第百七十八話 初陣
七番教会で、自分たちの担当する地区を割り当てられて。
僕たちは、リーガレオの南門にやって来た。
そして、門の様子を見て、ジェンドが訝しそうになる。
「……? ヘンリー。俺の目には門が開けっぱに見えるんだが」
「? ああ。そりゃそうだろ。いちいち出入りごとに開けたり閉めたり、大変じゃないか」
なにを言うかと思えば。
普通の街でも、日中は特別な事情がない限り、普通は開けっ放しだ。人の往来を妨げるデメリットはあまりにも大きい。
「……危なくないのか? 外は魔物だらけなんだろ」
「ああ、そこは勿論対策を取ってるよ。門前を守るのは、基本最精鋭の連中で……ほれ、多分そうだと思ったけど、スターナイツもいるだろ」
今日はビアンカが不在でフルメンバーじゃないから、多分そうなるだろうと思ってた。全員勇士の腕利きのパーティとはいえ、人員が欠けた状態で一陣は厳しい。
向こうも僕たちに気付いて、軽く手を振ってくれた。
「あとは、騎士の中でもベテランが詰めるし、エッゼさんとか勇者さんとかもよく守りに付いてるぞ。ユーの診療所、そこだし」
南門の内側。すぐのところに、掘っ建て小屋のような診療所がある。表に出ているニンゲル教の看板がなけりゃ診療所とは思えない体たらくだが、この辺はよく魔物に建物を壊されるので仕方がないのだ。
まあ、魔導結界が有効になったということだから、多分近々ちゃんとした建物が建てられるだろう。
「……ああ、それはそうか。逃げ帰ってきた人たちを受け入れるため、だね」
「そういうこと」
流石に、フェリスはこの辺りのことは察しが良い。
勿論、門の外は危険地帯。魔物がひしめいており、門を開放したままというのは侵入されるリスクが高くなる。出入りする門のとこは、当たり前だが魔導結界の範囲外だし。
……でも、いざ負傷して帰ってきた人がいたとして。ちんたら門を開け閉めなんてしていたら、その間に事切れるかもしれない。
んなわけで、魔国の大規模攻勢とか、そういう事態でもない限り基本的に門は開放されているのだ。夜も含めて。
「なるほどー。もし危なかったら、頑張ってここまで帰ってくれば、なんとかなるわけですか」
「シリル、お前の足で逃げんのは無理だから。その場合は普通に周りの誰かに助けを求めろ」
周りの連中に余裕があるとは限らないが、それでもシリルが自力で帰還する確率よりは高い。
ここはキツく言い含めておかないと。
「んぐ! わ、わかりましたよ」
「……ていうかな。危ない目になんて遭わせねえからな、僕が」
これでも、領主様にシリルを守ると誓った手前があるのだ。……それ以外の手前がないわけではない。
「あっ、はい! そうでしたね!」
ぱぁ、とシリルが顔を明るくさせる。……やれやれ。
「あの、イチャつくのは冒険が終わってからにしてくれません? 私、早く行きたくてウズウズしているんですが」
「べ、別にイチャついているわけじゃないが。そ、そうだな」
ティオの冷たいツッコミに、僕は頬をかきながら足を進める。
南門をくぐり、スターナイツの面子とすれ違う。
「おう、頑張ってな」
「ああ」
軽い激励に、手を上げて応え。防衛線を組んでいる兵士さん達に一言断って、道を開けてもらう。
「……あー、とりあえず、だ。面食らうなよ?」
「はえ?」
……道を開けてもらって、ようやく視界が通った。
「う……え」
その呟きは誰のものだったか。
開けた視界に映るのは、戦場、戦場、戦場である。
ぱっと見える範囲でも、百を超える魔物がひしめき、ひいふうの……計十三組の冒険者のパーティが、そこかしこで戦いを繰り広げていた。
勿論、見える範囲でしかないので、少し移動すれば別の魔物の群れと、冒険者たちがいるだろう。
「は、話には聞いていたが。実際に目の辺りにすると、凄まじいね」
「……ここ、街のすぐ近くなんだよな?」
フェリスとジェンド、それぞれが感想を漏らす……が、
「おい、驚くのはわかるけど、呆けんな。『来る』ぞ」
「えっ」
左斜前のパーティ。力量より相手している魔物の数がちょい多い。
多分そろそろ……っと、来た。
「悪い! 逸らした!」
「オーライ! そっちに集中してくれ!」
魔物を抜かせてしまったパーティの一人の警告に、声を張って答える。
駆けてくるのは三匹の突撃牛。非常に発達した角を持つ、牛型の中級下位。
連中は、兵士さんたちの防衛線から少し突出した形になっている僕たちを目標に据え、名前の通り突撃をカマしてくる。
「オラ、全員気ぃ張れよ! リーガレオの初陣だ!」
しょっぱいけどな! ……とは、魔物を逸らしてしまったパーティの手前、口には出さない。
腰に差した如意天槍を引き抜き、短槍型に伸長させる。
みんなも意識の切り替えが済んだようで、それぞれ武器を構えた。
――さって、行くか!
足元に齧りついてこようとする暴れ兎を蹴っ飛ばし、右から突っ込んでくる五匹の突撃牛は《強化》+《拘束》の魔導で転がす。
正面からタッグできている魔猿を適当に足止めし、
(みんな、準備オーケーです!)
(あいよ!)
と、その辺りで、魔法の準備を済ませたシリルから『リンクリング』による念話が届いたので、その場から飛び退く。
「『メテオフレア』!」
意思を持ったかのような火球が都合十個。
僕が相手をしていた魔猿と突撃牛が、そのうち三つの火球によって焼き滅ばされる。
残りの七つは、僕と同じくそれぞれ魔物の足止めをしていた他の三人の方に向かい……周囲の魔物を、見事に殲滅した。
……相変わらず殲滅力ヤベェな、シリル。しかも、賢者の塔での修行により制御力も上がっている。四つの戦場それぞれに魔法を撃つなんて真似は前はできなかった。
なんて、感嘆している暇もない。
周囲の魔物が一掃できたと思ったら、なんかバッサバッサとワイバーンの群れがこっちにやって来た。
見かけはドラゴンっぽいが、それよりは劣る中級上位、亜竜。同じようにドラゴンに見てくれは似ているが、それよりは与し易い上級下位、ワイバーン。
厄介なのは飛行するところと――
「ブレス来るぞ!」
空中から、射程の長いブレスを放ってくるところだ。
「フェリス! 防御任せた!」
言いながら、僕は如意天槍を投擲に向いた形に構えながら振りかぶる。
「了解! ……盾よ、守りの証を!」
「《強化》+《強化》!」
フェリスの構える盾の表面に刻まれた模様が、幾何学的に変化していく様子をちらりと見ながら……投げる。
途中で分裂させた槍は、ワイバーンの群れの三分の二くらいを引き裂き。……そして、生き残ったワイバーンたちの炎のブレスが、こちらに殺到する。
投げた直後の僕は、当然躱せない――ってわけでもないのだが、無理に動く必要はない。
「『グレートウォール』!」
フェリスの声が響くと同時、僕の目の前に城壁を一部切り取ったかのような頑強な魔力の壁が出現する。
その壁は、ワイバーンのブレスを容易に防ぎ切った。
「っっ、ふう!」
……攻撃を防ぎ終わると、壁は喪失する。こいつの維持には相当の魔力が要るので、まあ当然だ。
ニンゲルの手の、防戦用魔導『グレートウォール』。……本来、個人で携行するサイズの呪唱石では使用できない、どちらかというと冒険者ではなく、軍向けの魔導。
野戦で一時的な防壁を築くために、魔導士が数人がかりで作成するような、そんな魔導だ。
自在鉱をふんだんに使い、その表面に実に四つもの大魔導の術式を展開できるよう作成された、英雄ゴードン作の呪唱石、兼盾。
練習では何度も使っていたが、実戦ではこれが初めてのお披露目だ。
「ティオ!」
……声を上げる一瞬前に、矢が連射される。
今度は、ブレス発射直後のワイバーン側が的になる番だ。そう思ってティオに声を掛けたんだが、そこは見事に先回りしてくれた。
薄い翼の皮膜を貫かれたワイバーンが三匹、地上に落下する。
上にいる残りは七匹。
「……ジェンド、下任せた! 僕は上の連中を止めとく!」
「了解!」
まだ飛んでいるワイバーンはもう散開していて、分裂投げで一掃、とはいかなそうだ。
そもそも警戒されているだろうし、この距離で素の投げを当てんのはちょいと難しい……と、
「《光板》」
こういうときのために身に着けた、空中に足場を作る魔導である。
思い切り飛び、《光板》を足場に再ジャンプ。
……それで、ワイバーン共の上を取った。
「オラ!」
投げる、一匹目のワイバーンを貫いたところで、再度《光板》で別のワイバーンのところに飛ぶ。
飛びながら引き戻した如意天槍を構え、今度は体当たり気味に二匹目にぶつかり、心臓を抉る。
二匹目が落ちる前、そいつを足場にして、手近にいた三匹目に投槍。
「おっと」
……最後の投擲の辺りで、僕は周囲を残りの四匹に囲まれた。連中はブレスの用意が整っており、包囲された状態で撃たれたら流石に当たる。
こうなったら、《光板》で飛んで上か下かに逃げ――
「『ブライトレイ』!」
と、いう思考が形になる前。
地上から空へ放たれた四つの光線が、ワイバーンを正確に穿った。
魔法を放った直後の姿勢で、シリルが小さくピースサインを送ってくる。
「……もうちょっと新人らしいかわいげはないもんか」
贅沢な悩みを、僕は自然落下する最中に呟く。
地上に落ちた連中は、ジェンドが今最後の一匹に止め刺すところだし。……飛行していることがワイバーンの大きな強みとはいえ、早いな、オイ。
折角上に飛んだので、ぐるりと周囲を見渡したところ……よし、一瞬この辺、魔物の空白地帯になった。
三十分ほどノンストップで戦っていたから、ようやく一息、といければいいんだが。
「よし、ドロップ集めるぞ! 安いのは無視しろ、そのうち誰かが拾う!」
……悲しいかな、リーガレオであっても、普段の冒険じゃ魔物のドロップ品を集めないと討伐実績として認められないし、勿論金にもならない。
これだけ頑張って一銭にもならない、なんてまっぴらゴメンだ。
うええ、という表情になったみんなをドヤしつけて、僕たちはドロップを集めにかかるのであった。




