声が大きい、馬鹿」


 予想通りの反応に、僕は慌てず騒がずその口を塞いだ。


 そのシリルの声に、他のみんなも我に返る。


「ほ、本当ですか?」

「このようなこと、冗談で言えば私の首が飛びます。それでは」


 夕方のこの時間帯。帰ってくる冒険者の対応で忙しいであろうニコルさんは、さっと踵を返して去っていった。


 その姿を見送ってしばらく。


「……私が、勇士に、か」

「へっ、先越されちゃったな。おめでとう。正直悔しいけど……でも、俺も負けないぜ」


 感慨深そうにするフェリスに、ジェンドがあっけらかんと言う。

 ……さっぱりしてんなあ。


「ありがとう。でも、何事もなければ、だろう? なあ、ヘンリーさん?」

「まあ、うん」


 査定する側に協力してること、見透かされてんなこれ。


 フェリスの言う通りで。これで浮かれたり慢心したりして仕事を疎かにすると、容赦なくなかったことになる。

 ……普通は。


「でも、フェリスの場合は多分大丈夫だろ。優秀な治癒士は教会側としてもなんとしても囲い込みたいから、こんなに早く動いたんだろうし」

「台無しです!」


 バチーン! とシリルに背中を叩かれた。


「ああ、いや。シリル、そう気にしなくても。私もそのくらいは想像ついているし……」

「そーゆー問題ではなく! こういうおめでたいときに、こういう水を差す発言をするデリカシーのなさがですねー」


 プンスコとシリルさんはお怒りになる。

 ……まあ、言ってることはもっともだ。ヘンリー反省。


「あー、ごめんなさい。……お詫びに、今日はこれから僕持ちでお祝い会、ってことで勘弁してくれないか」


 おお、とみんながざわめき……って、おいティオ。お前、僕の見間違いじゃなきゃ、非常にお高い酒のメニュー見てないか?


「前言撤回したら、アゲハ姉に言いますよ」


 ……ケチくせー甲斐性なしー、と煽られる未来が見える。


「ええい、男に二言はない。普段頼めないメニューでもなんでも、注文しろよ!」


 半ばヤケになってそう断言し。




 ……その日は、貯金に大いにダメージを受けることになるのだった。

 まあ、主役のフェリスが楽しそうだったから、よしとしよう。

瘴気汚染の浄化はあれです、属性瘴気ガチャ

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― 新着の感想 ―
[良い点] フェリスおめでとー 順当に行きましたね。 [気になる点] ユーのうちへ来い攻勢は相手との関係や業務の内容からしてもなかなか断りづらいところがありますね。 [一言] ティオも対ヘンリーの手札…
[良い点] フェリスめでたい! まあ、ぶっちゃけ能力的にはこのパーティは全員遠征も可能なレベルで、功績さえ真面目に積んでいけば勇士は確実な面々なんだけどね! ヘンリーはそのあたり意識して意識させないよ…
[良い点] フェリスおめでと~ 回復役は数が少ないからかな 他のみんなもこれで発奮しそうw [一言] ヘンリートラウマもってたかw ニコルさんの交渉上手w 貯金にダメージってどんだけ高いもの注文した…
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