第百五十一話 会議
サンウェストは王家の直轄領であり、代官が派遣されている。
その代官を議長として、街の運営を預かっているのがサンウェスト市議会だ。
そして、街の中心たる賢者の塔。外敵を討つために駐屯している赤竜騎士団。国教で、柔軟に動かせる戦力――戦神の信徒、冒険者を擁するグランディス教会。
それら、街の重要組織におけるトップクラスの面々が、市議会館にある会議場の一室に集まっていた。勿論、来るかもしれない魔将への対策会議のためだ。
なお、平時の治安維持を担う緑竜騎士団の面々はいない。魔将接近の報で普通の人が混乱しないよう、いつもより巡回を強化しているらしい。
「……さて、時間も惜しい。早速始めるとしよう」
口火を切ったのは、サンウェスト市議会議長。準男爵の地位にあるブロート・リューヘン卿だった。
「ああ。予想だと来るのは明日、明後日って話だが、魔将っていうのは常識の通じない相手だ。早めに対策を練るに越したことはない」
同意したのは、赤竜騎士団サンウェスト支団長ゼラト。副官と思しき女騎士も無言で頷いている。
「そうですな。私としても、学舎の皆が安心して学問に邁進できるよう、助力は惜しみません」
「勿論、教会としても同じ心積もりです」
賢者の塔、現学長ジェレマイア。グランディス教会女司祭サレナ。
の、はず。……やっべ、名前合ってるかな。さっき自己紹介したけど、初めて会う人ばっかで覚えきれてるか自信がない。
「しかし、対策を立てるとは言っても、まずは魔将のことを知らないと。後方にいる我々では、知らないことも多い」
「まったくもって」
……同じく出席している、代表者以外の人に至っては流石にもう名前を覚えていない。
わかるのは、冒険者としての経験もあるということで、賢者の塔からジェレマイア学長と一緒に来ているデリックさんだけだ。
「そうですね。その辺りは……聖女様、お願いできますか?」
「ええ、承りました」
サレナ司祭に促され、ユーはよそ行きの聖女スマイルで応える。
楚々とした雰囲気に『流石は救済の聖女と呼ばれる方だ』みたいな空気が流れるが、正体を知ってると『猫かぶりすげえな』としか思わない。
なお、同じく英雄であるはずのアゲハに話が向けられなかったのは……まあ、知名度の違いである。
「魔将……魔国の将軍のこと、ということは皆さんご存知かと思います。ただし、彼らが率いるのは兵士ではありません。魔物を引き連れる将軍なのです」
「……件の魔将は大英雄と勇者に追い立てられ、一人ほうほうの体で逃げていると聞きました。配下の魔物がいないのであれば、楽に仕留められるのでは?」
「はい。しかし、魔将は……その地の瘴気を利用して、魔物を生み出します」
会議室に小さなざわめきが走る。
このことについて、知らない人も数人いたようだ。まあ、この辺りはあまり喧伝されていないしな。
「生み出す魔物は上級……数は、魔将によっても異なりますが、今回のギゼライドは万全であれば二千は生み出していました。この辺りの瘴気はリーガレオ程ではないので、そこまでの数ではないでしょうが……」
なお、個体としての強さが抜き出ていたジルベルトは一度に三百程度だった。まあ、普通に魔国から魔物を引き連れてくるから、あまり関係はなかったが。
「……最大で上級が二千、ね。そいつはぞっとしない。うちの騎士達が遅れを取るとは思わないが、そんだけの数だと街に入れさせないってのは難しい」
ゼラト団長が苦い顔になる。赤竜騎士団の正騎士であれば、中級上位を一人で討伐できるというのが最低水準。上級でも、二、三人でかかればなんとかなる。しかし、流石に二千もの相手を防げるほどの数はいない。
普通の兵士さんだと、上級を相手にするには専用の装備を揃えてきっちり隊列組んで……それでも犠牲者は避けられないだろう。
「私のところの魔導士も、防衛に回します。なんとか数を減らせれば」
「サンウェスト所属の勇士、二十三名と有志の冒険者もいます。厳しいですが、なんとかなるでしょう」
ジェレマイア学長、サレナ司祭が口々に言う。
「うむ。方針としては遅滞戦術に務め、その間に王都に連絡。転移門でグランエッゼ団長率いる黒竜騎士団に出張ってもらえれば……」
「……すみません、恐らくそれは無理です」
「? なぜですかな、聖女様」
当然の方針を否定され、リューヘン卿が疑問の声を上げる。
「魔将は自分が溜め込んだ瘴気を放出したりすることもできるんです。……この辺り一帯を、転移門が使えないくらいの濃度に一時的にするくらいは可能なはずです」
それをすると、ただでさえ近い『枯渇』が更に早まるが、そうしないと順当に戦力を集中してこっちが勝つ。そのくらいは考えているはずだ。
……しかし、そっちに瘴気を回してくれれば、相当にこちらに有利となる。つくづく思うが、やはり転移門は有用すぎる術式だ。今回は直接は使えないが、間接的にこうして助けになってくれる。
「……私は魔族の将軍の話をしているのか、最上級の魔物の話をしているのか、わからなくなってきたよ」
「最上級程度であれば、私達も苦労はしないのですけれどね」
苦笑しながら言うユーに、ますます会議室の空気が重くなる。
別に脅しているのでもなんでもなく、事実しか言っていないのだが……まあ、出てくる情報が全部この調子ではそうもなるだろう。
その場の雰囲気を変えるように、それで? と赤竜騎士団のゼラト団長がことさらに明るく口を開ける。
「一応うちは情報くらいは仕入れてるから、マァ、大体想定通りじゃああるが。で? その魔将をやる決戦戦力が、英雄お二人さんと」
「あ、ヘンリーです」
「勇士であるヘンリーサン、と」
ゼラト団長が値踏みするようにこちらを見る。
それにつられ、他のお歴々の注目も僕に集まった。
そのうち、何人かはあからさまに訝しげだ。
……いやまあ。街を守るための大事な戦に、どこの馬の骨とも知れない冒険者がズカズカ割り込んできたら、こうもなるだろう。
英雄の肩書はどの街でも問答無用で通じるが、勇士はこの街だけでもさっき二十三人いると言っていた。その実力も、実際のところピンキリだったりする。
時間があれば、こんだけできるんだぜー! って実演してもいいが、そんな無駄な体力を使っていい場面ではないし。
「勇士ヘンリーについては、リーガレオのグランディス教会からのお墨付きがあります。それに、魔将の討伐実績もあり、適任かと……」
「魔将討伐はグランエッゼ団長との共同戦果と聞いているが?」
ゼラト団長の追求が厳しい。一応、僕の味方であるはずのサレナ司祭の言葉を一刀両断にする。
……赤竜騎士団、といえば魔物退治をその任とする王国でも有数の実力者集団。その支団を預かるほどの人からすると、こういった事態であれば当然自分たちの出番だという自負があるのだろう。
実際、ゼラト団長も、その立ち居振る舞いからしてかなりの達人だということはわかる。
(やーい、疑われてやんの)
(やかましい)
隣のアゲハが僕にだけ聞こえるような声で煽ってきて、僕は憮然と返す。
……いや実際、どうしたもんか。僕のせいで対策会議がまとまらないのはぶっちゃけ困る。
「――発言、いいでしょうか」
と、そこで手を上げて発言の許可を求める人がいた。デリックさんだ。
リューヘン卿が一つ頷いてデリックさんを促す。
「偶然ですが、そちらのヘンリーは俺が担当している短期講習の生徒です。講習では実戦形式の訓練を多々実施していて、実力はよく知っています。その上で率直に言いますが……ゼラト、悪いがお前よりヘンリーの方が実力は上だ」
「……デリック」
苦虫を噛み潰したように、ゼラト団長がデリックさんを見る。そして数秒懊悩して、
「……わーった、わーった。デリックが言うんだったら、そうなんだろう。元々教会の推薦を正当な理由もなしに突っぱねられねーんだ。混ぜっ返して悪かったよ。勇士ヘンリーの手腕に期待しよう」
と、からっと笑って言った。
……切り替えが早い。すっげー助かる。やや早すぎる気もするが。
「後、出すタイミングが遅れましたが。こういう事態もあるだろうと、グランエッゼ団長直々の推薦状が」
「……聖女サン、そういうのは最初に出してくれよ。あの大英雄の推薦状があったら、この国の騎士が口挟めるわけねーだろ」
ユーの取り出した書状を見て、ゼラト団長が憮然と返す。
こほん、とこの場の取りまとめ役であるリューヘン卿が咳払いをして、
「ゼラト団長が認めたのであれば、戦いのことは門外漢である私としては異論はない。皆はどうだ?」
各自顔を見合わせるが、声を上げるほどの反論はなかったのか、誰も口を開かない。この中でも一の騎士が態度を軟化させたことで、僕への疑いの目も少し薄まったのだろう。
「では、具体的な対策に移ろう。まず、騎士団の人員の割当について……」
そこからは、実務的な話に終止する。
……大人数の動かし方については詳しくないので、僕とユー、アゲハは時折魔将についての助言をするだけで、会議の時間は過ぎていった。
会議が終了したのは二時間後のことだった。
この後、各組織の重鎮たちは自分たちのところの人員を取りまとめ、作戦を説明する予定となる。
市議会館のトイレに寄って用を足し、会議で凝った肩を解しながら廊下に出てみると、デリックさんとゼラト団長が雑談をしていた。
「お、ヘンリー」
「こんにちは、デリックさん。と、ゼラト団長も」
「おう」
ゼラト団長は鷹揚に頷く。
「お二人、仲良いんですか?」
「ああ。俺はたまに赤竜騎士団のメンツ相手に魔導の臨時講習もやってるからな」
「その絡みで話すようになって、まあたまに呑みに行くくらいの仲だ」
そういう繋がりか。デリックさんは教え上手だしそういうこともあるのだろう。
……っと、そうだ。
「デリックさん、さっきは助け舟ありがとうございます。……ゼラト団長の前で言うのもなんですが」
そのことか、とデリックさんは嘆息した。そうして周囲を見渡して、誰もいないことを確認? する。
……? なんか変な反応だな。
「ヘンリー、さっきのあれはゼラトの仕込みだよ。俺はこいつに言われたように言っただけだ。つーか、実際のところ、お前とゼラトは大体五分だ。周りとの連携考えりゃ、こいつが出たほうがいいと俺は思ってたんだが」
「え?」
……意外、を通り越して訳がわからない。
まさか支団長にまで上り詰めた騎士が臆病風に吹かれたわけでもないだろうし。
「タイマンなら負ける気はねえけどな。……あの聖女の援護を受けたお前さんには敵わねえよ」
「あれ、なんでそのことを」
ユーの強化魔導の件は別に隠しているわけでもないが、それほど有名な話でもない。ユーは治癒士としての名声が高すぎて、冒険での活躍はあまり知られていないのだ。
「一時期、俺はリーガレオに応援に行ってたことがあってな。……マァ、魔将と戦う勇士の姿を、たまたま見たことがある、と。それだけの話だ」
……そういえば、あの大一番の時、どこか別の街に駐留する騎士団の一部が応援に来ていたという話は聞いたような気がする。
「それは、なんていうか。どうも、ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃねえよ。そっちの方が、勝率が高いからだ」
それでも、スムーズに話が進んだのはこの人のおかげだ。
「……あ、でもグランエッゼ団長の推薦状の件は本音だぞ。あれがありゃ、あんな茶番はいらなかったんだから。聖女サンにはよく言っといてくれよ」
あ、そうですか。
……しかし、本当に大英雄の名声は流石なんだな。普段のあのオッサンの言動を知っていれば本当になぜなのかという気がするが。
なんて首をひねりつつ、僕はゼラト団長たちと別れるのだった。
そして翌日。お昼時の少し前の時間帯。
――サンウェスト周囲を、極大の濃度の瘴気が覆った。
新しい名前出過ぎな感はありますが、やはりこういう話を挟まないとちょっと不自然なので。




