第百九十四話 勇者語り
「……お、南門見えてきた。みんな、あとちょいだから頑張れー」
日が傾き始めた頃。
朝から二陣に出張っていた僕たちラ・フローティアは、疲労困憊になりながらもようやくリーガレオに帰ってきた。
南門にはいつも通り、魔物の侵入を防ぐため、また逃げ帰ってきた人を保護したりするため、実力者達が詰めている。今日は……アルヴィニアの緑竜騎士団がメインか。
「お、おお~。毎度のことながら、南門に陣取っている人達を見ると、安心しますね」
「シリール。そうやって気を抜いたら、いきなり横に魔物発生したりするからな。油断すんな」
ぽか、と完全に気を緩ませたシリルを小突く。
「は、はぁい! わかりました」
「ったく」
嘆息する。そうやって緊張感なくしたやつから死ぬのってのは、何度も口酸っぱくして言ってんのに。
勿論、常に百パーセントの警戒とはいかないが、それでも最低限というものはある。
「はは。まあ、シリルの気持ちもわかるよ。私だって、ここまで来るとふとした拍子に気が抜けそうになるからね」
「私もです」
フェリスとティオがフォローするように言う。
……まあ、僕だって口煩く言いたいわけじゃない。フェリスの言う通り、実際ここまで疲れていて、気を張れというのも酷な話だとは思う。
実は帰り道こそ、僕はいつでもみんなをフォローできるよう目を光らせていたりするし。
特に今日は、二陣に出てきた魔物の数も質もヤバかった。
……とはいえ、いつまでもこのままでは困るのだ。運悪く魔物のラッシュに遭っても、最低でも城壁の中に入るまではしゃんとしてもらわないと。
「……まあ、そこまで弱音を吐くなら。今日は特別に、僕がおんぶしてやってもいいぞ」
「む、むむむ……! 結構です! シリルさんにも意地というものがありますので! 帰ってから、自分へのご褒美に美味しいお菓子を食べることにして、帰るまでは頑張りますよ!」
「おう、その意気だ、その意気」
やっすい挑発に、目論見通りシリルはあっさりと乗っかる。
なんとも空回りしている感はあるが、それでやる気が出るのであればいいだろう。適切な塩梅はそのうち覚えればいい。
と、そこで。
無言で歩いていたジェンドが、はあ、と重い溜息をついた。
「帰ったら菓子かあ。いいなあ。……俺、この後グランエッゼさんと特訓だぜ」
「あ、そうだっけな。頑張れよ」
そうだそうだ。今日出発する前に言っていたな。
「ありがたいはありがたいんだけど。流石に気が重いよ。体も重いし」
そして、エッゼさん曰く『そういう時に力を振り絞れるのが、いい戦士よ』とのことである。そのために冒険後の疲れ切った状態で訓練をするわけだ。
……うん、僕も賛成である。そもそも、そういう状態で戦わざるを得ない状況に陥らないのが一番ではあるが。
なんて雑談をしながらリーガレオに辿り着く……っと、
「やあ、ラ・フローティアのみんな。今日も冒険、お疲れ様」
南門の番をしていた英雄……勇者セシルさんが僕たちを見つけて手を上げる。
自分が魔族だと変に吹聴しないためのフルフェイスの兜に、シャープな印象を受ける全身鎧姿――という完全武装にも関わらず、セシルさんの雰囲気は朗らかだ。
「セシルさん。どうもです」
頭を下げる。
「こんにちはー。あ、もうすぐこんばんはですね!」
「はは、そうだね。南門の番も、そろそろ交代の時間だ」
元気なシリルの挨拶に、セシルさんはふと日の傾きを見てそう呟く。
「ソっすね。でも、黒竜騎士団の訓練場は、照明も完備してんだよなあ。……俺、何時に解放されんだろ」
「ん? ジェンド君は騎士団に入るのかい?」
「ああいや。同じ大剣使いってことで、グランエッゼさんが時々稽古付けてくれるんですよ。これがもう、キツいのなんの」
愚痴っぽく言ったジェンドに、セシルさんは『ふむ』と少し考え込む。
「いいね、それ。俺も参加しようかな。エッゼ君としばらくぶりに対戦もしてみたいし」
「え?」
「ヘンリー君もどうだい?」
唐突にこっちに話が流れてきた!?
「そ、そうですね」
「俺、サブで槍も使うから、多分少しは教えられることがあると思うよ」
冷静に……冷静に、考えて。歴戦の英雄に訓練をつけてもらうとか、光栄以外の何物でもないのでは?
エッゼさん? エッゼさんはエッゼさんだからノーカンだよ。
「……私たちはお誘いしてくれないんですか?」
「いやあ。流石に、真面目な訓練とはいえ、女性を夜に誘う度胸はなくてね」
ティオの言葉に、セシルさんはおどけてそう言う。
……彼にとってはうちの女性陣など子供もいいところなので、冗談に違いないが。
「真面目な話、そっちの二人はこれから動いても身になるけど……君たちは、今日はよく食べて休むことが一番の訓練だよ」
疲労、見透かされてら。僕も、もしティオが無理にでも参加しようとしたら止める心算だったし。
「……はい、わかりました」
ティオも自分の体の状態はわかっているのだろう。少し不満そうにしながらも引き下がる。
「ヘンリーさん。それなら、お夕飯取っときましょうか?」
「んにゃ、適当にそこらで済ませるからいいよ。ありがとな」
なんとも気の利くシリルに感謝の言葉を告げて。
僕とジェンドは残りのみんなを見送り、セシルさんの仕事終わりを待って、黒竜騎士団の兵舎に向かうのだった。
「っっっ、ふう! まいったのである!」
セシルさんに切っ先を突きつけられ。
負けたというのに無駄に力強い言葉で、エッゼさんは降参した。
「対戦、ありがとう。いやあ、また強くなっているね、エッゼ君」
「うむ! 日々是鍛錬であるからな。セシルも、相変わらず怖いほど剣と魔導が冴え渡っておるな!」
互いに健闘を称え合っている。
……なお、それを見学していた僕とジェンドは、訓練場の外での観戦だ。
黒竜騎士団の訓練場はそれなりに広いが――あの二人が本気でぶつかったら、訓練場の中にいたら余波だけで吹っ飛ばされる。なんか訓練場を囲む魔導結界軋んでたし。
「ジェンド、見えてた?」
「グランエッゼさんの方は、まあ。セシルさんの方はかろうじて、ってとこだ」
エッゼさんは剣を振るスピードは常軌を逸しているが、それ以外の速度はまあ普通の超一流。
対してセシルさんの方は、こと速さに関しては自信がある僕でも……ユーの支援受けたらギリ食らいつける、くらいの出鱈目なスピードだ。
そんな高速戦闘の中で、当たり前のように高威力の魔導を乱発してくるんだから、流石のエッゼさんでも手を付けられなかった。
「あの魔導、俺見たことないやつだったな」
「ああ、あれはローライト式ってやつ。……セシルさん本人が編み出して、当の本人しか使い手がいないから、見たことないのは当たり前だ」
「魔導流派の創始者だったのか……」
ちなみに、術式が刻まれた媒体、呪唱石を『自分自身の体に術式を彫り込んで』実現するとかいう控えめに言ってトンチキな流派である。
「そ、そうなんだ。呪唱石どこに持ってんのかな、と思ってたけど、そりゃまた」
……うん、呆れるよね。
「まあでも。エッゼさんもその魔導を当たり前みたいに防いで流石と思ったよ」
「俺もだ。大剣での防御の立ち回りはもっと見習わないとな」
ジェンドと感想を言い合っていると、模擬戦を終えた二人がこちらにやってきた。
「やあ、二人とも。俺たちの戦い、どうだった?」
「なにかの参考になれば幸いである!」
二人とも、激闘を終えた後とは思えないほど元気だ。息も乱していない。
「……そうですね。上の人のレベルの違いを、改めて思い知りましたよ」
と、僕は素直な感想を言う。
「俺も。……そんで、負けてられないって思いました。グランエッゼさん、模擬戦のあとで疲れているところ悪いですが、早速!」
来る時はやや乗り気でなかったジェンドだが、エッゼさんとセシルさんの戦いに触発されたのか、目が燃えていた。
「うむ、その意気や良し! ではまずジェンドよ。素振り千本……いや、一万本からであるな!」
「いちまっ!? や、やりますよ!」
うおおー! とジェンドとエッゼさんが走っていく。
元気いいなあ。
「はは、ジェンド君はあれ、強くなるだろうね。さ、ヘンリー君、俺たちもやろうか」
「はい、よろしくお願いします」
僕とセシルさんも、訓練場の片隅に陣取った。
「さ、まずはかかっておいで」
訓練場に置いてあった槍を構えるセシルさん。
……槍はサブ、つってたが、流石に隙がない。っていうか、明らかに槍でも達人中の達人だ。
「……行きます!」
「はぁっ! はぁっ!」
僕は大の字になって、激しく息を切らしていた。
繰り出す攻撃を全部当たり前のようにいなされて。意地になって強化のポーションを飲んで、投げや如意天槍の伸縮、魔導も全力で駆使して。
「ヘンリー君は、色々面白い手を持っているね。うん、俺も参考になった」
そこまでやって、この英雄様は涼しい顔だ。……いや、フルフェイスで顔は見えないんだけど、多分そう。
……悔しい、って思いもあるが、それ以上に色々勉強させてもらった。
槍もそうだし、僕の武器が片手剣になるってことで剣の方も教えてもらい。正直この二時間程で一つ上にいけた気がする。まあ、繰り返して忘れないようにしないと、錯覚になるんだが。
「息が整うまで雑談でもしようか。……そうだな、ヘンリー君、出身はどこだい? 俺は魔国イーザンスティアの首都ザイン」
「はっ、はっ……フェザード、王国の、ウェルノートです」
「……魔軍に滅ぼされた、あの」
セシルさんが絶句する。
「?」
確かにもう滅びた故郷だけど、そういう人は十年前の魔国の侵略で珍しくもないので、そこまで大げさにすることではないはずなのだが。
「セシルさん?」
「……ごめん、不躾なことを聞いた。その、本当にごめんね、てっきりアルヴィニア出身かと」
「そこまで謝ってもらうことでも」
「はは……まあ、俺はちょっと、ね」
自分の出身の国が滅ぼしたことを気にしているのだろうか。
……なんとなく、そうではない気がする。単なる直感だが。
「そうだな。別の話にしよう。好きな食べ物はなんだい?」
「そうですね……」
ちらり、とジェンドとエッゼさんの方を見やる。
素振りを終えたジェンドは、エッゼさんになにやら水筒らしきものを勧められ……いやいやと首を振っている。
あれは、あれだ。エッゼさん特製、ヴァンデルシュタイン家秘蔵のレシピの栄養ドリンク。
……あ、ジェンドが無理矢理飲まされて、ぐえー、と悲鳴を上げている。
「……とりあえず、あのドリンク以外で」
「はは……ははは、まあ、気持ちはわかるけどね」
セシルさんも飲んだことあんのか。
その後も、いくつか他愛のない話をして。
なんとなく、セシルさんとは仲良くなったのだった。




