第百七十六話 自己紹介
星の高鳴り亭の僕の部屋。
どこかの誰かさんが根回しでもしたのか、前に滞在していた時と同じく、隣室はユーだった。ちなみに、逆隣はシリル。
こう……なにかしらの意図が隠れているとしか思えない配置だが、まあどうでもいい。先代までの安普請と違い、今代の建物はそこまで隣の部屋の音が丸聞こえ、ってわけでもないし。
そうして、部屋数を確保するため、ベッドと小さな箪笥くらいしか備えていない狭い部屋に装備とか身の回りのものを置き。
一息入れて、みんなに宿の中を案内し終える頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。
昼間、冒険に出ていた面々が宿に戻ってきて、談話室で一日の冒険を労い合う 僕のことに気付いた顔見知りの何人かが声をかけてくれたりもした。
そうしてしばらくすると、パトリシアさんが本日の夕飯の完成を告げ、わっと冒険者たちが食堂に集まった。
そこで、僕たちパーティは食堂が見渡せる場所に出る。
ふう、と一つ息をつき。僕は口を開いた。
「あー、新しい顔も何人かいるみたいなんで、一応僕も挨拶しとく。はじめまして。一年くらい前まで、この宿で世話になってたヘンリーだ。今日から改めて、新しいパーティと一緒にこの宿に滞在することになった」
目的は、顔を覚えてもらうこと。
同じ宿の者同士、こうしてお互いを知ることは大切なのだ。同じ宿の人間同士だと、臨時で組む場合とかも色々都合がつきやすいし。
そんなわけで、長期逗留する場合は、こうして初日に挨拶をするのが慣例となっている。
「これでも一応勇士で、基本は槍と魔導を使う。……まあ、結構な腕のつもりだ。これからよろしく。――あと、知ってる連中にはただいまだ! とりあえず、いなくなってる顔はないようだから安心したぞ!」
なにを偉そうに! と、野次が飛んでくる。
そのどこか好意的な声に、ちと照れ臭くなりながら、僕は一歩下がった。
代わりに、事前に決めていた順番通りに、ジェンドが前に出る。
「ええと、はじめまして。ジェンドっていいます。大剣使いで、火神一刀流を修めてます。その……上級下位くらいまでなら、なんとかソロで倒せると思います」
ジェンドが、使える技能とある程度の実力を話す。
僕の場合、勇士って肩書もあるし、そもそも僕のことを知っている面子がほとんどだから割愛したが、まあざっくりとした目安を言うのは定番だ。
「はい、私はシリルです! 魔法使いで、準備に時間はかかりますが……威力にはちょっと自信ありです!」
「自信あり、じゃわかんないなあ。具体的に、何秒かけたら、どんくらいの威力になるの?」
近くに座る冒険者の一人――僕の知り合いであるルビーが質問をする。
同じ女冒険者ということで、後から話しかけやすいように質問をしたのだろう。相変わらず、この辺気の利くやつである。
その質問に、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、シリルは元気よく答える。
「はい! 五分もらえれば最上級も倒せます!」
ざわ、とざわめきが広がった。
……うん、そうなるのもわかる。五分は確かに長いが、最上級を倒せるなんて破格の威力だ。破格すぎて、『本当なのか?』という疑いの目を向ける者もいる。
「……ヘンリー?」
「マジだ。ちょっと前、ハヌマンブッ殺したんだが、ほぼコイツの一撃で決まった」
「そ、そうなの」
ルビーの問いかけに答える。
最上級の討伐ともなると、グランディス教会に賞罰として記録される。嘘を言ってれば一発でわかるので、みんな微妙に納得はいっていないようだが、ひとまず信じることにしたようだ。
その雰囲気は、普段あまり空気の読めないシリルにもわかったのか、不敵に笑って、
「まあ、信じてもらえなくても構いません。実戦でシリルさんの実力をお見せいたしますので!」
と、ババーン、と言い切ってシリルの自己紹介は終わった。
まあ、城壁の一歩外に出たら魔物がわらわらいる環境。冒険者同士も近くで戦うことが多く、シリルの言う通り、本当かどうかは見せつけてやればいい。
次はフェリスだ。
「はじめまして。私はフェリス。ニンゲル神の信徒でもあって、魔導『ニンゲルの手』を修めています。後は、護身程度に剣術も。怪我や病気については、気軽に相談いただければと思います」
お、治癒士か。とそこかしこで声が上がった。治癒士が増えることは本当にデカイのだ。
「あ、補足します。少し縁があって知っているんですが、フェリスさんは上級治癒士以上の使い手ですよ。うちの診療所の手伝いに来て欲しいくらいです」
……そして、ルビーと同じテーブルで、ニコニコと笑って聞いていたユーが付け加えることで、何人かの目の色が変わる。
それだけの腕の治癒士がパーティにいれば、いざという時の生存率が大きく跳ね上がる。こういう反応も当然なのだが……引き抜きとか気をつけないとな。
ユーめ、余計なことを……とは思わない。どうせいずれわかることだし、治癒士の客観的な実力を説明する上で、こいつ以上の適役はそうそういないしな。
そして、トリを務めるティオが前に出る。ぴゅーぴゅー、と、従妹の登場にアゲハが囃し立てた。
「ティオです。斥候、撹乱には自信があります。野外活動も一通りできますし、それと……」
ティオが、屋内だというのに肩にかけていた鞄の中に手を入れる。
……神器も、立派なそいつの力だ。ティオの冒険者としての能力を紹介するのであれば、これは外せない。
「この神器の鞄は、『容量拡張』『不壊』付きです。……こんなエールの樽も、十や二十余裕です」
どん、と。
ティオは、僕が土産に買ってきたフローティアンエールの樽を取り出して床に置く。
ひょい、ひょい、と土産用の三樽を取り出し終え、ティオは一礼した。
――フェリスの時より更に色めき立つ冒険者たち。まあ、気持ちはよ~くわかる。僕も逆の立場だったら、どうやって仲間に勧誘しようか、それが無理でも臨時で組めないか、算段を立てていただろう。
いざという時の道具のあれこれの持ち込みも、魔物のドロップを持ち帰るにも、『容量拡張』は便利の一言なのだ。
と、まあ。一通りの紹介を終え、
「……ねえ、ヘンリー。貴方、半分引退気分で適当にやるために後方に引っ込んだのよね? 人材勧誘のためじゃないよね?」
「そうだねー」
ルビーのツッコミに、僕は明後日の方向を向いてしらばっくれる。
この中では比較的地味なジェンドも、この若さで上級をソロで倒せるのは十分に逸材である。
どうして、フローティアなんて平和な街で、これだけの面子が集まったのか。……我が事ながら不思議だ。成り行きとは恐ろしいものである。
……っと、それはそれとして。
「あー、こっちのエールの樽はお土産だ。今後ともよろしく、ってことで」
おおおおお! と、主に酒好きの男どもが声を上げる。
が、その前に、だ。
「あと! 一つだけ言っとくことがある。……何人か色目使ってたけど、そっちのフェリスはジェンドと付き合ってるからな。諦めろ!」
……あ、何人か本気で肩落としてらあ。
まあ、美人だし、スタイルもいいし、治癒士というオマケもあるし。気持ちはわかる。フローティアにいた頃も、大層モテてたしな。
「あー、それと」
……顔見知りばかりの前でやるのはいささか恥ずかしいが、しかしこれは主張しておかねばならない。
コホン、と一つ咳払いをして、僕は隣に立つシリルの肩を抱いてぐいっと引きつける。
「はえ?」
「こっちは僕のだ。ちょっかいかけたら容赦なくぶっ殺すので、よろしく」
『はあ!?』
……何人かの、親しい知り合いが素っ頓狂な声を上げる。
そういや、驚かせようと思って、恋人ができたってことは連中への手紙には書かなかったっけ。
まあ、後で話そう。
「ちょっとー、ヘンリーさん。人をモノ扱いしないでください。失礼な」
「悪い悪い」
「大体、逆じゃないです? ヘンリーさんが私のもんなのでは」
お前、ついさっき自分で言った言葉を反芻しろ。
「ちなみに! ティオはアタシの従妹だかんな! 手ぇ出そうとする男は、それなりの覚悟をもって来るように!」
と、ざわめいた連中を喝破するように、アゲハが宣言した。
……しかし、それなりの覚悟、だと? 死ぬ覚悟を決めろって意味かな?
まだ子供っぽいが、将来は美人になるであろうティオに興味を持った男はいただろうが……さてはて、この言葉を聞いてなお突貫する勇気を持つやつはいるだろうか。いないな、きっと。
……まあいい。とりあえず、エールを振る舞うことにしよう。
「パトリシアさん! ジョッキ出してもらっていいっすか!?」
「はいはい、わかってるよー」
厨房の方に声をかけると、ふよふよと宙に浮くジョッキの群れが列をなしてやって来る。
……パトリシアさんは、魔導の達人で。生活用魔導も、めっさ使いこなすのだ。ジョッキの配膳くらい余裕である。
「おっけ。ジェンド、どんどん注いでけ」
「おう」
最初の一杯は、持ってきたものとして僕らが注ぐ。
行儀よく並ぶ冒険者達に、『よろしく』とひと声かけながらジョッキを渡していくのだ。
注ぐのは僕とジェンドで、渡すのはうちの女性陣である。冒険者は野郎が多い。いくら人の女だとわかっていても、美少女に渡された方が気分いいだろう。
全員に行き渡ったのを確認し、僕たちも自分の分を注ぐ。
やや恥ずかしいが、一応この新しく参加したパーティのリーダーとして。乾杯の音頭を取ることにする。
「……さて、それじゃあ。同じ宿という縁に感謝して。互いの活躍と無事を、我らが戦神に祈って。……乾杯!」
乾杯! と。
冒険者たちの声が唱和し。
星の高鳴り亭の夜は賑やかに過ぎていくのであった。




