第百九十話 英雄談義
ゴードンさんの護衛のクエストを無事達成し、その夜。
星の高鳴り亭の夕食の席で、僕は今日のことをみんなに報告していた。
「……っつーわけで、無事ゴードンさんをリーガレオまで護衛してきたぞ」
「ほへー、地を走る流星号って、前乗ったあのクルマですよね。よくもまあ、並走しながら護衛なんて……」
今日の夕飯であるハンバーグをパクつきながら、シリルが呆れたように言う。
「まあ、確かにちょっと大変だったけどな。今のサウスガイアからここまでの街道は、昔より魔物が少ないから、なんとか」
「ゴードンさんかあ。……どこか折を見て、挨拶に行ったほうがいいかな? 俺たち、装備の件で随分世話になったし」
確かに、支払いをツケてもらったり、色々細かい要望を聞いてもらったり……ハヌマンの一件があったとはいえ、相当良くしてもらった。
「しかし、ジェンド。ゴードンさんは沢山のお客さんを、短時間で捌くんだろう? 確か、一ヶ月で百人近くの装備をメンテナンスするとか」
「あー、そうだな。確かに、忙しいところを邪魔すんのもな……」
ジェンドがうーむ、と腕を組んで悩む。
「その件なんだけどな。作ってやった装備を変な使い方してないか見てやるから、明日にでも来い、ってさ。勿論、メンテすんなら今度はツケなんて許さん、とも言われたけど」
「本当か? ますます頭が上がらなくなりそうだな……」
「特に、うちの女性陣はくれぐれも来い、ってさ」
「? なんでだ」
ジェンドの疑問ももっともだが、これには切実な理由がある。
「……さっき、リコッタ連れてきてるって言ったろ? ……女同士で話してると、こっちに絡んでくることが少なくなるから、ってさ」
「ぉぉう」
ジェンドが頭を抱える。
「? なにやらよくわかりませんが、リコッタにも会いたいですし、是非明日行きましょう!」
「はい。私の武器は特に繊細なので、見ていただけるのはありがたいです」
「お土産も包んでいこうか。実はこの前、診療所の仲間に教えてもらった、いい菓子店がね……」
……そして、リコッタの重さをイマイチ理解していない女性陣は、キャイキャイしている。
ジェンドと二人、視線を合わせ、僕たちは揃ってため息をついた。
「それにしても。私たち、英雄さんの知り合い、多くなりましたねー」
と、そこでシリルが話題を変える。
「ん、まぁな」
「最初に王都でグランエッゼさんに会って。ヘンリーさんに会いに来たアゲハさんにロッテさん。サレス法国にユーさんのお見舞い行ってー」
話しながら、シリルが指折り数えていく。
「ラナちゃんに会いに来たリオルさん。装備作ってもらったゴードンさん。で、このリーガレオでセシルさん」
七人。
現在、八人いる英雄は、あと一人でコンプリートだ。
「えっと、最後のお一人って、確か獣人の方でしたよね?」
「ん? ああ。虎の獣人、リザさんな。獣人ばっかの『草原の牙』っていうクランのリーダー」
「クラン……ってあれですよね。なんかパーティのでっかい版。フローティアでは組んでる人いませんでしたけど」
二十人以上の冒険者の集まりが結成できる、まあ互助会というか、そういうものだ。
人数が集まることで、規模のでっかいクエストを受けられたり、教会への意見を通しやすくなったりする。
その反面、人数が多い事によるトラブルも多発するので、組織運営とかなにそれおいしいの? な普通の冒険者には推奨されていない。結成時に教会の審査が入るのだ。
「『草原の牙』にゃ、リーガレオの獣人の半分くらいは所属してたかな? クランとしては一番の規模で、腕利きも多いトコだ」
獣人は、氏族ごとに別々の動物の特徴を持つ。
そのため、純人種とは色々と生活習慣が違ったりもするので、人の街に暮らす獣人は、同種同士で助け合ったりすることは多い。
……『草原の牙』は異なる獣人種を束ねていて、ちょっと異質だが。
「へえ。……で、そのリザって人、強いのか?」
ジェンドが興味津々な様子で聞いてくる。
「そうだなあ。まあ、何度か戦いっぷりを見たことはあるけど……タイマンなら、ポーションキメた僕よりちょっと上、くらいかな?」
状況次第だけど、勝率的には六:四くらいか?
「さらっと言うけど。やっぱヘンリーって、英雄クラスに強いんだな……」
「タイマンならっつったろ。リザさんはカリスマと指揮がヤバくてな。クランメンバーを率いた戦いなら、勝負にならない」
麾下の三十人の獣人とともに、かつての魔軍の大攻勢を押し留めた実績は圧巻だ。あの時間稼ぎがなければ、他の連中が迎撃態勢を整えるのが間に合わず、リーガレオが落ちていたかもしれない。
「どっちかっつーと、最近なった英雄は一芸でなった人の方が多いんだよ。治癒や鍛冶の仕事で英雄の称号を賜ったユーやゴードンさんなんかわかりやすいだろ」
立てた功績が大きすぎて、勇士のままにしておけなかったというわけだ。
僕は確かに、一部のブッ飛んでる人達を除けば、戦闘力じゃあ冒険者の中でも相当に強い方だが、そういう大手柄を立てられるような一芸は持っていない。
……まあ、英雄になりたくないわけじゃないが、今の僕の目的はシリルの夢の手伝いなので、拘りはないつもりだ。
ユーとかアゲハが持ってんのに……とかは思わなくはないが、悔しくなんてないから悔しくなんてないのだ、うん。
「ほほー。それはいいことを聞きました。リーガレオに来てから思っていましたが……まだまだ足りないところはあれど、このシリルさんの魔法はその一芸に匹敵するのでは?」
「活かす機会が来なければいいな!」
時間がかかるが、リオルさんにも届きかねない威力の魔法。
……確かに、デカイ功績を立てられる可能性はあるが、それってつまりヤバイ事態が発生するってことですよね。
「はっ、言われてみれば」
「……シリルさんはもうちょっと考えてから発言した方が」
はあ、と、年下のティオにも呆れられている。
「とはいえ、魔将も全滅したわけじゃない。大攻勢という、大量の魔物が押し寄せてくることもある。……まあ、それを待ち望むわけじゃないけれど、かといってない、と決めつけるのは楽観的じゃないかな」
「フェリスが言えば一理あるけど、シリルはそういうこと考えていなかったと思うぞ」
うぐっ! とシリルは口を噤み……次いで、むう~とこちらを睨み、テーブルの下から軽くキックしてくる。そして、脚甲の上から蹴って痛がってる。
「……なにをやってるんだ」
僕は呆れながら、夕飯を口に運ぶ……っと。
そこで、見慣れた顔が食堂に入ってくるのが見えた。
ユーだ。どうも風呂上がりらしく、ラフな格好で……手になんか二本の瓶をぶら下げている。で、ユーはきょろきょろと食堂を見渡し……席が空いていないことに気付いて、こっちにやって来た。
「どうも、こんばんは。ラ・フローティアの皆さん。生憎、座るところがないようなので、こちらにご一緒させてもらっても?」
「あ、ユーさん。どうぞどうぞ。あ、私椅子持ってきますので、こちらにお座りください」
シリルが立ち上がり、椅子が余っているテーブルに向かっていく。
世話好きのシリルの素早い行動に少しユーは呆気に取られて。次いで少しはにかんで、シリルが座っていた椅子に腰掛けた。
「ユー。お疲れさん」
「ええ、ありがとうヘンリー」
今日も今日とて、診療所で朝から働いていたユーを労う。
「こんばんは、ユースティティアさん」
「はい、フェリスさんもこんばんは。ジェンドさんに、ティオさんも」
ティオは小さく会釈して、ジェンドは風呂上がりのユーの姿にちょっと裏返った声で挨拶する。……まあ、気持ちはわからんでもない。色気あるもんな。
実は他にも何人かの男がユーに視線を向けている。このくらいはユーは慣れっこだから、怒ったりしない。実際に手ぇ出そうとしたら頭カチ割られるけど。
……あ、フェリスの肘がジェンドに入った。
「おっ待たせしましたー。……? どうしたんですか、ジェンド。脇腹押さえたりして」
「な、なんでもない」
椅子を持ってきたシリルの質問に、ジェンドは曖昧に答える。
シリルは『んん~?』と釈然としない様子だったが、まあいっかと持ってきた椅子に座る。
それに苦笑しながら、ユーは持ってきたワインの瓶をニッコニッコと満面の笑顔で開けにかかる。
「ユーさん。今日はお酒ですか」
「はい、明日は久方ぶりの休日ですからね。ワインの一本や二本、空けても罰は当たらないでしょう」
いや、二本は呑みすぎ。しかも相変わらず、銘柄は味はいいが値段も高いルネ・シュテルだし。
……まあ、ユーは酔い醒ましの『クリア・ドランク』を覚えてんだから、好きにすりゃいいんだけど。
「あ、流石クリスさん、ナイスタイミング」
きゅぽん、とユーがワイン瓶のコルクを抜くと同時に、ワイングラスと今日の日替わりメニュー……ハンバーグプレートが飛んでくる。ライス式魔導術による給仕だ。
「ユーさん、ユーさん。私お酌しましょうか」
「いいんですか? じゃあ、是非お願いします!」
シリルの申し出に、ユーはウキウキしながら頷く。
ワイングラスに、シリルの手によって赤い液体が注がれ……ユーは、くいっと一口。
「……あぁ、美味しい。この一杯のために生きていますね」
……僕が同じ台詞を言っても、なんかこう、残念な感じにしかならないだろう。こんなんでも絵になるのだから、美人って得だな。
そうしてユーは、一杯目をつまみを口にすることなく呑み切り。二杯目の酌を受けて、今度はハンバーグの付け合せの人参を肴にぐいっと。そして三杯目を……って、ペース早い早い早い。
「ゆ、ユーさん。ちょっとちょっと。そんな呑み方、体に悪いですよ?」
「おっと、すみません。久し振りなのでつい。……シリルさん?」
「はい?」
こて、とシリルが首を傾げる。
「シリルさんも呑みます? 前お酒をご一緒した時、これ好きだって言ってたじゃないですか」
「ええと……うーん、それじゃあ、一杯だけ」
「ふむ……折角ですので、他の皆さんもいかがです? 奢っちゃいますよ。私、これでもお金には余裕があるので!」
あーあ、酒が入って気が大きくなってら。まあ確かに、ユーの貯金は僕のゆうに数倍はあるだろうが。
「ええと、いいんですか?」
「ええ。一人酒も嫌いではありませんが、賑やかな方が私は好きなので。……ヘンリー? 全員分のグラスと、追加で適当につまみ作ってくれるよう、パトリシアさんにお願いしてきてください。ゴー」
この状態のユーに逆らっても無駄である。
はいはい、と僕は返事をして、言われたとおりに動く。
そうしてその日。
遅れて帰ってきたアゲハも含めて、大盛り上がりと相成るのだった。
最後の英雄は獣人。直前にウマの獣人にしようかと思いましたが、流石に流行りに乗り過ぎなので取りやめました。




