第百五十九話 天才少女の出迎え
「白龍騎士団、ベアトリスだ。本日十四時着予定のラナ嬢の出迎えに来た」
「はい、伺っています。ベアトリス団長、こちらに署名を」
「うむ」
王宮の敷地の一角。頑丈に作られた小屋の前で、ベアトリスさんは衛兵の人と決まりきっているであろうやりとりを交わした。
さらさらと、手慣れた様子で書かれたサインは、非常に綺麗な字である。
「ベアトリス団長、後ろの方々は?」
「フローティアを拠点とする冒険者で、件のラナ嬢の知己の者たちだ。私の知り合いでもある。偶然、この時期に王都に滞在していたのでな。知らない顔ばかりより、ラナ嬢も安心するだろうと連れてきた」
「知り合い……ああ、そういえばアイリーン様と一緒にフローティアに旅行に行ったんでしたね」
なるほど、と衛兵さんが頷き、ベアトリスさんが署名をした台帳をこちらに向ける。
ていうか、旅行の件知ってるのか……一応あれお忍びだったはずだが。まあ王宮の内部の守りを任されている衛兵さんだから、そうおかしくもないのかね?
「そちらの皆さん。この施設の立ち入りに当たって署名をいただいておりまして。お手数ですが、お願いできますか」
「はい、わかりました」
頷き、台帳を受け取る。
台帳の名前は『第一特殊転移作業室入退出管理簿』。
……第一があるってことは、第二もあるのかな?
なんて想像しながら自分の名前を書いて、次のシリルへ。シリル、ジェンド、フェリス、ティオと、皆がそれぞれサインをして、台帳が僕に戻ってきた。
……字は僕がいっちばん下手くそだな。逆に、ティオは達筆だ。
「書きました」
「ありがとうございます。ベアトリス団長、責任者の欄に追加で署名を」
「ああ」
ベアトリスさんが再度台帳に僕たちが名前を記入した右の欄に署名をする。
「ああ、みんな。わかっているとは思うが、この中の様子を他言したりしないように。公共のと違って、こちらの転移門の数や行き先は一応国家機密だからな」
「はい。来る前にも教えていただいたので、わかっています」
「よろしい」
転移門。王都と四方都市間では、一般人が使える大規模なものがあるが、この王宮の小屋――第一特殊転移作業室? にあるものはそちらとは違う。少人数しか運べない小さな転移門が、いくつもあるらしい。
王族や貴族の移動がメインだが、密偵が使ったり特別な郵送に用いられたり。
今回のように、特別な人物の移動にも利用されるそうだ。
……なお、ベアトリスさんが言った通り、ここの転移門の情報は統制されており。
下手に他の人に話したら、結構な罰があるそうである。今回のラナちゃんみたいに民間の人間が使うこともあるし、その見送りや出迎えの人も立ち入ったりするから、他言したら一発でお縄、とまではいかないらしいが、厳重注意は確実に受けるし……国教のグランディス教会からの印象は当然悪くなるだろう。
「ちなみに、なにかあったとしたら、今回の場合私に色々と降りかかってくる。そうなったら、それなりのケジメは覚悟しておくように」
ベアトリスさんが冗談めかして言う。
勿論、そんなことをしない程度には信用してくれているからこそ、案内してくれるのだろう。その信用を裏切るやつはうちのパーティにはいない。
「それでは今転移小屋の鍵を開けますので、少々お待ちを」
……第一特殊なんたらじゃないんだ。まあ呼びにくいし、普段はそう呼んでいるのだろう。
衛兵さんが、首から下げていた鍵で転移小屋の鍵を開ける。
「あと、転移小屋の中ではこちらを首から下げてください。この受付を通った証となるので」
「ありがとう」
首から下げる入室証を受け取って中に通され、入り口にいた人とは別の衛兵さんの先導で、左右に等間隔で扉が並んでいる廊下を歩く。
……ひの、ふの。と無意識に扉の数を数える。
少なくとも、二十。ダミーとかあるかもしれないので断言はできないが、行き用の魔導陣と帰り用の魔導陣がセットだとしたら、国内の十箇所に自由に行き来ができることになる。
四方都市は鉄板として、他にどこ行きがあるんだろうな。
と、想像を遊ばせていると、奥から二つ目の右側の扉を、衛兵さんが開ける。
「こちらです。もう間もなくかと思いますので、中でお待ちを」
「ああ、ありがとう」
部屋に入る。
床いっぱいに、転移門のものと思われる魔導陣が描いてあった。……勿論、百人単位が移動できる公共のとは違って、ぐっとサイズは小さい。その分術式はきめ細かく精緻に描かれており、多分技術的には大規模なものよりこっちの方が難易度が高そうだ。
と、観察していると、部屋にいた転移門の担当魔導士とベアトリスさんが挨拶を交わす。規模が小さい分、必要な魔力は少なく抑えられるのか、魔導士は一人だった。
「お疲れ様です、ベアトリス団長」
「ああ。十四時の予定だったけど、予定に変更はないかな」
「はい」
ちらり、と部屋に据えられている壁掛け時計を見る。あと十分少々といったところ。
……さて、折角珍しいところに通してもらったのだ。
別に、他の人に吹聴する気があるわけではないが、じっくりと見物させてもらうとしよう。
転移小屋の一室で待つことしばし。
時間になって、僕たちは万が一にも魔導陣に立ち入らないように指示され、部屋の隅に待機。
担当魔導士の人が詠唱を始めると、ゆるゆると床に刻まれた魔導陣の図形に光が走り始めた。
何度か利用して馴染みのある、転移門の反応光。それが陣全体に行き渡ると、一際大きな閃光が走り、視界を塗りつぶす。
光量は大きいが、目を焼くといった感じでもない優しい光が通り過ぎ……果たして、魔導陣の中央に、二人の人影が現れていた。
「お、おおっと。こりゃあびっくりするね。私は転移門は初めてだけど、もう着いたのかい?」
「うん、本当に一瞬だけど、もう到着したはずだよ、お母さん……って、あれ?」
見覚えのある二人。
一人はラナちゃん。そして、その付き添いなのか、母親のリンダさんもいた。二人とも、熊の酒樽亭で働いている時には見ない、ちょっとフォーマルな感じの装いだった。
「あれー!? ティオ、それにヘンリーさんたちも。なんでここに?」
そして、いち早く僕たちの姿を認めたラナちゃんが、口に手を当てて驚きの声を上げる。
「おや、本当だ。ええと、ノーザンティアで案内してくれた騎士さんは、こっちでも迎えの騎士さんが来ている、って言っていたんだけど。……ヘンリーさん、いつの間にアルヴィニアの騎士になったんだい?」
びっくりはしつつも、好意的な笑みを浮かべてリンダさんがそう冗談を言った。
その反応に悪戯成功の笑顔を浮かべて、ベアトリスさんが一歩前に出る。
「はは。勧誘はしていますが、どうにも色好い返事は得られていません。申し遅れました、私が迎えの騎士の、ベアトリス・ハインヴィントです」
「あ、これはご丁寧に。私はリンダで、こちらがラナです。……?」
ベアトリスさんの挨拶に返そうとしたリンダさんが、怪訝そうな顔になる。
リンダさんは少し考え込み、恐る恐ると口を開いた。
「……ベアトリスさん。もしかして、去年の年末辺りに、うちの店に来ませんでしたか?」
「はは、覚えていてくれてありがたいです。はい、うちの姫様と共に、食事を楽しませてもらいました」
リンダさんの言葉に、ベアトリスさんがあっけらかんと答える。
……いや、そりゃ覚えてるよ。アイリーン様とベアトリスさん美人だし、あからさまに貴族や騎士っぽい感じだし。めっちゃ目立ってたもん。
「ラナさんも、こんにちは。君も覚えていてくれたかな?」
「はい、こんにちはベアトリスさん。確か、来店された時はタンシチューとパン、ワインを三杯注文されていましたね。美味しそうに食べてくださったから、よく覚えていますよ」
自己紹介しながら、さらりとラナちゃんは注文の品まで答えた。
「そうか。よくそこまで覚えてるね」
「えへへ……記憶力にはちょっとだけ自信があって。自分で注文を取ったお客様の顔と注文の内容は、全部覚えています」
ラナちゃんは照れながらそうあっさりと言うが……ええと、ちょっと?
あの、全部って、全部ですよね?
「へえ、全部とはすごい」
「はい。お連れのお姫様は健啖家でしたね。確かミックスサンドに、ベアトリスさんと同じタンシチュー、ローストチキンに、サラダに……」
「そ、その辺でいいよ」
指折り数え始めるラナちゃんに少し怯んだベアトリスさんだが、一つコホンと咳払いをして口を開いた。
「ま、まあ。そんなわけで。一応顔を知っている者として、出迎えに志願させていただいたわけです。ヘンリーたちパーティも、丁度ラナさんの表彰のことを知って王都に滞在していたので誘いました。……流石に緊張されているでしょう?」
ベアトリスさんの言葉に、ラナちゃんとリンダさんは顔を見合わせ、ふっと肩の力を抜いて笑顔を浮かべる。
「はい、ありがとうございます、ベアトリスさん。おかげで少し気が楽になりました。ラナの付き添いだけとはいえ、流石に王宮っていうのは庶民にはちょいと敷居が高くて」
「私も、実は」
「はは、少しは気を抜けたようでなにより。なに、お二人に関しては王宮が招いた側になります。本当に、肩肘を張らなくても大丈夫ですよ」
そう言っていただけると、とリンダさんは挨拶を続ける。
一方でラナちゃんの方は、そわそわと落ち着きがない。チラチラと、ベアトリスさんではなく別の方……ぶっちゃけ、ティオに視線を向けている。
気付いたベアトリスさんが、ふっと笑って、ラナちゃんに手振りで『どうぞ』と促す。
「っ、はい!」
たた、と狭い部屋でラナちゃんが小走りにティオに駆け寄り。
ティオも弁えたように、親友を迎えてお互い手を握る。
「ティオ、久し振り! 元気だった」
「うん、元気だった。ラナの方こそ、変わりは?」
「全然……とは流石に言えないか。一月前、ちょっと研究が形になったと思ったら、あれよあれよってうちにこんなことになっちゃって」
二人ともしっかりしているとはいえ、やはりまだ成人前の女の子である。親しい友達と三ヶ月も離れ離れであれば、そりゃ積もる話もあるのだろう。
僕やシリル、ジェンドにフェリスも、無粋をしないよう少し距離を取る。
「……しかし、一ヶ月ねえ。勲章もらうのすげえ早さだな」
「ジェンド、そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。普通、どんな発明したって、そいつが有用だって認められるにゃそれなりに時間かかるよ」
……そういえば、そのはずだ。
「おっと、そういえば話してなかったな」
リンダさんとの挨拶を済ませてこちらに来たベアトリスさんが、ジェンドの疑問を聞いてぽんと手を叩いた。
「その件については、英雄リオルが熱心に広めようとしてね。瘴気のせいでほぼ役立たずだったリーガレオの魔導結界に、ラナ嬢の発見した件の技術を適用したんだ。……理論の立証だけでなく、彼女は既にそのための術式まで作ってたからね。実験的なものだから、まだ公表はされてないが」
「……ちなみに、成果は?」
古巣のことだ。僕は気になり、急かすように聞いてしまう。
「勿論、これから経過観察は必要だ。副作用があるかもしれないし、メンテナンス性、術式の効率向上も課題になってる。ただし」
リーガレオの魔導結界を越えてくる魔物が、半分以下に減った。
そう、ベアトリスさんは言った。
「…………」
城壁が二重になっているリーガレオのことを思い出す。
週四で外側の城壁を突破され、冒険者や兵士、騎士達が生きる壁になって内側の城壁の中まで魔物を通さないよう、必死こいて戦っていた日々。
もしかしたら、という期待はあったが……
ぎゅっ、と僕は胸に拳を当てる。
直接言うと、なんか困惑させてしまいそうなので今のところは伝えないが。
……精一杯の感謝を、ラナちゃんに捧げた。
お届けが遅れ、申し訳ありません。
仕事の関係で、帰りが遅くなることが多く……
二月になれば、もう少しペースアップできると思います。




