第百五十五話 決戦後
魔将を撃退してから三日。
ひとまず、魔将と戦ったその夜には祝勝会を済ませ、その翌日には議会主催の式典であの戦いに参加したみんなに勲章が贈られた。
……僕は勲功第一ということで、代表として受け取る役割を任されそうになったが、そこは英雄サマにブン投げた。壇上でも映える美貌を誇る救済の聖女様様である。議会の人からしても、英雄が出張ったほうがなにかと見栄えもいいだろうし、僕は悪くない。
実は目立つことはあんまり得意でないユーの奴に、後で覚えてろよ、とか言われたが、残念ながらもう忘れた。
んで、昨日。
……あの規模の魔物の攻勢にしては、奇跡的なほど少なかったが。それでも、ゼロとはできなかった犠牲者の方々の合同葬儀があった。
魔将を倒した時点で息があった人は、ユーがゲボ吐きながらポーション飲んで癒やしをかけてまわっていたが、それでもどうしようもないことはある。
勿論、話したこともない人たちのこと。いつまでも気に病むなんてことはないが、そういう人たちがいたから魔将の戦いに集中できたことは、これは忘れてはいけないことだ。
なお、葬儀が終わったらユーとアゲハはリーガレオへと帰った。ユーはもう少しゆっくりしたかったようだが、魔将の首刈りに失敗したアゲハが『鍛え直しだ! リーガレオに出てくる魔物、全部の首飛ばすぞ!』と引き摺っていったのである。
……ユーも付き合いがいいもんだ。
とまあ、つらつらと考えつつ。
僕は賢者の塔一階の掲示板のところに貼り付けられている、お知らせを読む。
「……あ~、講習再開は一週間後かぁ」
一講習生にして一冒険者に過ぎない僕から見える後始末は終わったと思うのだが、この街の要を担う賢者の塔の人たちからすると、まだまだ諸々残っているのだろう。
魔物の攻撃や砲撃部隊の絨毯爆撃で地形ごとぐっちゃぐちゃになった街道の整備とかかね? 僕もここに来るまで知らなかったが、土木作業特化の魔導流派とかもあるらしいし。
「魔法全般も同じですねえ」
「そっか。どうするかねえ」
別の掲示を見ていたシリルの呟きに、少し悩む。
訓練場とかは申請すりゃ使ってもいいらしいので自主練に励むのもいいが……この街に来てからこっち、まとまった休みを取っていない。
魔将との戦いで、怪我からの治癒魔導での復活を何十回とやったせいで、まだ体も本調子じゃないし。
「ん~、まあしばらく休みにするか。シリルが訓練するっつーなら付き合うけど」
「そですねー。私も少し骨休めしたい気分です」
実際、シリルもよく頑張ってきた。魔法だけでなく、肉体面でもゴリッゴリに鍛えてやったのだが、泣き言を言いながらも全部こなしたのは褒めてやるべきだろう。
……ま、最低限の練度維持のための訓練はやるにしても、少し休養といくか。
「んじゃ、そうするか。折角だし帰りにランチでもしていこう。いい店知らないか?」
「あ、じゃあ前々から気になっていたお店があるんで、そこ行きましょう。とても美味しい野菜を揃えているらしくてですね。お肌にもいいらしいんです」
……僕、すっげ場違いな感じの店じゃね? まあ、シリルと一緒なら別に変な目で見られたりはしないだろうけど。
頬を掻きながら、まあ好きにさせるかと思っていると、ふと見慣れた二人の人影がこちらにやってきた。
「よお、エミリー、フレッド。お前たちも掲示板の確認か?」
「ヘンリーさん、シリル、こんにちは。ええ、そろそろ予定が貼り出されている頃じゃないかと思って」
「講義の再開は一週間後だってさ」
「一週間! そんなに。もう、暇を持て余すわね」
エミリーがつまらなそうに口を尖らせる。
「フレッド。自主練するから付き合って」
「ん、ああ。いいよ。エミリーの魔導は凄く参考になるし」
「ふふ! 私の華麗な魔導をもっと褒め称えてもいいのよ!」
「はいはい、華麗華麗」
エミリーとフレッドが、なにやら軽やかに約束を交わしている。
んー? なんか少し二人仲良くなったか?
まあ、もう二ヶ月半、同じ講習受けてたし。魔将との防衛戦でも同じ班になってたらしいし。そんな不自然でもないが。
「…………」
「? どうした、フレッド」
と、気付くとなにやらフレッドが僕に熱い視線を送っていた。
「ええと、ヘンリーさん。魔将との戦い、凄かったです」
「そ、そうか? それはありがとう?」
祝勝会とか式典とかで色んな人から持ち上げられていたが、知り合いから言われるのは変な感じだ。
いや、大したことじゃない、なんて言うつもりはないが、こう……上をたくさん知っている身としては、少々居心地が悪い。ユーの強化がなかったら、勝つどころか間違いなく五分と持ってなかっただろうし。
「今は無理ですけど、俺、きっとヘンリーさんに負けないくらい強くなりますからっ」
「お、おう」
フレッドの宣言に、僕はちょいと戸惑う。
……僕も、エッゼさんとか、勇者さんとか。色んな人を目標に鍛えてきたが、そうか。いつの間にか、目標にされる側になってたんだな。
思えば、結構前からそんな感じだったのかも知れないが、真正面から言われてようやく自覚した。
まあ、なにが変わるというわけでもないが。
憧れを裏切らない程度には、頑張らないといけないだろう。
「フレッド、勇ましいわね。あの戦いっぷりを見て、そんなこと言えるなんて」
「ああ、サンキュ、エミリー。んで、差し当たっては、俺向けに強化魔導使ってくれる、美人なニンゲルの手の使い手を探さないとな!」
って、オイ。
「……美人ってトコ、必要か?」
「まあ、絶対ってわけじゃないですけど、その方がテンション上がりますよね? ヘンリーさんは、救済の聖女様から受けてるんだから、わかると思いますが」
わからねえよ! あの女に関しては、もう色んな意味で慣れてんだから!
「よく言った、フレッド! それでこそ、スペンサー家の男児だ!」
……と。
僕がフレッドへなんと言えばいいだろうと思い悩んでいると、なにやら聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向いてみると、久し振りに会う伊達男がニヤニヤ笑いながら立っていた。
「よ、ヘンリーにシリルちゃん。お久ー」
「……ああ、久し振り。で、オーウェン、なんでお前がここに」
「いやなに。魔将との戦いで、ここの赤竜騎士団の人員もいくらか減っただろ? 補充されるまでの助っ人として来たんだよ。まだ魔将の瘴気が残ってて、強めの魔物が出る可能性もあるし、一応精鋭ってことになってる黒竜騎士団から人を出すことになったんだ」
そういうことか。
「で、ま。丁度うちの弟もいることだし、俺が志望したんだが……なんだ、ヘンリー。なんかフレッドが世話になってるみたいだな?」
「たまたま同じ講習を受けることになってな。最初聞いたときは僕もびっくりしたよ」
本当に、妙な偶然もあったものである。
「フレッドも久し振りに会うな。前帰省した時以来か」
「ええと、オーウェン兄、久し振り」
「おう。で、そっちの子は?」
視線を向けられ、エミリーは軽く会釈する。
「フレッドやヘンリーさんと同じ講習を受けている、エミリー・ステイシアよ。よろしくね」
「おう、オーウェンだ。……可愛い子だけど、フレッド、お前のこれか」
「いやいや、友達だって」
小指を立てるオーウェンに、フレッドは否定する。
……が、割と相性はいい気がするけどな。
「そうかそうか。まあ、この街でのことは後でゆっくり聞かせてくれよ。俺、到着日の今日は休暇になってっから」
「ああ、それは勿論」
兄弟の何気ない会話……だったのだが、不意にオーウェンが表情を暗くする。
「それはそれとして、だ。フレッド、さっきの話、たまたま聞こえてたんだが……兄ちゃんは悲しいぞ。身近に、すげー強くて格好いいお兄様がいるのに、目標にするのはヘンリーか……」
「い、いや、それは」
なにやらオーウェンがタワけたことを抜かし、フレッドがオロオロする。
……フン。
「ハッ、そりゃ強い方を目標にすんのが当たり前だろ。なに言ってんだ、オーウェン」
「言ったなテメェ、ヘンリー。最前線でバリバリ戦って、団長にしごかれまくった俺は、前戦った時の俺とはちょっと違うぜ」
「なにが違うか見せてもらおうじゃねえか。模擬戦だ。ここの訓練場借りに行くぞ」
「上等だ!」
売り言葉に買い言葉。
颯爽とまとまった模擬戦を実施するため、訓練場の利用申請に向かう。
「……ヘンリーさん、なんか普段と違うわね」
「あー、ユーさんとかアゲハさんとか、同年代の友達の人と話す時はあんな感じです。結構負けず嫌いですし」
「でも、会っていきなり模擬戦ってなんなんだ。オーウェン兄も当たり前みたく受けたし」
「なんでも、リーガレオでは戦友に再会したら一発やり合うのは挨拶みたいなものらしいですよ? 不意打ちじゃないだけ、今回は穏当な感じです」
「最前線って……」
と、なにやらシリル達がひそひそ話をしているが。
闘志に燃えた僕とオーウェンの耳には、それは届かなかった。
「あー、くっそ。オーウェンめ、僕の体調不良につけ込みやがって」
十戦六勝四敗。
確かにオーウェンの動きは良くなっていたが、それでも本調子であれば八、九勝は固かったはずだ。三日くらい後でやりあえばよかった。その頃には魔将との戦いでの後遺症も癒えていただろうし。
「あの、模擬戦を仕掛けたのはヘンリーさんからだったと思うんですが」
「………………」
近い位置から聞こえるシリルの声に対し、僕は無視を決め込む。そのような都合の悪い言葉は聞こえない。
「もう」
ぺちん、と額を叩かれる。
「無視しないでくださーい。もう、どきますよー?」
「ああ、悪かった悪かった。もう少し休ませてくれ」
「はいはい」
借家のリビング。
大の男が寝っ転がれるくらい大きなソファの上で、僕はシリルに膝枕をされていた。
流石に他の人間の視線があると恥ずかしくてできないのだが……これが実にいい塩梅なのである。ごろごろしたい時はよくこうしてもらっている。勿論、僕が膝枕する方になることもある。
「いやー、しかし。色々ありましたけど、なんだかんだでもう後少しですねえ。サンウェストの滞在も」
「あー、そうだな。そういやジェンド達と合流する日まで、後二週間ちょいか。ここで一週間休講は残念だったな」
魔将が攻めてくる直前の手紙で、王都での待ち合わせの日程は決めていた。アクシデントはあったが、転移門の予約も入れてるし、そこを動かすことはないだろう。
「ああ、退去前にちゃんと掃除とか、増えた物の処分とかは済ませないといけませんね」
「その辺の段取りは任せる。手ぇ動かすとこはやるから」
僕がやると、効率が悪すぎて呆れた目で見られそうだし。
「はぁい。シリルさんにお任せあれー」
「おう」
話が終わり。
ふんふんー、とシリルが詩集なんぞを読みながら、鼻歌を歌う。
いつものことなのだが……こう、膝枕されながら、シリルの歌を聞いてると眠くなってくる。
いけない、いけない、と思いながらも、瞼が重くなっていき……僕は意識を手放した。
――そうして、『そろそろ晩御飯の準備の時間なのでどいてくださーい!』と、叩き起こされるまでがいつものワンセットなのであった。
長くなりましたが、これで第十二章完結となります。




