第百九十一話 とある休日
前話で出ていた英雄。英雄の男女比を忘れていたので、女性に変えました。それに伴い、アレク→リザと名前も変わっています。
男女が変わっても特に問題なかったので。
腕にずっしりとした重い感触。
重量操作により、まともに扱える限界まで重くした如意天槍だ。
「ふぅ、ふぅ……フッ!」
そいつを思い切り引き絞り、ブン投げる。
……そして、訓練場の外に出る前に引き戻す!
「~~~っ、よし!」
手の中に戻った槍を思い切り握りしめ、勢いを殺す。
……如意天槍の引き戻しって、運動量がゼロになるわけじゃないから、飛翔中の引き戻しは細心の注意が必要なのだ。
玉のように流れる汗を手近に置いておいたタオルで拭く。
本日は、冒険はお休み。
なので朝から星の高鳴り亭……というか街の南側は土地が余ってっから、この辺りの宿では割と普通に併設されている訓練場で、トレーニングをしていた。
ええと、と身体の負荷を計算するために、これまでこなしたメニューを指折り数える。
両手足に重りの魔導具をつけて全力ダッシュを五十本。
存分に負荷をかけて筋トレを十セット。
型稽古を二十セット。
素振り……は、千以上は数えなかったが、まあそんくらい。
んで、重くした如意天槍の投擲が……今ので、百本。
「……こんなもんか」
これ以上やると、もしこの後緊急で出動とかなったら、動きが悪くなりかねない。
ここで切り上げることにして、僕はラストの柔軟に入る。
身体の調子を確かめるように、一つ一つ丁寧に伸ばしていき。一通り済んでから、用意しておいた水筒で水分を補給。
汗は……まあ、風呂場借りて、自前の魔導で湯を出して流すか。
と、算段を立てながらトレーニング用のあれこれを片付けていると、訓練場に別の人間が入ってきた。
「……って、ジェンドか」
よく見知っている仲間だった。
それ以外にも、星の高鳴り亭を常宿にしている何人かの若手冒険者も一緒だ。
見る限り、僕の知り合いはいない。同じ宿で過ごして結構経つので、顔や名前くらいは覚えているが、挨拶くらいしかしたことがない相手だ。
「ん? おう、ヘンリー!」
ジェンドが先客である僕に気がついて、声をかけて近付いてくる。他の連中も一緒だ。
「おう、ジェンド……と。ハリー、ジェラルド……ええと、リュート、で合ってたか?」
「合ってますよ。こんにちは」
穏やかな雰囲気のリュートが小さく頭を下げる。
「どもっす」
「どうも」
ハリー、ジェラルドも軽い挨拶をしてくれた。
確かこの三人はパーティを組んでいたはずだ。
「ジェンド、三人と仲良かったっけか?」
「さっき談話室で仲良くなった。で、折角全員休みなんだから、ちょっと模擬戦でもやろうぜ、ってな」
おおう……バトル脳。いや、行き過ぎなければ冒険者としてはいいことなんだけどな。
「ヘンリーも一緒にどうだ?」
「もう少し早く来てくれりゃ参加してたけどな。訓練で結構疲れてるからパスだ。僕は見学してるよ」
「そっか、残念」
ジェンドはそう言って、ハリーたちと一緒にアップを始める。
アップをしながら、ハリーがこちらに話しかけてきた。
「ヘンリーさん? そういえば聞いてみたかったんですけど、スターナイツの人とか救済の聖女様とかと妙に仲いいっすよね。なんでです? ジェンドと一緒にリーガレオに来たんじゃ」
「ああ、それね。僕、出戻りなんだよ。一年半くらい前までは、ユーとかアゲハとかと組んで一陣張ってた。遠征も行ってたぞ」
おお~、とハリー、ジェラルド、リュートがそれぞれ声を上げる。
「? 俺、いまいちピンと来ないんだけど。それって凄いのか?」
「いや、すげえよ!? 勇士でも遠征行く人ってほんの一握りなんだぞ?」
魔国領土に侵入し、魔物の間引きをする『遠征』組。騎士や冒険者の中でも、ほんの一握りの上澄みが任される仕事だ。
「まあ、ジェンドも腕前だけなら行けると思うけど。ただ、魔国って瘴気がヒドいし、魔物が多すぎて休憩すんのも難しいし。その辺りのコツを覚えてからだな」
濃すぎる瘴気は、慣れていないと体調を崩す。また、魔物に見つからないよう上手く休むのにもテクニックが必要だ。
この辺りは一陣に行けるようになったら伝授する予定である。
「もう二陣に行ってるっていうから覚悟はしてたけど、ジェンドも相当強いんだな……」
「まあ、それなりに自信はあるけど……パーティ組んでる相手が相手だから、調子に乗る暇はなかったなあ」
はは、とジェンドが苦笑する。
確かに、僕はジェンドとの模擬戦ではガッツンガッツン叩いていたが。とはいえ、生真面目なこいつのことだから、僕がいなかろうが増長することはなかっただろう。
そうして、準備が完了し。
若き冒険者たちの模擬戦が始まった。
ジェンドたちの総当りの模擬戦。
あの後、騒ぎを聞きつけて、今日休みだった星の高鳴り亭の冒険者達がぞろぞろと見学に出てきた。
んで、なにやら模擬戦の勝敗で賭けまで始まったり。
ジェンドたちはやりづらそうだったが、まあ程よい緊張感での戦いの経験が積めたのでよかったということにしておこう、うん。
なお、僕は早くから連中の動きを見ていたので、ジェンドたちの大体の強さとか相性を早期に把握できていた。そのため、賭けでは存分に勝たせてもらって、懐が温かい。
「……なにやっているんですか、まったく」
「いやいや。男なんてそんなもんだぞ? うん」
シリルの部屋でお互いベッドに腰掛け、先程のことを話すとなにやら呆れられた。
「しかし……少し見ないうちにどんどん物増えてるな」
ぐるりと部屋を見渡して、僕は感心する。
部屋自体は僕の泊まっているところと同じ作り。ベッドと小さな箪笥くらいしかない狭い部屋……なのだが、シリルのセンスで色々と飾り立てられている。
部屋の隅っこに後付できる壁棚が据えられ、花が飾ってあったり。
僕がフローティアで撮った写真――街並みや、領主様達、あとシリルの友達のもの――が壁に貼り付けられていたり。
ベッド脇にあるポプリからいい香りが漂ってきたり。
その他、細かい点を上げればキリがないが、こう、まさしく寝に帰る場所! みたいな僕の部屋と異なり、なんか居心地がいい。
「こういうの、リーガレオでも売ってんだな……」
ベッドに置かれていたぬいぐるみを一つ取り上げ、感心する。……少なくとも、僕の行動範囲の中では、こんなの売ってるの見たことがない。
「内壁の中だと、割とそういうお店もありますよ? 全般的に、ちょっと割高ですが」
「そうなのか」
ふぅむ。
「……今度一緒に行ってみるか?」
「あっ、はい!」
ぱあ、とシリルが顔を輝かせる。
……こちらの生活に慣れるまで、あまりデートとかには行かなかった。そろそろいいだろう。
「飯とか含めて、行きたい店があったら調べといてくれ。そういうのはシリルの方が詳しいだろ?」
「はいっ。その辺りの情報交換は、星の高鳴り亭女性冒険者集会で毎回やってますので。ちゃーんとマッピングもしています」
女冒険者は、男と比べ数が少ない。なので、割とそうやって互いに助け合ったりしている。男にゃわからん悩み事も多いし。
しかし、
「女性集会、ねえ。男子禁制、談話室を借り切って月一でやってる謎の会。……どんなこと話してんの?」
「今言ったみたいな情報交換とか、お悩み相談とか。あとはー……秘密です!」
これだ。
ユーとかアゲハにも何度か聞いたことがあるんだが、こういう当たり障りのない返事しかない。
……男たちの寸評でもやってんじゃねえかって、もっぱらの噂である。だって、男性集会とかあったら絶対にそういう話題になるから。
「妙なこと考えていませんかー?」
「ふおっ!? やめりょ!」
ジトー、と僕の様子をうかがっていたシリルが、頬を引っ張ってくる。
「心配しなくても、変なことは話していませんよ。変なことは」
僕の頬から手を離して、にんまりとシリルが笑う。
……信用できない。その辺りに頓着のないティオにでも今度聞いてみよう。
「ふわ……」
と、そこでシリルが欠伸をする。手で隠しきれないほど大きなやつだ。
「眠いのか?」
「いやー、やっぱり疲れが残りますねえ。ヘンリーさんやジェンドみたいに、休みの日に訓練するような余裕ができるのは、もう少し先みたいです」
シリルは魔力に関しては底なしだが、やっぱ体力面は不安があるな。
「二人と違って、そんなに動いていないんですが」
「まあ、二陣にもなると緊張感が違うからな。それで、余計疲れやすいんだ」
以前、リオルさんが出動した時に合わせて初の二陣に向かった時とは違い、普段の二陣はロクに息をつく暇がない。合間合間がないわけではないのだが、出てくる魔物がほぼ中級上位以上になってくるので、油断とか一切できないのだ。
……ここで慣れて、更に強いやつが出てくる一陣で頑張って。そうしてその次に見えてくるのが遠征である。
ま、チンタラするつもりはないが、そう急ぎすぎることもない。
「疲れてるなら、無理せんで寝ろ」
「ええ~、もう少しおしゃべりしたいんですが」
僕もそうだが、しっかり休むことのほうが大事である。
そう説得すると、
「それなら、私は横になりますので、眠るまでお話してください」
「寝るまでって……まあ、いいけど」
襲いたいって気持ちを我慢できるだろうか。
……いや、星の高鳴り亭のルール的に、ヤッたら追い出されるからやらないのだが。ちょっと悪戯するくらいはセーフ、セーフじゃない?
「ちなみに、私が寝ているのをいいことに、いやらしいことしないでくださいね!」
「な、なんのことだ。人聞きの悪い」
「今一瞬、スケベな目をしていました!」
ぐ、ぐぬう。おのれ、勘のいい。
「そういうのは……その、ちゃんとした場所で! もしやったりしたら、ユーさんに言いつけますからね!」
……ま、また対僕用の戦術を編み出しやがって。
いや、ユーが怖いってわけじゃないけど。怖いわけじゃないけど。
「はあ……わーったわーった。ほれ、寝ろ」
「むう、適当ですねえ。もう」
ばふ、とシリルが布団を被る。
「それじゃあ、ヘンリーさん。こう、面白い話をお願いします」
「また地味に高いハードルを……んじゃまあ、面白いかはわからんが、僕の武勇伝でも」
「ほほう。それはそれは。実に面白そうです」
「……どういう意味だ、おい」
まったく、と僕は一つ溜息をついて。
シリルが寝入るまで、色々と昔の話をするのであった。
 




