第百六十三話 リシュウ行き
「えー、みんなに残念なお知らせがある」
僕たちパーティの定例ミーティング。グランディス教会に併設された酒場で週一で実施しているその場で、僕は開口一番そう宣言した。
「? どーしたんです、ヘンリーさん。なにか失敗でもしたんですか? 元気だしてください」
「困りごとなら力になるぜ」
シリルとジェンドがそう言い、ティオとフェリスもうんうんと頷いてくれる。
その気持ちは実にありがたいが、そういった話ではないんだな、これが。
「あー、実は、だ」
僕は一枚の封筒を取り出す。封筒に書いてある差出人の名前を見て、シリルがあっ、と声を上げる。
「ユーさんからの手紙じゃないですか。……って、ヘンリーさん。もしかして、またなにかヘンな喧嘩でも?」
「いや、喧嘩なんて別にしてない」
シリルの勘違いを訂正して、僕は既に封を切った封筒から便箋を取り出す。
「えー、ユーからの情報によるとだ。僕たちがリーガレオで拠点にする予定だった『星の高鳴り亭』だが……なんと四度目の全壊を迎えて、現在再建中らしい」
僕がリーガレオ時代に拠点にしていて、勝手がわかってるし知り合いも多いので、こいつらと行く時も泊まらせてもらおうと思っていた星の高鳴り亭。
リーガレオの二重城壁の、内壁と外壁の間にあるその宿が、魔物の侵攻のせいでぶっ壊れたそうだ。
……うん、まあ。よくあるといえばよくある話で、リーガレオの住民も慣れているから再建も早い。早い、のだが。
「それで、なんでもラナちゃんの例の発明のおかげで魔物が入ってくることが少なくなったから。ちょっと気合い入れて、ちゃんと作り直すそうなんだ。二ヶ月くらいかけて」
なお、魔導結界強化前の、最後の犠牲者……犠牲建物らしい。
「宿建てるのに二ヶ月も随分早い気がするけど……気合い入れてそれって、普段はどのくらいで作っているんだい」
「えーと、今回壊された四代目星の高鳴り亭は、確か作るのに二週間くらいだった。僕も手伝ったんだぞ」
フェリスの質問に答えると、みんな目を丸くする。
建物の破壊、再建のサイクルの早いリーガレオでは、その手の仕事のスピードは猛烈に早い。小さな家屋なら大体三日で建つ。
食料供給はか細いリーガレオだが、材木は植物系の魔物をぶっ殺せばなんぼでも手に入ったので、常に備蓄があるのだ。
……まあ、これからはそういった機会も少なくなるだろう。ラナ様様である。熊の酒樽亭の方に向けて拝んどこう。
「他の宿は使えないんですか?」
「あー、それがなあ。リーガレオって、冒険者居着かせるために宿代の補助制度があるんだが……別の宿に移ろうとすると、手続き面倒臭いんだ」
あの街はアルヴィニア王国、サレス法国、ヴァルサルディ帝国の共同統治。規則を統一する上でこう、各国間で喧々囂々としたやり合いがあったらしく、様々な手続きが滅茶苦茶複雑化している。
適用する機会の多いものから順次効率化を進めているらしいが、宿の移動は下手したら二、三週間コースだ。
「とりあえず、そんなわけでだ。そこまで無理して急ぐわけでもないし、リーガレオ行きは延期ってことでどうだ」
本当は、来週には発つ予定だったんだけどな。
「うーん、俺はいいよ。アルトヒルンの上層も結構いい狩場だしな」
「私も構わないよ」
「……来週にはいなくなるからって、私昨日、友達と涙のお別れパーティーしたんですけどー」
三人は異論ないようだ。
シリル? こいつのお別れパーティーは、聞くだけでこれで五度目だから、もう二、三回くらいやっても変わらんだろ。
「ティオはどうだ? 悩んでる様子だけど」
「……うーん、いえ、延期はいいんです。ただ、その。それならですね」
ぽりぽり、と頬をかいて、ティオが口を開く。
「その、私。リシュウの本家の方に挨拶に行きたいんですけど、いいでしょうか? 時間がないので諦めていましたが、あちらにもお世話になった人が多くて」
僕たちは顔を見合わせ。
ティオに詳しい話を聞くのだった。
リシュウ。
大陸とは海で隔てられ、独自の文化が育った島国である。
アゲハやティオの祖父の出身地でもあり……ティオの家は、リシュウにある本家を通じて向こうの様々な品を仕入れて、アルヴィニア王国で商っているのだ。
そしてティオは、冒険者になる前はそのサギリ本家によく顔を出しており……向こうの人に、子供の頃から大変可愛がってもらっていたらしい。
「それじゃあ、ヘンリーさん。皆さん。いつもの冒険でもお世話になっていますが……この旅でも、ティオのことよろしくお願いします」
「はい」
フローティア伯爵領にある港町シースアルゴの波止場。
リシュウに向かうにあたって見送りに来たティオの父親、シモンさんの言葉に僕は頷いた。
ティオがリシュウの本家に挨拶に行くと言った後。
……少し悩んだが、折角なので僕もティオに付いていくことにしたのだ。リシュウに行く機会なんて、もうないかもしれないし。
他のみんなも興味があったのか、結局全員同行することになった。
前にサレス法国にユーの見舞いに行った時といい、割とうちのパーティの面々は好奇心旺盛である。
「ふっふー、船旅楽しみですねー」
「シリル、あまりはしゃぎすぎないようにね。船から落っこちたら大変だよ」
浮かれているシリルに、フェリスが注意をする。
「フェリスさん、ご心配なく! 去年の夏は、体力作りのために泳ぎまくりましたからね! マーメイドシリルさんは溺れたりしませんよー」
「……いや、まだまだ水も冷たい時期だし、普通に死ぬから」
自信満々の様子のシリルに、フェリスが肩を落として忠告する。
……まあ、仮に本当に落ちたとしたら、僕が助けに行くけどね。
「おっと。うちの船が見えてきました」
シモンさんが水平線辺りに見えてきた船を見て、声を上げる。
今日は丁度、諸々の商品を積んだサギリ商会の船がシースアルゴに到着する日なのだ。シモンさんがティオの見送りに来たのも、仕事のついでである。
「では、私はこれで……っとと。ああ、そうだ。ヘンリーさん。一つお願いしたいことがあるんでした」
「? なんですか」
リシュウ行きに当たって色々と便宜を図ってもらったから、引き受けるのは全然いいが。
「その、アゲハちゃんに最近会ったんでしょう? 本家にいるうちの姉さんに、アゲハちゃんのことを話してあげてくれませんか。知っての通り、アゲハちゃん筆不精で、姉さんも近況を知りたがっていまして」
「はあ……別にいいですけど。アゲハとシモンさんのお姉さんって、仲良かったんですか?」
「アゲハちゃんにとっては、姉が母です。……本家の従兄と結婚したんですよ、姉さん」
って、ああ。
確かに考えてみれば、ティオの祖父がサギリ家出身で、孫のティオとアゲハが従姉妹同士ってちょっとおかしい。そういうことだったのか。
「ティオも、本家のみんなによろしく伝えておいてくれ。最近、ちょっと仕事が忙しくて顔を出せてないけど、折を見て伺うって」
「わかりました、お父さん」
それでは、とシモンさんは会釈して、別の波止場に向かっていった。客船と貨物船では、発着するところが違うのだ。
「さーて、それでは! 船に乗り込みましょう~!」
「はいはい、そんなに慌てんなって」
シリルがうおー! と手を上げて、停泊している客船に乗り込みに向かう。ったく、と僕たちは呆れながら、歩いてシリルを追った。
「……しかし、料金割と高かったけど、それだけに結構立派な船だな」
「外洋に出ると、海の魔物が出たりして危ないので……それなりに、頑丈で大きくないといけないそうです」
感心していると、ティオが補足してくれた。
……確かに、水ん中の魔物は倒すのに苦労する。物理攻撃は水の抵抗のせいでほぼ通らないので、主に魔導士や魔法使いの出番だ。
《水》と組み合わせた僕の投槍はそれなりに水の中でも通るが……まあ基本、水棲の魔物とは積極的にやり合いたくはない。
「実際にはそう出ることないって話だけどな。リシュウに行く船は必ず浄化術士が同乗して、行き交うごとに航路に浄化かけてるし」
「へえ、そうなのか」
「航路維持のための義務なんだよ。うちの商会も船持ってるから、専任の浄化術士を何人か雇ってるんだ」
なので、時化などが長引いたりして浄化ができず、航路の瘴気が濃くなったりした場合。
航路浄化のために浄化術士と海での戦いに慣れた冒険者を何人も乗せた、海洋戦闘特化型特別船舶……通称、『浄化工船』が出るんだ、と、ジェンドは解説する。
リシュウに行ったことはないとのことだが、海に近い街の商会の人間として、ジェンドはこの辺り詳しいらしい。
「博識だね、ジェンド」
「いやー、ここらの商会じゃ常識だしな」
「はい、お父さんが迎えに行った貨物船にも乗ってるはずですよ」
雑談しながら、僕たちはタラップの前の船員さんに乗船券を見せて、船に乗り込む。
「もーう、みんな遅いですよー」
「ええい、落ち着け馬鹿」
船の入り口のところで、ぶんぶんと手を振るシリルに近付き、僕は軽く拳骨を落とす。
「うー、なにするんですかー」
「他のお客さんが変な目で見てるだろ……」
入り口すぐのところはホールになっている。僕たちと同じくリシュウに向かうであろう方々が結構な数いて……騒がしい僕たちの様子を見て、クスクスと笑っていた。
「わかりましたよー、だ。それよりヘンリーさん、甲板に登ってみましょう」
全然わかってねえ。
ぐいぐい、とシリルが腕を引っ張ってくるが、僕は断固としてその場に留まる。
「うう~~」
顔真っ赤にしても、お前の筋力で僕を動かせるわけないだろ。
「……行ってくればいいじゃないか、ヘンリーさん。こうなったらシリル、テコでも動かないよ」
「いや、動こうとしていないのは僕の方なんだけど」
「屁理屈はいいから」
フェリスはやれやれと僕の背中を押す。
……まあ、別に僕も興味がないわけじゃないし、いいけどさあ。
「フェリスさん、どうもです! さあ、レッツゴーですよ、ヘンリーさん」
「……頼むから声はもうちょっと抑えてくれ」
はあ~~、と僕は大きなため息をつき、シリルとともに歩き始めるのだった。
――しかし、なんだ。
まだ停泊しているはずなのにこう……結構揺れを感じるな?
私の頭の中では関係が明らかだったので説明が漏れていましたが、ティオとアゲハが従姉妹なのは、親が従兄妹同士で結婚したためでした。




