第十六話 その夜 後編
兎肉のスープと、日持ちする硬いパンで食事を済ませ。
崩れてしまったテントを、僕とジェンドで組み立て直し。
ティオの鞄から桶を出してもらう。
「《水》+《火》」
丁度いい温度の湯を魔導で出し、その桶に入れる。んで、これまたティオが持ってきてくれた人数分のタオルを入れ、それぞれが固く絞る。
「んじゃ、女はテントの中でな。ジェンド、先に拭いていいぞ」
「おう、悪いな」
ジェンドが上半身の装備を外し、濡れタオルで肌を拭いていく。
一日冒険して、それなりに汗もかいているし、汚れも着いている。風呂に一日二日入らなくても死にはしないが、不快感で動きが悪くなったりすることもあるので、余裕があれば清潔にしておいたほうがいい。
「ヘンリーさん、ジェンド。覗かないでくださいね!」
「近付いたらわかりますので」
「阿呆なこと言ってないで、とっとと済ませてこい」
しっしっ、と追い払う。テントに二人が入り、衣擦れの音がするが、その程度で興奮するほど僕は純ではない。
一方で、ズボンの下を拭いているジェンドは、チラ、チラ、とテントの方を気にしている。
僕が気付いたことに気付き、ジェンドは言い訳を始めた。
「いや、違うんだ、ヘンリー」
「何が違うんだ。ちなみに、別に僕は非難しているわけじゃないぞ」
「俺はあいつらを女としては見てない。でも、気になるのは本能なんだ」
うむ、わかるぞー。ジェンドは十六歳、そういう欲求に振り回される年代だ。しかも童貞らしいしなあ。やっぱ娼館連れてっちゃるか。
「ヘンリーさーん。タオル、もっかい濡らしてもらっていいですか」
「おう」
丸めたタオルを持った手だけをテントの入口から出したシリルが、おいでおいでと手を動かす。
勿論、手以外は見えないよう入り口はしっかり閉まっている。……ジェンド、お前あのくらいで目を逸らすな。
僕はテントに近付き、『投げろ』と言うと、シリルが手首だけでタオルを投げた。
「ちょっと待ってろー」
桶のところに戻り、じゃぶじゃぶとタオルを漬け、絞る。
テントから出したままの手の上に、置いてやった。
「どうもー」
ひょこ、とシリルは手を引っ込める。ちっ、ちらっと見えるかと思ったが、中々ガードが硬いじゃないか。
まあ、見えたらラッキーとは思うが、別に積極的に覗きに行く趣味はないので、とっとと離れる。
「ジェンド、抜くのは帰ってからにしろよ」
「しない!」
それはイカンぞ、不健康な。
各自、体を拭き終わり。街にいればまだまだ夜はこれからといったところだが、そろそろ寝る準備をしないといけない。
「え~、まだ眠くないですし、なんか遊びません? ティオちゃん、カードとか鞄に入ってない?」
「駄目。交代で夜番しながら寝るんだから、遊んでたら睡眠時間確保できないぞ」
眠くなくても、横になって目を閉じているだけで大分違う。それに、慣れれば意外とすっと眠れる。
「あー、そういうのも必要なんだな。どう交代する?」
「まあ、二人一組で、三時間交代、ってとこかな」
二回交代することになるだろう。完全に前半と後半分けたり、人数がいればもっと小分けしたり、色々とあるが、このパーティだとこれが丁度いい塩梅のはず。
「私とヘンリーさんは別々ですよね」
「だな。警戒慣れしてる僕と、索敵が得意なティオは別々。後、奇襲された時、壁出来る奴がいた方が良いから、僕とジェンドも別」
僕とシリル。ジェンドとティオのペアである。というか、この組み合わせ以外ない。
テントは、ティオがいるから余裕を見て大きめのサイズを買っている。二人が寝るのに、支障はない。
「あ、あのー。ということは、私とヘンリーさんが、一緒に寝るわけですよね」
「そうだけど、なんだ? 寝相が悪いとかくらいなら気にしないぞ」
眠ってるときに人の気配を感じると反射的に斬りかかってしまうとか、そういう寝相? でなければ。
ティオ、お前の従姉だぞ。
「いやいや、そうではなく。別にヘンリーさんを信用しないわけではありませんが。男の人と隣同士で寝るというのは、ちょっと」
「安心しろ。襲ったりしないから。悪戯もしない。誓っていい」
「むう。なんか同じようなこと、何度も言われている気がします。もしかして私って魅力ないんでしょうか」
「いや? 別にそんなことはないぞ」
ノリがちょっと明るすぎて、あんまりよこしまな気持ちは出てこないが、客観的に見てシリルは美少女と呼べるだろう。後腐れなく抱けるなら抱きたい。まあ、後腐れしかないだろうから、するつもりはないが。
「そ、そうですか?」
「うん。だけど僕は、冒険中に仲間に襲いかかる奴はクソだと思っているから」
……嫌な思い出である。
そん時は、男女含めて六人の臨時パーティでの冒険だった。
夜番は、二人一組で三交代。丁度良く、魔物から身を隠せる洞穴を見つけ、特に問題なく夜を過ごせるはずだったのに。
ある男が、夜番の最中、一緒に起きていた仲間の女冒険者に襲いかかった。
確かに美人で、そいつが色目を使っていることは知っていたが、まさかそんなことをするとは思わなかった。
大声を上げると、魔物に気付かれる、だから、あまり抵抗はできないだろう――後で聞いたが、そう踏んでのことらしい。首尾よく上手く行ったとして、朝になったらどうするつもりだったのか。知りたくもないし、もう知ることもできない。
……で、当然のように女は悲鳴を上げ、その声に引かれて魔物がやって来た。
声を上げられて動揺した男の方は、下半身を晒したまま魔物に襲われ、重傷。女の方は殺された。
騒ぎに起きてきた僕たち四人は、寝起きで動きが悪く……ついでに、魔物に焚き火が消されて光源がなかったこともあり、二人、殺された。
本当に、思い出したくない冒険である。
重症ながらも生き残った男の方は、生かしたまま街に連れて帰り、教会に突き出し……まあ、思う存分、その罪を償う羽目になった。
「ヘンリー、どうした」
「いやー、昔のこと思い出してた。やな冒険者がいたんだよ」
もう、五年も前か。
「というわけで、僕は安心な男なんだ」
「どういうわけかはわかりませんが……はあ、わかりましたよ」
シリルも諦めたようだった。ふっ、僕の安心さ加減をわかってもらえたかな。
「焚き火は切らすなよ。魔物は夜目が効くから」
「大丈夫です。薪はたっぷりですので」
ティオが、ガラリと追加の薪を鞄から取り出す。
……ティオ様様である。
「三時間、つーと、月があそこにかかるくらいか」
「まあ、厳密じゃなくてもいいぞ。月隠れたらわからんし」
「了解」
「じゃあ、後は……」
追加でジェンドに、いくつか夜番時の注意点を伝える。
「こんなとこかな。まあ、ティオに聞きながら慣れてくれ」
「おう。ティオ、頼むな」
「わかりました」
さて、と。
「じゃ、シリル。寝るぞー」
「はいはい」
シリルと二人、テントに入る。
寝るのに邪魔になる装備だけ外し、横になってシーツをかぶった。
シリルも、少し戸惑っていたようだが、僕の隣に横たわった。
「三時間きっちり寝ろよ」
「わかっています。眠れるか心配ですけど」
しばらく、沈黙。目を瞑り、睡魔を呼ぶ。寝入るのにもコツがいる。
「……ヘンリーさん」
と、ちょうどうつらうつらしそうになったところで、シリルに声をかけられた。
「なんだ? 寝れそうだったのに」
「そ、それはすみません。でも、男の人の寝息がすぐ近くで聞こえるのって、予想以上に気恥ずかしいんですけど」
「慣れろ」
僕は寝た。
そうして、交代。
シリルと焚き火を囲んで、雑談をする。二人にしているのは、こうして退屈さを紛らわせるためでもある。勿論、警戒を怠っているわけではない。
「そういえば、この前領主館のメイドさんの服借りてみたんですが、動きやすくて可愛くて。私もちょっと欲しくなりました」
「メイド服は、百年くらい前、どっかの好事家の領主が、斬新なデザインをガンガン打ち出して、ああなったらしいぞ」
その領主のデザインが異様にブームになって、現代では主流になっている。
「昨今では、メイド喫茶なるものが登場し始めているとか」
「それは私は知りませんねー。フローティアにはないような」
「王都にはあるぞ。冒険者仲間が行ったことあるそうだ。意外と楽しかったとか」
「へー。いつか行ってみたいですね」
「そ、そうか?」
女が行って楽しめるもんなんだろうか。
可愛い衣装を着た女の子が接客してくれるお店、と表現すると普通に風俗店だぞ。なんか異様な雰囲気があるらしいが。
「おっと、シリル。薪追加だ」
「はい」
シリルが薪を放り込む。
「火の管理は、こうして、こうだ」
「なるほど」
適当に拾った木の枝で薪の位置を動かし、燃え方を調整する。
「ま、こういうのも、ちょっとずつ覚えていけよー。いい冒険者ってのは、戦いが出来るだけじゃ駄目だからな」
「そうですね……はい」
……なんか、ふと沈黙の時間になった。
まあ、こいつとも、もう結構な付き合いだ。話をしていなくても、一緒にいて居心地が悪いというわけでもない。
しかし、こいついつも話しまくる奴なんだが、どうしたんだろう。
「あの、ヘンリーさん。その……ありがとうございます」
「どうした、いきなり」
んで、話したかと思えばいきなり礼を言われた。なぜだ、ホワイ?
「その、ヘンリーさんが仲間になってくれて、色々いい方向に行きだしたので。多分、私とジェンドだけじゃ、ここまで来るのにもっともっと時間かかったと思います」
「それはな。やっぱ実力あっても、色んなノウハウないとな」
最初に会った頃から二人は強かったが、戦い以外の冒険者としての技能はお粗末だった。
「そのー、私達二人共、冒険者って戦ってナンボだと思っていたので……」
「それがメインってのは間違いじゃないけどな」
だって、僕らが誓いを立てているの、戦いの神だもんね。
「まあ、とにかく。それでありがとう、です」
「どういたしまして。だけどまあ、礼を言うのはこっちもだ」
僕にとっても、こいつらと出会えたのは幸運だった。
若くして半隠居して。最初は、この街では基本ソロで、たまに臨時で組む程度でやっていこうと思っていた。
まあ、それでも十分に生活できただろうが、多分、すごく退屈だっただろう。死んだ目で、『あ~、今日冒険だるいなあ』とか言っている自分の姿が、容易に浮かぶ。
……思えば、こうして楽しんで冒険者やるのって、初めてな気がする。
「よくわかりませんが、そうですか。ならおあいこ、ということで」
「おーう」
「ヘンリーさんがフローティアに来たのって、たまたま吟遊詩人さんがこの街を歌ってたからでしたよね。正直、聞いた時はくっだらない理由で決めたんだなあ、って思いましたけどその人には感謝ですね」
「いや、他にも理由が……」
「お酒とか言ってませんでした?」
「言ったけど……」
あの時言ったのは、八割くらいの理由だよ!
もう二割は、魔国のせいでなくなった僕の故郷が、フローティアを含む領と縁が深くて。
もしかしたら生き残った知り合いが、こっちにいるかも、と思ったからなのだ。どうだ、割とシリアスだろう。
……まあ、口には出さない。探しもしない。
探して、結局一人もいませんでした、となったら落ち込むからだ。だったら、生き残っているかも、という希望を抱いて生きたほうが良い。
……本当に親しかった人は全員死んだことを知ってるから、無理に探す必要がある奴がいない、という理由もある。
「と、とにかくだ。まあ、お互いこれからもよろしくってことで」
「誤魔化しましたね……いいですけど」
くすくす、とシリルが笑う。
「そうやって笑うやつには、夜食に食おうと取っておいたチーズを分けてやらん。焚き火で軽く炙ると美味いぞー」
「あ、嘘です嘘です。笑いませんから」
ふふん、と僕は鼻で笑う。
それで溜飲も下がったので、チーズを手持ちのナイフで二つに斬り、片方をシリルに投げてやる。
枝に突き刺し、焚き火に近付ける。
先に口を付けたシリルが、『美味しいです!』と目を白黒させ、それを見て満足しながら僕も食う。
……そんな、冒険者としてごく当たり前の、夜のお話。
随分と月が綺麗な夜だった。
一瞬、七話から二章になっていましたが、今回こそ一章終了です。




