第百六十話 発明
「もう、大変だったんですよ~」
と。
王宮に用意された一室で、ラナちゃんがそう零した。
転移門から来たラナちゃんを出迎えたあの後。
色々と予定が詰まっていたらしく、ラナちゃんは挨拶もそこそこにベアトリスさんに案内されて王宮内へと通された。
んで、諸々の用事を済ませ……この客室に来て、ようやく一息ついたというわけだ。
「しっかし、いい部屋だなあ」
僕は改めて室内を見渡して、誰とはなしに呟く。
外部からの客用の部屋とのことだが、すごく広くまた調度品も上品なものだ。客室とはいっても当然招く客によってグレードは上下するだろうから、王宮のラナちゃんへの歓待ぶりが窺える。
この客室には寝室が三つもあるので、僕たちも今日はここに泊まることになっていた。
……ラナちゃんには当然護衛がつけられるのだが。知らない兵士達に守られるくらいであれば見知った僕たちのほうが良かろうと、ベアトリスさんが話を通してくれたおかげである。
まあ確かに、護衛が僕たちじゃなければ、ラナちゃんもここまで気を抜いた感じにはならなかっただろう。
流石にパーティ全員だと部屋が手狭になるので、ジェンドとフェリスは宿に戻ったが。
「ラナ、ラナ。今日はどんなことをしたんですか?」
「えーとね。最初に王様に謁見したでしょ。その後、学術系の大臣さんや官僚さんと会談。コンラッド教授に会いにアルヴィニア中央大学行って……夜は大手の魔導具メーカーの社長さんとレストランで会食。会食には、大臣さんとコンラッド教授もいたよ」
ティオに尋ねられ、すらすらとラナちゃんが答える。……肩書を聞くだけでもそうそうたる面子だな。
「側にいただけの私もすごい緊張したしね。会食に出された料理は豪華だったけど、ゆっくり味わう暇もなかったし」
「そうだねー。うちじゃ使わないような食材バンバン使ってたのに。……ああいうの、うちでも出せないかな? ほら、目玉として」
「はは、無理無理。あんな高級店とうちじゃ、勝負するステージが違うよ。一皿でうちの一泊分もするような料理、売れると思うかい?」
「駄目かー」
リンダさんに却下され、ラナちゃんが肩を落とす。……物凄い天才のはずだが、こうして実家の宿のことを話す様子を見ると、年相応の少女にしか見えない。
「それにね、ラナ。お高い食材を使わなくてもノルドの料理は美味いからいいのさ」
「それもそうだね」
確かに、高級料理というわけではないが、ノルドさんの料理はすごく美味しい。
しかしなんというか……いい家族だな、うん。
「お待たせしましたー。紅茶入りましたよ~」
部屋に備えられているミニキッチンで茶の準備をしていたシリルが、銀のトレイにポットとカップを乗せて戻ってきた。
「ありがとうございます、シリルさん。すみません、本当なら私がやればよかったんですが」
「ふふ~、ラナちゃんは今日お疲れでしょう? お茶くらい、このシリルさんにお任せください!」
シリルは嬉々としてカップに紅茶を注いでいく。
こいつは、割と世話したがりなのである。同棲している時、なるべく家事は分担しようとしていたのだが、なんか僕がやろうとしたら先回りして済ませている、なんてことが結構な頻度であった。
まあ、本人楽しそうだし、無理していないなら止めることでもない。
「ヘンリーさん、どぞどぞ」
「おう、ありがとう」
「ティオちゃんはミルクティーね」
「……ありがとうございます」
ずず、と一口啜る。この客室に茶葉が用意されてあったのだが、流石に美味い。こう、なんというか……値段が違う感じの味だ。細かいことはよくわからないが。
「わぁ、美味しい」
「いい葉使ってるね。流石王宮」
それぞれ、茶を堪能する。これまたこの部屋に用意されていたクッキーを齧り、紅茶をもう一口。焼き菓子の上品な甘みと、お茶の苦味が合わさってなんともいい感じだ。
ふう、とそれぞれが落ち着く。
……色々と気になっていたので、それを見計らって僕はラナちゃんに質問を投げかけた。
「そういえばさ、ラナちゃん。瘴気の影響を除く術式を開発した、って聞いたけど、どんなものなんだ?」
「あ、はい。基本的にはクロシード式の術式です。実は、前々から概論はできてたんですが、どうにも具体的な形にできなかったんですよね。クロシード式なら、理論上可能な術式はすべて構築できますから……ヘンリーさんがリオルさんを紹介してくれたおかげです」
ぺこり、と小さく頭を下げられる。
「いやいや、礼なんかいいって。多分、僕たち冒険者は、ラナちゃんの発明に凄くお世話になるから」
「う~ん、どうでしょう? 今は術式を描くのに最小でも二メートル四方の面積が必要で。据え付けの魔導具以外にはちょっと厳しいんですよね」
「魔導結界にゃ使えたんだろ? 十分だって」
仮に、他の用途に一切使えなかったとしても、それだけで値千金の発明である。
最前線の戦いだけでなく、人類の生存圏拡大にも大いに寄与するだろう。
「でも、発明したの一ヶ月前なんですよね? リーガレオの魔導結界でもう成果が上がっているってことですけど……そんなに簡単に組み込むことができるものなんですか?」
シリルが、珍しく鋭い指摘をする。
考えてみれば、魔導結界というのは結構な規模の術式がいくつも組み合わさって成り立っている。素人考えだが、そこに後付で術式をちゃんと機能するように組み込むのって、そんなに簡単なのだろうか?
「あ、そこはちょっと頑張りました」
……ちょっと、頑張った。
「一から作らなくても組み込めたら便利だなあ、って思ったので。専門的な内容は省きますけど……こう、大体の術式には後からでもうまい具合にハマるように作りました」
「く、クロシード式以外でも?」
「? 勿論。まあ、それでちょっと規模が膨れ上がっちゃったんですが」
……違う流派の術式同士の組み合わせって、理論上は可能らしいのだが、机上の空論かと思っていた。
「ああ、あの魔導具メーカーの社長さん……ミリアルドさんだっけ? あの人も、それをえらい褒めてたね。すごいのかい?」
「ちょっとすごいよー。ふふん」
「へえ、やるじゃないか、ラナ」
生活用の魔導具を使っていても、自分が魔導を使うことはないリンダさんはなんの気もなく褒めているし、同じくシリルも『それは便利ですねー』と無邪気に笑っているが……ちらりと、隣に座るティオを見る。
ティオもやはり唖然としており、
(すごいの、ちょっとか?)
(絶対に違います)
小声で聞いてみると、きっぱりと断言した。
……うん、だよね。賢者の塔にいた頃、折角図書室を使えるのだからと、僕にしては珍しく魔導理論系の本も読んだりしたが、やっぱり難しいって書いてあったし。
「ただやっぱり、まだ大型すぎるから、そこは改善しないと。術式を積層化して小型化できないかな~、ってやってるんですが。あと半年くらいはかかりそうです」
と、呟くラナちゃんは、なんか半年をすごく長い期間のように思っているようだが……いやいや、既にできあがってる術式の効率化って、そんな短いスパンで開発するものじゃない。
色んな意味でラナちゃんの天才性に驚愕していると、リンダさんが口を開いた。
「それ、うちの手伝いをしながらだったらの話だろう? ラナ、勿論フローティアに戻ってからノルドとも相談するけど、これからどうするんだい? 今日会った人たちみんなから、熱心に誘われていたじゃないか」
「うーん。……お店の方、私がいなくなっても大丈夫?」
「はっ、生意気言うようになったね。そんなことは気にしなくてもいいんだよ。お前がどうしたいかさ。今まで通り店で働いても、研究者やっても……なんなら例の発明でもらった報奨金で遊んで暮らすのもいいさ。ただ、ちゃんとよく考えるんだよ」
リンダさんが諭すように言う。なんというか、親って感じだ。
「……うん、わかった。ちゃんと考えるよ、お母さん」
「よし」
ラナちゃんのはきはきとした返事に、リンダさんは頷いた。
「あ、そうだ。ティオも、色々聞かせてよ。遠くの街で修行してきたんでしょう?」
「うん、いいよ」
ラナちゃんに請われて、ティオが色々話し始める。
内容は、僕もティオたちと合流してから聞いたものと同じだ。
東の街イストファレアで、『建速会』というところに所属して修行をしたこと。
イストファレアの情景や、美味しい食べ物。
ジェンド、フェリスとの共同生活は、大変だったけど楽しかったということ。
「へえ、ジェンドさんとフェリスさんと一緒に? ええと、あの二人恋人同士、なんだよね? その~、やっぱり、オトナのカップルなんだから、こう……色んなことしてたの?」
……あの、ラナさん。お年頃なのはわかるんだけど、その、あけっぴろげに聞きすぎじゃないスかね。
「家の中でも隠密の練習してて、隠れてキスしてるところを二回ほど見たよ」
「へえ~」
ティオォッ! 仲間の秘密をあっけなく公開するんじゃない! いや、聞いたからには僕もネタにする気満々だけど!
「他には? 他には?」
「うーん、それくらいかな。あの二人も家では自重してたから。休みの日にはデートに行ってたけど」
「いいなあ。うち、宿だから、男の人と女の人が一緒に泊まったりすると、聞くつもりがなくても色々耳に入ったりするんだけど……やっぱり憧れるよね」
「そう?」
興味津々の様子のラナちゃんとは対象的に、実際に目撃して話している方のティオは澄ました顔。
……こいつ、まったく異性に興味がない感じだが、恋人とか欲しくないのかな。ぶっちゃけ、カップル二組のパーティに独り身が所属するの、居心地悪いんじゃないかとも思うんだが。
「あと、そういう話なら、ヘンリーさんとシリルさんも一緒に暮らしてたらしいよ。二人暮らし」
きゅぴーん、と。
……なんかラナちゃんの目が、鋭く光った気がした。
ラナちゃんの追求は、なんとかのらりくらりと躱したが。
……なんかこう、色々と見透かされていたな、あれは。




