第百八十四話 リーガレオの日常
「~~♪ ~~っ、♪!」
三陣。僕たちが割り当てられた戦場に、朗々とした歌声が響き渡る。
「っっ! シッ!」
熊系の中級上位、ブラッディベアの爪の一撃を掻い潜り、槍で思い切り薙ぎ払ってぶっ飛ばす。後ろにいたもう二頭も巻き込んで転倒させた。
「ヘンリーさん、ジェンドのフォローを!」
「了解!」
一時的に僕の手が空いた隙を見計らって、後ろからフェリスの指示。
火の剣を操るあいつにとって相性の悪い相手……水の妖精、ウンディネにたかられているジェンドに目配せをする。
「《強化》+《強化》!」
「っと、三秒待ってくれ、ヘンリー!」
ジェンドが豪炎の一刀を繰り出し、ウンディネを怯ませ……その場から退避する。
それに一拍遅れて、僕は魔力の篭もった槍を投擲。
……都合、五体いた水妖を、五つに分裂された槍でそれぞれ爆散させた。
「……土符!」
そこへすかさずティオが割って入って、魔導で周囲の土と散らばったウンディネ達の身体を混ぜ込む。
あの手の精霊系の魔物は、バラバラにしたくらいじゃ倒せない。違う属性の魔導で消滅させるのがセオリーだが、ノームじゃなければそこらにある土で撹拌してやるのも有効な手だ。
純属性の精霊たちは、異なる属性に包まれると復活が極端に遅くなるのである。弱らせてりゃ、それでそのまま倒せる。
「ジェンド、『巻き上げろ』!」
「あいよォ!」
続けざまのフェリスの指示に、ジェンドが大剣であえて雑に地面を薙ぎ払う。……ウンディネの水分が混じった土が、ついさっき僕が退けたブラッディベアのいる方角に飛散。
『あと五秒です!』
……と、そこでシリルから神器リンクリングによる念話が入った。
いいタイミングだ。
「《強化》+《固定》+《投射》!」
「束縛符!」
範囲を優先させた僕の固定魔導の投射と、最近魔導も積極的に使うようになったティオの拘束の符術。
膂力に優れたブラッディベアであれば、すぐ抜け出すだろうが、
「『ブライトォ、フラッド』!」
……うちのシリルが二分もかけて歌い上げた魔法が、その前にブラッディベアと形を取り戻そうと足掻いていたウンディネを包み込んだ。
光の奔流が収まった後は、もう魔物の姿はない。瘴気に還ろうと黒く渦巻く塊があるだけだった。
「ふっふっふ、大勝利! です!」
高らかに勝鬨を上げるシリル。
……最初は元気なんだよな、最初は。
「シリル、頑張ってもらったところ悪いけど、今度は嫌な相手が来たぞ。ゾンビに腐れ犬……死鳥まで」
冒険者に圧倒的不人気で有名な、アンデッド系の魔物である。……うわー、まだ結構離れてんのに、もう臭う。
「うぐっ!? や、や、やってやりますよ、シリルさんを舐めないでください!?」
異臭に鼻を摘みながら歌い始めるシリル。
……まあ、僕がもっと前に出る前に慣れとくべきかと、散々この手のやつが出てくる地区を選びまくったからな。最初は悲鳴を上げていたが、ようやく慣れてきたらしい。
「ジェンド、毎度だけど気ぃ付けろよ! 引っ掻きとか食らったら病気になんぞ!」
「わーってる!」
そして、近接屋にとっても、アンデッドはやりにくい相手だ。基本怯まないし、攻撃喰らうと浅くても後の影響がデカイ。
「《火》+《火》」
槍に火を纏わせる。
ジェンドも、いつもより豪快に炎を噴き上げさせた大剣を構えた。
火で焼くのは、アンデッド対策の基本である。たまにガスが溜まってて引火したりもするが。
ジェンドと二人頷き合い、シリルの歌を背景にして、僕たちは駆け出すのだった。
「うあ~~っ、今日も疲れましたねえ」
ぐでー、と。
星の高鳴り亭に帰って、いつものように湯浴みをして。
……風呂から上がって、僕がかけていた談話室のテーブルにやって来たシリルの第一声がこれだった。
「おう、お疲れさん」
「ヘンリーさん、もっと私を労ってください。頑張ったんですから!」
テーブルに突っ伏しながら、上目遣いでこっちに要求してくるシリル。はいはい、偉い偉いと、僕は頭を撫でてやった。
「むう、なんか雑な感じが否めませんが、仕方ないので納得しておきます」
「お前はどこから目線なんだ、それ」
まあしかし、冒険が終わった後、普通にくっちゃべるくらいの余力は残るようになったか。帰って風呂入って飯食って寝る……だけで一日が終わっていた頃に比べれば、随分な進歩である。
この短期間で体力が付いたというわけではなく、慣れと戦い方を工夫した成果だろう。
「しかし実際、シリルの魔法にゃ助かってるよ。ていうかお前、ほんっきで魔力だけはトンデモねえな」
「ジェンド~? だけってなんですか、だけって」
「悪い悪い」
ジェンドはあえて軽い感じに話しているが、実際シリルの魔法はリーガレオでも遺憾なく活躍している。
僕やジェンド、ティオは積極的に魔物を倒すのではなく、後ろに通さないよう、また魔物たちがなるべく固まるように立ち回り……シリルの魔法で一掃。
この戦術がハマり、戦いに余裕ができてきた。
ただ、この戦い方。普通に考えて、とどめ役のシリルの魔力量がネックになる……はずなのだが。
「……シリルさん。本当に何かドーピング剤的なものは使っていないんですか? あれだけの大魔法を一日に百以上撃って、リンクリングで私達に魔力を供与して……それでもまだ余裕があるって。控えめに言って化け物染みていますが」
「ティ、ティオちゃん。化け物はヒドくないです? それに、私もこれでも疲れてるんですよ。歌いすぎて喉が痛いです」
それなら、とフェリスがのど飴をシリルに渡す。
薬学もかじっているフェリス手製の、喉によく効くものだ。一つ食べさせてもらったが、蜂蜜を混ぜているらしく味も良い。僕は別に喉が痛いわけじゃなかったが、薬草っぽい味は確かに効果がありそうな感じだった。
嬉しそうに飴を舐めるシリルにフェリスが苦笑しながら、
「フローティア時代から、シリルは体力はともかく魔力切れってなかったしね。頼もしい反面、少し心配にもなるのさ、私たちも。無理をしていないかってね」
「モゴ……うーん、お気遣いはありがたいのですが。どーもその辺の感覚わかりませんねえ。確かに結構消耗した感はありますが」
うん。……やっぱ魔力量だけならリオルさんをもぶっちぎってんな、これ。
「ま、うちの家系、古いですしねえ。始祖の人は、魔導ができる前、バンバン魔法で開拓してたらしいですし」
「ああ。僕も聞いたことあるな」
ボヤかして話しているが、シリルはフェザード王国の王家の直系。
かつて、神器もなく魔導も開発されておらず、人に力がなかった頃。人類の守り手だったのは、稀に生まれる魔法使いで。
その中でもフェザード王国の始祖はとりわけ強大な魔力に恵まれ、王国の基礎を築き上げた……というのは、フェザードの准騎士時代に習った。
実際、王家の血筋には強い魔力が生まれることも多かったらしい。……シリルはその中でも上澄みの上澄みだろうが。
「というわけで、どーんとこのシリルさんに頼っていただいて構いませんよ? こんなに遠慮なく魔法をぶっ放せるの、初めてで楽しいですし!」
「そうだな。フローティアの森で狩ってた頃とか、全然大きい魔法使わなかったし。……いや、懐かしいな」
「最初はジェンドと二人だけでしたねえ。初めての冒険じゃあ、うっかりジェンドに魔法当てそうになりましたっけ」
「……俺、火にゃ耐性あるから、あのときの火魔法が当たっても死にはしなかったと思うけど。あれで、ちゃんと合図出すようになったんだっけ」
僕が二人と出会う前の話。
懐かしそうに目を細める二人に、ちょいとジェラシーめいたものを感じる。
そりゃ、二人は単なる幼馴染ってのは知ってるけどさー。ジェンドはいいやつだし、横から掻っ攫われるなんて思っちゃいないしさー。でも……こう、あるやん?
ちらりとフェリスに視線を向けてみると、こちらもやや面白くなさげな顔だ。僕が見ているのに気付いて、慌てて取り繕ったが。
いや、勿論、こんなつまらないことでパーティに不和を撒き散らすなんてことはしない。ちょっと気になっただけ。
「シリル、来い来い」
「? はーい」
話が一段落したところで、ちょいちょいと手招きする、椅子を寄せてきたシリルの肩を抱き寄せた。
「わわ、いきなりなんですか?」
「なんでもない」
見ると、フェリスもジェンドに話しかけている。
……うむ、ちょっとだけもたげた不安もすっきりだ。
「珈琲を持ってきてやったぞ」
心の中で頷いていると、ずいっとそれを遮るように、渋い声の少年――に見える、星の高鳴り亭亭主のクリスさんが、湯気を立てるカップを持ってやって来た。
「あ、あー。そういえば注文していましたね」
一応、ここの談話室は茶の類を提供している。淹れるのがクリスさん一人なので、注文が立て込んでいると断られたりもするが。
「ふん。ヘンリーはブラックで良かったな?」
「はい、どうも」
カップを受け取り……なぜかクリスさんは立ち去ることなく、僕とシリルを見比べる。
「……しかし、お前のような朴念仁も、一丁前に恋をするようになったんだな」
「ちょ、ちょっとクリスさん? あんたいきなりなにを……?」
「餓鬼の頃から面倒を見てやっていた男が、女とイチャついていればこうもなる」
いやその、その件に関しては本気で感謝しているのですが。しかし、からかうのやめて欲しい……
「ただし、覚えているかとは思うが、うちはセックスはご法度だ。掃除が大変だし、最近はほとんどなくなったが魔物の夜襲があるかもしれんからな。したいのであれば、それ用の連れ込み宿に行け」
ぶぼっ! と、思わず珈琲を吹き出してしまった。
……あ、シリルも顔真っ赤にしてら。
「クリスさん……直截に言いすぎじゃないです?」
「このくらい言わんと、おっ始める馬鹿がいるんだ。……ああ、ジェンドとフェリス、だったな。お前らも気をつけろよ? 破ったら叩き出すからな」
は、はい。と二人が頷いた。
「まあ、普通にイチャコラする程度であれば止めん。それじゃあな」
そう言い残して、クリスさんがようやく去っていく。
……はあ~~。まあ、体力的にんなことする余裕ができるのはもうちょい先だろうが。
「………………(ちらちら)」
シリルがこっちをチラ見している。
……どうしようね、この微妙な空気!
そんな風に、日々小さな悩みなどがありながらも。
……リーガレオでの日常は続いていくのであった。




