第百七十一話 別れの写真
ゆっくりとカイセイの街が遠ざかっていくのを、帰りの船上から眺める。
五泊六日に渡るリシュウ旅行の日程はつつがなく終了した。
初日の温泉――特に夫婦湯の一件――が特に印象に残っているが、それ以外にも色々と名所を巡った。
なにせ、リシュウは島国で国土が狭い。僕が本気で走れば、一日で国の端まで到達できるくらいの広さだ。
……まあ流石に、そこまでしたわけではないが。カイセイの街から数時間くらいで行き来できる範囲の街を色々と回って観光してきた。
国技だというスモウや、こちら独特の趣のあるカブキとかいう劇を鑑賞したり。
各地の郷土料理を味わい、ついでに地酒の類をお土産に購入したり。
丁度一月後に実施されるというリシュウ最大の武術大会――天覧武闘会の予選を見たり。
最後のはジェンドが参加したそうだったが、もし予選を突破して本戦に出場するとまたリーガレオ行きが遅れてしまうし……僕たちみたいな魔物相手を想定して訓練している人間と、人間を相手にすることを専門とする連中じゃ、ちょいと分が悪すぎる。
予選の試合を見る限り、純粋な実力であれば僕やジェンドは本戦に行けそうな感じだったが、実際にやったら人相手の手練手管の差で、勝ち抜ける確率はよくて五分五分ってトコだっただろう。
まあ、そんなあれこれがあったリシュウの国。
もう訪れることはないかも知れないので、最後にその景色を写すために、『それ』を取り出す。
光写機。本物と見紛うような絵――写真を撮るための機械。
「その光写機買うの、最後まで悩んでましたけど。結局、おいくらだったんです?」
「値段を思い出すと後悔しそうだから言いたくない」
シリルのツッコミに、僕はあえて思い返さないよう記憶に蓋をする。リシュウの、あまり大きくないグランディス教会だと、貯金下ろすのに随分待たされた……くらいだ。
しかし、その分良いものが買えた。
光写機の製造に関しては評価の高い、リシュウはカスミ工房の新作モデル。
『誰でも手軽に写真を楽しめるように』をコンセプトにした商品らしく、従来品に比べて操作は格段に簡単になっているそうだ。実際、ややぶきっちょな僕でも、一時間ほどお店の人の講習を受けて問題なく扱えるようになった。
その分、細かい調整はできないので、本当にこだわる人向けではないとのことだが。
まあ、コンセプト通りのつくりということだろう。……この値付けで『誰でも手軽に』とはどういう了見だコノヤロウ、と思いはしたが。
「記念すべき一枚目。現像が楽しみですねえ」
「……はいはい」
勿論、僕の光写機実践第一号は、隣でふふんと無意味に胸を張っているシリルである。
その後、仲間みんなの集合写真を撮って、後は旅館とカイセイの街を何枚か。そして今、船の上から一枚、パシャリ……と。
「ええと、何枚撮りなんでしたっけ」
「十二枚。これで七枚目」
光写機は、工学と魔導学が組み合わさってできている。
映像を記録するための感光魔石は、今十二枚撮りが定番らしい……というのも、光写機を購入した時に店の人に教えてもらった。
「しかし、なんでまた急に光写機なんて買ったんです? ヘンリーさん、そういうの好きでしたっけ」
「……リーガレオじゃ別の写真マニアが撮りまくってたから、自分でやろうと思わなかったけど」
でも。いざ今の段になるとだ。
「フローティアのこと、色々記録しときたくてな。……意外と、リーガレオの写真も結構見返してたんだぞ、僕」
割と女々しい思いつきな気もするが。
しかし、一年ほどとはいえ、あの街には色々と思い出ができた。その風景を残したい……と思ったのは紛れもない本音である。
「そうですねー。いいことだと思いますよ。あ、感光魔石代は持ちますから、私の友達の写真とかもお願いしていーです?」
「いいけど。あー、そうするとジェンドとかティオも……って考えると、僕は何枚撮ることになるんだ?」
フェリスはまだフローティアの知り合いは少なかろうが、あの二人は生粋のフローティアっ子である。
リーガレオへ発つまでの僅かな期間で、随分忙しくなりそうだ。
「はあ」
ふとため息が漏れる。
まあそれほどに使うのだから、高い金を出した甲斐があると思うことにしよう……
「お父さん! ほら、笑って、笑って。折角お写真撮ってもらうのに、いつもの無愛想は駄目!」
「わ、わかった」
ラナちゃんに言われ、ノルドさんがぎこちない笑顔を作る。
相変わらず似合っていないが、娘のラナちゃんは『これでよし』と頷いているし、妻であるリンダさんも気にしていない。
……そして、唯一、リンダさんに抱かれている息子のランドくんだけが、父のその顔を見てひっくり返ったように泣き出した。最近はつかまり立ちを覚え、宿の息子らしく人見知りをしない赤ちゃんなのだが。
「あーらら。ランドー、お父ちゃんだよー、怖くないよー」
と、リンダさんがあやしても、まったく泣き止む気配がない。
「むう」
ふと、ノルドさんが表情を戻すと、ピタリと泣き止んだ。
……その場に、微妙な空気が流れる。
「あ、あの。別にそんな緊張するものでもないし。ちょっと僕が写真残しておきたいだけなんで。普通でいいですよ、普通で」
まず、なにくれとお世話になった熊の酒樽亭の皆さんの写真を撮らせて欲しい。
そう頼んだところ、なにを勘違いされたのか、きっちりとした礼服まで着込んで宿の一家が並んでしまったのだ。
「そうですか?」
「そうそう。それじゃあ、撮りまーす」
光写機のレンズを覗き込み、大黒柱のノルドさんを中心とした一家を範囲に納め、スイッチを押す。
しゃーこ、ともう慣れつつある動作音が光写機から聞こえて、パシャリと撮影を知らせる音が鳴る。
……最前線の知り合いが使ってたやつや、フローティア旅行に来ていたアイリーン王女が使っていた光写機は、もっと色々な調整が必要だったが、コイツはピントを合わせるだけでいい。
技術の進歩ってすげえんだなあ、と感心しながら、折角だし店内の様子も撮っていく。
「……あ、そうだ。ラナちゃん、一人で撮らせてくれない?」
「はい? まあいいですけど、またなんで?」
「いや多分。例の瘴気除去の件で、リーガレオの連中、ラナちゃんのことすげー持ち上げてるはずだから。きっと欲しがるやついると思うんだよね」
僕がまだ最前線にいたらぜってー欲しがる。
「うう……なんか複雑ですが。……あのー、変なことには使わないですよね?」
……いや、使わないよ、多分。言っちゃ悪いがまだ子供で、しかも服もちゃんと着ている少女の写真一つくらいで……と、断言できればいいのだが、世の中には色んな人がいるからなあ。
艶本に載るようなグラマラスな女性より、子供っぽい方が好きな……いや、勿論僕は違うが。
「…………」
あの、ノルドさん? 無言で厨房に行かないでくれます? そっちにはその、麺棒とか包丁とか、凶器になりそうなものがありますよね?
「だ、大丈夫! やっぱり、焼き増しして渡したりしないようにするから!」
『使う』やつの発生の可能性を否定しきれず、僕はそう断言した。
のそ、とノルドさんも厨房から戻ってくる。
「じゃ、じゃあどうぞ」
そうして、無事ラナちゃんピンの写真を撮ることに成功し。
……僕は次へ行くのだった。
フローティアのグランディス教会の外観。中でダベってた冒険者仲間や懇意にしていた職員の人たち。トーマスさんを始めたとした、交流のあった街の人達。
まだまだ光写機は高級品で、写真というものはあまり身近でなく。
焼き増しもして渡すことを確約すれば、物珍しさもあって、みんな快く写真を撮ることを許可してくれた。
その後は、仲間のリクエストに応えていった。
ジェンドとティオは、家族の写真と友人との集合写真を希望。……僕も経験があるが、こういうのは結構、いざという時の励みになる。死んだ仲間が、写真の中だけ生き生きとした表情をしていて――やめとこう、辛気臭い。
フェリスは、できれば王都の、自分の旧家などを撮って欲しい、と言ってきた。まあどうせ、リーガレオに行くためにノーザンティア、王都、サウスガイアと転移門を乗り継ぎするので、そのくらいの時間はあるだろう。
んで、シリルの希望……は、当然のことながら領主館の皆様だ。
いや、兵士の人や使用人の人たちなら問題ないが、流石にご領主様夫妻を撮影する時は緊張した。
「ふう」
今、僕の手の中には、写真の入った封筒がいくつもある。
フローティアに、光写機の現像ができるお店は二つだけ。溜まった撮影済みの感光魔石はちょっとした量で、分散して現像を頼んだ。
近場の喫茶店に入り、何枚かを取り出して見てみる。
「おおー」
ちょっと、感動。
今まで見たことのある写真より、ややボヤけている感はあるが、それでも僕が光写機越しに覗いていた風景が鮮明に映し出されている。
特に、フローティアの外にまで出て撮った街の全景の写真はなかなかのものだ。
今まで何度も冒険した、霊峰アルトヒルンを背景に。街の隣に鎮座するルカン湖の輝きと、もう春の花の色づいたフローティアの街。
なかなか……いや、かなり良くなくない? もしや僕には隠れた写真の才能があったのかもしれん。
それに、こいつを持っていれば、リーガレオに戻ってもいつでもこの街のことを思い返すことができる。
「ふう」
うむ、結局たった一年……修行期間とか入れればもっと少ない時間しか過ごしていなかったが、僕的にはここが第三の故郷的な、そんな感じの街だ。
こいつは大事にすることにしよう。
「もうすぐ、かあ」
ふと口をつく。
リシュウから戻ってきて、写真を撮るのに奔走し……気がつけば、出立の日は三日後に迫っていた。
正直、後ろ髪を引かれる気持ちはなくはないが、
「お、いたいた、ヘンリー。写真上手くできてたか?」
「ヘンリーさん、ヘンリーさん。私は可愛く撮れていました?」
「やあ、待たせたかな」
「こんにちは」
ジェンドを先頭に、シリル、フェリス、ティオがやって来る。
いち早く写真を見せるため、この喫茶店で待ち合わせをしていたのだ。
近付いてくる仲間たちの顔を順繰りに見る。
「……まあ、頑張るかね」
嘆息し。そうして、僕は仲間たちを迎え入れた。
予想以上に長くなりましたが、第十三章はこれにて終了です。




