第百七十二話 出発
見送りの人たちが、フローティアの正門前に並ぶ。
流石に通行の邪魔になるので、いるのは本当にみんなと親しい人だけだ。
……それ自体はよくある光景なのだろうが、その面子の中に領主様が含まれることは早々ないだろう。正門を守る門番さんが、緊張した面持ちで周囲を警戒している。
ご領主様も公務があるだろうに。シリルのためにわざわざここまで足を運ぶ辺り、立派なシスコ……もとい、家族思いなお方である。
「シリル、向こうに行っても元気でやるんだよ。ヘンリーさんの言うことをよく聞くように」
「あと、あちらは治安がフローティアほど良くないと聞きます。魔物だけでなく、そういう面でも注意しなさいね。……励みなさい」
「了解です! がんばります!」
ご領主様、アステリア様の激励の言葉に、これでもかというほど元気よくシリルが返事をする。
……まあ、お気楽に見えるが、あいつなりに精一杯受け止めているのは、流石にもうわかる。
ジェンドとティオも、見送りに来た家族の人と別れの言葉を重ねている。
んで、前に装備の刷新と修行のために出立した時と同じく、僕とフェリスは手持ち無沙汰だ。
二人、雑談などしながら皆の挨拶が終わるのを待つ。
「ヘンリーさん。実際どうなんだい? リーガレオに戻る心持ちは」
「そうだなあ。またあのクソみたいな戦場に戻る憂鬱が半分、前の仲間に会えるって喜びが半分ってとこ……いや、見栄張った。割合は七:三だな」
「それはまた」
フェリスが苦笑する。
こいつらと一緒なら、どこまで通用するか。そんな期待のようなものが結構な割合を占めている……なんて、口には出さないが、なんかバレているっぽい。
「そういうフェリスはどうなんだ? 不安とかあるだろ」
「ヘンリーさんの言葉を借りれば、不安半分、高揚半分ってところかな。……まあ、実際に向こうに行ったら心が折れるかも知れないけどね」
冗談めかしてフェリスが言う。
しかし、んなこたぁないだろう。フェリスは割にタフな女である。それは他のみんなも同じで、ジェンドやティオがメゲているところは想像できない。
そして、シリルは……なんて言えばいいんだろう。
えーと、そう。リシュウの土産物屋で売ってた起き上がりこぼし? 的な。一時的に凹んでも、一晩寝れば元気一杯みたいな印象である。
……あー、でも。
「魔物との戦いはまだいいけど、飯は覚悟しとけよ。普段食えるのは種類少ないし、基本フローティアより不味いから」
食物の流通、という点で言えば、リーガレオは劣悪の一言に尽きる。
体を動かす冒険者や兵士たちのため、量だけは確保されていたが……それ以外は保存性や栄養価の高さが第一。味は二の次三の次になっているのだ。
勿論、美味い飯は士気も上がるから、嗜好品のたぐいは皆無というわけではなかったが……やっぱり金がかかる。
「そういえば、フローティアンエールを樽買いしてたね。二十樽も」
「まあ、前線の連中への土産込みだけどな。いきなり不味い酒に一気に切り替えるのは、心にクるし」
勿論、そんな数の樽を運ぶに当たっては、ティオの神器を使わせてもらっている。エールの樽一つが交換条件だ。
「勿論、日持ちするつまみ――燻製とかも買い込んである。他の連中がマズ酒呑んでる時に、美味いエールを呑む快感ったらないぞ」
「土産って言ってなかったっけ」
「三樽だけな!」
クックック、さぞかし優越感に浸れることだろう。
……調子に乗りすぎると『ヤロウをぶっ殺して酒を奪え!』みたいな蛮族思考に染まった奴らに襲われかねないが。
――いかん。僕も思考の切り替えをしなければ。フローティアもそりゃヤンチャな連中は多少いたが、リーガレオにたむろす馬鹿どもに比べれば全然おとなしい。あいつらの対処に慣れている僕が、率先して対応しなければ。具体的には拳で。
「……なにかまた妙なことを考えているようだけど。ほら、みんな挨拶終わったみたいだよ」
シリル、ジェンド、ティオが、並んでこちらにやって来る。
みんな胸を張って、誇らしげな行進だ。それぞれの家族に激励され、やる気満々って感じである。
「ヘンリー、フェリス。待たせたな」
「別にんなことないさ。なんならもう一、二時間くらい別れを惜しんできてもいいぞ」
「へっ、いらねぇよ。そのうち勇士……んで、英雄になって、凱旋する予定だからな!」
ジェンドは大言を吠えるが、こいつの言葉はどこか信じさせる力がある。
「私も、大きな目標がありますので!」
我らがフェザード王国復興を掲げるシリルも、めらめらと瞳の中に炎を宿らせて宣言した。
……でも、こいつの場合は、なんかこう、ちょっと微妙に空回りしそうな……頑張って手伝おう。
「……そもそも、アゲハ姉のように、頑張って往復すれば事足りる話では?」
そして、冷静なティオはなんの気もなくそう言った。
まあ、『一旗揚げるまで帰らない』、なーんて気負いすぎてもいけない。そのくらいの気持ちの方がいいだろう。……でも、アゲハの馬鹿みたいに、走って往復はしないからな?
「よぅし」
三人の言葉に僕は頷いて、くるりと踵を返す。
「行くぞー!」
「おう。……さらばフローティア、麗しの故郷よ、ってか」
ジェンドがわざと気障ったらしい台詞を吐き、
「いってきまーす!」
シリルがぶんぶんと見送りの人たちに手を振りながら歩き始め。
「シリル、後ろを見ながら歩くのは危ないよ」
そんなシリルを、フェリスが嗜める。
ティオは……あ、一人でさっさと行ってやがる。
「はあ。ま、いつも通り、だな」
僕は一つため息をついて、頭をかき。
……そうしてフローティアを発つのであった。
フローティアから走ってノーザンティアへ。
あらかじめ予約してあったため、特に待つこともなく転移門で王都へ。
フェリスのリクエストに応えて、王都の光景をいくつか写真に収め……もう一度転移門。
もう何度か通った道筋だから、みんな手慣れたものである。
「おおー、いつもながら、初めて来る街を見るのは楽しいですねえ」
フローティアを発って四日後。
僕たちはアルヴィニア王国は四方都市の一つ、サウスガイアへと降り立っていた。
高台にある転移の駅から出て、シリルは早速街の風景にはしゃいでいる。この街は元は丘で、中央の標高が高くなっているのだ。転移の駅はほぼ街の中心にあるから、四方を見渡せる。
「……? あれ。どうも南の街区だけ、街並みが新しいですね。城壁も南側だけ最近建て替えられたような」
観察力の高いティオが早速気付き、疑問を口にした。
少しだけ苦い思い出がよぎったが……まあ今更だ。
「十年前……もう十一年前か。そん時の魔国の軍勢はこの辺りまで来てな。当時、なんとかサウスガイアからリーガレオまでは押し返せたんだけど……侵攻してきた南の方は大きな被害があったんだよ」
よく覚えている。
なにせ、フェザード王国が滅ぼされて、逃げて逃げて……サウスガイアが襲われた時、僕はこの街で保護されていたのだ。
……我ながら、魔国の攻勢から逃げ出して北大陸と南大陸を結ぶビフレスト地峡を踏破し、こんな大きな街まで逃げ込めたのは運が良かった。体力もよくもったもんだ。
そこから、どこかの孤児院に入るなり、元准騎士の経歴を生かして騎士を目指すなりの道はあったが……結局、復讐心に囚われ、悠長にしていられず。いち早く魔物と戦える立場である冒険者を志したわけだが。
……まあ、その辺の諸々の整理もとっくについている。
ふう、と息を一つ整えて暗い思い出を振り払い、
「さて、と。んじゃ、道中話したとおり、グランディス教会行くぞ」
「おう。折角来たんだから、アシュリー兄たちに会うんだよな」
ジェンドの兄弟子がリーダーをしており、一時期フローティアに滞在していた冒険者パーティ『輝きの剣』。
サウスガイアは輝きの剣の活動拠点であり……リーガレオに近い街に住む彼らに、最近の最前線の情報を仕入れようと、こういうプランである。近々そちらに行くから、都合がつけば会おうと、手紙も送っている。
まあ、具体的な日程を決めてたわけじゃないから空振る可能性もあるが、会えたらラッキーだ。
「確か、拠点は西教会だったよな」
「ああ。……教会、四つもあるんだよな、この街」
「リーガレオから近くて、魔物もめちゃくちゃ出るからなあ。軍や騎士団も常駐してるけど、フットワークが軽い冒険者はそれはそれで仕事がある。リーガレオとここを往復する行商人の護衛とかな」
僕もリーガレオ時代は、たまに向こう発のやつを受けていた。その時の窓口は大抵南教会だったから、アシュリーたちと遭遇する機会はなかったが。
雑談を交わしながら、サウスガイアの街並みを歩く。
「どうも、アルヴィニア王国の建築様式とは違うようだね。ジェンドはどう見る?」
「ああ。どっちかっつーと、南大陸の方で好まれる感じだな。……そりゃそうか。魔国と戦争前は、ここが大きな貿易拠点だったもんな」
後ろを歩くフェリスとジェンドが、なんか頭の良さそうな会話をする。
それに比べ、
「あ、ヘンリーさん! クレープ売ってますよ。奢ってください!」
こっちはこれである。
……まあ、昼もだいぶ過ぎている。小腹が空いたといえば空いたか。
「僕の分も買ってきてくれ。プレーンな。……どうせだ、みんなも食うか?」
「あ、いいんですか?」
「遠慮するな、ティオ。好きなの頼め。ジェンドとフェリスも」
「あー、そういうことなら……」
全員の注文を聞き、シリルに代金を手渡す。
「行け、シリル。クレープ購入の任務を果たせ」
「了解でーっす」
ちょいとおどけて言うと、るんるん、とシリルが買いに走った。
人気店らしく少し待ったが、その分クレープの味は上等で、満足のいくものだった。
人心地ついたところで、再び西教会に向けて歩き始める。
……しかし、妙に活気がある気がするな。リーガレオ時代にたまにこちらに来た時は、ここまで賑やかじゃなかった気がするが。
と、少し疑問に思いながら進むと、いくらもしないうちに西教会に到着する。
場所は知っていたが、来るのは初めてだ。
何人もの冒険者が頻繁に出入りしており、入り口は開放されっぱなし。
何気なくそれを見ていると……偶然にも、丁度見覚えのある連中が出てくるところだった。
「アシュリー兄!」
「ん……お!」
ジェンドが声を上げ、今まさに教会から出てきたアシュリーの方もそれに気付く。
さて、と。
リーガレオに向かう前に、色々と直近の状況を聞かせてもらって。
……まあ、今晩は再会記念に一杯呑むとしようか。
本日2/25、セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい 書籍版二巻発売です!
よろしくお願いいたします。




