第百七十三話 情報収集
アルヴィニア王国、四方都市の一角、サウスガイア。
ここを活動拠点とするアシュリーたちのパーティ『輝きの剣』は、今日の冒険が終わって、丁度解散、というタイミングだったようだ。
アシュリーは早めに帰ろうとしていたそうだが……まあまあ、と僕が引き止めて、グランディス教会であればどこでも併設されている酒場へと誘った。
輝きの剣の残りの二人は、アシュリーと違って冒険後の打ち上げをしていて、まだ教会に残っていた。テーブルで差し向かいに呑んでいた二人に手を上げる。
「おう! 久し振りだなヘンリー。元気でやってたか?」
「こんにちは、ヘンリー。こっちに来るとは手紙でいただいてましたが、ちょっと遅かったですね」
「ああ、久し振り。ポール、フォルテ。遅れたのはまあ、色々あってな」
ふむ、ポールとフォルテが座っているのは、四人がけのテーブル。大きなテーブルは……今は空いていない、か。
「あー、情報収集は僕がしとくから、みんなは適当に飲み食いしててくれ」
「はーい。ふっふっふ、この教会のパフェのレベルを測ってやりましょう」
「そういうことなら、俺は宿を取ってくるよ。アシュリー兄、この辺りで手頃な宿ってあるか?」
食う気満々のシリルに対し、しっかり者であるジェンドは動きがいい。アシュリーから手近な宿の場所を聞いて、『行ってくる!』と駆けていった。
「んじゃ、ちょいと失礼するぞ」
ポールとフォルテの座っているテーブルに、アシュリーとともにかける。
「すみません、エールください」
「俺はアイスティーで」
店員さんに注文をする。……で、なぜかアシュリーはノンアルコールだった。
「アシュリーは呑まないのか?」
「……家でカレンが待ってるからな。悪いが、話がついたら切り上げて帰らせてもらうぞ」
カレン……? って、聞き覚えがある。
確か、アシュリーの恋人の名前だ。彼女との結婚が決まったから、長年帰っていなかったフローティアに顔を出す決心がついたとか言っていた。
「ああ、ってことは。もう結婚したのか。おめでとう」
「おう、サンキュ」
……ふむ。あまり新婚さんを拘束するのは良くないな。
「あー、そういうことなら、とっとと話を終わらせよう」
「はいよ。まあ、大体要件はわかってるが」
ポールの言葉に一つ頷いて、僕は本題を切り出す。
「まあ、ちょいと最近のリーガレオの様子について、知ってることがあれば教えてほしいんだ。普段と違うことでも起こってたら、色々考えなきゃいけないし」
例えば……あまり愉快な想像ではないが、魔国の大攻勢でピンチ、みたいな状況の場合。手柄を稼ぐべく急いで向かうか、あるいはリスクを鑑みてしばらくこの街で待機するか。そんな判断が必要になる。
「別に教えるのは構わないけど……そうだな」
ポールが、僕に目配せをする。フォルテがそれを引き継いで口を開いた。
「別に僕たちは情報屋ってわけでもないから、そう詳しいことを教えられるわけじゃあないけど。でも、そうですね。例えば……喉が少し潤ったら、口も軽くなるかと」
……直球で要求をしてきやがった。
はあ、と僕は溜息を一つ。
「わかってるよ……次の一杯は僕の奢りだ。あまり高いやつは勘弁な?」
多分、アシュリーたちが知っている情報は、僕たちも調べればわかる範囲だろう。
しかし、その調べる手間をいくぶんか省けるので、その分の対価は必要である。まあ、酒の一杯くらいが相場だ。
「オーケーオーケー。心配しなくても、この酒場はそんな極端に高い酒はないぜ」
丁度杯を空けたポールが手を上げ、店員を呼ぶ。フォルテも急いで残っていたエールを呑み干し、二人して聞き慣れない酒を注文した。
「……お前ら、クラウロッゾって、この馬鹿高いウイスキーか、もしかして」
なんとなく気になってメニュー表で確認し……僕は顔をひきつらせた。
「ん、そうか? 二百ゼニス……本気でお高いやつなら、一杯でその十倍は取るだろ」
「いやあ、一度この酒場でこれを注文してみたかったんですよ」
二人とも悪びれねえ!
くそう、また絶妙に『まあ仕方ないか』で済む値段のやつをチョイスしやがって。
「おっと、そういうことなら俺も注文しようかな。前から気になってはいたんだ。自腹じゃあ躊躇する値段だし」
おい、新婚ンンンン!
「くっそ、好きにしろよ、もう!」
その代わり、きっちり聞くこと聞かせてもらうからな!
僕はそう釘を差して、先に運ばれてきたエールを四半分ほど呑み干すのだった。
「その様子だと、まだ後方には詳しい事情は伝わっていないようですが……ここ一、二ヶ月で、リーガレオの状況は大きく様変わりしていますよ」
運ばれてきたクラウロッゾというウイスキーを一舐めして、フォルテはそう口火を切った。
「……ラナちゃんの発明で、魔導結界が機能するようになった件だろ」
「ああ、そうそう。ちっ、惜しいことしたなあ。あん時、本気で口説いてりゃよかった」
パチン、と指を鳴らしてポールが悔しがる。まあ、あからさまな冗談のようだが。
「あの宿の子がそこまでの天才少女だったとは、ついぞ思っていませんでしたが……まあ、おかげでサウスガイア付近に魔物が抜けてくることもぐっと減って、我々の狩りも非常に安全になりました」
ビフレスト地峡という防戦に恵まれた地形にあるリーガレオ。ここで大半の魔物は撃退されるのだが、突破してくる魔物もいる。
そのため、サウスガイアのようなリーガレオに近い街では、そいつらを相手するために軍が常駐しているし、冒険者も腕利きが多数拠点にしている。危険だが、腕があればガッツリ稼げるからだ。
「儲けは減ったけど、俺も結婚してそろそろ守りに入ろうとしていたとこだしな。まあ、ありがたかった」
「貯金も十分溜まっていますしね。僕も、商売でも始めようかと考えているところです」
「そうすると、俺ぁどうしようかね。……ま、別のパーティ入るか、故郷に戻るか、ってとこかねえ」
冒険者を引退するタイミング、というのは色々だ。
それに、パーティの解散も、全員が納得して、というのは案外少ない。
円満に別れることができそうでなによりだが……話が逸れてる逸れてる。
「あー、それで? 結局、どうなってんだ?」
「ごめんごめん。それでね、今まで酷使されていた冒険者も、ちゃんと普通に休暇が取れるようになったらしいよ。魔物の夜襲も、週に一回、あるかないかくらいになったそうだし」
マジでか。ベアトリスさんに聞いた時より、状況良くなってる。
「勿論、襲ってくる魔物が減ったわけじゃないから、超危険地帯だってことは変わらないけどな。ただ、あの街を抜ける魔物が減ったっつーことは……まあ、わかるだろ?」
ポールの言う通り、説明されなくてもわかる。リーガレオを抜ける魔物が減った、ということは。あの街と後方を結ぶ街道の安全性が飛躍的に高まった、ってことだ。
「ヘンリーも知ってると思いますが、リーガレオへの嗜好品の商いは超ハイリスク、ハイリターンな商売でした。護衛の冒険者を雇って、安全を可能な限り確保して……それでも死亡率一割超」
「ああ、勿論。僕も護衛の仕事なら何度もやってる」
一応、護衛した行商人さんは一人も死なせていない!
……積荷を放棄せざるを得なかったことは、何度かあったが。
「それが今や、ほぼノーリスクで運べるようになったわけです。その分、儲けも少なくなっていますが、あそこの冒険者は金を持っていますからね。目端の利く商人はもう本腰入れて動き始めていて、中継地であるサウスガイアもより栄えるようになりました」
……まあ、金持ちは多いよな、リーガレオ。四六時中切った張ったして、装備以外はロクに使い道もない……なかったし。
で、街道が安全になったから、そいつらの財布を目当てに、色んなものを売りに行ってるってわけか。飯事情が大幅に改善されていそうで、なによりだ。
「あと、この辺りだとそんなリーガレオの噂は聞くから、最前線に向かう冒険者も増えたぞ。俺たちも、この状況がもう一年早ければ行っていたかもしれないけど……俺、結婚しちまったしなあ」
「……そっかー」
なんかみんなを散々脅したが、その状況は随分と好転しているらしい。
改めて、ラナちゃんに拝んでおく。
……いや実際、ありがたいどころの話ではない。
「まあ、概況としてはこんなものですが……もっと細かい事情を知りたいのなら、追加でもう一杯ですかね?」
と、フォルテが手帳を取り出して、身に付けている眼鏡をクイッとする。
「……情報屋じゃないんじゃなかったか?」
「本業じゃありませんが、色々な噂話とかを集めるのは趣味でして。今ならこちらのクラウロッゾ十年モノ一杯で、八英雄や有力な勇士、騎士の動向を教えてあげますが」
……普通のクラウロッゾの倍するじゃん。
でも、八英雄は勿論、有力な勇士、騎士ってなると大体知り合いだし、連中の様子は知っておきたい。
むう。
「……あー、フォルテだけな」
「勿論。そっちはフォルテ独自に集めたやつだからな。そんなのの報酬を掠め取る気はねぇよ」
「俺もだ。……あとはフォルテから聞いてくれ。俺はそろそろ家に帰る」
しっかり一杯のウイスキーを呑み干したアシュリーが立ち上がる。
「おう、お疲れ。嫁さんによろしくな」
「次の冒険は二日後。忘れないでくださいね」
「ああ。それじゃあな」
仲間と挨拶を交わし、アシュリーが去っていく。
……丁度出ていくタイミングでジェンドが戻ってきて。二言、三言立ち話をして、今度こそ帰っていった。
「ヘンリー、宿の方は上手く取れた。二部屋な」
「ああ、悪いな。……ってことで、お前も座れ座れ。注文はエールでいいか?」
雑用をしてくれたジェンドを労い、アシュリーが抜けて空いた席に座らせる。
……どうやら、女性陣の方も、盛り上がっている。シリルはパフェ食ってるし、ティオとフェリスはエールを傾けている。
であれば、こっちは男同士で盛り上がるべきだろう、うん。
「酒を入れるのはいいですが、二度手間になるので記憶が飛ぶほどは呑まないでくださいよ?」
「わかってるわかってる」
ちなみに、現在都合三杯目のエールだ。
サウスガイアに来る機会は比較的多かったので、この街のエールは結構呑んだことがある。フローティアンエールより大分重い味わいが懐かしくて、ついついペースが早くなってしまった。
うむ、今日は話を聞くのがメインの用事。そろそろ自重しよう。そうしよう。
……などと決心していたのだが。
翌日、僕は見事に二日酔いになっていた。
一応……話は全部覚えているから、セーフということにしてもらいたい。




