第百六十二話 街の人との話
さて、僕たちの装備の刷新と修行も終わり、あとはリーガレオに向かうだけ。
……とはいえ、色々と身辺整理は必要だ。
リーガレオに行くと、恐らく数年単位で帰ってくることはない。フローティアに移り住んで一年足らずの僕とフェリスはともかく、他の三人は色々とやることがあるだろう。友達への挨拶に、私物の整理、諸々の行政手続きなどなど。
勿論、そっちにかまけて冒険の勘が鈍っては本末転倒なので、ちゃんと定期的に冒険には行っている。
最初は修行に行く前と同じくアルトヒルンの中層でやっていたが……お互いの成長度合いがわかるとともに、アルトヒルン上層に狩場を移した。
今では、一日に巨人の数体は倒すようになっている。この前は久し振りに遭遇したドラゴンをやった。
……流石にドラゴンは僕主体だったが、もうこのパーティは上級の魔物でもそうそう遅れは取らないほど強くなっている。
「景気のいい話だなァ、おい」
「もう上層、か。俺たちも足踏みしているつもりはなかったんだが、一気に抜かれてしまったな」
なんてことを話してみると、テーブルを囲んでいるラッドさん、グウェインさんがそんな感想を漏らした。
……フローティアで、僕たち以外にアルトヒルンで冒険している二つのパーティのリーダー。
アルトヒルンで冒険を始めた当初は、二人のくれた情報が大いに役立った。
本日はこの二人と一緒に、いつかも訪れたバーに来ているのだ。
リーガレオに向かうに当たり、僕もこうして懇意にしていた人への挨拶は進めている。
「まあ、うちのパーティの連中は……こう言っちゃなんですが、モノが違いますね」
「はっ、違いない。ジェンドとシリル、か。冒険者始めた時にうちのパーティに誘っときゃ良かったな」
「……ジェンドの方はともかく、うちらみたいな男所帯に、あんな若くて可愛い子を入れたりしたら、色々と問題が出ただろう」
グウェインさんの言葉に、ラッドさんが苦笑して『まぁな』と頷く。
二人のパーティは、五、六人で全員男。……割と子供っぽいが、巷では美少女扱いとなっているシリルが入っていたら、まあチームワークとかガッタガタになってただろうな。
昔から一緒にやってたりすればいいのだが、男女が集まると、まあそういう問題は避けきれない。
「ま、その稼ぎで今日のボトルは僕の奢りなんですから。勘弁ってことで」
「はいよ。……ほれ、ヘンリー。グラス空いてるじゃねえか」
まだ半分ほど残っているウィスキーの瓶をラッドさんが取り上げ、僕に向ける。
僕はありがたくグラスを掲げ、酌を受けた。
「しかし、アルトヒルンで稼ぐだけでも左団扇だろうに。それに、フローティアじゃ上層で狩れる冒険者なんて、ちやほやされるぞ。それでもリーガレオに向かうって、物好きだな」
「まあ、そうですね」
割と現実的なラッドさんの言葉に、僕は曖昧に同意する。
シリルの奴がいなければ、僕はきっとその通りにしていただろう。上層では狩らなかっただろうけど。
「……俺は、自分の力を試してみたい、という気持ちはわかるが」
「へえ、グウェイン。じゃあお前もそのうちリーガレオに行くのか?」
「残念だが、うちのパーティでそう思っているのは俺だけだ。臨時ならともかく、俺はあいつら以外と冒険したいとは思わない」
強い信頼関係が窺える言葉だった。
「ま、グウェインさんもどうぞ」
「む、ありがとう、ヘンリーさん」
アイスペールの氷を多めにグウェインさんのグラスに入れ、気持ち少なめにウィスキーを注ぐ。
……いや、ストイックで真面目な風に見えて、この人酒癖ひっでーんだ。
「…………」
あ、少ないと見て自分でウィスキー注ぎ足した。
ちら、とラッドさんに目配せする。
「っとと、酒もいいが、つまみももうちょっと頼もうぜ。いいよな?」
「ええ、いいですよ」
腹に食べ物が溜まってりゃ呑む量も少なくなるだろう。
「……俺は酒だけでもいいが」
「いいからいいから」
すみませーん、と、ラッドさんが店員さんを呼ぶ。
「ええと、チーズの盛り合わせと野菜スティック、ハンバーグステーキとサラダ、あとミックスサンドを」
「おいおい、ラッド。また随分と頼むんだな」
「ちょいと今日は色々試してみたい気分なんだ。グウェインも遠慮せずつまめよ。俺とヘンリーだけじゃ多すぎるから」
ああ、とグウェインさんが軽く頷く。
流石は長年の付き合いというか、なんか上手いこと誘導している感じがする。
「さて、ま。折角いい付き合いができてたのに残念だが。リーガレオでのヘンリーと仲間の活躍を祈って、もう一度乾杯といこう」
「ああ、いいぞ」
二人がグラスを掲げ、僕も同じくする。
「お二人も、ここでの冒険頑張ってください」
「ああ、それじゃ」
乾杯、と。
僕たちはグラスを合わせた。
なおその後。
女の子のいるお店に行こう! と声高々に往来で宣言し、僕とラッドさんの肩を抱えたグウェインさんを。
こう、キュッとやったが。
……僕は悪くない。
フローティアでは有数の品揃えを誇るトーマス魔導具店。
その店主のトーマスさんに、僕は一昨日のラッドさん、グウェインさんとの飲み会のことを話す。
……あの二人も、この魔導具店にはよく通っており、トーマスさんとも知り合いである。最後のグウェインさんの暴走のことを話すと、ははは、とトーマスさんは笑顔を浮かべた。
「それは災難でしたね。グウェインさんも普段は自分の酒乱を自覚してるから、そう呑みすぎたりしないんですが……ヘンリーさんとの別れを惜しんだんでしょう」
「……いや、あれは絶対そんないいもんじゃありませんでしたよ」
はあ、と僕は重いため息をつく。
「……っと、雑談はこのくらいにして、仕事に入りましょう。取り急ぎ、このでかい魔導具はどちらに?」
「ああ。それは店頭に並べたいと思います。お願いできますか?」
「了解です」
僕はトーマスさんの指示通り、大物の魔導具をえっちらおっちらと運んでいく。
本日は、この街にやって来てからなにくれと世話になっているトーマスさんのお店の、リニューアルの手伝いのクエストにやって来たのだ。
少し前に教会に顔を出してみたところ、このクエストの発注をするトーマスさんの姿を見かけ……そういうことならばと、僕が引き受けた。
「しかし、今更ですが本当にいいんですか? 勇士の引き受けるクエストの相場からすれば、随分と安い報酬だと思いますけど」
「いやあ、そもそもこの街じゃあ、んな高額なクエスト自体ないですからね」
強い魔物のドロップ品収集、危険地帯での材料採取、最上級のような特に危険な魔物の駆除……辺りが高額クエストとなるものだが、フローティアではそもそもそんなのは普段は発注自体されていない。
「それに、街の人といい関係を築いている、ってアピールしとけば、結構教会のウケいいんですよね」
職業柄、力持ちの多い冒険者に、部屋の模様替えや倉庫の整理、こういったお店の作業なんかを頼む――なーんてありきたりなクエストだが、しかしそれを安心して任せてもらえる信頼のある冒険者はそう多くはない。
手癖の悪い奴ならちょろまかしもするし、そうでなくても雑な仕事で物を壊したりすることもある。
クエストを引き受ける時、トーマスさんが是非お願いしますと言ってくれたのは、結構ポイント高かったはずだ。
「ははあ、確かに。周囲の人と信頼関係を築けない商人なんて論外ですしね」
トーマスさんが納得したように頷く。
……まあ、冒険者とは~~、なんて大上段に構えるまでもなく。ごく普通の、ありきたりの事実である。……粗暴な奴の割合が高いから、冒険者はこういった面の加点が多めだが。
「ま、そういうことです。……で、雇い主さん、次はどれを運べばいいんですかね?」
「はい、それでは次々いきましょう。一週間はリニューアルのために店を閉めるつもりでしたが、これなら二、三日もすれば再開できそうだ」
トーマスさんの指示に従い、僕はドンドコ運んでいく。
僕が大物を運ぶ横で、トーマスさんは小物や調度品などのレイアウト変更をしていく。
朝一から始めて昼食には遅いかなという時間帯までそうやって精を出し……とりあえず、物の移動は大体終わった。
「お疲れ様です、ヘンリーさん。お茶を淹れてきましたので、どうぞ。」
「ああ、ありがとうございます」
お店の休憩スペース。
商品を運ぶという、普段とは違う疲労と緊張感のある仕事にぐだ~、と椅子に座って休んでいると、奥に行っていたトーマスさんが戻ってきた。
淹れてくれたお茶に、砂糖をたっぷり入れてかき混ぜ、啜る。
……風味もなにもあったものじゃないが、甘みが疲れた体によく効いた。
「これで後は業者に清掃してもらって、新しい棚を据え付けてもらって……うん、明後日には再開できそうです」
「へえ、そんな急な日程で大丈夫なんですか?」
「ちょっとした知り合いのところですから。繁忙期でなければ融通を利かせてくれるんですよ」
まあ、同じ街で商売をしている者同士、色々と繋がりはあるんだろう。……仕事始める時に話した、信頼、っつーやつだ。
「しかし、ヘンリーさんがもうリーガレオに戻るなんて。はは、最初に街に来た時に言っていたあの台詞、今のヘンリーさんに聞かせてあげたいですね」
「……いや、まあ」
なんで勇士なんて強い人がこの街に拠点を移すんですか? みたいなことをトーマスさんに聞かれて、僕の返した台詞。
ええと、確か
『最前線にいた目的は果たしたんで……安全な街でぬるーい魔物を適当に間引いたり、遠足気分で向かえる場所にある素材を採取したりして余生を過ごすためです』
……うん。
いや、新しい目的ができなきゃ、多分この時の言葉通り過ごしていただろうけど。
改めて……他の人に胸張って言うこっちゃねえな!? これから自由だー! って思ってテンション上げ過ぎた。
「でも、街で最初に会ったシリルとヘンリーさんが付き合うことになって、一緒に最前線に、ねえ。不思議な運命を感じますね」
「そ、そうですね」
その子、うちの故国の元王女さんだったんだ。……うん、不思議すぎる。
「私にできることは、応援することくらいですが……向こうでも頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
僕は頷く。
「さて、それでは……仕事も予想より大分早くに終わりましたし、お茶だけじゃお腹も空いているし。……どうです、ノルドのところで、これ」
くい、とトーマスさんはジョッキを傾ける仕草をする。
「いいですねえ」
僕は即座に頷く。
そうして、僕とトーマスさんは肩を並べて熊の酒樽亭に向かい、差し向かいで呑むのだった。
……そんな、この街に来てから何度もやってきたやり取りも、あと何度できるのだろうと、頭の片隅で思いながら。
こういうパーティ以外の人との絡みももっと書いておけばよかったなあ、と今更ながら思ったり。
そのうちふわっとした時系列の『フローティアの日常』みたいな外伝? 書いてもいいかもしれませんね。




