第百九十二話 フェリスの指揮
「ヘンリーさん、南西から巨人が……多いな!? 十二体!」
「一陣サボッてンのか!? ええい、僕が殺る!」
ポーチを探り、筋力増強と耐久向上のポーションをぐいっと一飲み。
「ッッッ、オラァ!」
そして、強化の魔導を付与しての、相も変わらずの投擲。我ながら芸がないとは思うが、これが一番強いのだ。
三十の穂先に分かれた如意天槍が巨人の群れを蹂躙し……しかし、流石に上級上位。およそ五体が生き残った。
「――っ、ジェンド、そっちはティオとなんとかしてくれ! シリル、目標変更! 巨人だ!」
ジェンドとティオが相手しているオーガとワイルドベアの混成が二十くらい。そっちを殲滅するために魔法を歌い上げていたシリルは、フェリスの指示にコクリと頷き、身体の向きを変える。
「ヘンリーさん、足止めを! 私たちのところまで来られたら、少しマズい!」
続くフェリスの言葉は大体わかっていたので、言われて僕はすぐに駆け出す。
フェリスも巨人の一体くらいであれば防戦は可能だが、二匹、三匹と漏れたらシリルともども危険だ。僕が前面に出て、五体を押し止める必要がある。
ごそり、と今一度、空間拡張機能付きのポーチからあるものを取り出す。
液体の詰まったガラス瓶。蓋を開け、中の液体を僕は意を決して数滴身体に振りかけた。
~~~っ、相変わらず臭え!
「――ッ!!?」
「Эй! Аны лтр!」
元々、仲間をブチ抜いた僕に敵意は集まっていたが、これで決定的にターゲットは僕に集まった。
いつか、アゲハがフローティアに来た時、グリフォン退治に使った香水。魔物の敵意を煽り、引き寄せるための薬剤。
……の、改良品。
リーガレオで使ったら、余程殲滅力のあるメンバーでないと集ってきた魔物相手に絶滅必至の劇物なので、ティオが臭いの届く範囲を調整した。すぐに臭いを消せる中和剤もある。
ティオはよく、休日はアゲハと一緒に特訓と称して出かけているが、その成果の一つ、というわけだ。
臭いのキツさは相変わらずだが、集中していれば気にするほどのことでもない。
これで、僕を無視してシリルやフェリスのところに行く巨人はいなくなった。
僕は五体の巨人と対面し、思い思いに叩きつけてきた巨大な武器を飛んで躱す……って、っと!?
「ヘンリーさん!」
フェリスが警告の声を上げるのと、他の巨人の影になって、僕の視界に入っていなかった巨人の武器――馬鹿でかい棍棒が僕の身体を捉えるのがほぼ同時だった。
「っっっ!」
……見えてはいなかったが、気配で来ることはわかっていた。
斜め上からの殴打に対し槍を盾に受ける。そのまま地面に叩き付けられたが、その勢いを利用してバウンド。距離を取り、
「Die!」
――迂闊にも追撃に来た一体に、槍を構える。
左腕はシビれたが、右腕は衝撃が通らないよう庇ったので無事。盾にした槍は弾かれたが、生憎とうちの如意天槍の『帰還』の能力は地味に優秀なのだ。
「!?」
驚いてももう遅い。
左腕が使えず、なんなら左足もちっとヤバいが、そんな状態での投げなどいくらでも経験がある。こういうこともあろうかと、耐久のポーションを服用しておいたのだ。
「ふンッッ!」
突貫してきた一体の巨人の頭蓋を、カウンター気味に放った投擲が叩き割った。
残り、四体。
「《強化》+《癒》」
突出した一体がやられたことで、連中に動揺が走り。癒やしをかける余裕までできた。……うっし、復調。
(ヘンリーさん、あと二十秒頑張ってください!)
「……と、いうわけだ! 頼むよ!」
シリルの念話。そしてフェリスの声が続いて響く。
神器『リンクリング』の基点がシリルだから、指揮役のフェリスが直接使えないのが難点といえば難点だが、歌いながらでも意思疎通ができるのは便利だ。
「二十秒ね、了解!」
なんなら、その二倍でも三倍でも足止めする覚悟で。
僕は巨人たち相手の防戦に進むのだった。
「『ヒールライト』」
癒やしの光が、フェリスの腕輪型の呪唱石から溢れ、僕の身体に降り注いでくる。
自前の治癒をかけたとはいえ、ところどころに残っていた痛みがまたたく間に消えていき、光が収まる頃には完全に癒えていた。
「ヘンリーさん、どうだい?」
ぐっ、ぐっ、と動作をいくつか試し、僕は一つ頷く。
「相変わらずいい腕……んにゃ、また上達したんじゃないか?」
「リーガレオの診療所は戦争だからね。嫌でも経験が積み上がって、腕も上がるさ」
フェリスは肩を竦める。
休日に半日だけの手伝い……とはいえ、毎回毎回憔悴して帰ってくるのだから、まあ大体想像はついていた。
「そんなになんです?」
「一時間に、十人、二十人は当たり前だ。しかも、最近は私には比較的重傷者が回されるから、気が抜けない」
フェリスの話に、ひょええ、とシリルが声を上げる。
「ちなみに、ユースティティアさんは、範囲の治癒も駆使して一時間に百人以上診てるし、なんなら二陣や一陣に強襲して治しに行く。あれはまだまだ敵わないな」
強襲医療神官。魔物やらなにやらをブッ飛ばしながら戦場へ怪我人を癒やしに行く、戦いを生業にする者にとっての女神である。
とはいえ、リーガレオだと危険すぎるので、南門の番をしている騎士やらなにやらが援護につくけど。
「まあ、経験を積んでいけば、十分追いつけると思うぞ。それに、指揮もサマになってきたじゃないか。危なっかしい指示もだいぶなくなってきたし」
「あー、その節は申し訳ない」
フェリスが若干居心地悪そうにする。
……フェリスが、ユーのやつから戦場での指揮を教わってしばらく。
最近、実戦で試してもらうようにしているのだが……初期はそりゃもう失敗が多かった。
仲間の配置をミスって、最後衛のシリルのところまで魔物を通してしまったり。ジェンドの許容量を見誤って、無茶な数の魔物にぶつけたり。自分自身が頑張ればいいと気張れば、今度は余裕がなくなって指揮できなくなったり。
まあ、誰しも最初はそんなもんである。
ある程度予想してた僕は、フェリスを怒鳴りつけながらも、頑張ってフォローして……そろそろ、いい感じになってきた。
「ジェンドには礼を言わないとな。机上での検討に付き合ってもらって」
「いいっていいって。結局、俺自身の安全にも繋がることだしな」
夜な夜な二人が実戦をイメージして討論していたのは知っている。
……それなら僕たちも付き合ったほうが良かったのだけど、まあその、野暮だしな。
と、頬をかいていると、周辺を遠眼鏡で探っていたティオが顔を上げた。
「周辺には今は魔物がいないようです。もう少し休憩できそうですよ」
「うん。……フェリス?」
リーダーは僕だが、今日の指揮官はフェリスだ。勿論、助言や突っ込みは入れるが、これからどうするのかはフェリスに決めてもらう。
「そうだな……。すまないがヘンリーさん、警戒に立ってもらえるか? その間に、私たちは軽食でも摘んで水分を補給する。終わったらヘンリーさんと交代で」
「了解」
妥当な指示に、僕は頷いた。
ティオの神器のバッグから取り出したサンドイッチと人数分の水筒で、四人が栄養補給に入る。
僕も小腹は減っているが、指揮官様の指示だ。我慢である。絶食にもまあ慣れてるし。
「しかし、なんだね。誤解はしないで欲しいんだけど……ヘンリーさんはすごく便利な人だね」
……ユーのやつからもよく聞く評価が来た。
「便利……ですか? ……はっ!?」
くわっ、とシリルが目を見開く。
「フェリスさん? フェリスさんといえども、うちのヘンリーさんを便利な男扱いはちょっと困りますよ!」
「そういう意味ではなく」
わざわざ誤解するなと前置きしたのに、あっさりと勘違いしたシリルに、フェリスが苦笑する。
「前衛は勿論こなせるし、槍の投擲で後方火力もできる。こうして警戒もしてくれるし……なにより体力があって、ダメージを軽減する術に長けている。とりあえず手の足りないところに雑に回せば仕事をしてくれるんだよ。指揮する側として実にありがたい」
「雑な運用はやめてくれよ」
「言葉の綾だ」
突っ込むと、フェリスが手を振る。
「……そうですね。私たちはそれぞれ得意不得意ありますけど、その辺ヘンリーさん隙ないですし」
「むう、ティオちゃんの言うことも、まあわかります。私も火力だけなら負けないんですが!」
シリルの火力はリーガレオですら最上級でも出てこないと持て余し気味なんだから、勝てるとはハナから思っていない。
「うん、まあ。それが普通なんだけどね。適性に差があるパーティの面々をどう組み合わせて戦うのか、っていうのが頭を悩ませるところなんだけど。どこでも動ける人がいれば、ぐっと自由度が高まるんだ。……ユースティティアさんの受け売りだけどね」
「随分持ち上げるけど。一人だけ警戒に立たせて不満だろうからって、ヨイショしてる?」
「そこは素直に喜んで欲しいな」
へいへい、と頷いた。
まあ茶化したが、勿論悪い気はしない。
先程のティオの言う通り、僕は割と隙がない……いや、隙をなくしたのだから。
魔将を倒して、国の仇を取る! と、がむしゃらに頑張っていた頃。とにかくできることはなんでも試して、実力を伸ばそうとしたのだ。
早々に、極めたと言えるほどに突出したなにかを持てる才能は自分にはないと、見切りをつけたためでもある。
結果的に、大体のことはそれなりの水準でできる、二つ名『なんでも屋』が誕生したわけだ。
……まあ、それが巡り巡って今の仲間のためになっているのであれば、あの頃の努力も報われるってもんである。
「あー、美味かった。戦った後の飯はやっぱいいな……っと、悪い」
「いいよ。わかってる」
早々に食べ終わったジェンドが思わず感想を言って……一人ひもじくしている僕に気を使う。
星の高鳴り亭のパトリシアさんが持たせてくれた今日の軽食はローストビーフサンド。横目で見るだけでも、実に美味そうだった。
まあ、みんなが食べ終われば、僕が代わりに休憩するし……ってっっ!?
「全員立て! ……よりにもよってドラゴンが来やがった!」
優雅に空を飛ぶ、魔物の王者。
赤い鱗だからファイアドラゴン……で、その瞳はバッチリ僕たちをターゲッティングしている。
「ふぐっ……んぐ、んぐ……! ふう、相手にとって不足はありません!」
残りのサンドイッチを押し込み、水で流し込んだシリルが猛然と杖を構える。
「よし、みんな。行くぞ!」
指揮官のフェリスが檄を飛ばす。
僕はその指示に槍を構え……食いっぱぐれた恨みを胸に、ドラゴンへと立ち向かうのだった。
 




