第百八十九話 英雄と護衛と
「なぁ、ヘンリー。ちっと早く着きすぎたんじゃね?」
「……それはお前が競走だとばかりにかっ飛ばすからだ。まだ待ち合わせに二時間近くもあるぞ」
アゲハのつまらなそうな言葉に、僕は溜息をつきながら返す。
アルヴィニア王国、リーガレオに一番近い街であるサウスガイア。
四方都市と呼ばれる、アルヴィニアで最も栄えている街の一つに数えられているここに、僕たちは今日とあるクエストのため訪れたのだが。
……先に言った通り、依頼人との待ち合わせ時間より大幅に早く到着してしまった。
しかも、適当に時間を潰すにはいかにも中途半端な時間で。
街の出入り口である門のすぐ側にある広場で、なんとも所在なく僕たちは立っていた。
「うーん、仕方ねえ。ヘンリー、アタシはちょっと街近くで適当に魔物の首でも刈ってくるわ。時間までには戻っから!」
「待て待て待て待て」
ぐい、と駆け出そうとするアゲハのマントを引っ張る。
「あんだよ、セクハラはやめろ。ぶっ飛ばすぞ」
「誰がセクハラだ。今日は護衛のクエストなんだぞ。その前に疲れる事してどうする。評価下がんぞ」
「アタシは首を刈ってればむしろ元気になるが」
「そういう特殊事情が先方に伝わればいいな!」
マジでな!
もし、真面目にやるつもりがない、と思われてたりしたら心象が悪くなる。その場合、止めなかった僕も含まれるだろう。そういうのはゴメンだ。特に、今日の依頼人は。
「ちぇー」
「……お前さっきの、僕が止めるのを期待してブッこいただろう」
「なんのことかね。はあ、ヘンリーとサテンってのもぞっとしないしなあ」
どういう意味だ、オイ。
ったく、と呆れていると、ふと見たことのある顔を発見。
そちらの方も僕に気付き、こちらにやって来た。
そしてこちらに来たその子は、メイド服のスカートをちょこんと摘んで、深々と頭を下げる。
「どうも、お久し振りです、ヘンリー様。ガンガルドの折はお世話になりました」
「こんにちは、リコッタ。……世話になったのは僕たちの方だと思ってたけど」
『偉大なる鉱神の山脈』にあるドワーフの街、ガンガルド。
そこに立地する八英雄の一人、『神の槌』ゴードンの自宅。そこのメイドをやっているリコッタであった。
少し前。装備類を整えてもらうため、僕らラ・フローティアはゴードン邸に滞在しており、その際には食事に掃除に洗濯に、とリコッタに色々と世話になったのだ。
「まだ時間には早いと思うけど?」
「待ち合わせ場所の下見に参りました。ヘンリー様もご存知の『あれ』は、少し場所を取りますので」
そういうことか。
と、納得していると、アゲハがこちらに目を向ける。
「んー? ええっと、ヘンリー?」
「ああ、アゲハ。この子、依頼人のゴードンさんちのメイドさん」
「そうなのか? ゴードンのおっさん、そんなん雇ってたのか」
アゲハとゴードンさんは、別に交友があるわけではないが、お互い有名人なので顔は知っている……という関係である。
僕がアゲハに説明していると、あ、とリコッタは小さく声を上げて、アゲハの方にも立派な仕草で礼をした。
「申し遅れました。私、リコッタと申します。アゲハ・サギリ様、ですよね。ご勇名の方はかねがね伺っております」
「おう、ご存知のようだが、アタシがアゲハだ。なんだ、ゴードンのおっさん、いいメイド雇ってんじゃないか!」
微妙に他の英雄より知名度が低いことを気にしているアゲハが、嬉しそうに挨拶を交わす。
……まあ、アゲハが英雄になるきっかけになった暗殺って、地味だし見栄えしねえもんな。
「しかし、もう来ていらっしゃるのであれば、出発を早めましょうか。旦那様に相談してまいります」
「あー、ごめん。ちょっとこっちの馬鹿が来る時飛ばしやがって」
「誰が馬鹿だ」
アゲハのことは黙殺する。お前、『アタシの前は走らせねえええ!』とか叫びながら全力疾走してただろ。すれ違った他の連中がビビってたぞ。
「いえ。準備はもう整っていますので、早い分には大丈夫だと思います。少々お待ち下さい」
一礼して、リコッタは去っていく。
……まあ、結果的に、早く行けるのであればそれはそれでいいのだが。
「ゴードンのおっさん、普段は自力でリーガレオまで来んのに、なんで今回に限ってわざわざ護衛を頼んだかと思ったら……あのリコッタが一緒にいるからか」
「まあ、そういうこと」
ゴードンさんは、定期的にリーガレオに訪れ、騎士や冒険者の装備の面倒を見ている。そこでしこたま稼いでいるわけだが、リコッタを連れてきたのは今回が初めてだ。
で、護衛のクエストが発行され……『もし暇してんだったら、顔知ってっから』とゴードンさんが依頼時に申し添えたおかげで、僕の方に仕事が回ってきたというわけである。
「? でもヘンリー。なんでアタシを誘ったんだ。普通に、ラ・フローティアで受ければよかっただろ。自慢じゃないが、アタシは護衛とか苦手だぞ」
アゲハの言う通り、これが普通の護衛であればみんなと一緒に受けていただろう。
しかし、そうはいかない理由がある。
「まあ、少し待ってろよ。すぐわかるから」
「?」
腑に落ちない様子のアゲハを尻目に。
僕はぐい、と腕を伸ばして、リラックスするのだった。
……そうして、待つこと五分ほど。
人通りの多いサウスガイアの門近くの広場に、最徐行をしながら、『それ』は登場した。
魔導を動力に車輪を動かし、荷物や人を運ぶ魔導車……通称、クルマ。
それだけであれば珍しいは珍しいが、普通に見かける。しかし、やって来たのはその辺りのクルマとはデザインが大幅に異なる、英雄にまで至った職人の仕事による一品。
シャープなシルエットと、徐行しながらでもわかる内に秘めたパワーを持つ、ゴードンさんの愛車。
「おいおいおい! ヘンリー、なんだあのかっけーの!? 乗ってんの、ゴードンのおっさんだよな!?」
「地を走る流星号……ゴードンさんのクルマだよ。ガンガルドに行った時、乗せてもらったことがある」
ハヌマンをぶち殺した帰りのことだ。
あれは興奮したなあ。
で、地を走る流星号は僕たちの側にまで来て、キッ、とストップする。
「よお、ヘンリー。久し振りだな」
「どうも、久し振りですゴードンさん」
クルマの窓を開け、ニカッと笑って挨拶をしてくるゴードンさんに、僕も挨拶を返す。
「で、そっちの細っこいのは……首刈りの嬢ちゃんか」
「おう、ちょこちょこ顔を合わせることはあったけど、挨拶は初めてだっけ。よろしくな、ゴードンのおっさん」
「おっさんはやめろ。……ったく」
ゴードンさんが苦い顔をして、顎髭をしごく。
「……で、だ。依頼の方はわかってるな?」
「はい、ここからリーガレオまでの護衛。……その、地を走る流星号でかっ飛ばすので、その速度についていきながら護衛もできる人材、っつー条件でしたね」
これが、パーティのみんなを連れてこなかった理由である。流石に、この条件はハードすぎる。
ジェンドはあの重装備で走りながらっていうのは流石に酷だし、ティオは純粋にスタミナが足りない。……いや、二人共やってやれないことはなさそうだが、まあ安全重視っつーことで。
「とりあえず、その条件で護衛できそうな奴ん中で、暇そうにしてたアゲハ連れてきましたけど……いいですよね」
「色々ブッ飛んだ噂は聞くが、流石に英雄連れてこられてケチなんて付けねえよ」
それなら良かった。
「……まあ、面倒かけるけど、頼むぜ。リコッタにこことリーガレオの間を歩かせるのは流石にキツイからな」
で、そのために地を走る流星号を持ち込んできた、と。
普通の人も護衛を雇って徒歩なり馬車なりで往復してたりするのだから、やや過保護って気がしないでもないが。……まあ、色々と複雑なところはあれど、リコッタのことをゴードンさんは大切にしている、ということだろう。
「そのために、この地を走る流星号を荒地仕様に改修したんだ。……くっくっく、さぁて、どんくらい走れるかなあ?」
……あ、これ思い切り趣味も入ってら。
「しかし、今までリコッタを連れてきてませんでしたよね。どうして急に?」
「まあ、あの街はな。平気で魔物が街に侵入してくるし、戦えないやつが滞在するところじゃない。内壁の中でも、絶対安全たぁ言えねえし。だけどよ」
ぽりぽり、と頬を掻くゴードンさんの続きを、リコッタが語る。
「なんでも、魔導結界が正常に動作するようになり、格段に安全性が高まったと。……旦那様がリーガレオに出稼ぎに行っている間、私は毎日枕を濡らす日々を過ごしていましたが、これならば大丈夫ではないかと直談判いたしました」
「……で、結局断りきれねぇで連れてきたっつーわけだ」
はあああ~~~~、と。
ゴードンさんはえらい重い溜息をつく。
リコッタは、ゴードンさんに……ええと、こう、深い思い? を抱いている。
かといって、娘同然の相手……しかも、ドワーフと純人種の種族の違いもあって、ゴードンさんはそれを突っぱね続けているのだ。
が、リコッタは諦めの悪い女で、イケイケドンドンな攻勢を仕掛けている。装備を新調する間、ゴードンさんちに滞在していた僕は、それを重々承知していた。
そして、結論。
……触らぬ神に祟りなし。僕はこの件について知らぬ存ぜぬを貫き続ける心算である。だって怖えもん。
「なー、そろそろ行こうぜ? このクルマ目立つから、視線が鬱陶しいし」
「あ、ああ、そうだな。じゃ、ヘンリー、アゲハの嬢ちゃん、しっかり護衛頼むぜ」
ぶるっ、と起動音を立て、地を走る流星号が前進し始める。
「ヘンリー、布陣は?」
「僕が前で、道を塞ぐ魔物を蹴散らす。アゲハは後ろから付いてきて、後ろとか側面から来るやつを刈れ」
「あいよっ」
……サウスガイアを出る。
僕が地を走る流星号を先導するように走り……
「……フッ!」
異音を立てるクルマに興味を惹かれてこちらに視線を向けた魔物を、投擲で沈める。
「おお! 儂のクルマもいい感じだ! ヘンリー、もっとスピード上げていいぞ!」
「わかりました!」
――そうして。
サウスガイア、リーガレオ間の街道を爆走するクルマと二人の冒険者は、なんか割と噂になったとかなんとか。




