第百五十八話 白竜騎士団訪問
ラナちゃんがトンデモネエ発見をして勲章をいただく。
然程豪華なものではないが、小さな式典まで開かれるとあって、折角なので一緒に祝福しようと僕たちはフローティアへの帰還の日程を遅らせ、王都に滞在していた。
とはいえ、式典まで若干ではあるが日が開いている。
勿論、三ヶ月間一生懸命鍛えていたのだから、休養に充ててもよかったのだが……魔将の件で僕とシリルはサンウェスト滞在の最後の方は休みがちだったし、ジェンドたちも大人しくすることを良しとしなかった。
じゃあ、ということで。フェリスの提案で向かったのは白竜騎士団の練兵場。
幼い頃から白竜の騎士に可愛がられていたというフェリスは、色々と彼らに心配もされている。背負っていた借金を無事に返済したという件を報告がてら、挨拶をしたいというわけだ。
「ほへー、しかし、立派な訓練場ですねえ」
と、練兵場を囲む壁が、ずーっと続いている様子を見て、シリルは感心したように声を漏らす。
王都の一等地……とまでは言わないまでも、王宮にすぐ駆けつけられる地区に壁が百メートル以上続いている様子を見れば、その感想も当然だろう。なお、壁の上は当然のように魔導結界で覆われて視界が阻害され、外に訓練の余波が漏れないようになっている。
前世話になった黒竜騎士団の練兵場は王都の端の方にあった。広さはあちらが上だが、お金のかけ方はこっちの方が上だ。
まあ、本拠地がここである白竜のと、最前線でギッタンバッタンやってる黒竜のとでは、違いが出るのも当然だが。
「でも、前来た時も思ったけど勿体ないな。こんだけの土地がありゃ、でかい商店やら工房やら、いくらでも金稼げるだろうに。練兵場なんて、郊外で十分じゃないか?」
「ああ、いや、ジェンド。王都の練兵場は、火事とか自然災害とかの時に、一般市民の避難場所にもなるんだよ。王都、建物密集してて危ないから」
エッゼさんから聞きかじった知識である。ジェンドはなるほど、と素直に頷いた。
まあ、商売人として見るならジェンドの意見も正しいだろうが、別に理由なく土地を遊ばせているというわけではないのである。
「確かに……そういう目で見ると、火付けをすればいくらでも混乱を引き起こせそうな街並みですね。この辺りは古い建物も多いですし」
「……なに物騒なこと言ってんだ、ティオ」
「失礼。叢雲流の後ろ暗いところに、そういう手管も含まれているので、つい」
内戦時代のリシュウで活躍したという流派らしいから、あってもおかしくはないが……思っても口にすんなよ。下手に憲兵とかに聞き咎められたら、しょっぴかれて事情聴取させられるぞ。
「ああ、みんな。正門が見えてきたよ」
先導しているフェリスが指で示す。
確かに、二人の騎士が見張りに立っている立派な門が見えてきた。
「この後はどうしましょうかね~、フェリスさんはご挨拶するだけでしょう? ……あ、そうだ。アイリーンさんに会いに行きませんか?」
るんるん、と歩くシリルが、かつてフローティアを訪れた冒険王女の名前を出す。フローティア滞在中は領主館にいたし、シリルは覚えていなかったが幼少の頃に会っていたし、随分仲良くなっていたようだが、
「一応、あの人王女だし。そう簡単に会えるわけがな……ない、だろ。多分」
友人が訪れたと聞いたら政務や堅苦しい社交なんてぽいっと捨てて城を抜け出しそうな、そういう雰囲気はあるが。しかし、まさかまさかである。そんなわけが……あ、いや。
「…………」
「? なんでしょう、ヘンリーさん」
そういやなんか忘れかけていたが、こいつも元王女だったなあ!
い、いや、落ち着けヘンリー。そう、アステリア様がいる。フローティア伯爵家に嫁いだとはいえ、我が故国の尊敬すべき王女……
……なぜか苦虫を噛み潰したようなアルベール様の顔が浮かんだが、それはさておき。
オーケー、大丈夫。僕の貴人へのイメージはまだ崩れていない、大丈夫。
「アイリーン様もお忙しいだろうし、それは遠慮しようぜ」
「ヘンリーさん。またなんかヘンなこと考えていましたね」
たっぷり十秒は沈黙した僕を見て、ふぅ、とシリルが呆れ顔になった。
……三ヶ月、同棲してこっち。順調に表情が読まれるようになってきている。
まあ、嫌な気はしない……と、考えていると、練兵場の正門に辿り着いた。
門を守る、白亜の鎧を着込んだ壮年と青年騎士二人。彼らはフェリスの顔を見るなり、あっ、と声を上げる。
「フェリスじゃないか! 王都に戻ってきたのか!?」
「オルランドさん、こんにちは。戻ってきたわけじゃなくて、ちょっと所用で滞在することになりまして。折角なので、ご挨拶だけでもと。あ、こちら差し入れです。皆さんで召し上がってください」
焼き菓子の入った紙袋を、フェリスはオルランドと呼んだ壮年の騎士に手渡す。フェリスが、わざわざ朝一から王都の人気店に並んで買い求めてきたものである。
「挨拶だけなんて水臭いな。仲間の人も一緒にゆっくりしてけよ。みんな喜ぶと思うぜ」
「今はみんな訓練の時間だろう? あまり邪魔をするわけにはいかないよ」
青年騎士の言葉に、フェリスは苦笑して答える。
まあフェリスだけならまだしも、白竜騎士団の人と面識のない僕たち四人が滞在するのはやっぱり気が引け――
「たかが冒険者の一パーティを邪魔に思うような軟弱者は、うちにはいない。遠慮はしなくてもいいぞ」
……ギィ、と正門が開き。
昨年の末、冒険王女とともにフローティアに滞在した白竜騎士団団長が顔を出して。悪戯に成功した子供のように笑って、そう言った。
「……僕たちが来るの、知ってたんですか」
「予想はしていた。英雄リオルからグランエッゼ団長経由で、君たちが丁度この時期まで修行をすることは聞いていたのでな。そして……ラナ嬢だ」
訓練場の中に案内され。まるで待ち伏せていたかのように登場したベアトリスさんにふと聞いてみると、渦中の人物の名前が挙げられた。
そういや、ベアトリスさんがフローティアに来た時、熊の酒樽亭で一度食事をして、顔と名前くらいは知っていたか。
「君たちと懇意にしていたあの少女が、まさかあのような発見をするとは思っていなかったがね。知っていれば、知り合いとして祝福の一つもするだろう。そうすると、フェリスはきっとここに来ると思ってね」
「なるほど」
少し得意げになるベアトリスさんに、僕は神妙に頷く。
「ラナ嬢は明日王都着の予定だ。私が出迎えに志願してね。曲がりなりにも顔を知っている相手の方が気楽だろう」
「……あの、ラナちゃん、ベアトリスさんが白竜騎士団の団長だって、知らないんですが」
「きっとびっくりするだろうな」
この人割と悪戯好きだな!
「しかし、フェリスが来てくれたのは素直にありがたい。うちの男衆はみんな心配していたから」
「あー」
フェリスは、やって来るなり騎士の皆様に囲まれた。今も色々と近況などを聞かれているようだ。仲間として、シリルやティオも歓待を受けている。そして僕はベアトリスさんとトーク、と。
うんうん、まったく平和なものだ。
……あっちとは違って。
と、僕は視線をそちらに向ける。
「っ、っっ! くっそ!」
「まだ、甘い!」
大剣を振るうジェンドが、白竜の騎士にあっさりと攻撃を凌がれる。
ジェンドは、ここの騎士に可愛がられ……もとい、稽古をつけてもらっているのだ。フェリスの保護者気取りの騎士が多い、と聞いてはいたが、まさかその場にいたベテラン全員が『よし、どれだけ成長したか見てやろう』と可愛がりにかかるとは想定していなかった。
今相手をしているのはレイピアを振るう騎士。これで三人目だが、ジェンドは毎回押されっぱなしだ。
今回も実にいいようにやられている。踏み込もうとすると出鼻を挫かれ、引こうとすると追撃を喰らう。
持ち前の勘の良さで随分凌いでいるが、まあ限界は近そうである。
「……ふむ。前見た時と比べても、随分と成長した。同年代では、そうそう敵うものはいないだろうな」
同じくその稽古の様子を見ているベアトリスさんが、感心したようにそう評価した。
「どうだ、ヘンリー。やつは今は冒険者だが、騎士になりたいという話は聞いたことはないか?」
「いやー、聞いたことないですね。むしろ、エッゼさんやロッテさんに会う機会があったんで、英雄に憧れているみたいですよ」
同じ英雄のユーとアゲハ? ハッ!(失笑)
「……そうか、惜しいな。我が騎士団に入団するというのであれば、一廉の騎士に育て上げてやるのに」
騎士団長であるベアトリスさんの言である。ほぼ手放しでの称賛だ。
「ヘンリーもウカウカとはしていられないんじゃないか?」
「はい、僕も昨日模擬戦したんですけど、武器だけだとほとんど互角でびっくりしましたよ。ただ、まあ」
レイピア使いの騎士に一本を取られたジェンドを、ちらりと見る。
「経験不足なのはご愛敬ですね」
「あの歳で、しかもあんなに平和な街で育って、その辺まで如才ないならそいつは本物の天才だろう」
と、ベアトリスさんが嘆息する。
……ん、まあ。自惚れている訳ではないが。ここまでジェンドが戦った白竜の騎士は僕より実力は多分下だ。
でも、昨日僕と互角に戦ったジェンドが歯が立たない……とまでは言わないまでも、勝ちを拾えないのは、こりゃジェンドの経験不足故である。
修行に出る前から散々模擬戦をしていた僕相手であれば、呼吸も読めるしフェイントの癖とかも知ってるから、実力を十全に発揮できる。
でも、そうでない相手だと、読みを外され、駆け引きに負け……こうなる。
ざっくばらんに言うと、喧嘩慣れしていないっつーわけだ。
まあ、王都や王宮の守りを担う白竜騎士団が、対人戦に重きを置いているってこともあるが。
「魔物相手でもまだ経験浅いんで。リーガレオ行ったら、しばらくはフォロー頑張らないと、と思ってるんですけどね」
フローティアの森とアルトヒルン。なかなかにいい狩場だったが、ジェンドだけでなく、みんなももっと色んな魔物相手に慣れてもらう必要がある。
……こう、滅茶苦茶近寄りたくないゾンビ系とかな! 慣れてないと恐怖や嫌悪で身が竦むし、負傷を無視して動く辺り、動物系の魔物とハッキリと勝手が違う。
こればっかりは経験がものを言う。そこは助けになるが……僕の方が頼りにさせてもらう場面もこれから増えるだろう。まあイーブンの関係だ。
「そういえば、最前線に復帰するのだったな。フム……前の誘い、覚えているか?」
「はい」
アルヴィニア王国の騎士への勧誘。ベアトリスさんにそういう将来の道の一つを提示され、色々と考える切っ掛けになった。
「まだあの誘いは有効なので、その気があったらいつでも来るように」
「……ジェンドのことといい、意外と熱心ですね」
「……うちも人手が足りないんだ。若者は華々しい最前線で活躍する黒竜騎士団に志願するし」
ベアトリスさんが嘆息する。
騎士の花形と呼ばれる白竜騎士団にも、色々とあるようだ。
僕は曖昧に笑って、ジェンドの次の戦いの見物に戻るのであった。
コミカライズ二話前編がニコニコ漫画とComicWalkerで掲載されました!
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