第百五十三話 決戦 中編
いつもより遥かに強い蹴り足でギゼライドへと接近する。
僕の少し後ろにはアゲハ。走りながら、速度上昇のポーションを服用している。
……最初から使えと思うのだが、隠密する時に飲んでると普段と感覚が変わって潜みにくい、ということでギゼライドへ奇襲する際には飲んでいなかった。
ぐん、と目に見えて速くなったアゲハが方向を変える。……僕が真正面、アゲハが遊撃の担当だ。
「ォォォオオオッ!」
「来るか!」
突進の勢いも利用し、最大まで伸ばした如意天槍を思い切り突く。如意天槍の最大長はおよそ七メートル。ギゼライドの大剣の間合いの遥か外だ。
「ふンっ!」
大剣で弾かれる。ピキ、と骨が軋むような痛みが槍を通じて腕に走った。
……力が強い。今受けた感触からして、前戦ったハヌマン以上。ユーの強化がなきゃ、槍なんか余裕で弾かれていた。
だが、それはそれとして見るもんは見た。
「アゲハっ! 見たな!?」
「おう!」
長すぎて取り回しの悪い状態の如意天槍を、いつもの長さまで戻す。
たった一合だが、どうしても間合いに入る前に動きを見ておきたかった。
……魔将と最上級の魔物、この二つの脅威度を明確に分けるもの。地力自体も大きく違うのだが、一番大きなものは技だ。
魔物は、どれほど強く知恵があろうとも、これが拙い。世代を重ねることが稀なので、たまに鋭い動きをする個体がいても、そいつを倒しゃおしまいだ。
しかし、魔将は違う。最上級以上の能力で以て、人類が積み重ねてきた技を振るう。
ギゼライドが最初の集中砲撃を捌けたのも、多分それが理由だ。どのような攻撃で、どんな特性かを判断するだけの知識があるからこそ、あそこまで容易に抜け出せた。
エミリーの魔導を弾いた時と合わせて、あいつの剣を見るのはこれで二度。どれだけ力隠してんのかはわからないが、最低限は見れた。
「小癪! 俺の動きを計るための攻撃か!」
「じゃないと、初撃で殺られるかもしれないからな!」
僕の槍が届くが、向こうの剣は届かない間合いで攻撃を繰り出す。
……当然、その攻撃を弾いたギゼライドはこちらに踏み込み、
「《光板》!」
踏み込む足に、光の板を挟み込んだ。
足が着くのが遅くなり、刹那の隙が――
「甘い!」
――生まれない。僅かな抵抗もできず魔導の板は踏み砕かれる。そうして上段に構えたギゼライドの魔剣が振り下ろされ――る、その直前。その攻撃を遮るように、光の盾が出現した。
遠隔から味方を守る、ニンゲルの手の魔導『オーラシールド』。一度に最大十枚を展開できるユーが、その魔導を五重にして魔将の攻撃を迎え撃つ。
あっさりと砕かれたが……しかし、見切れないほど早い振り下ろしが僅かに減速し、僕が防御できる間ができる。
「ぐっ、くく!?」
如意天槍で受け止め、力を逸らしながら身を躱す。
勢い、地面を叩いたギゼライドの大剣が、爆発めいたものを巻き起こした。剣の威力が地面を伝わって、後方の柵のところにまで届く。
……直撃したら、防具で受けないと一撃だな。ゴードンさんの防具でも、そう何度も耐えられないだろう。
「アタシも混ぜろよ!」
振り下ろしの隙を狙って、アゲハが側面から仕掛ける。止めは絶対に首を狙うが、それまでの過程であればアゲハも拘り過ぎない。普通に無防備で面積の広い脇腹を狙い、
「盾よ」
……ギゼライドの言葉一つで出現した、小さな黒い盾によって阻まれた。
人型に近い魔物は、自らの魔法で作った武器で武装していることがある。魔物を形作っているように、瘴気は擬似的な物質化ができるからだ。それと理屈は同じだろう。
「ヘンリー、五秒!」
「《光板》……十連!」
ギゼライドを囲むように、十枚の光の板を作り出す。
アゲハは軽く飛び上がると、その板を踏みしめ……《光板》を足場にギゼライドの周囲を縦横無尽に飛び回り、すれ違いざま切りつけていく。
「ぬお!?」
「こっちも、だ!」
それに目が慣れる前に、僕も攻撃を繰り出す。一突きで鋼の塊だろうとブチ抜ける攻撃を、しかしギゼライドは片手で振る大剣で容易に防ぐ。
……アゲハへの対処で片手を使わせているが、この状態でも攻めきれないか。
連突き、都合二十は突いて、その全てが防がれた。
「アゲハ、ちっと下がるぞ!」
「あいよ!」
今回の《光板》の効果時間である五秒が過ぎた。一時仕切り直しといく。
「逃がすとでも――!?」
僕がポーチから取り出して投げた玉が、地面で弾けて黒い液体を撒き散らす。中級クラスの魔物も足止めできる粘着剤だ。ギゼライドの前進の足が、地面に張り付いて一瞬止まる。
……力尽くで簡単に抜けられるだろうが、踏みしめるのと違って、足を上げる動作は具足が邪魔になるという寸法である。脱げるし。
「アタシからもプレゼントだ!」
そして、アゲハも同じく懐から取り出した玉を投げる。一瞬で巻き起こった煙が、ギゼライドを包み込んだ。
……なんだ、あの体に悪そうな紫色の煙は。
「アゲハ、あれって」
「ああ、最近作った毒。上級にも効くことは証明済みだけど……まあ効かねえよな」
煙が晴れると、不愉快そうに粘液に囚われた足を引っこ抜くギゼライドの姿があった。
「……毒って、アゲハ。周りの人のことも考えてください」
「大丈夫だって。あれ、空気に触れるとすぐに無害化するから、有効射程はすっげ短いんだ」
ユーの小言にはいはい、とアゲハが応える。
ふう、と一つ息を整える。
……ここまで、ほんの二十秒程の攻防。周りではようやく魔物と赤竜騎士団、勇士の戦いが始まった。
「それで二人とも、相手はどんな具合ですか?」
「……あー、わかっちゃいたけど、クソ強い」
強化を受けた僕とアゲハの二人がかりでかかって、傷一つない。本当に枯渇が近いのか真剣に疑わしい。
「そうですか。……まあ、さっきのオーラシールドの手応えでわかっていましたが」
「十枚なら止められるか?」
「それでも厳しいですね……。そもそも、ティンクルエールと併用すると、七枚が限界です」
全周を保護するバリアの方ではなく、シールドの方であれば、五枚も重ねれば最上級の攻撃も防げるはずなのだが。
……やっぱまともに打ち合うのは厳しいな。
「ま、いいさ。相手が強けりゃ強いほど、首刈った時の達成感はすげえんだ」
「お前、こんな時まで……まあいいけど」
と、軽口はここまでだ。
ギゼライドが大剣を構え、突進してくる。
「《強化》+《強化》+《強化》+《強化》+《強化》!」
単純強化の五連。ユーのバックアップがなければ、魔力不足でダウンしかねない攻撃。
「ッッッ、オラァ!」
極光と化した槍を、思い切りぶん投げ、十四に分裂させる。
そうして、魔将との二回目の攻防が始まるのだった。
「すっ、げえ」
柵の内側の砲撃部隊。上級の相手は厳しいものの、魔導の腕は確かと認められたアルフレッドはここに所属していた。
魔導を撃ちながらも、この戦場の中心たる魔将とヘンリーたちの戦いを見て……思わず、感嘆の声を上げた。
呆れるほど存在する魔物たちは、騎士や勇士達が防いでおり、ヘンリーたちの方に向かえない。
しかし、なにせ数が違うため、たまにするりと抜け出るものもいる。
……そういった魔物の末路は、一撃だ。
魔将とヘンリー、アゲハの戦いに割り込もうとすれば、頭蓋や心臓を一突きか、首を刈られる。
後衛のユースティティアに向かえば、ヘンリーの投槍の餌食だ。
……勿論、魔将との戦いにおいて、魔物への対処の一撃は致命的な隙で。
空から近付いてきたワイバーンを迎撃したヘンリーは、魔将の攻撃をまともに食らって吹き飛んだ。
「……!? ……!!」
槍で受け、両断とはいかなかったが……遠くのアルフレッドから見ても、腕が変な方向に折れ曲がっているのが見えた。
魔将の攻撃をヘンリーが受けるのは、これで四度目。
……四度。これはもう偶然ではないだろう。
吹き飛んだ方向は、先の三度と同じく、救済の聖女の異名を誇るユースティティアのいる方で。
心得たようにユースティティアはヘンリーに癒やしをかけ、ものの数秒でヘンリーは戦線に復帰した。
『まともに食らってんな、ウスノロ!』
『うるせえ!』
……その数秒。一人で魔将の足止めをしていたアゲハの罵倒と、それに強気に返すヘンリーの声がここまで聞こえてくる。
そうして魔将との戦いが再開する。
今のアルフレッドでは、どうあがいても届かない槍と魔導の冴え。
凄いとは思うが、同時に悔しい。
「魔導三隊! 二時の方向、騎士連中の退避が終わった! 存分に撃て!」
「っ、了解!」
砲撃部隊を指揮しているデリックの指示に、我に返ったアルフレッドは魔導を練り上げる。
「さあ、いくわよ~。《極大化》+《雷》+《槍》+《弾幕》!」
「……《強化》+《倍加》+《雷》+《投射》!」
同じ隊のエミリーと同時に、魔導を撃ち放つ。
アルフレッドは、なるべくエミリーに近い魔導を使うよう心がけていた。祖母の訓練により、エミリーは有効な魔導の取捨選択が上手い。アルフレッドもこの街に来てからその手の判断力は鍛えていたが、まだエミリーには届かない。
……同年代では実力がある方だと思っていたが、同い年のエミリーや、一回りしか違わないヘンリー達を見ると、自信がなくなってしまいそうだった。そのようなことを考えている場合ではないと、わかってはいるのだが。
駄目だ駄目だ、と頭を振り、支給された魔力回復のポーションを一息に飲み干す。
「フレッド! 今の私の魔導、いい感じだったわよね!」
「え? あ、ああ。そうだな」
いきなり言われ、曖昧に同意する。
いや、エミリーの魔導は『いい感じ』とかそういうレベルではないのだが。
「でも、やっぱりまだ魔将に通じるレベルじゃないかな。ヘンリーさん、凄いわね」
エミリーも、魔将とヘンリー達の戦いには注目しているらしい。
「ま、今は届かなくても、すぐに追いついて見せるわ。ねえ、フレッドもそうよね」
当たり前のように言われ、アルフレッドは少しポカンとする。
「……ああ、当たり前だ」
一つ苦笑して、アルフレッドは肯定した。
……中身はともかく、美少女の言葉を否定するのはスペンサー家の男の流儀ではない。
エミリーのあっけらかんとした笑顔に毒気を抜かれた気分で、アルフレッドは顔を上げた。
「デリックさん! 次の魔導、いつでもいけますよ!」
「タイミング図ってんだから大人しく待ってろ!」
勢いのままに発言したアルフレッドは、デリックにそう窘められるのであった。
戦闘シーンをもっとうまく書けるようになりたい。一人称でバトルシーンが上手い小説ってなにかありますかね?




