第百八十七話 巨頭、二人
最後に残った相手の心臓に、槍の穂先をブチ込む。
魔物の断末魔が響き渡り……周囲を見渡すと、十匹ばかりいた猿の魔物の群れは、もう残っていなかった。
「……魔猿撃破、っと」
二陣。
魔国からやって来る魔物を最初に押し止める一陣の後ろに立ち、抜けてきた魔物を倒す位置。
今日、僕たちラ・フローティアは初めてこの二陣の戦場に立ち……割と暇を持て余していた。いや、普通に戦いはあるのだが、こうして魔物を全滅させると、息をつく余裕がある。
今回発生した魔猿連中も、大した数じゃなかったし……と、考えていると、シリルが口を開いた。
「……ヘンリーさん。二陣は三陣よりずっと大変なんじゃなかったんですか? 後ろの時と、大差ないんですけど」
「そりゃそうだ。そうなる日を狙ったんだからな。出る前に言っただろ」
この辺りも瘴気は濃いから、普通に魔物は発生する。
しかし、それ以外……魔国からやって来た魔物は、今日二度程遭遇しただけだ。しかも、二陣に攻めてきた時点で結構なダメージを負った魔物ばかりだったので、あっさりと撃退できている。
「そうですけどー。……いいなあ、私もアレくらい景気よくぶっ放したいです」
と、シリルは前方……一陣がある方の上空を見る。
結構な距離があるはずだが、直径数十メートルはある『ソレ』は、ここからでもよく見えた。
「……つくづく、英雄っつーのはすげえな。あんな魔導、見たことねえよ」
「私もだよ。ニンゲルの手にも攻撃系はあるが……どんな導師も、あれ程のものは使えないだろうな」
ジェンドとフェリスも感嘆する。
一陣の上空に描かれた魔導陣。ここからでは見えないが、陣を描く光の線はいくつも連なったクロシード式の術式だ。
宙に光の文字を描く、というどう考えても戦闘用ではない魔導、アストラ式。これを用いて術式を描き、それでもって別の魔導式を形作るという……控えめに言ってトンチキな技術。
その光の魔導陣は時折瞬き、その瞬間数百発という魔力の矢を地上に向けて降り注がせている。魔物の出現に合わせて斉射しているのだ。
これが広範囲殲滅用光弾術式、『射抜きの流星雨』。
リーガレオの街を守る、英雄リオル・クロシードの魔導だ。そのリオルさんは、以前僕たちを空から運んでくれた『導きの鳥』の術式で飛行し、魔導陣の維持・射出を制御している。
「それはあんなのがあれば、抜けてくる魔物も少なくなりますね。……少々退屈ですが」
「流石にリオルさんも消耗するから、あの魔導の出番はそんなに頻繁にはないけどな」
ティオのボヤきに答える。
……一陣を張るやつらは、リーガレオでも一流。
とはいえ、当然その中でも実力に上下はある。そして、各パーティのスケジュールが噛み合わず、どうしても一陣の戦力が少なくなる時もある。
そういう時に出てくるのがリオルさんのあの魔導だ。ああやって、魔国から来る魔物を上空からの一斉射で掃討し、一陣の負荷を減らす。弱めの魔物ならあれだけで倒せるし、タフなやつでも負傷は免れず……多少戦力が落ちていても、一陣が問題なく処理できるというわけだ。
巡り巡って、リオルさんが『射抜きの流星雨』を使う日は、二陣も楽になる。
丁度、僕たちが戦い始めた辺りからリオルさんが登場したので、こうなっているわけだ。勿論、初めての二陣ってことで、ちょっと出撃を調整したためである。
「むう。私も魔法で似たようなことはできるとは思いますが……ああやって維持して、必要な時にぶっ放すっていうのは、ちょっとキビシーですね」
……似たようなことができる時点でとんでもない。まあ、歌ったり踊ったりして集中力を高めるというシリルの魔法のスタイル的に、ああやって適切な時に撃つというのは確かに難しそうだ。
「でも、実戦を重ねて私の魔法の精度も上がっています! ライバル宣言した身として、近い将来追い抜いてみせますとも!」
「……ちなみにリオルさん、飛行型の魔物とかが襲ってきてもあれで撃ち落とすぞ。ドラゴンクラスが来ても何本も光弾を収束させて迎撃するし。……流石にシリルはソロでそんなんできないだろ」
シリルは才能豊かだし、センスもある。意外と、十年くらいすれば歌って踊りながら周り中に魔法ブッパして、リオルさんみたく一つの戦場を殲滅できるようになれる可能性はあるかもしれないが……やはり、現状では遠い目標である。
「うぐ……わ、私一人で勝つ必要はありません! 仲間との絆! そう、これが大切なのでは?」
「はいはい。じゃ、その仲間との絆で、頑張って次のやつも倒そうな」
……普段に比べれば多少ヌルいとはいえ、今日の二陣もそれなりの修羅場だ。
次に『発生』した様々な素材の入り混じったゴーレムども相手に、僕は槍を構えるのだった。
二陣で踏ん張ること、およそ四時間。
そろそろ撤収か、と考えていると、後方からこう……エライ、『存在感』みたいなものが押し迫ってきた。
「……!?」
「……! って、なんだこりゃ」
僕に遅れること数秒。
ティオとジェンドも突然のそれに気付いて、ばっと後ろを振り返った。
すでに索敵であれば僕以上のティオより先に気付いたのは、単によく知っているからである。
「あー、ティオ、ジェンド。気にすんな。こりゃ、あの人だ」
「あの人……って」
やがて見えてきた漆黒の鎧の大男の姿に、ジェンドは目を見開く。
そんなはずがないのに、一歩大地を踏みしめるごとに小さな地震でも起きているかのような威圧感。
だが、その割には人に対する敵意のようなものは存在せず……これは有体に言って、好戦的な魔物相手に『自分はここにいるぞ』とアピールして、敵を集めるためのパフォーマンスだ。
そんなことをするのは、リーガレオでもただ一人。
「……グランエッゼさんか」
八英雄の筆頭格。『大英雄』の異名を持つ、グランエッゼ・ヴァンデルシュタインさんである。
のっしのっしと確かな足取りで、エッゼさんはこちらにやって来た。
「おお、ラ・フローティアの面々ではないか! 遠くからシリル嬢の魔法の様子が見て取れたから、よもやと思ったが。調子はいいようであるな!」
「はい。こんにちは、エッゼさん」
僕を口切りに、みんなもそれぞれ挨拶をする。
「うむ、こんにちは、である! ……おっと」
唐突に僕らから見て十メートルほど右方に発生した魔物に対し、エッゼさんが抜き身で持っていた大剣を一振るい。『飛ばした』斬撃でもって真っ二つにした。
……あっさりと、まあ。あれ、エビルサーペント……中級上位なんだけど。
「おっと、お主たちの戦果を奪ってしまったかな?」
「まあ、あれくらいは気にしないでください」
蛇系は動きがキモくてやりづらいし。
「うむ、そうであるか。……ううむ、折角偶然にも出会ったことであるし、存分に歓談を交わしたいところではあるが」
チラリと、エッゼさんはまだ一陣で踏ん張っているリオルさんの魔導陣を見やる。
「今はあちらと交代せねばな! ではな、怪我に気をつけ、しっかりと戦うのであるぞ!」
そう言って、迷いなくエッゼさんは歩き出す。
……途中発生した巨人を当たり前のように蹴散らして。
「……戦場でのグランエッゼさんって初めて見るけど。剣の振り方がやっべえな」
「お、ジェンド、わかるか」
「ああ」
エッゼさんの剣の振りって、本当に自然というか。
意がない、とかロッテさんは言ってたっけ。
魔物を前に武器を執れば、多かれ少なかれ殺意っつーか……そう、『ぶっ殺してやるぞ』感が出るのだが、それが一切ない。そのため魔物の反応も鈍くなり、ついでに変な力が入ることもないので疲れにくい。
勿論、気迫が必要な時は横で戦っててビビるくらいの気合が籠もる。
「ほへー、なにやら男二人は納得しているようですが。どうです? ティオちゃん、フェリスさん」
「……私はなんとなくわかります。叢雲流に、似たような概念はあるので」
「この辺りが近接の才能の差かな。私にはさっぱりだよ」
ティオが小さく頷き、フェリスが肩を竦める。
……まあ、フェリスの場合、役割上前に出ることが少なかったしな。
と、魔物が丁度途切れたので、休憩がてら雑談していると、一陣の上空にあった魔導陣が消え、魔導の翼を翻らせてリオルさんが転進する。
……直後、天を衝くかのような一条の閃光が昇り立った。
「あれって、昔見たやつですね」
シリルめ、よく覚えている。
……ラナちゃんの護衛で王都に行った時。黒竜騎士団の訓練に付き合って、エッゼさんに模擬戦を強いられ。
大人気なく勝ちに行ったあの人が使った、ルミナスブレード。
剣を芯に魔力の刃を立ち上らせ、一刀両断にするという必殺技だ。
そして、威力より射程を重視したその刀身がゆらりと揺らぐ。
「って、オイオイオイ。まさか」
ジェンドがあんぐりと口を開ける。
後ろにいる冒険者とか兵士に当たらないよう調整した振り。
ボッ! と。
ルミナスブレードが弧を描いて、横薙ぎに大地を払った……のだろう。生憎と、剣を横にされるとここからは見えない。だけど、何度も目撃したことがあるのでわかる。
まあ、要はリオルさんの『射抜きの流星雨』と同じ役割。前方数百メートルを半円状に薙ぎ払う広範斬滅剣技『山断ち・横式』。
「……大剣ってああいう武器だっけ」
「ああいう武器だぞ、ジェンドもあれくらいできるよう頑張れ」
適当を吹かす。
「はあ~~」
二度、三度とぽんぽん振られるルミナスブレードに、シリルがため息を漏らした。
「……ほんっとーに、出鱈目ですね」
「昔からの英雄は実際、全員人間離れしてる」
あらゆる魔導を使い、特に範囲攻撃に優れるリオルさん。
タイマン最強。どんな相手でもぶっ殺すセシルさん。
範囲もタイマンも集団戦も、とりあえず全方位隙のないエッゼさん。
それと、リーガレオにはいないが、
「うーん、それに比べると。ロッテさんも最上級相手に戦って、相当に強かったですが。流石にグランエッゼさんたちには敵わない感じですね」
「阿呆。ロッテさん、あの人な。歌の聞こえる範囲の人間を、全員強化すんだぞ。少し想像してみろ」
プロだけあって声量も凄いので、普通に一陣の連中全部強化とかしたりする。
単独でも普通に滅茶苦茶強いが、こっちの魔法は更に強い。あの時は僕たちパーティしかいなかったので、実感はないかも知れないが……ぶっちゃけ、あの人が一番ヤベーまである。
単独で百を出すんじゃなくて、自分は七十か八十辺りで、周りの何百、もしかしたら何千といる一の連中を二とか三とかに伸ばすわけだ。……まあ、数値は適当だが。
想像できたのか、シリルの顔はますますげんなりとした。
「が、頑張って追いつかないとですね」
……流石に、普段の自信満々な態度は取れないか。
まあ、身近に目標としては最上の人達がいる、というのも、悪い環境ではない。
次に沸いてきた魔物を相手に、将来に向けてラ・フローティアは戦いを再開するのだった。




