第百八十話 旧友との戦果
リーガレオでの初冒険から二日後。
僕たちパーティの名前を決めよう、という記念すべき日。
そんな日の昼下がり――僕は三匹のドラゴンの相手をしていた。
「ッッッギ、ガッ! ……ッッラァ!」
固い、固い竜鱗に任せたブレスに並ぶドラゴンの必殺技、竜の突撃を全力で逸らす。
「オラ、行ったぞアゲハ!」
声をかけながら、次のドラゴンの突進に先駆けて、上空に槍を投擲する。
魔導なしでも、今の僕が素の魔力を込めれば、ドラゴンにダメージを与えるに十分だ。
分裂した槍は、狙い違わず二匹のドラゴンの翼を穴だらけにし、落下させる。
「ヘンリー! 右からヘルハウンド三匹!」
「――《強化》+《強化》+《固定》+《投射》!」
後ろからの警告の言葉に横目だけでヘルハウンドを確認し、足止め用の魔導をブッパする。
運良くそのまま直撃し、ヘルハウンドは足を止め……ってところで、僕は投げた如意天槍を引き戻し、墜落したドラゴン共の止めに向かう。
その頃には、背後にいたアゲハが最初に僕が逸らしたドラゴンの首を刎る。
ついでに、さっき警告を飛ばしてくれたユーが、モーニングスターっぽい神器『破壊の星』を振り回し、足止めしておいたヘルハウンドの頭蓋を叩き砕いた。
「っし、ヘンリー。アタシは後ろのトカゲどもを足止めするから、そっちは任せた!」
「了解! 無理すんなよ!」
背後から回り込んできた亜竜の相手はアゲハに任せ、僕は残りのドラゴンを仕留めにかかる。
ドラゴンの再生力は滅法高い。折角、不意打ち気味に翼を傷付けて落とせたのだ。ここを逃がすわけにはいかない。
ユーの強化魔導の恩恵を存分に受けている今の僕であれば、地上に落ちたドラゴンは物の数ではな……いや、それは言い過ぎだが、余裕を持って相手できる。
ドラゴンの爪の一撃を掻い潜り、全力の突きを心臓にブチ当てて一匹目を仕留め。
仲間ごとブレスでこっちを燃やそうとしてきたもう一匹は、その頭蓋を投槍で貫いた。
ぐる、と周囲を見渡す。
……ドラゴンはひとまず見える範囲にはいない。キャンキャンと寄ってきた草原狼を適当に薙ぎ払いながら、ユーたちのもとに戻った。
「ん、ふう。これで丁度十匹か。結構多いな、おい」
「へっ、もっと来てもいいのに。ドラゴンの首は刈り甲斐があるからな」
……さっき僕が仕留めた二匹以外は、全部アゲハの手によって首を刎ね飛ばされている。
ああもぽんぽんドラゴンの頭が飛ぶのは、まあここ以外では見れないだろう。
「ヘンリー。さっきの突撃逸らした時、骨に罅くらい入ったでしょう? 見せなさい」
「あいよー」
こっそり《癒》で痛み止めしていたが、実は左腕ちょっとイってる。
素直にユーに見せ、癒やしをかけてもらい……はあ、と大きく息をついた。
「おんやぁ? ヘンリー、お前もう息切れか? ブランクがキツいってんなら、アタシの勇姿を後ろで見てるだけでもいいぞ。いやあ、ひ弱なヘンリー君に、アタシってばやさしー」
「阿呆め。お前の方が脆いだろ。お前はドラゴン複数に囲まれたら事故るかもしんないんだから、すっこんでろ」
「は?」
「あ?」
売り言葉に買い言葉。
周りに魔物が一時的にいないことをいいことに僕とアゲハは適当に口論し、
「……傷を治す時、よほど痛くして欲しいらしいわね、二人とも」
ユーの、脅し。
その気になれば、本当にいっそ殺してくれってくらいの痛みを与えながら治療できる聖女様の仲裁に、僕とアゲハはぐぬ、と口を噤む。
……ふん。
「チッ、覚えてろよ」
「ペッ。知るか」
「……お黙り」
ドスを効かせて言うユーに、僕たちは仕方なくすごすごと引き下がった。
「でもヘンリー? アゲハに乗るわけじゃないけど、本当に大丈夫? フローティアじゃここまでの連戦はなかったでしょ」
「ん……。まあ、多少堪えてるけど、平気平気。ようやく感覚を思い出してきたところだ。……まあ、うちのみんなが慣れるには、もうちょいかかるけどな」
……昨日、一昨日と、リーガレオでの冒険を二日連続でこなして。
うちのパーティのみんなは、見事なまでにダウンした。
いや、うん。初日で潰れなかっただけ、十分見込みがあると言っていいのだが……流石に、無理に冒険を強行して怪我をするわけにはいかない。三日目の今日は休養に充てることにした。
グランディス教会も、冒険に出るとなれば地区を割り当てるが、個々人の体調などもあるため、冒険することを強要するわけではない。
ん、でだ。
一人、元気いっぱいな僕としては、ついでで休んでも良かったのだが。
『なら、今日ドラゴン多めみたいだから、狩りに行こうぜー』とアゲハに誘われ、ついでにユーも連れて、はるばると一陣にまでやってきたのだ。
本来は群れないドラゴンだが、繁殖期とこのリーガレオの戦場だけは例外。
単価の高いドラゴンのドロップががっぽがっぽで、今日の儲けは相当な額に昇りそうだ。
「っと、おかわり来たな。おー、おー、今度は七匹もかー」
「風竜がメインか。……僕も空の立ち回り覚えたんだ。上でやるか」
「《光板》ってやつか。叢雲流の跳符の方が便利だって思い知らせてやるよ」
対抗意識を燃やしながらも、こちらにやってくるドラゴン共を油断なく見据え、
「はあ。張り合うのも程々にしてくださいね? ……ヘンリーは撹乱。アゲハ、孤立したやつの首を刈って。ゴー」
「あいよ!」
「任せろ!」
そうして、ユーの号令のもと、僕たちは空へと突撃するのであった。
ドラゴンを通算五十以上狩って。
残念ながらレアドロップはなかったものの、通常ドロップの鱗や爪、牙などを売却して懐を暖かくしながらユーとアゲハとともに星の高鳴り亭への帰路につく。
「へえ、パーティの名前……って、まだ決めてなかったんですか。もう組んで一年以上経ちますよね」
今日帰ったら、みんなと話し合ってパーティ名を決める、というようなことを話すと、ユーが呆れる。
「いや、フローティアじゃ冒険者の数も少なくて、あえて決める必要なかったしな。それに、途中まで僕、あいつらがリーガレオ行く時にゃ抜けるつもりだったし」
「それが今じゃ、惚れた女のために戻ってくるんだもんなあ。ヘンリー、お前がそういうキャラだとは思ってなかった」
「んだよ、悪いか」
「悪いなんて言ってないだろ。むしろアタシは少し感心してるんだぞ」
憎まれ口っぽいが、一応褒められてる……のか?
「それで、皆さんで候補を持ち寄って話し合うんでしたっけ? ヘンリーはどんなのを考えたんですか」
「え……い、いや。……こう、改めて聞かれると恥ずいんだけど」
「なにが恥ずかしいんですか。採用されれば、それを名乗るんでしょう?」
そ、それはそうなのだが。
……いや、ええい。ユーの言う通りだ、臆してどうする。
「『勝利の歌』。……いや、リーガレオでもないのに、最上級二匹もブッ殺して。どっちも、シリルの歌の魔法が決め手だったしな」
「照れが隠せてませんよ」
チッッ! そこはスルーしとけよ!
「でも、いいと思いますよ。確かにシリルさんの魔法は派手で、象徴的ですもんね」
「そうかあ? なんつーか、無難すぎっつーか。こうもっとドスの効いたヤツがいいと思うが。『チーム・全殺し』とか」
嫌だよ、んな名前で呼ばれんの。
「しかし、さて。みんなはどんなのを考えてるのかね」
「こういうの、性格出ますからねー。私達が前組んでたときは……『銀剣』でしたっけ」
当時のリーダーの神器が銀色に輝く見事な剣だった……というだけで決めた、シンプルなやつだ。
「やっぱアタシの考えた『首刈り団』のほうが良かったよなあ」
「いつの話してんだ。つーか、団って、首を刈るのはお前だけだったろ」
「みんなもやればいい!」
「できるか!」
首は、大体の生物の急所で。そりゃ最初っから狙えれば効率はいいだろうが、そもそもある程度ダメージ与えないと首に向けての攻撃が通らない。当然、相手も自分の弱点は警戒しているからだ。
つまり、それをやってのけるアゲハは、センスと勘が図抜けているわけだが……それを万人に求められても困る。
「ちぇー、っと。着いたか」
なんて駄弁りながら歩いていると、星の高鳴り亭に到着。
一陣から帰るのにちぃっと時間がかかったので、入ってすぐにある談話室は、先に帰ってきた冒険者たちで賑わっていた。
「じゃ、ヘンリー。私達はお風呂をいただいてくるので」
「おう、じゃな」
ひらひらと、浴場の方に向かうユーとアゲハを見送る。
僕は帰る途中、《火》+《水》の湯で大雑把汗と血を流してきた。
……いや、帰りが遅くなると、浴場の湯が汚えんだ。特に、前衛張る奴が多い男の方の風呂はその傾向が強い。
大体、夜は二回くらい湯を張り替えるから、次を待つのだ。宿の亭主夫婦が二人共魔導が達者だからできる贅沢である。
さて、飯ができるまで談話室で適当なやつと雑談でも……と思っていると、
「あ、ヘンリーさん。おかえりなさいー」
談話室のテーブルの一つに座っていたシリルが、帰ってきた僕に気付いて手を振ってきた。
おーう、と僕も手を上げて応えて、そっちに向かう。
そろそろ僕が帰るだろうと、一階で出待ちでもしてたのかね。
……っと? なんかあのテーブル、ちょいと人だかりみたいなのができてんな。
「んお? なんだ。将棋やってんのか」
ひょい、と覗き込んでみると、シリル対フェリス、ジェンド対ティオで将棋を指し合っていた。片方の将棋盤は、この前リシュウに行った時買い求めた新品だ。
ってことは、周りのは野次馬か。
僕も野次馬の一人となり、盤面を覗き込んでみる。
「……おお」
ジェンドたちの方は僕のレベルじゃ局面を読み切れないが、シリルとフェリスの方はわかる。
意外にもシリルのほうが押していた。
「ヘンリー、お疲れ様だ。今日は一陣の様子はどうだった?」
なにやら興味深そうに将棋の対戦の様子を観察していたヴィンセントが振ってくる。
「ドラゴンがわんさかだ。五十ばかり倒してきた」
……あ、ちょっと周りがざわめいた。主に、僕が滞在していた頃にはいなかった面子だ。
うん、まあ。さらっと言ったが、リーガレオの一線級……一陣を張ってる奴らでも、そうそう叩き出せない戦果である。
ヴィンセントが呆れたように嘆息する。
「……相変わらず、ユーと組んだ時のお前は無茶苦茶だな」
「つってもまあ、ご存知の通り止め刺すのはアゲハだけどな」
そ、そうか。英雄がいたからか……みたいな雰囲気が流れる。
……むう、確かに、あの二人の実力は確かだ。
しかし、まあユーとは比べる方向性が違いすぎるからアレだが、例えば同じ戦士系のアゲハと比べても、正面戦闘力だけなら僕が上なのに。
まあ、そのうちお互いの戦いを見ることもあるだろうし、そのうち認識を改めてもらおう。
「ところでシリル。パーティ名の候補、ちゃんと考えてきたか?」
「勿論です! ふふふ、シリルさんのネーミングセンスが爆発しましたよ!」
……爆発。
それはいい意味、なのか?
……まあ、夕食の場で発表することになっているし。
しばし、楽しみにしながら、将棋の観戦を続けることにしよう。
おかしい、パーティ名をこの話で発表するはずだったのに。前座の話を書きすぎてしまった……




