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第百七十七話 リーガレオの教会

 翌朝。

 僕たちは、星の高鳴り亭の朝食をいただいてから、この街の教会に向けて出発していた。


「はあ、しかし。あのスープ、前にヘンリーさんが作ってくれましたけど、美味しかったですねえ」

「ああ、あれな。滋養にもいいし、二日酔いにも効く……いや、昨日は残るほど呑まなかったけどな」


 根菜のみじん切りと、パトリシアさんが育てているとあるハーブが入っているスープ。星の高鳴り亭では、二日に一回はあのスープが出るのだ。

 あの宿は食事は宿泊客向けにしか出していないが、一応名物、ということになるのだろう。


 で、確かユーの見舞いにサレス法国に行った時。ユーと飲み明かして二日酔いになったシリルのために、作って振る舞ってやったんだったな。割と懐かしい。


「俺たちゃ少し飽きがきてるけどな。まあ、なくなったらそれはそれで寂しいんだが」

「あー、僕も久し振りだったから美味いと思ってたけど、そういえばそんな感じだったなあ」


 隣を歩く冒険者のボヤきに同意する。


「ヴィンセントはどうだ?」

「私もハロルドに同意、だな」

「私は好きだけどなあ」


 と、同道しているパーティの連中が口々に言う。


 ハロルド、ヴィンセント、ルビー。今日はあの日のため、休みを取っているビアンカを含めた四人のパーティ……『スターナイツ』の面々だ。

 同じ星の高鳴り亭の宿泊客ということで、前にリーガレオにいた頃から懇意にしているパーティである。


「あ、そうだ。ルビーさん、昨日はありがとうございました。また色々教えて下さい」

「いいわよー。こんな街でも、女としてはそれなりにやりたいもんね。服とか、お菓子とか。高いけど、意外となくはないのよ」


 ……昨晩、シリルはルビーとユーと同じテーブルに引っ張り込まれ。

 まあ、随分とルビーのやつと仲良くなったらしい。


 そのまま雑談に花を咲かせる二人を見ながら、シリルもこっちで新しい友達ができてよかったと胸を撫で下ろす。


 同じく、二人――正確にはシリルの方を見て、ハロルドが苦笑した。


「しっかしヘンリーがあんな可愛い彼女捕まえるなんてな。ここ出てく時は、すげえやる気のないツラで、大丈夫かねと心配してたもんだが」

「……失礼なやつめ。いい出会いがあったのは確かだけど、なくたって溌剌と隠居生活を満喫していたさ」


 多少……多少! 燃え尽き症候群でダラけていたのは認めるが、そのまま堕落するわけないじゃないか。この僕ともあろう者が。


「まあ、結果的に情けない戦友の姿を見ることにならなくてよかった、ということにしておこう」

「おい、ヴィンセント。誰が情けないって?」

「最後にリーガレオにいた頃の自分を思い返して、同じことを言えるものなら言ってみるといい」


 ぷい、と僕は視線を逸らす。

 ……いや、違うんだよ。確かにジルベルトを倒して、冒険に行く時以外は部屋でぬぼーっといていた時期があったが、あれは違うんだ。なにが違うのかとかは聞くな。


「ええと、ヴィンセントさん? こっちにいた頃のヘンリーって一体……」

「ジェンド、だったな。なに、この男にも色々あった、というだけだ。流石に、今の仲間にあの体たらくを話すのは忍びない。聞かないでやってくれ」


 それ半分言ってるようなもんだよなあ!?


「ヘンリーさん、そう気にしなくてもいいかと。人間、色んな時期があるものです」

「……なあ、ティオさんや。なんで君、その頃の僕を知ってるような言い方なんだい?」

「? フローティアにアゲハ姉が来た時に普通に教えてもらいましたが」


 あンの馬鹿、人のことを勝手に――! つーか、そんな前からかよ!


 今日は一人で大物狙ってくる! と朝イチで突っ走ってったアゲハに、今夜の復讐を誓う。


「あー、その。ヘンリーさん? 一応、私も心の病について通り一遍くらいは知っている。誰かに相談するだけでもね……」

「……フェリス、変な気遣いはいいから」


 病んでねえし!


 ……はあ。


「おっと、ヘンリーをいじってるうちに着いたな」


 ハロルドが聞き捨てならないことを言いながら、ほれ、と前方を指差す。


「ふわぁ、おっきいですね」

「ああ。それに、警護も厳重だな」


 シリルとジェンドが感嘆する。

 ……堅牢に作られた防壁にぐるりと囲まれたその建物。二階建てで、高さはそれほどでもないが、裏の訓練場も含め敷地面積は恐らく全世界の教会の中でも最大規模。


 最前線に集う数多の冒険者たちを統括する、リーガレオのグランディス教会……の一つ。


「あれが、俺たちが所属してる七番教会だ。ヘンリーも、前いた頃はあそこ所属だった」


 その言葉に、うちのみんなが目を丸くする。


「……七番、ってことは」

「同じ規模の教会が、リーガレオにゃ全部で九つあるんだよ」

「いや、ヘンリー。お前が出てってから一つ増えた。今十番まである」


 おっと、増えてたか。

 まあ、街の人口の六割が兵士、三割が冒険者、残り一割が騎士とか普通の街の人とか……って街だもんな。僕がいた頃ですらキャパギリギリだったし、増やしてても不思議ではないか。


「ま、見た目はごついけど、中は普通の教会と大して変わらないから。行くぞー」


 そうしてみんなを連れ。

 僕たちは教会へと足を踏み入れるのであった。

















 スターナイツのみんなは早々に狩場を割り当てられて冒険に向かっていったが、僕たちは初日である今日は最初は面談である。


「ヘンリーさん、お久し振りですね」

「久し振りです、ニコルさん」


 馴染みの神官であるニコルさんを捕まえ、こればっかりは最前線でもしっかり併設されている酒場のテーブルで挨拶する。


 リーガレオでは、冒険する場所については教会が指定する。そうでもしないとみんなウマい魔物がいるところに集まってしまう。……そうするとトラブルが発生することは容易に想像できるし、魔国との戦いの一翼を担うグランディス教会の威信にも関わる。


 だけど当然、冒険者の力量に合った場所、というのが大前提だ。

 そのため、リーガレオに初めて来た冒険者は、神官に面談を受け、その実力をヒアリングされることになる。


 ……実力を過小に話して楽なところに配置してもらおうとしたり、逆に自信家が過大に申告して危険なところに行かされたりということも、なくはない。


 ただ、後者は折角の人材を失いかねないので、場合によっては訓練場で実力を計られることもある。

 冒険者物の物語でよくあるやつだ。冒険者のテストで試験官と戦って、駆け出しなのにあっけなく勝利して主人公の実力を知らしめる……みたいな。


「ヘンリーさんの実力はよく知っていますが……そのヘンリーさんから見て、今のパーティはどのくらいいけそうでしょうか?」


 しかし、うちの場合はそれは必要ない。

 十年、ここで戦ってきた僕がいるのだ。大体、どの程度いけるかは判断がつく。そして、それを誤魔化さないだろうというくらいの信頼もある。


 この質問の回答は事前に考えていたので、僕はすぐに返した。


「そうですね。実力的には一陣どころか『遠征』もいけなくはなさそうですが」


 流石に、初手遠征はハード過ぎる。僕もこっちのペースに戻したいところだし。


「一応大事を取って、一週間くらいは三陣で慣らして、徐々に上げてくってのはどうですかね?」

「妥当なところですね」


 うん、とニコルさんは頷いた。


「っと。そういえばみんな、こっち来る前に一応説明はしたけど、一陣、二陣、三陣と、遠征については大丈夫だよな?」

「はい! 微妙に自信がないので、もう一度説明してください!」


 シリルが元気よく情けないことを口にする。

 他のみんなは、顔からしてちゃんと覚えているようだが……ちっ、シリルがデザート食ってる時に説明したのは失敗だったか。


 はあ、とため息をついて、僕は説明を始めた。


「魔物は基本的にゃ魔国の方から来る。で、リーガレオの冒険者は大体三つの列を作って戦ってるんだ」


 魔国からの魔物を最初に受け止める、一番の激戦区である一陣。

 一陣を突破してきた魔物を防ぐ二陣。

 街周辺に『発生』する魔物の駆除がメインである三陣。


 んで、これに各国の軍隊と騎士団も絡んで、リーガレオを守る陣形を構築しているわけだ。


 なおこの他に、一陣の負荷を軽くするため、魔国領土に侵入して魔物を間引きする遠征組というものがある。これがエース級だ。エッゼさんとか、よくソロで行っていた。


「ありがとうございます。今度こそ覚えました。でも、三陣って具体的にどんなもんなんです?」

「口で説明するより、実際に見た方が早いけど……瘴気が濃いから、街近くでも普通に上級出てくるぞ。下級、中級もわんさかだ。たまに属性瘴気汚染が発生したりもするし」


 うん、普通に考えて超危険地帯だ。リーガレオではヌルい戦場扱いだけど。


「へっ、まあすぐに前に出るさ。頑張ろうぜ」

「ああ。多少の怪我は私が治す。無理はせず、でも強気にいこう」


 ジェンドとフェリスが強気に言うが……さてはて、街の外の様子を見ても、この気合が持つかね?


 少し楽しみにしていると、ニコルさんが口を挟んだ。


「ああ、早く前に出たいのであればその旨申請を。一陣や遠征は、いつも人手不足ですので」

「わかってますよ。……三日三晩、ろくな休憩もなく一陣で戦わされたりしてたんですから」


 ニコルさんへ、恨みがましい視線を向ける。

 前にいた頃は感覚が麻痺していたが、あれはぶっちゃけ僕たちに死ねと言っていた気がする。


「その節はお世話になりました。ヘンリーさんの活躍がなければ、命を落としていた冒険者はもっと増えていたでしょう」


 しかし、冒険者の配置を決める神官は、この程度の恨み節慣れっこなのか、涼し気な顔だ。


「幸いにして、魔導結界が機能するようになったおかげで、そこまでの強行軍はほとんどいらなくなりました。瘴気による魔導への影響除去の技術を確立したという女の子には感謝ですね」


 ……マジか。

 流石にシリルとかティオにはあれはキツいだろうから、どう回避したもんかと悩んでいたんだが……マジか。


 帰ったら、ラナちゃんの写真拝んどこう。


「……フローティアで住んでた宿の子なんですよ、それ」

「へえ! 詳しい話を……といきたいところですが、仕事も押していますので、また別の機会に」

「はい。それでニコルさん。僕たちは三陣のどの辺りで戦えば?」


 そうですね、とニコルさんが手帳をめくる。


 この七番教会が担当となっている地区は、ちゃんと教会会議で決まっている。

 リーガレオ周辺に発生する魔物の種類は無節操だが、地区ごとに傾向のようなものがないわけではない。なので、自分のところの冒険者の適性などを考慮して、引き受けるわけだ。


 ……大体、一週間単位くらいで、その傾向が変わるので、教会会議は週に一回である。マジでどうなってるのかね、この辺りの瘴気って。


「それではまあ、初日ですし。南門周辺の……この辺りをお願いします」

「わかりました」


 そうして引き受け。


 ……リーガレオでの、最初の冒険が始まるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラナちゃん……やはりネ申 仮に何かの研究のためにこの街に来たりしたら祭りが行われることでしょうねw
[一言] 最初の冒険というより駆除作業ですかね
[良い点] アゲハよ~少しは遠慮しようよw つかヘンリーの情けない話をもっとw [気になる点] あの有名なボクシングマンガみたいに 真っ白な灰になったんだろうか… [一言] さて今日の世界(敵)情勢は…
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