第百五十六話 合流
賢者の塔の講習、最終日。
お世話になったデリックさんやその他講師の人達への挨拶を済ませた僕は、のんびりと賢者の塔一階のホールでシリルを待っていた。
講習生でも、特に仲良くなったフレッドとエミリーも一緒だ。
「ヘンリーさん。そういえばオーウェン兄から言伝が。サンウェスト離れる前に、もう一回呑みに行こうって。エミリーやシリルさんも一緒に、お別れ会みたいな感じで」
「んー、別にいいよ。家の片付けも、大体終わったし」
フレッドの提案に頷く。
なお、現在オーウェンは赤竜騎士団の宿舎を間借りしているそうだが、街の入口付近のアパルトマンを借りているフレッドに、毎朝稽古をつけているらしい。
……この前は冗談っぽく言っていたが、フレッドが僕を目標にする、ということに大いに反抗心が刺激されたようだ。
「エミリーはどうだ?」
「いいわよー。フレッドのお兄さん、面白いし」
ホールに置かれている魔導関係の専門誌……魔導新聞に目を通していたエミリーが、すぐに頷く。
「んじゃ、段取りはオーウェンに任せた。僕とシリルは、四日後にここを発つから、明日が助かるな」
「はい。伝えておきます」
オーウェンは、宴会の取り仕切りは得意なので、任せておけば問題なかろう。しばらくこの街の騎士団に厄介になるとあって、美味い店も色々開拓しているらしいし。
「へえ~、凄いわねえ」
「? どうした、エミリー。魔導新聞、なんか面白い記事でも載ってたか?」
「うん。ヘンリーさん、この一面見てよ」
エミリーの感心したような声に興味を惹かれて、僕は魔導新聞をひょいと横から覗く。
「……は?」
……で、一瞬目を疑った。
この手の新聞に写真が載ることは稀だが、今回は余程のことなのか、緊張している様子のある一人の女の子の写真が掲載されていた。
それだけなら別にどうとも思わないのだが……この新聞に載っている女の子の顔が、とてもとても見覚えがある気がするのは、僕の気のせいだろうか。
記事のタイトルに目を通す。
『弱冠十五歳の天才少女、瘴気による魔導への影響除去の理論を立証』
……北の街フローティア出身のラナさんは~と記事本文は切り出している。
「私より年下なのに、凄い子もいるものね」
「どれどれ、俺にも見せてくれ。……へえ、本当だったら、色々変わるなあ」
……瘴気の濃い場所では、魔導が阻害される。
個人が直接使う魔導はなぜか影響が薄いのだが、街を囲う魔導結界や、今回使えなかった転移門などは、濃い瘴気のある環境下では軒並み使い物にならない。
瘴気に強い影響を受けるものは、動力源の全て、あるいは一部を魔石で賄っている。仮説として、人が放出する魔力と魔石から抽出する魔力では、瘴気に対する抵抗力のようなものが違うのでは……と言われている。
んで、記事が本当であれば、そういった瘴気による魔導の阻害要素を除去し、万全に運用可能とする理論を、ラナちゃんが確立したらしい。
……え? マジで?
「ヘンリーさん、お待たせしましたー!」
「お、おう! シリル、早かったな」
いきなり横から声をかけられてびっくりした。見ると、シリルがニッコニッコと笑いながら隣に立っている。
「? どうしました。いつもは私が近付くの、すぐ気付くのに……って、あ。なんでラナちゃんが新聞に載ってるんです?」
そうしてシリルは、すぐさまエミリーが持つ新聞の一面に気付き、ハテナ顔となる。
「あれ、シリル。この子と知り合い?」
「はい、私、家はフローティアなので。ヘンリーさんが常宿にしてたお店の看板娘さんです。その縁で私も仲良くなって」
「あ、ヘンリーさんも知り合いなのね」
「う、うん」
三人は呑気にしているが、僕としては……これ、ちょっととんでもない偉業ではないだろうか? という気がする。
例えば、最前線だと瘴気が濃すぎて魔導結界がものの役に立たない。もし仮に、この結界が十全に役割を果たしてくれるようになれば……上級の魔物は完全に押し止めることはできないだろうが、少なくとも枕を高くして眠れる人はぐっと増えるはずだ。
後、僕が使うような道具の類。今は瘴気の濃い場所での運用のため、着火用の魔力をちゃんと人が入れないといけない、という制約がある。でも、そういうのがなくなれば、罠とかぐっと使いやすくなるし、戦えない人でも色々と道具を利用して抵抗できるようになる。
そしてなにより、転移門の運用ができるようになれば……戦争自体が大きく様変わりする。
この手の新技術の情報は、コスト面や実現性の問題でぬか喜びさせられることも多いが……近く、知恵の神ヘスタのシンボルを象った、ヘスタ二等勲章の授与式があるとも記事にある。
……僕もあまり詳しいわけではないが、確かこれ、大きな発見や功績を上げた学者さんが授与される、すごく格の高い勲章だったはずだ。
間違っても、成人前の少女がもらえるようなものではない……というのが逆説的に、ラナちゃんの発見に対する評価がとんでもないことであることを証明している。
「あ、王都での勲章の授与式、十日後らしいですよ。ヘンリーさん、ちょっと王都に滞在して、ラナちゃんお祝いしません?」
「あ、ああ。まあ、ジェンドたちと合流して、相談してからな」
「はぁい」
ふう、と僕は深呼吸をして、興奮しすぎている自分を落ち着かせる。
……まあ、期待はしすぎないようにしておこう。
オーウェン主催のお別れ会を終え。
借家の鍵を、賢者の塔の担当受付に返却し。
サンウェストの転移門から、王都セントアリオへ。
転移門が設置されている、転移の駅の入り口付近にある喫茶店。僕とシリルは窓から見える王都の街並みをのんびりと眺めながら、ジェンドたちを待っていた。
「いやー、王都も久し振りですねえ。イストファレアからサンウェストに飛んだ時は、駅から出ませんでしたし」
「ああ。前ラナちゃんの大学見学の付き添いに来た時以来か」
……そのラナちゃんが先日とんでもない発見をしたんだよなあ。あの頃から頭が良いとは思っていたが、まさかここまでとはついぞ思っていなかったよ。
「ジェンドたちはまだですかね?」
「イストファレアと王都間の転移門、ちょっと遅れてるって話だったろ。もう少しだって」
魔導陣のトラブルや、担当の魔導士の体調不良、客の遅れ……などで、移動時間はほぼゼロの転移門も、完全に定刻通りとはいかない。
本来、僕たちの便よりジェンドたちは早く到着している予定だったのだが、どうも魔導陣の調子が悪く、メンテで遅れているらしい。
「っと、噂をすれば、だ」
がやがやと、転移の駅から一気に人が出てくる。
多分だが、時間的にイストファレアから転移してきた人たちだろう。
出てくる人は多く、目的の人物を探すのに普通は難儀するだろうが……
「あっ、いました!」
「おう。まああのガタイなら、速攻見つかるな」
普通の人より二回りはデカいジェンドが目印になり、人混みの後ろの方にいた仲間たちを、僕とシリルはすぐに見つけた。
すっかりぬるくなっていた珈琲を飲み干し、伝票を手に取る。
「ほれ、行くぞー」
「はーい」
代金の支払いを済ませ、きょろきょろと僕たちを探しているらしきみんなの元へ向かう。
途中、向こうも気付いてこちらに来て、
「ヘンリー、シリル。久し振りだ!」
「おう。……なんだ、ジェンド、なんかすげえ筋肉ついてないか?」
「ああ。もう朝から晩まで剣振ってたからな。つい最近、ようやくまともに剣を振る体つきになったって院長に褒めてもらったんだ」
……イストファレアの道場の水準たけーな。三ヶ月前でも、十分すぎるほど体は出来上がっていたと思うんだが。
「ティオちゃん、フェリスさん。どうもです。なんか二人ともこう、強くなった感ありますね!」
「ええ……適当に言いすぎじゃないですか?」
「まあまあ。褒めてくれているんだから、素直に受け止めよう、ティオ」
女性陣も再会を喜んでいる。
「ティオ、フェリス。しばらくだな」
「はい、ヘンリーさんも元気そうで何よりです。……魔将のこと、冒険者通信で見ましたよ。ヘンリーさん、ユースティティアさん、アゲハさんが撃退した、と。写真も一緒に載っていました」
「ん、まあな」
なお、正面張ったのは僕だが、世間的な扱いとしては、むしろ英雄二人の援護をした勇士って扱いである。
三人の写真、僕は隅っこの方だったし。……まあ、英雄のネームバリューはでかいし、紙面を飾るのであればむさい男よりも、遺憾ながらツラに恵まれている女二人の方がいいという判断だろう。
でも、教会にはちゃんと評価されているはずなので、世間的な扱いがどうであれ特に気にしない。つーかむしろ、変に目立ちたくない。
「そうでした。アゲハ姉と一緒に魔将を退治したんですよね。是非話を聞きたいです」
「俺も、どんな戦いだったか聞いてみたいな」
「ふっふっふ、そういうことならこのシリルさんにお任せあれ。実際に戦ってたヘンリーさんより、客観的なお話ができると思います!」
シリルが自信満々に挙手するが、ええと……
「……お前、僕とかアゲハの動き、追えてた?」
控えめに言って、結構な目を持ってないと追いきれない戦いだったと思うが。
「あー、そのー……こう、ふ、雰囲気で!」
「シリルさん、そういうのは求めてません」
「……はーい」
ピシャリとティオに言われ、シリルはすごすごと引き下がる。
「まあ、積もる話もあるし、今日のところはどっか宿取ろう。……で、その前にな、これ」
別途購入した魔導新聞の一面を見せる。
「……なんでラナが新聞に?」
「あー、僕もこれ読んで初めて知ったんだ。とりあえず読んでみてくれ」
ジェンドたちは知らなかったか。
……まあ、魔導新聞は専門誌だし、あまり流通もしていないので仕方がない。
もしこの記事の内容が本当であれば、きっとそのうち普通の新聞にも大きく掲載されることだろう。
そうして、三人が記事を読んだ後、勲章の授与式まで王都に滞在しないかと提案し、無事受け入れられたのであった。




