第百五十四話 決戦 後編
「ぐ、うう……!」
ギゼライドの攻撃をまともに受ける。
僕はしっかと地面を踏みしめ、なにくそと押し返した。
……ふっ、と圧力が引いた。ギゼライドが次の攻撃のために大剣を下げたのだ。
「ヘンリー、そろそろだ! 気ぃ抜くなよ!」
「わーってる!」
ヒットアンドアウェイでギゼライドをチクチク攻めているアゲハの警告に、僕は頷いた。
明らかに、最初よりギゼライドの力が落ちている。真正面から攻撃を受けて、僕の五体が無事なのがその証拠だ。ちょっと前までは、受け流しもせずに受けていたら腕や足がイカれてて、都度ユーに治してもらっていた。
……つまり、魔将の『枯渇』の時が近い。
「ふん! まだ若いくせに。そこは油断するくらいのかわいげを見せて欲しいものだ」
「うるっせえ!」
そんなことをしてやる義理などない。
大体、力が落ちている振りをして、こっちの油断を誘っている可能性もあるのだ。息の根を止めるまで全力。それ以外の選択肢などない。
さっ、とアゲハと目配せをする。視線だけで向こうが頷いたのを見て、僕は次の攻撃を仕掛けた。
「《強化》+《強化》+《火》+《投射》!」
ギゼライドの顔面に向けて炎の矢を放つ。威力的には、強化二つがかりでもギゼライドの肌を焦がすことはできないが、眼球は別だ。
更に、放った矢を追いかけるようして僕はギゼライドに接近し、刺突を腹目掛けてブチかます。
顔面と腹。上下の同時攻撃……に加えて、アゲハも合わせて背後から切りかかっている。
「舐め……るな!」
必殺の間合い、どれか一発は受けてもらう……と思っていたら、ギゼライドが全身から魔力を爆発させるように放出し、僕たちの攻撃を防いだ。
軽く吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がり、すかさず構え直す。
アゲハは……あっちもあっちで、すぐに体勢を整えていた。
魔導や魔法という形を与えられない魔力なんて、外界への影響力は大したことないはずなのだが……前衛型とはいえ、そこは魔将である。下手な魔導より強烈で、全身痛い。
しかし。
「…………」
はっ、はっ。と、ギゼライドがとうとう息を切らせはじめた。
僕も随分体力、気力を消耗しているが、強化魔導によるユーとの繋がりのため、魔力だけはまだまだ元気いっぱいだ。ユーの奴、後衛から防御の魔導を飛ばしつつ、魔力回復のポーション六本目いってるし。
ちらっ、と少しだけ魔将から視線を外し、全体の状況を把握。
相変わらず、魔物を相手にしている周囲の戦況は順調。
二、三分に一回飛んでくるシリルのお化けみたいな威力の魔法が、どっかんどっかんと派手に魔物を吹き飛ばしている。どうも、ゼラト団長もあの威力は嬉しい誤算だったらしく、シリルの魔法を効果的にぶっ放せるよう周囲を動かしていた。
シリルの一撃が目を引くが、エミリーの魔導も的確に魔物を狩っているし、それに同じ隊らしいフレッドも頑張っている。
勿論、他の砲撃部隊も、騎士も冒険者も。全員が一丸となって街の脅威に立ち向かい、魔物への対処はもう趨勢は決まっていた。もうとっくに、魔物の横槍は警戒しなくてもいいくらいになっている。
……後は、僕たちがこの魔将を打ち倒すだけだ。
ふぅ、と一つ息をつき、僕は声を張り上げた。
「ユー! 追い込みかけるから、気合い入れてくれ!」
「~~っ、ええい、わかりましたよ!」
気合いを入れろ=もっとポーション飲め、だ。
七本目のポーションをユーが飲み干し、手応え的にこれからの攻撃は少し不安だった魔力が補填される。
――決めに行こう。
「《強化》+《強化》+《固定》+《拘束》+《拘束》!」
五重の魔導を込めて、全力で如意天槍をブン投げる。そして、三十の分裂。
――普段の僕なら、魔力不足で使い切れない魔導投擲も、ユーがいれば使える。
「ぬ、ううううううう!!?」
無数の穂先は、流石に全ては躱せない。唸り声を上げるギゼライドは、大剣で直撃する槍を迎撃、
「お、もい!?」
しようとして、失敗する。
ゴードンさんの加工により新たに発現した如意天槍の能力、重量の操作。実戦では初めて使うが、槍の重量が増加すれば、それだけ威力も跳ね上がる。
ここまで散々使ってきた僕の投槍の威力は、当然ギゼライドも把握したはずで、それを前提に迎撃しようとしたのだろうが……ここまで隠しておいた甲斐があった。
予想外の圧力のため、凌ぎきれなかった数本がギゼライドに突き刺さる。同時に体に纏わりつくような拘束の鎖と、物理的に身動きが取れないほど周囲に突き刺さった槍が、魔将の動きを刹那封じ込めた。
これも、戦いが始まった当初のギゼライドなら数瞬も稼げなかっただろうが……この隙を見逃すつもりはない。
「《強化》+《強化》!」
全身に対して《強化》。強化魔導との二重のバフに体が悲鳴を上げるが、数秒だけだと歯を食いしばって我慢。
一本だけ戻した如意天槍を伸ばして構え、残った分裂した槍で拘束されているギゼライドに向けて全力の突きを繰り出す。
「ぐ……はっ!?」
手応え、あり。身を捩って僕が狙った心臓への直撃は避けたようだが、肩に深々と槍が突き刺さる。肩口をブチ抜いて、でかい風穴を開けてやった。
――好機だ。
「アゲハ、殺れ!」
「――っ応!! その隙、もらったァ!」
アゲハの突進に合わせ、分裂した槍を消す。
……如意天槍の分裂の残留時間を任意で延長できるようになったのも、ゴードンさんの仕事である。ここに来て、新調した装備の能力が効いてきた。
アゲハがナイフを滑らせる。肩を深々と抉られて動かない腕では、それを防ぐことはできず……果たしてナイフは、ギゼライドの首に突き刺さる。
決まった、と一瞬思ったが、
「……ッチッチチ!」
アゲハのナイフは、首を断つところまではいかなかった。首の四半分ほどに食い込んで止まっている。これ以上刃を進められないと悟ったアゲハが、ナイフを手放して僕のところまで下がってきた。
……首にあそこまでナイフが入ってまだ生きているが、そのくらいで今更驚かない。
「くっそ。締まって抜けなかった。おい、ヘンリー。あの神器のナイフ、アタシのお気に入りなんだ。とっととブッ殺して取り戻すぞ」
「はいよ。逸って無茶な突撃すんなよ」
「誰に言ってやがる!」
予備のナイフを取り出し、アゲハが構え直す。
僕も槍を構え、ギゼライドの次の動きに備える。
ギゼライドは流石の化け物っぷりだが、いい加減限界が近いはずだ。もう僕に隠し札のようなものはないが、このまま押し潰す!
「……ここまで、か」
と、気合を入れたのだが。
ふと、ギゼライドはそう呟いて、無事な方の手で保持していた大剣を手放した。
ぐしゃり、と重い音を立てて地面に落ちた大剣が、瘴気へと還っていく。
「お前たちの、勝ちだ」
そう、絞り出すようにギゼライドは言って。
膝をつき、倒れ込んだ。
……首に刺さったままだったアゲハのナイフがぽろりとこぼれ落ち、その傷跡から夥しい血が流れ始める。
「あ……」
しん、と。
それを見ていた誰もが一瞬言葉をなくし、
……いくらか残っていた魔物たちが、その創造主の死亡と同時に瘴気となって散っていくのを見て、ざわめきが起き始める。
「勝った……?」
「俺たち、勝ったんだよな」
そんな呟きがそこかしこから聞こえ、徐々に広がっていく。
ひとしきり、周囲の様子を観察していたゼラト団長が、手に持つ剣を掲げた。
「ヨォォォシ! 俺たちの勝ちだ! 全員、声上げろォ!!」
騎士団長の声に、ようやく勝利の確信ができたみんなが歓声を上げた。
ォォォォオオオオオオオオーー!!
と、勝ち鬨の声が戦場に広がる。
「……っふぅ」
終わってみれば呆気ない最後に、ぽかんとしていた僕もそこでようやく気が抜けて、その場で尻餅をついた。
……少しだけ。そう、少しだけ。いくら強くても、自分たちと同じように喋っていた相手を殺したことに、心によくないものが残ったが……こんなのは一晩寝れば解消するだろう。
隣に立っていたアゲハも、僕と同じようにその場に腰を下ろし……ダンッ! と、悔しそうに地面を叩く。
「アア゛~~っ、くっそ! 負けた!」
「……意味不明だぞ、お前。僕たち、魔将倒したよな」
「でも、首刈れなかっただろうが! いや、それだけならまだいいけど、完っ璧に叩き込んだのに、首を落とせなかったってのが滅茶苦茶悔しい!」
畜生、畜生、とアゲハが悪態をつきながら悔しがる。
結果的に、アゲハの首攻撃がトドメになったのだから、喜んでも良さそうなものだが。まあ、コイツのよくわからんマイルールなんて、いつものことっちゃいつものことなのだ。
僕がアゲハを呆れながら見ていると、ユーがこちらにやってくる。
「二人とも、お疲れ様。……アゲハはまたよくわからない理由で荒れてるのね」
流石長年の付き合い、ユーも心得たものだった。
「ひっでえなあ、ユー。めっちゃ落ち込んでる親友に言うことか、それ」
「ええ……落ち込んでるんだ。そ、それならわかったわよ。ええと、頑張れ?」
「そんなとってつけたような励ましはいらん!」
面倒くせえ、コイツ!
僕が呆れの色を濃くしていると、たったった、と足音が聞こえた。
……この気配、まあよく慣れ親しんだものだ。
僕は顔をそちらに向け、よう、とこちらに駆け寄ってくるシリルに手を上げる。
「お疲れさまでした、ヘンリーさん!」
「おう、そっちもお疲れさん」
そうして。
……僕たちの、魔将との戦いは終わりを告げた。




