第百九十三話 アゲハの護衛
休みの日。
朝食を食べた後、僕は談話室の椅子に腰掛け、この宿に常時数部置かれている冒険者通信に目を通していた。
グランディス教会が不定期に発行しているこの新聞は、色々とためになる情報やどーでもいいゴシップなど、冒険者周りの記事が載っている。
今回の一面は、エッゼさんの最上級三匹同時斬りの記事。……相変わらず次元が違ぇ。
二面は、ロッテさんのライブの写真。ヴァルサルディ帝国で歌ったのか……って、ん?
その写真の下の、今後のロッテさんのライブスケジュールに目が留まる。
「……お。シリルシリル。ロッテさん、来月リーガレオに慰問ライブに来るらしいぞ」
「あ、本当ですか? それはそれは、是非お会いしたいですね!」
対面に座って詩集を読み耽っていたシリルが、ぱぁ、と顔を明るくさせる。
娯楽の少ない最前線向けに、ロッテさんは定期的に慰問ライブを執り行っている。ついでに、援軍として一陣に殴り込んでくれるので、リーガレオでのロッテさん人気は非常に高い。
むくつけき男冒険者共の『シャルた~ん!』コールは、ライブ会場のみならず街中に響き渡るのだ。
……今から頭痛くなってきた。
それはそれとして、
「ロッテさんがこっち来たら、毎回飲みに行ってるからな。一緒に行くか?」
「お酒ですか~。まあ、それもたまには……ん?」
談話室のドアが開く。
入ってきたのは……ティオとアゲハ。
二人は僕とシリルを見つけると、迷いのない足取りでつっかつっかと近付いてくる。
「よう、ヘンリー。元気そうだな」
「おう、アゲハ。どうした? お前も今日休みにするっつってたよな」
とりあえず首を刈ってれば元気になるため、ほぼ毎日冒険に出ていたアゲハだが、ティオがリーガレオに来てから休みを増やしている。従妹に構うのが余程楽しいらしい。
「ああ、それな。……喜べ、お前に指名クエストだ! 受けるよな?」
受ける相手に特定の人物を指定して発行される指名クエスト。
個人的に縁があったり、これまでの仕事っぷりを評価されたりして指名される。これが発行されるのが優秀な冒険者の一つの基準とも言われている。
しかも、指名してきた相手は八英雄の一角、アゲハ・サギリ。
なるほどー、大変に栄誉あるクエストだなあ、あっはっは。
「お断りだ、ボケ」
そんなクエストは僕には荷が重いので、丁重に投げ返した。
「あァん? 誰がボケだって?」
「お前だ、お前。クエストの発行は、教会を通すのが筋だろ。報酬、内容、その他諸々チェックしてくれんだから」
冒険者に色々な雑事を頼んだりしたりする仕事――クエストは、ちゃんと教会が管理している。
手数料は取られるが、仕事内容と報酬の釣り合いのチェックや、おかしな背景がないのかの裏取り。そういった調査や、冒険者側に非がなければ失敗した場合のケツ持ちもしてくれる。
教会を通さないクエストは禁止はされていないが……過去、依頼人が報酬を勝手に減額したり、冒険者側が仕事を放棄したり、口約束で契約して言った言わないの大騒ぎ、などなど。
とにかく、トラブルが頻発したので、教会を通さないクエストは忌避する冒険者が多い。
勿論、僕もその一人だ。
「というわけで、シリルもティオも、教会を通さないクエストとかは受けないように」
「はーい」
「わかりました」
なんか講義めいたことになってしまったが、この辺りを知っておくと色々と教会の人間の立場とかわかって、ウケが良くなる。
「……で、アゲハ姉、行っちゃいましたけど」
「心配しなくても、すぐ帰ってくる」
クエストの成り立ちとかを話し始めた直後、アゲハは『だったらちょっと待ってろ!』と飛び出していった。
話を始めて、五、六分ほどか。多分、そろそろ、
「戻ってきたぞ! おら、これで文句ねえだろ、ヘンリー!」
……教会のクエストの依頼申込み用紙を片手に、アゲハが戻ってきた。
ちゃんとグランディス教会の印章も押印してあるし、そうボケた依頼ではなかったらしい。
「一応、内容確認してからな」
「さっさとしろよー!」
ったく。
まあ、別に口にはしないが、アゲハにも世話にはなっている。余程ブッ飛んだ依頼じゃなければ、受けるのは吝かでは……
「……おい、アゲハ。僕の目には、護衛のクエストって書いてあるように見えるんだが」
「合ってるけど? 慣れてんだろ」
お前をどこの誰から守れというのか。魔将とかか?
「ティオとアタシ、二人きっちり守ってくれよ?」
「……アゲハ姉、多分、私たちの目的が伝わっていません」
ちょこ、とティオが小さく手を上げて発言する。
「ん? ああ、ヘンリーは察しがわりー奴だからな」
これでなにを察しろと言うのか。無茶振りはやめて欲しい。
「ヘンリーさん。実はですね、先程までアゲハ姉と雑談していて。私のフローティアでの生活のことになったんですが」
「ティオ、休みの日はたまに釣りに行ってたって聞いてな! アタシもやってみたくなって……というわけで、アタシたちが釣りをしている間、魔物をぶっ殺すのがお前の仕事だ!」
……ええ?
リーガレオが立地するビフレスト地峡。
北大陸と南大陸を結ぶ唯一のポイントであり、大陸間の橋のような地形である。
このような場所だから、防衛側としては戦力を集中しやすく、圧倒的物量の魔軍相手でもなんとか立ち回れている。そうでなければ、北大陸へ侵入する魔物は今とは桁外れの数となり、後背を脅かされた三大国は恐らく負けていただろう。
……さて、そんなビフレスト地峡だが。
リーガレオがある辺りは、特に東西の幅が狭い。ちょっと走れば海に着く程に。
そのため、リーガレオは街をぐるっと囲む円周状の城壁の他、東西に海まで伸びる壁があったりする。勿論、この壁の前も冒険者や兵士が陣取って、魔物に対応している……のだが。
「……フィッシュ。入れ食いですね。ここはいい釣り場です」
「ちぇ~、アタシまだ一匹も釣れてないのに、ティオは調子いいなあ」
「アゲハ姉は竿を動かし過ぎなんですよ。もう少し落ち着けばすぐ釣れます。この辺り、釣り人が他にいないせいか、魚も警戒薄いですし」
東壁の端っこ、海に面したところ。……流石に魔国のある南側ではなく、北側で。釣り糸を垂れている女冒険者が二人。
城壁の上で警戒している兵士さんが、すごい珍妙な生き物を見る目でちらちら見てる。
「はあ~~」
ため息をついて、僕は突進してきたオーガの心臓を槍で一突き。連携してきたもう一匹のオーガを《強化》+《固定》で足止め。一匹目から引き抜いた槍で、頭蓋を叩き割る。
ちと遠いが、どうやらこちらに目をつけたらしい亜竜に対し槍を投擲、粉砕。
ドロップは……いいや、取りに行かなくても。
「おいおい、仕事は真面目にやってくれよな、ヘンリー。ため息なんてついて」
「真面目にやっとる。魔物は通さねーから、とっととお前は一匹でも釣れよ」
「はっ、誰に言ってんだ。もうコツはわかった、すぐ釣ってやるからな!」
頑張れよー、と僕は気のない応援をして、次の魔物の襲来に備える。
……まあ、アゲハに対してのポーズでこんな態度を取っているが、実際僕はちゃんと仕事はこなすつもりだ。ちょっと離れたところにいた亜竜のドロップを拾いに行かなかったのも、護衛がおろそかになるからだし。
理由が釣りな辺り、馬鹿馬鹿しいといえば馬鹿馬鹿しいが、『魔物が出る危険地帯で活動したいから護衛をしてくれ』なんてクエスト、ごくありふれたもんだしな。もっと馬鹿みたいな理由で依頼されることもあるので、これくらいであればまあマシな方だ。
そう内心で嘆息して、引き続き護衛に立っていると、またティオの釣り竿がピクリと揺れる。
「フィッシュ。……ちょっと釣れすぎですね。食べる分だけを釣るのが、私の流儀だけど……アゲハ姉?」
「アタシはまだ帰らねーからな、ティオ!」
控えめにいって爆釣といった風情のティオが水を向けると、アゲハがギャーギャーと噛み付く。
小一時間で随分釣った。確かに、引き上げ時じゃないかと思うが、アゲハは一匹だけでも釣らない限りテコでも動かなさそうだ。
「んー、まあ、パトリシアさんは魚料理も得意だし。調理してもらって、宿のみんなに振る舞えばいいんじゃないか? こういうところでコツコツ恩を売っとくと、色々便利だぞ」
「……相変わらず、ヘンリーさんは変なところで打算的ですね」
「人との縁を大事にしているんだっつーの」
モノは言いようであるが。
「まあ、あの宿は居心地いいですし。了解しました、頑張ります」
「おーう」
と、言っている間にもう一匹釣れた。
……マジで魔物さえ出なければいい釣り場だな。僕も今度竿持ってくるかね。
などと考えつつ、近場に『発生』したワイルドベアの群れを薙ぎ払う。
そんな感じで、そこそこの頻度で出てくる魔物を倒しながら佇むこと、更に一時間と少し。
「~~~っ、うがああああ!? なんで釣れないんだ、おかしくね!?」
……ここまでオケラのアゲハが、とうとう叫び始めた。
「アゲハ姉。叫ぶと余計に魚が逃げるよ……っと、フィッシュ」
「叫んでも釣れてるじゃん!」
ああもう! とアゲハが地団駄を踏む。
……こいつがここまで悔しがるのも珍しい。
「マジでなんでなんだろうな。餌付け忘れたりしてないよな?」
「ちゃんと付けてるって。ティオと一緒の餌だぞ」
……と、すると。
余程アゲハの釣運が悪いってこと――
「あ。アゲハ姉、引いてる」
「――っっ、しゃオラ!」
アゲハが釣り竿を引く。ぐいーんと豪快に竿がしなり、へっ、とアゲハが不敵な笑みを漏らした。
「こいつは大物だな! ティオ! 数じゃ負けたけど、アタシは一発でドデカイの当てるタイプなんだ!」
ぐいぐい、とアゲハが竿を引くが……まるでビクともしていない。
ん? とアゲハが訝しげになり、身体強化まで駆使して竿を思い切り引っ張るも、ちっとも釣り上がる気配はなく……むしろこれ以上力を込めたら、竿が折れるか糸が切れるか。
「……ちぃ! アタシを舐めるんじゃねえ!」
あ、アゲハのやつ、武器に魔力込める要領で釣り竿と糸を強化しやがった。無駄に器用な奴め。
しかし、アゲハの体重では持ち上がらないのか、ずりずりと引きずられ……
「フン!」
……足を地面に突き刺すという方法で、アゲハはその場に踏みとどまった。
ンギギギギ、と全開でアゲハは魚? と格闘する。
「……なあ、アゲハ。これ、多分引っかかってるのって」
「海の魔物がこんな陸地に近いとこに来るなんて珍しいな!」
やっぱりかよ!?
「流石に釣り上げんのは無理だ! なんとか海面近くまで引き上げっから、ヘンリー、お前が殺れ!」
「ていうか、竿捨てろよ!? ああもう!」
海に属する魔物は、総じて大型が多い。
アゲハが釣り竿で引き上げた『それ』も、体長十メートルはあろうかという怪魚だった。
ばしゃばしゃと、アゲハに抵抗して海面を乱すそれ。海の魔物はあんま詳しくないが、多分中級くらいか。
「アゲハ、これは別料金だからな!」
暴れているため、狙いを付けるのは難しいが。
僕は穂先を分裂させた範囲投擲で、その魚を仕留めた。
「へっへっへ。どうよ、ティオ。アタシが釣った魔物の味は」
「……珍味、だけどアゲハ姉。あれは釣ったというか」
「細かいことはいーんだよ。ほれ、酒注いでやるから」
「あ、うん!」
……で、結局。
件の怪魚は、なにやら肉? をドロップして。
その夜は、アゲハが大いに調子に乗るのだった。
 




