第百七十四話 帰還と再会
二本角を持つ馬型の魔物……バイコーンが三体、別々に突進してくる。
「フェリスは馬車の守り固めてろよ! ……ティオ、射掛けろ!」
「わかった!」
「了解」
フェリスの力強い返事。
対して、ティオの方は小さく、しかし確かな返事をして、矢を斉射。
左と、前から、僕たちの守る荷馬車に突進してきていたバイコーンは、それで足が止まった。
「ジェンド!」
「ああ、こっちは俺に任せとけ!」
……右から来ているやつは、ジェンドの担当だ。
炎を吹き上げるブレイズブレイドに、一切怯まずに突進してくるバイコーンに対し、ジェンドも合わせて突貫する。下手を打てば、バイコーンの角に貫かれてしまうが……心配は無用だろう。
ティオが射掛けたうちの一頭に向け、僕も突撃する。
「ブルゥ!」
気迫のいななき声一つ。
自分に迫ってくる人間に、バイコーンはその節くれだった角を向け、駆けてくる。
流石に馬を原型としているだけあって、大したスピードだが、
「ふっ!」
……ごく普通の片手剣サイズにしていた如意天槍を、長槍にしながらの刺突。
自分の角の方が先に届く、と考えていたであろうバイコーンが、それにあっさりと貫かれて絶命した。
横目で見ると、ジェンドも上手くやったらしく、右手のバイコーンは真っ二つになって炎上。
「『アイシクルコフィン』!」
……最後の一匹。
ティオが連続で放っていた矢で足止めされていた個体は、シリルの魔法によって氷漬けにされていた。
しばらく周囲を見渡し、追加の魔物が来ないことを確認して、一つ息をつき。魔物の襲来に気付いてから停車させていた馬車へと戻る。
「よ、みんな。お疲れー」
他のみんなも、馬車の周囲に戻っていた。手を上げて軽く労いつつ、合流する。
「ん? どうした」
快勝だったというのに、なにやらみんなの様子がおかしい。
不思議に思っていると、馬車の御者台に乗っていた今受注しているクエストの依頼主。行商人のムーアさんが、笑顔で話しかけてきた。
「いやいや。皆さんなかなかお強い。手際よく排除いただいてありがとうございます」
「そいつはどうも。あ、カウントしますね、中級中位の魔物、三体討伐で」
「はい、確かに」
単純に罫線が引いてあるだけの台帳に、僕が倒した魔物の等級と数を書き、その隣にムーアさんがサインをする。
……今回、サウスガイアからリーガレオに向かうに当たり、ついでなので護衛のクエストを受けた。
で、この辺りの護衛のクエストでは、こうして冒険者と依頼主の間で、どんな魔物をどのくらい倒したか、ちゃんと記録して同意を取る必要がある。
これによって、報酬が大きく増減するためだ。
あとで倒した、倒してないみたいな話にならないよう、余裕ができれば都度記録することが推奨されている。
……まあ、今回くらいの数ならともかく、デカイ群れに襲われたりしたら、数を正確に数えるのも大変なのだが。なお、そういう場合、命を張っている冒険者側が有利になるよう、ある程度多めにカウントするのが暗黙の了解となっている。調子に乗って数を盛りすぎると干されるが。
まあ、ともあれ。馬車にダメージがあったわけでもないので、すぐに再出発。
馬車の中だと対応が遅れる可能性があるから、僕たちは外で歩きだ。
しばらく進んでいると、なにか思い悩んでいた様子のシリルが恐る恐る話しかけてくる。
「あのー、ヘンリーさん」
「ん? どうした、シリル。怪我はしてなかったと思うけど」
そうではなくてですね、とシリルが手を振って、重々しく口を開いた。
「……リーガレオから抜けてくる魔物が減った、というお話は一体どこにいったんでしょう。これで、今日六度目の襲撃なんですが」
「うん、だから少なくなってるぞ? 一日で二桁いかなきゃ少ないほうだし、なにより上級は一度しか来てないだろ?」
上級下位のコカトリスが一匹来たっきりだ。本当にこの辺りは平和になったらしい。襲撃される場合、半分くらいは上級混じってたしなあ。
ただ、シリルの言い分も、まあ仕方がない。
早朝に出発して、今はそろそろ夕方かな、という時間。それだけの時間で、本来安全なはずの街道で六度の襲撃は、フローティア周辺じゃ考えられないしな。
「ただなあ。南大陸に近いほど、瘴気の濃度は濃くなってんだ。普通に、この辺りで発生した魔物が大半だぞ、あれ」
「……よくこんな土地で経済とか大丈夫だな」
「あんま大丈夫じゃない。割と三大国の税金がジャブジャブ注ぎ込まれてるらしい」
ジェンドのボヤきに答える。
噂でしか知らないが、そういうことらしい。まあ、この辺りの経済基盤が崩壊して、リーガレオへの支援ができなくなったりして。
……万が一にでも今の最前線を抜かれたら、もう一度押し返すことは大変に困難だ。無理と言い切ってしまってもいい。
だから、大赤字覚悟で国が金を出していても、そう不思議とは思わない。
「ま、本当に魔物は少なくなったよ。リーガレオとサウスガイア間の護衛のクエストっつーと、大体魔物の対処に追われて……大体二日近くはかかったもんだが」
ほれ、と僕は前方を指差す。
十メートルを超える高さの、頑健な城壁が見え始めていた。
比較的安全な北大陸側であっても、城壁の上には弓兵、壁の前には隊伍を組んだ兵士たちが何人も詰めている様子が、ここからでも観察できる。
「あれが……」
「ああ。最前線の街、ビフレスト地峡の砦、英雄の生まれる場所……とかなんとか言われてる、僕たちの目的地」
リーガレオ。
一年と少しぶり。
僕は、第二の故郷とも言うべき……物騒極まりない街に、帰還を果たしたのだった。
行商人のムーアさんとは、北門のところで一旦別れた。
持ち運んだ荷物の点検などで、あちらのほうが時間がかかるためだ。報酬については、魔物討伐台帳を教会に提出すれば、ムーアさんが預け入れているお金から支払われる。
この辺りでは護衛任務は非常に多いため、こうしてクエストも色々と簡略化が進んでいるのである。
そうして、冒険者の身分を示すタグを身に着けていれば、特に検査などもなくスルーされる北門へ向かい、
「……ん? お前、ヘンリーか?」
リーガレオの北門を守る門番。ベテランの緑竜騎士であり、顔見知りでもあるオリヴァーさんがいち早く僕に気付いた。
「やあ、どうもオリヴァーさん」
手を上げて挨拶をする。
「おいおい、戻ってくるって噂は聞いてたが、本当に帰ってきたのか。半分隠居して、適当にやりますわー、とか言ってなかったか」
「……言いましたかね」
そんな簡単に前言を翻す男の風上にも置けない奴がいるわけがない。そんな、まさか。
「はいはい、そうかよ。まあ、おかえりっと」
「はい、ただいまです」
「おう。あー、それと……」
? なにやら、オリヴァーさんがなにかを言いかけ、口を噤んだ。
「どうしました?」
「……いんや。なんでもない。で、そっちは新しい仲間か。リーガレオへようこそ。あっさり死なないよう、気ぃつけて冒険するんだぞ」
はい! とみんな口々に返事をする。
「ちなみに、オリヴァーさん。星の高鳴り亭の再建、もう終わったかどうかって知ってますか?」
「先週警らしてたときに見かけたが、そん時には大体完成してたぞ」
おっと、それは朗報だ。
補助金なしでどっか別のところに泊まるとか、そういう事態は避けられそうである。
「ありがとうございます。それじゃ、またどこかで」
「ああ、じゃあな。……やれやれ、ようやく、毎日毎日帰ってきたかどうか聞かれなくなるか」
……? 最後の、声が小さくて聞き取れなかった。
が、門番の職務に戻ったオリヴァーさんに再度聞くのも憚られ、僕はそのまま北門を潜る。
北門の先は、わっと騒々しい人混みが広がっていた。
露店がいくつも並び、思い思いの品々が売られている。
場所柄、武装している人間が非常に多い他は、普通の市場と大して変わらない。
「おおー、最前線の街、って聞いて、もっと殺伐とした感じを想像していましたが、結構お店とかもあるんじゃないですか」
「そりゃ、ここらへんは商業区だからな。南側は、廃墟とかフツーにあるぞ」
なぜかって、こっちのほうが安全だからだ。
二重の城壁で囲われたリーガレオは、内壁の中が一等区、外壁側の街は、魔国が攻めてくる南から遠ければ遠いほどいい土地になる。そして、北門は三大国からの補給の入り口でもあるから、この辺りはリーガレオでは例外的に商業が盛んなのだ。
「あー、なるほどー……」
「星の高鳴り亭は、南側のぽんぽん廃墟が生まれる辺りな。まあ、ラナちゃんのおかげで改善したとは聞いたが」
実際、どこまで本当か、この目で見るまで完全に信じることは難しい。
まあ、すぐに分かる。と、僕がみんなを先導して歩き始めようとしたその瞬間、
「~~っ、!?」
ぞわっ、と、背筋が凍りつくような悪寒が走った。
直感を頼りに首筋のガードを固め、
「――ょぅ、ヘンリー!」
……もしかしたら、と。街に入ってから警戒していてよかった。想像通りの声である。
なんで外より街に入ってからの方が警戒しているんだ? とか不毛なことは考えず、首を狙って放たれた手刀を掲げた腕で防ぐ。ぶっ飛べボケ! と気合を入れて前蹴りをカマすが、あっさり躱された。
「またテメェか、アゲハ!」
「おう、お馴染みのな!」
お馴染みになりたくなかったなあ! 今更だけど!
ガッツンガッツンと拳と蹴りを交わすが、お互いにクリーンヒットはない。
しかし、だ。いい加減、どっちが上かはっきりさせてやる必要がある。上下関係がわかれば、こいつもそうぽんぽん噛み付いてきたりはしな……しないといいな!
「っつーわけで、ユー! ティンクルエールだ!」
「嫌ですよ。仲間内の喧嘩でそこまでマジになるの、やめてもらえません?」
なぜか北門のすぐのところにいるユーに支援を要求するが、すげなく断ってきた。
チィ!
「そーだそーだ。あの卑怯臭い強化はやめろ。暴力反対」
「お前が言うなよ!?」
自分の奇襲は卑怯じゃないとでも言うつもりか?
……胸を張って言いそうだ。
はあ、と、いきなりの洗礼に僕は大きく、それはもう大きくため息をつく。アゲハも満足したらしく、もう襲っては来なかった。
……そうだ、こっちにいた頃はこんな感じの日常だったな。その証拠に、いきなり始まった乱闘に周囲の人間の誰も騒いでいない。冒険者同士の喧嘩などいつものことと、観戦しているのが何人かいたくらいだ。
なお、その様子にうちのパーティの面子は目を丸くしている。……まあ、すぐ慣れるだろ。
「あー、っと」
頭を掻きながら、改めてユーの方を向く。
「よう、ユー」
「はい、久し振り……でもないですが。おかえりなさい、ヘンリー」
まあ、数ヶ月前に魔将ブチ殺すために組んだしな。
それはそれとして、
「ただいま。で、早速会えた事自体はいいんだが」
「? はい、なんでしょう」
「なんでお前、都合良くこんなトコいるわけ? お前、普段は診療所に詰めてただろ」
外での戦いから帰ってきた人がすぐに駆け込めるよう。南門に入ってすぐのところに、ユー用の診療所が建てられている。僕がいた頃は、数少ない冒険の日以外は、一日の大半をそこで過ごしていたのだが。
「ああ、そのことなら。腕のいい治癒士が何人も派遣されたので、休憩する時間くらいは普通に取れるようになったんですよ」
「いやいや、前半の質問に答えろ。休憩で、偶然ここらに買い物にでも来てたのか?」
あ~~、と。ユーが視線を彷徨わせる。
クックック、とアゲハが意地悪く笑って、ユーの代わりに口を開いた。
「いや、聞けよヘンリー。ユーのやつ、お前がそろそろ帰ってくるなー、って頃になったら、毎日空き時間この辺ぶらついてたんだ。門番の人に、自分がいない間に帰ってきてないかとか聞いたりもしてな。アタシはまあ、そんなユーがおもしれーから……」
「ふン!」
隣に立つアゲハ向けて、ユーが裏拳気味の攻撃を繰り出す。
ユー程度の不意打ちなど、あっさり躱して、アゲハはぺろっと舌を出した。
「私が出迎えたいと思っていたのは、他の皆さんですよ! は、はーい、シリルさん、お久し振りです」
「はい、私もユーさんにまた会えて嬉しいです!」
わざとらしい笑顔を浮かべて、シリルの方に行くユー。なにやら手を繋いで再会を喜んでるが……相変わらず、照れ隠しが下手なやつである。
……しかし、そうまでして出迎えてくれたのはありがたく、嬉しいことだ。
普段なら全力でもってからかいにかかるところだが。
まあ、再会記念にそれは勘弁してやるかと。僕は小さく笑うのだった。




