第百八十二話 英雄会談
僕たちが『ラ・フローティア』という名前の元、リーガレオでの活動を始めて更にしばらく。
今のところ、僕たちの冒険のペースは二日出て一日休む、というところで落ち着いていた。
これ以上のペースアップは、もう少し体力が付いて、ここでの戦いに慣れてから。まあ、数ヶ月単位で見る必要があるだろう。
ただ、これでも魔導結界がちゃんと作用するようになった今のリーガレオでは、ハイペースな方である。
別に、外から来る魔物が減ったわけでもないのに、そんなに冒険の頻度を減らして大丈夫なんだろうか……と、最初は思いもしたが、考えてみれば当たり前の話で。
夜に安眠もできず、まともな飯も食えなかった連中が必死こいてやるのと。十分な睡眠と美味い食事を取って元気溌剌な者たちが、適切な休息を取ってやるのと。どちらが効率がいいか、という話である。
実際、魔物の討伐スピードは、以前よりはるかに上がっているらしい。
……動けなくなるまで冒険して、倒れる直前辺りでようやく少し休んで、もっかい突撃、みたいなかつての頭の悪い戦いにならなくてなによりである。いや、ま、平時でそこまでやってたのは流石に一部だったけどさ。
ともあれ。
そんなわけで、今日は休日。
僕は、リーガレオの南門のすぐ近く。……ユーの診療所の隣にある、とある建物に訪れ、応接室に通されていた。
「いやしかし。本当に久し振りであるな、ヘンリー! 我が騎士団が休暇で王都に戻った時以来であるか。手紙でのやり取りは何度か交わしていたし、最近ではユースティティアやサギリから魔将との戦いの折の様子は聞いていたが……壮健そうでなによりである!」
「はは……どうも、エッゼさん。ご無沙汰しています」
相変わらず無駄に勢いのいい口上に若干気圧されつつ、僕も目の前に座る大柄なオッサン……大英雄グランエッゼ・ヴァンデルシュタインに挨拶をする。
ここは、リーガレオの黒竜騎士団兵舎。
街に侵入された場合、真っ先に襲われるであろう立地に屹立する、アルヴィニア王国最強騎士団の居城である。
なお、僕の知っている限り、十回以上建て直されている。
そんなところに来たのは勿論、色々と恩義があるエッゼさんに挨拶をするためだ。誼を通じとけば、色々と便宜を図ってくれるだろうという下心もあるにはある。
次いで、僕はエッゼさんの隣に座る人にも頭を下げた。
「リオルさんもどうも。この前イストファレアまで連れて行ってくれて、ありがとうございました」
「なに、ラナ君という素晴らしい才能と引き合わせてくれたのだ。あの程度、礼にもならないとも」
室内なので、トレードマークの帽子は外しているが、相変わらずの戦闘用の礼服というよくわからん衣装を着込んだリオルさんが、にこやかに笑った。
なお、声を発しながらも、リオルさんは手にしたステッキで抜かりなく魔導を制御している。応接室のテーブルの上、熱を発する球状の術式の中で踊っているのは珈琲豆。
……リオルさんお得意の、クロシード式珈琲焙煎・給茶法である。
数分もする頃には、芳しい香りを立てるカップが三つ並んでいた。
それを一つ啜って、エッゼさんは口の端に笑みを浮かべて頷いた。
「……うむ、美味い。相変わらず、リオルの淹れる珈琲は絶品であるな」
「エッゼよ。褒め言葉はもう少し砂糖の量を減らしてから言ってもらえないかな。勿論、珈琲に合う砂糖を用意しているが、六匙も入れてしまったら味もなにもあったものではないだろう」
「このくらい入れないと、我には苦すぎるのである」
ふん、とリオルさんは鼻を鳴らして、砂糖一匙だけを入れた珈琲を啜る。
……意外と甘党で、実は酒もエールより果実酒や甘めのリキュールとかの方が好きなエッゼさんと、珈琲党のリオルさんのいつものやり取りであった。
この二人、エッゼさんが騎士になる前。冒険者時代からの付き合いというだけあって仲が良い。
なお、ロッテさんも含めて三人でパーティを組んでいたこともあるらしい。
……この前、ユーとアゲハと一緒に冒険に出た時、我ながらなかなかイケてるやん? と思いもしたが。
とてもではないが、そのかつて結成されていたという、豪華英雄三人組には敵いそうにもない。ユーとアゲハも英雄とはいえ、一芸で授かった称号だし。
自分の思い上がりに内心苦笑しながら珈琲を啜っていると、じっとエッゼさんがこっちを見ているのに気付いた。
「……それにしてもヘンリーよ。前回会った時とは見違える程良い顔をするようになったな」
「え? そ、そうですかね?」
「うむ。愛する者ができ、芯ができたのであろう。言ってはなんだが、ジルベルトを打倒した後のお主は、その辺りブレッブレであったからな」
言ってはなんだが……とか思っているのなら、もう少し表現に気をつけて欲しい。割と心当たりがあるので凹む。
「しかも、お相手はシリル嬢ときた。王都滞在中に少し会っただけだが、よく覚えておる。線は細いが、物怖じしない気骨のある娘であったな。ヘンリーは果報者である」
「……いや、あれは気骨があるというか、向こう見ずなだけで。普段近くで見てるこっちは、ハラハラしますよ」
そういや、エッゼさん相手にもまったく遠慮とか見せなかったな、アイツ。
ああいう態度は改めさせないと……とか思っていたら、今度はリオルさんが口を開いた。
「うむ、エッゼの言う通りだ。私が会った時はいきなりライバル宣言をされたな。いや、あれはいい啖呵だった」
「その節はあいつが大変失礼を……」
リオルさん自身は気にしていないようだが、英雄相手に冒険者やってまだ三年も経っていないひよっこが言っていいことではなかった。
シリルの才能であれば、ゆくゆくは――それこそ十年、二十年後には追い抜くことは不可能ではないかもしれないが、それはそれとしてだ。
「なんかお二人の評価高いみたいですが。ホント、んな大したやつではないですって」
「そう恋人を貶めることはないではないか。……うむ、しかし、俄然興味が湧いてきたのである。さあ、ヘンリーよ。シリル嬢との話を聞かせるのだ」
「エッゼの言う通りだ。若者の恋愛事など、我ら年寄りには格好の娯楽なのでね。さぁさ、そう照れずに」
ニヤニヤと笑いながら、歴戦の英雄どもがか弱い若者に絡んできやがった。
ぐぬ、と僕は口を噤み、
「あー、っと。その話はまた今度として、そっちの話も聞かせてくださいよ。今回の遠征はどうだったんです? どこまで行ってたんですか?」
と、僕は話題を変える。
あまりにも露骨すぎたが、この件については話さないぞモードに入ったことを察したのか、二人は思いの外あっさり引き下がった。
「ふぅむ。まあ、ヘンリーの言う通り、これからも機会はあるか」
「これ以上つついても話しそうにないしな。なに、噂好きなルビーあたりから、今度情報を仕入れておくさ」
……問題の先延ばしにしかなっていないことは僕自身重々承知している。
しかし、それは未来の僕に任せることにして、二人の話を聞くことにした。
「うむ、それで今回の遠征であったな? 今回は、お主の故郷のフェザード王国の領土まで入ったぞ。……まあ、残念ながら国境近くにあったというお主の街までは辿り着けなかったが。遺品の一つも持って帰ってやれればよかったのだがな」
「どうせ廃墟になってて、ロクなもん残ってないでしょうから、そんなこと気にしないでください」
……僕が今日までこの二人に挨拶に来れなかったのは、二人が遠征に出ていたからだ。
遠征。魔国領土に侵入し、魔物を間引く仕事。これによって、一陣に来る魔物を減らすわけである。
殲滅力のあるリオルさんと、あらゆる状況に対応できるエッゼさんのコンビの遠征は、非常にありがたがられている。この二人が遠征に出ると、やってくる魔物が三割くらい減るのだ。
そして、英雄ともなると遠征にもう一つの目的が追加される。
……魔国領域の、敵情視察。
その兼ね合いもあって、通常の遠征より更に魔国の領土奥深くにまで潜り込む。
かつて南大陸最北端の国であったヘキサ王国の領土を越え、その隣国であるフェザードに到達するほどまで。
「むう、口惜しい。魔物がもっと肉をドロップしてくれれば、いけたと思うのであるが」
「こればかりは運頼み。そう気落ちするな、エッゼ」
しかし、英雄といえど人げ……人間? ……いや、ギリ人間である。
水は魔導で出せるが、食料はそうはいかない。多少は現地で調達するにしても、遠征での活動日数には限界がある。
だから、その辺をあっさりブチ壊せるティオの神器はものすごいお宝なのだ。
エッゼさんらも、僕のポーチみたいに、人が作った『容量拡張』のバッグは持っているが、そっちの許容量は神器とは比べ物にならない。
……ティオをこの二人に同行させられれば一気に解決するといえばするのだが、それをするとどう考えても途中でティオが潰れる。他にも数人いる『容量拡張』の神器持ちも同じだ。
なので、エッゼさんとリオルさんがいかにすごくとも、仕方がないことなのだ。
それはよくわかっているはずなのに、エッゼさんは『しかしだな』と口を開く。
「……折角結界が機能するようになって状況が盛り返しておるのに、今回の遠征で成果を得られなかったのが悔しくてな」
「焦ることはない。お前の言う通り、状況自体は良くなっているのだ。しかし、ここで無理をしてお前が戦線離脱するようなことになれば目も当てられない」
二人だけで魔国領土に侵入、かつての国一つ越えるところまで深入りするのは、リオルさん的には無理の範疇ではないらしい。
「それに」
と、エッゼさんと議論していたリオルさんが、意味深にこちらに目を向けてきた。
「こうやって、『使える』戦力も戻ってきたではないか」
「おお、そうであったな」
……嬉しそうにしてくれるのは僕としても喜ばしいが。
いや、あの。まだうちら、一陣とか遠征とかに出るわけではなく、そろそろ二陣かなー? ってレベルなんですが。
「それに、この街が多少安全になったことで、若手が台頭することも増えるであろう。未来は明るいぞ、エッゼ」
僕をだしにしてまで説得にかかったリオルさんの言葉に、唸っていたエッゼさんも首を縦に振った。
「……うむ、我ながら少々気負いすぎていたやも知れぬな。考えてみれば、エルフであるリオルとは違って、我はとうにロートルであった」
現役バリバリで純人種最強やってる人がなんか言ってる。
しかし、リオルさんの言葉に妙な方向に発奮したのか、エッゼさんはすっくと立ち上がり、僕の肩に手を置く。
「そうと決まれば、若手の成長とやらも見せてもらわねばな。ヘンリー! さあ、今から我と一緒に一陣に向かうのである!」
「ちょ、ちょっと? エッゼさん、昨日遠征から帰ってきたばかりでしょう。疲労とかは?」
「あんなもん、一晩寝れば完全復活である」
魔物だらけで一瞬たりとも気の休まらない魔国に、二週間くらい潜入してたはずだよな、あんた!?
「ふむ、いってらっしゃい」
ずるずる、ずるずると。
抵抗もできない怪力に引き摺られていく僕に対し、エッゼさんを無責任に煽ったリオルさんは、そう送り出すのだった。
数十分後。
「うむ! 今日の一陣は生っちょろいのである! 最上級の三、四匹くらい来てくれぬかなあ!?」
「そんなの来たら、僕逃げますからね!?」
上級上位すら一太刀の元に切り捨てながら暴れまくる大英雄の隣で、僕は頑張って槍を振っていた。
……なんとも、疲れる人である。
この英雄二人が揃うと、押されっぱなしです。
しかし、男三人。……むさ苦しい




