第百五十七話 積もる話
王都のグランディス教会。
この周辺に魔物が出ないため、一国の首都という割には、冒険者向けの設備や人員は少ない。
おまけに当然のように地価も高いため、数少ない冒険者向けの教会施設は規模を小さくせざるを得ないのだが……流石に、戦闘が本分の戦神の教会。小ながらも、訓練場だけはしっかりと設えられていた。
試合場を二面取ったらいっぱいのその訓練場。
普段は使う人もあまりいないというそこで、僕はパーティのみんなが見守る中、ジェンドと久方ぶりの模擬戦を実施していた。
「ォォォオオオオオオラァァァ!」
「く、っそ!?」
ジェンドの怒涛のような攻撃を捌く。
身体強化と武器だけ縛りにしたところ、開始時点から一方的に攻められ、なかなか反撃に転じることができない。
「ヘンリーさん、頑張れー!」
「ジェンド! そのまま押していけ!」
シリルとフェリスの声援が届く。
……ジェンドも張り切るが、僕だってこのまま押し切られるわけにはいかない。
如意天槍を短く、長くと、細かく柄の長さを調整して間合いを誤認させる。
「う、っお!? っと、っとと!?」
……打ち合いの最中、一合一合相手の得物の長さが変わる。僕は自分では味わったことがないが、そのやりづらさは想像できる。
ジェンドはたまらず、後ろに飛んで仕切り直した。
「……おい、ヘンリー。今のは卑怯なんじゃないか?」
「身体強化と武器のみ、だったよな。武器の能力使ってるだけだよ。……まあ、まさかこれ使わないと凌げないとは思わなかったけど」
運や僕のミスもあったが、かなりいいようにやられてしまった。ジェンドは相当に剣を練り上げてきたと見える。
小手先の技が向上しているというわけではない。ただ、大剣の一振り一振りの完成度が前までとは段違いだった。
虚実もなにもない単純な斬撃も、鍛え上げればここまでになる。……あまり技とか関係ない対魔物戦においては、非常に適した鍛錬を積んだと言える。
男子三日会わざれば云々……というのはリシュウの方の格言だったか。素直に凄いと思うし、まだ経験の差はあれど、もはや僕が面倒を見る、なんて上から目線ではとても言えないくらい成長している。
うんうん、凄い凄い。
武器オンリーだったら今までも結構負けてたし、ここは神器の能力なんて使わず、正々堂々戦って素直に倒される……というのが、デキル先輩の姿な気もするが、
「おい、ヘンリー。伸ばすな」
「嫌だ」
如意天槍を大きく伸ばす。
……クックック。ジェンドめ、剣を振るのは達者になったようだが、反面歩法や立ち回りは然程成長していないと見た。大剣の間合いを遥かに凌駕する長槍の刺突を掻い潜って、果たして貴様は接近できるかな!?
「……再会の第一戦で負けるのは、なんとなく癪だしな」
「大人気ねえな、お前!?」
なんとでも言うがいい。一応、恋人の前でいいカッコをしたいという程度の欲は僕にもある。
「……うわー、ヘンリーさん、なりふりかまってませんねえ」
「私としては、全霊を尽くすのは当然のことだと思いますけど」
「そうは言うけどティオちゃん。仲間との模擬戦であそこまでムキになるのってどう思う?」
「それは……まあ」
……いいカッコをしたいのだ!
なにやら目論見が大分外れてしまっているような気がするが、そうなるとせめて勝利の栄光程度は掴んでおかねばなるまい。
「行くぞ、ジェンド!」
「なんかヘンリー、やけになってねえ!?」
なってない。
「ふう」
模擬戦の後。グランディス教会併設の酒場で果実水を一息に飲み干して、僕は息をついた。
……結局、ジェンドとは六回やりあって三勝三敗。初戦はジェンドの実力の向上に面食らって多少……あくまで多少、卑怯かもしれない手を使ったが、二戦目以降は普通にやりあって、ほぼ五分の戦いとなった。
いや、魔導なり道具なり使えば、まだまだジェンドに負ける気はない。ないが……それでもジェンドは、武芸においてはもう十分以上に一流と言っていいだろう。
「ティオちゃんもフェリスさんも、強くなりましたねー」
「ああ、ありがとうシリル。……頑張った甲斐があったよ」
「流石に、ジェンドさんと違って一人じゃあ敵いませんでしたが」
……治癒魔導、索敵・隠密など、別の強みを持つフェリスとティオもそれぞれ成長していた。
流石に剣一本で鍛えているジェンド程ではないが、二人タッグであれば僕相手に武器だけでも十分抵抗できるようになっている。
「う~~む。是非ともシリルさんの成長も、みんなに見てもらいたかったのですが」
「いやいや、十分見せてもらったじゃないか。魔法の発動、大分短くなったね」
「あんな地味なのじゃなくて、パーッとドデカイのを使いたかったんです!」
シリルの言葉に、フォローしたフェリスが苦笑いになる。
……シリルもまあ、当然のように成長している。魔法の発動が短くなったのもそうだし、歌でなくても踊りで魔法が発動できるようになった。後、パーティでの魔法使いの動きも、相当に仕込まれている。
それをシリルは、大魔法の発動でもって見てほしかったらしい。
当たり前だが、王都の教会の小さな訓練場で、んな魔法が使えるわけがない。教会どころか街区一つ余裕で吹っ飛ぶ。
「はいはい、それはまた機会があったら見せてやればいいだろ」
「むぅ、わかりました。……また、最上級とかに遭遇した時用にとっておきます」
「いやいや、んな機会そうそうないから。最前線に行くときまでとっとけ」
と、シリルにツッコミを入れていると、
「……ヘンリーさん。私達、一年と空けずに二匹も遭遇したんですけど。最前線じゃないのに」
「お、おう。ティオ、確かにそれはそうなんだが」
「二度あることは、というしね。心構えはしておいて損はないだろう」
「フェ、フェリス? 多分、僕はそれ損になると思うナー」
ジェンドのやつも、釣られるように目に気合いが入っているが、いやいやないって。
リーガレオ以外で最上級が出るのって、ほんっと~に一地方につき数十年に一度のこと。短期間でああも遭遇したのは、単純に運が悪……
「……む」
ふと。魔王が戴冠してからこっち、魔物の出現が北大陸でも増えている、という話を思い出し。
……まさかの話、ではあるが。これもその一環なのではないかと、少しだけ思い直した。
本当に最上級の発生が顕著に増えているのであれば、とっくに教会から警告が出ているだろうから、今はまだ与太話に過ぎないが。……これからはわからない。
「……まあ、そういうこともあるかもな。気にしすぎるのもなんだけど、少しだけ警戒はしとくか」
全員が頷きを返す。
いや、本当に杞憂に終わる確率のほうが遥かに高いが……まあ、念の為である。
「んじゃ、それはそれとして。イストファレアのこともっと聞かせてくれよ」
一旦その懸念は置いておいて、僕はことさらに明るい声で、別れていた三ヶ月の話題を振った。
昨日、宿に泊まった時も語り明かしたが、昨晩はどっちかというと僕と魔将の戦いのことについてがメインで、あまりジェンドたちの話を聞くことはできなかったのだ。
「ああ。んじゃ、俺の烈火院での修行のことだけどさ」
ジェンドが、道場ではほぼ毎日素振りばかりで、実戦訓練は夜に近所でやっていた野良試合で積んでいたことを話し。
ティオは、リシュウの武術組合? みたいなところで、色々な技術を吸収させてもらっていたと語り。
……強襲医療神官の訓練は大変だった、本当に、大変だった、特に最後の一ヶ月が……と、フェリスが珍しく泣き言を漏らした。
ふんふん、と頷きながら、ふと思い出す。
「そういや、魔将対策のためにイストファレアにはロッテさんが行ったんだろ? 会ったりしたのか?」
「いやいや、流石に街を守る英雄として来たシャルた……コホン。シャルロッテさんに、知り合いとはいえ図々しく会いに行けはしないさ」
「一応、俺たちも防衛には志願したけどな。結局魔将は来なかったけど」
フェリスがギリで自重し、ジェンドが補足する。
「ふぅん。じゃ、向こうの生活はどうだった? ジェンドとティオは、親元から離れるのも初めてだったろ」
とりとめもなく、話を続ける。
離れていた時間を埋め合わせるように、向こうの話を聞き、僕とシリルも色々と伝えた。
うむ。手紙はちょくちょくやり取りしていたが、やはりこうして直に話をするのは大切だ。
久方ぶりのパーティの会話に、なんとなく落ち着くものを感じ、
「あ、そうそう。ヘンリーさんとシリルさん、なにか進展ありましたか? 少し前、そんな話題で盛り上がりまして」
「ぶっ!?」
唐突にブッ込んできたティオに、飲んでいた果実水を吹き出した。
「い、いきなりなんだよ!?」
「いえ、パーティメンバーの間の関係性を把握しておくことは、大切なことなのではないかと思って」
否定はしないけれども!
ジェンドとフェリスに目を向けると……おおう、こっちも好奇の目でこっちを見てやがる。
「そうだったそうだった。それについては、俺も聞き出したかったんだ。俺とフェリスのこと散々言ってくれたんだ。ヘンリー、まさか自分だけ逃げるつもりじゃないよな?」
「勿論、私としても気になるね。少しくらい反撃させてもらおうか」
ぐ、ぐぬぬ。
……いや、ポーカーフェイスだ、僕。実際のポーカーは弱いが、これでもこいつらよりは色々と経験はあるつもりだ。
そう、努めて素知らぬ顔で。こう、お前らの想像に任せる、とかお茶を濁そう。
「ン、まあ気になるのはわかるけど。そこら辺はお前らの想像に……」
「……ヘンリー、ヘンリー」
「あン?」
ちょいちょい、とジェンドが親指で僕の隣に座るシリルを指す。
あれ、そういえば。ティオの発言に一番激しく反応しそうなシリルが、一言も喋って……
「~~~~っっ」
ぷるぷる、と身を震わせて。
真っ赤な顔になっていらっしゃるシリルさんが、果たしてそこにいた。
「……あー、その、だな」
いかん、三人がなにかを察した顔になっている。
逃げ道は……ねえな、これ。
そうしてそのまま酒も入ってしまい。
僕とシリルは、今までの鬱憤を晴らすかのようなジェンドとフェリスに、色々と言われまくるのだった。
……なお、最初に話題を振ってきたティオは、我関せずと淡々と蒸留酒を傾けていた。こいつ、無敵すぎないか。




