第十七話 熊の酒樽亭の一日
熊の酒樽亭。
ランチタイムでごった返す店内を見渡しながら、僕は注文したものが来るのを待っていた。
昨日はグリフォンの群生地でかなり頑張ったので、自分へのご褒美に昼間っからエールをかっ喰らっていたりする。
そうして待っていると、ラナちゃんがててて、とお盆を持ってやって来た。
「ヘンリーさん、おまちどうさま! 今日のランチの、おかずだけね」
「お、来た来た」
「残りの料理は時間かかるから。ポテトはちょっとオマケしといたよ」
「ありがとう。ま、のんびりやってるよ」
熊の酒樽亭は昼間から呑む事もできるが、普通にランチタイムは食事客の方が多い。なんで、普通のツマミは出てくるのに時間が掛かるが、そこは日替わりランチのおかずだけをいただくことで解決するのがこの店の使い方ってもんだ。
今日のランチは名物である腸詰めとフライドポテト、サラダにスープ。本来はこれにパンかライスが付く。
うん、旨そうだ。
「お、っとあち、あち」
メインの腸詰めは、いつも通りに美味い。こいつとエールの出会いは奇跡と言っても良い。
他の料理もつまんでいく。
酸っぱ旨いドレッシングのかかったサラダに、カリカリに揚げられたポテト。自然、エールも進み、二杯目をお代わりしたころでスープを飲んで一休み。
「ヘンリーさん。チキンステーキ持ってきたよ」
「おう。あ、後モツの煮込み。それと、リシュウのセイシュを入荷したって言ってたろ? あれ、熱燗でくれ」
「……毎度ながら、良く食べるし、呑むね」
「冒険者はみんな健啖家だろ?」
「いや、ヘンリーさんはちょっと多過ぎ。まあ、うちの売上に貢献してくれるならありがたいけどねー」
商売人の娘らしいことを漏らして、ラナちゃんが注文を伝えに厨房に向かう。
……さて、チキンステーキも、冷める前にいただくとするか。
「こんにちは。……あ」
聞き覚えのある声に、熊の酒樽亭の入り口に目を向けてみると、シリルとティオが連れ立って来店していた。
入り口近くのテーブルに陣取っている僕を見つけ、こちらにやって来る。
「あれ、ヘンリーさん。昼間っから呑んでるんですか」
「ああ。シリルもやるか?」
「いえいえ、私は結構です」
当然のように相席してきたシリルを誘ってみるが、つれなく断られた。
「……別に、休日だからいいですけど。あまりだらしない姿は見せないでくださいね。私達のパーティの評判が悪くなります」
「大丈夫だって。冒険者に酒はつきものなんだから」
ティオに注意されるが、我らがグランディス神もお酒は大好きなのだ。戦の後の宴会では、樽単位で呑み干すという伝承がある。つまり、その神の信徒である冒険者が酒を好んでも、なにも憚る必要はない。
「あ、ティオ。それに、シリルさん、いらっしゃい」
僕がここに泊まっている関係で、シリルも何度かラナちゃんとは顔を合わせており、今では年の離れた友達のようになっていた。
「こんにちは。私は日替わりランチを、パンで。ティオちゃんは?」
「私も、同じで」
「はい。それでは、少々お待ち下さい」
ラナちゃんが厨房に向かう。
「今日は二人はどうして一緒なんだ?」
「はい、昨日の討伐のお金で懐が暖かいので、ティオちゃんと一緒に服を買う約束をしたんです。買い物に行く前に、腹ごしらえをしておこうかと」
あー、そういうことね。まあ、メンバー間の仲が良いのは何よりである。パーティが解散する理由って、一番が金の問題で次が人間関係なのだからして。
「……私は別にいいって言ったのに、シリルさんがどうしてもって」
「折角可愛いんだから、お洒落はしないといけませんよー。ふふ、フローティアのファッションリーダーと名高いこのシリルさんにお任せあれ。バッチリコーディネートをしてあげます」
シリルがファッションリーダーかどうかは知らんが、確かに私服のセンスは良い気がする。
しかし、なるほど。
「コーディネートはこうでねえと、って感じか」
バシン、と僕の背中がシリルに叩かれる。
「オヤジギャグはやめてくれます?」
「はいはい」
いいじゃん、別に。
食事を終えた後も、腹がこなれるまで休憩するらしく、シリルたちは残っていた。
僕も、大分呑んだし食べたし、水をもらいながら酔い醒まし中である。
「はい、桃の果実水です」
「ラナちゃん、ありがとー」
シリルが注文していた果実水が届いた。
「あ、そうだ。ラナちゃん。私とティオちゃん、これから服買いに行くんだけど、ラナちゃんもどう? お仕事落ち着くまで待ってるよ」
「え? えーと、その。お誘いは嬉しいですけど」
うーん、うーん、とラナちゃんは悩んでいる。
いつもの通りなら、ランチタイムが落ち着くと、お手伝いの人たちは一旦帰る。そして、夜にまた別の人達が来るまで、ラナちゃんが一人でフロアを任されているのだ。
「ラナ、いいよ、行ってきな。フロアはアタシが引き受けといてやるから」
と、隣のテーブルを片付けていた恰幅のいいおばさんが言った。
「え、と。でも」
「はいはい、ノルドのやつにも、アタシから伝えといてやるから。でも、もうちょっと落ち着くまではちゃんと働いてもらうからね」
「あ、はい! ウェンディさん、ありがとうございます」
ぺこり、とラナちゃんはウェンディさんとやらに頭を下げ、シリルに向き直る。
「あの、シリルさん。それでは、ご迷惑かもしれませんが、ご一緒させていただきます」
「はい。楽しみにしています」
嬉しそうに仕事に戻るラナちゃんに、シリルは手を振り、果実水を飲み始めた。
「いや、ラナちゃん偉いですねえ。あんなに頑張ってて。でも、たまには羽を伸ばさないとです」
「そうだな。ちなみに、趣味は勉強って言ってて、正直ここに泊まって長い僕でも、いつ休んでいるのかよくわからん」
「はへー」
シリルは感嘆する。お前、勉強とか苦手そうだもんな。
「……ラナは昔から頭が良かったです。近所の幼年学校に一緒に通ってましたけど、試験じゃいつも満点で」
ああ、確かに、この店の近くに学校あったな。
アルヴィニア王国では、割と安い値段で、読み書きや算術、歴史や法なんかを教えてくれる国営の幼年学校が、大体の街にある。特に理由がなければ、十歳前後まではそこで教育を受けるというのが、この国の慣習だった。
ラナちゃんは行く気ないって言ってたけど、更に上の学校も、国のお金が入っているため学費は安い。
「ラナだったら奨学金もらうのも簡単だから、高等学校か、いっそもっと大きな街の大学校受けたら、って、先生も勧めていました」
「……大学校?」
「はい」
最高学府じゃねぇか。当時、まだ十歳くらいなんだよな。その年で勧められるなんて、どんだけ頭がいいんだ。
「ふっふっふ、いくら頭が良くても、今日は私が、とことん飾り付けてあげますからね。ティオちゃんも一緒に、私の手で美しくなるといいです」
「お前、変なテンション入ってんな」
手をワキワキさせるな。なんか変態っぽいぞ。
「ったく。僕はそろそろ部屋に戻るぞ」
「あ、それなら、私達も行きましょう。食べ終わったのに、いつまでも席を占領するのはよくありませんから」
「そうですね」
まあ別に、断る理由もないので、二人を部屋に案内した。
「あ、意外と片付いていますね」
「そりゃ、ここは宿だからな。ラナちゃんがいつも掃除してくれる。洗濯も任せてるから、頭が上がらんよ」
アパルトマンなんか諦めて、もうここに住むってことでいいんじゃないかな、と思い始めている今日このごろである。
「しかし、ヘンリーさん、この街に来てもう結構経ちますよね。荷物少なくないです?」
「ええい、まじまじと見るんじゃない」
特に見られて困るようなものはないが、なんか恥ずかしいだろうが。
「冒険者やり始めてから、ずっと宿暮らしだからな。あんま荷物は増やさないんだよ」
冒険のための装備以外は、服と下着が数着。細々とした日用品。後は、数冊の、今まで学んだことを書き留めたノートと光写機で撮った写真が何枚か。
あ、そうだ。
「ティオ、ちょいちょい」
「? なんでしょう」
「ほれ、これ。アゲハと一緒に撮った写真だ」
そうそう、ティオの従姉、八英雄の一人、アゲハのやつと撮った写真もあった。当時、アゲハと僕含め、しばらく固定で組んでたパーティのお別れ会の写真だ。メンバーが寿引退した、円満解散だった。
「……本当にアゲハ姉と知り合いだったんですね」
「嘘ついてどうするよ」
まあ、有名人の知り合いを騙るのは、よくある話か。
「ふーん、結構写真撮ってますね。光写機、高いのに」
「好きものがいてな。とにかく、色んな写真撮りまくるやつだ。被写体には、焼き増ししてくれる」
あいつも元気かねえ。
「それにしても、どれもこれも、ヘンリーさん目付き悪くありません?」
「……写真写りが悪いんだよ」
ここら辺の写真撮った時期は、僕すげぇ荒れてたからな。別に後悔しているわけではないが、もうちょっと気楽に生きててもよかった。……まあ、今だから言えることか、これは。
おかげで、目的も達成できたし、今は結構楽しくやってる。だからいいのだ。
「ふあ……あー、居座るのは良いが、僕酒がいい感じに回って眠いから、寝るぞ。出かける時は勝手に出ていってくれりゃいいから」
「あの、鍵は?」
「ラナちゃん、マスターキー持ってるから、それで締めといてくれ。んじゃ、おやすみー」
横になる。
昨日の冒険疲れが残っていることもあり、僕の意識はあっさりと落ちた。




