第百五十話 魔将
サンウェストのグランディス教会の二階の酒場。
前評判通り、料理も酒も美味くて、僕たちは盛り上がった。あまり酒を呑んだことがないというエミリーは、ペース配分をミスって呑みすぎ、
『ここから私の冒険者ロードが始まるのよ! みんな、刮目して見ていなさい!』
……などと椅子の上に立って宣言していた。
まあ、酒場にいるのは酔っ払いばかり。エミリーの啖呵は大いに受け、皆さん囃し立てていた。
なお、本日のエミリーのスカートは短めで、隣に座ってた僕からはちらっと中が見えちゃったり。ラッキーだった。
――なんて、表情には出していなかったはずなのに、シリルに思い切り頬を引っ張られた。……仕方ないやん、男ですもの。
ともあれ。
エミリーが冒険者になった祝いも兼ねた宴席も終わり。泥酔したエミリーはフレッドに任せ、僕の方はもう一人ぐでんぐでんに酔っ払ったやつと共に、家路についていた。
「あははー! ヘンリー、アゲハ。もう一軒行きましょう、もう一軒」
「行かん。帰るぞ」
……肩を貸してやっている僕に遠慮なく体重を預けながら、ユーの馬鹿が陽気に笑う。
昼から呑み始めたから、まだ夕方だ。何事かと道行く人が振り向くが、僕たちがつけている冒険者のタグをみて『……ああ』と納得している。
……酒好きの戦神の信徒として、実に恥ずかしくない有様というわけだ。
「ユーさん、大丈夫ですか?」
「んんー? シリルさん、大丈夫ですよぉ。いや、久し振りのお酒は美味しかったですねえ。……だーかーらー、シリルさんもどうです? 次のお店」
うぜえ! とっとと宿に放り込もう。
「アゲハ。お前とユー、どこの宿だ」
僕がユーに非常に苦労しているのをよそ目に、鼻歌を歌いながら歩いているアゲハに問いただす。
「アタシたち、今日着いたところだからまだ宿は取ってない。お前が取ってるトコでいいよ。部屋空いてそう?」
……あ、そうか。僕とシリルが家借りてんの、こいつら知らないのか。酒の席でも話題にならなかったし。
どう誤魔化したものかと悩んでいると、ユーに絡まれてるシリルがさも名案とばかりに口を開いた。
「それなら。おうちにご招待しますので、いかがでしょう。ユーさんも、別のお店に行くより、うちで呑みません? ヘンリーさんが買ったお酒がまだありましたし、おつまみ作りますから」
あ、馬鹿。
「おうち……? シリルさん、宿ではなく借家暮らしなんですか」
「はい。ヘンリーさんと二人暮らしで」
「なんだと!?」
普段の猫かぶりはどこへやら。ばっ、とユーがこちらに振り向く。
数秒僕の顔を見て、もう一度シリルの方へ。そして、再度僕を見て……ニマ~~、と笑った。いや、フードで顔隠してるから表情もよく見えないんだが、絶対そうなってる。
「へえ、ほお、ふーん。それはそれは、なんともいいことを聞きました。おらー、ヘンリー、シリルさんとどこまでいったか吐けー!」
捨てて帰っていいかなこの酔っぱらい!?
「……アゲハ、僕の代わりにユーに肩貸してやってくんね?」
「ヤダ。アタシはか弱い乙女だぞ。女とはいえ、人一人担ぐなんて荷が重い」
なにを寝言言ってるんだ、この英雄は。
いや、面倒だから適当に断ってるだけなのはわかってるが、いくらなんでもその言い訳は苦しすぎるぞ。てめえオーガブン投げたりできるだろ。
流石にシリルに押し付けるわけにもいかんし……仕方ない。僕はぎゃあぎゃあと騒ぐユーをなんとかあしらいながら、家の方角に向かう。
まあ、うちと賢者の塔は近く、賢者の塔と教会も近かった。いくらもしないうちに到着する。
「へえ、ここか。いい家住んでんな。高いだろ」
「実は、リオルさんの家らしくてな。色々あって、安く借りてる」
「リオルのじっさまのかー」
アゲハはリオルさんをじっさまと呼ぶ。見た目はエルフだから若いが、年齢的にはもう爺さんなので。
シリルが鍵を開けて、二人を招く。
「はい、いらっしゃい、ユーさん、アゲハさん」
「お邪魔ー」
「二人の愛の巣に突入ー」
愛の巣って、ユー、お前……
救済の聖女(笑)の語彙に僕は戦慄を抱く。お前、そんな言葉実際に口に出すとか、恥ずかしくねえの?
とか思っているのは僕だけだったのか、
「愛の巣ですかー。まあ、そんなところですかね!」
「ヒューヒュー」
「いやー」
いかん、なんかシリルが共鳴している!?
「ほ、ほら。玄関でごちゃごちゃしてないで、さっさと入るぞ」
僕は強制的に話題を打ち切って、家に入る。
リビングのソファにユーを座らせ、はあ、とようやく一息ついた。
周りの目がなくなったから、ようやっとフードを脱いで、ユーはぱたぱたと手で風を扇いでいる。
「あ、ヘンリーヘンリー?」
「はあ……酒だったな。ちょっと待ってろ」
物欲しそうな目を向けてくるユーに、ため息をついて返す。
「あ、おつまみも作りますね」
「シリル、気を付けろよ。お前も少し呑んでんだから」
「はーい」
まあ、シリルは度数の低い果実酒を二杯呑んだくらいだから平気だろうが。
万が一、包丁で指を切ったりしたところで、そのくらい鼻歌交じりで治すやつがここにいるし。
「どうせならいいやつ呑ませてくださーい」
「アタシはジュースでいいぞ、ジュースで」
まあ、この様子からはそんな凄腕だとはとても思えんがな!
ったく、と僕は呆れながら、棚から酒瓶を取り出す。
「いいのなんてないけど。とりあえずこれな」
「……んー、ウィスキーですか。ヘンリー、お酒の趣味変わりました? エール派だったのに」
「今もエールは大好きだけど、こっちも好きになったんだよ」
さて、グラスを取って……と思ってたら、シリルが素早く運んできていた。
「グラスと氷どうぞー。後、作りおきのレバーパテとクラッカーが残ってたので持ってきました。料理できるまでこちらつまんでてください」
「シリル、アタシのジュースは?」
「ジュースはちょっとないです。牛乳ならありますが」
それでいいや、とアゲハは言って、ぐいー、と背を伸ばす。
「ほい、ユー」
「どうもどうも。あ、私も酌しますよ」
ユーのグラスにウィスキーを注ぎ、僕も受ける。
「はい、かんぱーい」
「乾杯」
ぐ、と琥珀色の液体を呑む。
強い酒精が喉を焼き、複雑な味わいが舌に残った。
そこで、シリルが用意してくれたレバーパテをクラッカーに乗せて齧る。
……うん、いい味だ。なんか最近、シリルは作り置きにハマってて、このレバーパテも何度かの試行錯誤の末、混ぜ込むハーブの分量とかを決めたらしい。
「美味しいですねえ。シリルさん、料理上手でいいなあ。……で、で? ヘンリー。シリルさんとどこまでいったか、聞かせてくださーい」
「話す気はない」
しっし、と手を振って、断る。
「えー、いいじゃないですかー」
「しつこいな」
ぴしゃり、と断言して、話す気はありませんモードを決め込む。
「むう」
ようやく諦めたのか、ユーは口を尖らせて、グラスを煽った。
……まあ、僕もシリルも成人してるし。ここに来て、もう二ヶ月過ぎてるし。その、なんだ。
ぜってーユーにはバレたくねえ!
「んー、仕方ない。シリルさんの方から聞いてみましょう」
「……勝手にしろ」
さ、流石にシリルも、この件に関して口を滑らせたりは……滑らせ……滑…………後で口止めしとこう。
「さ、なら、この街でのこととか話してくださいよ」
「まあ、それなら」
適当に、話を聞かせる。
……シリルの手製のつまみも出来上がり、僕たちはこの後も大いに呑み明かすのだった。
翌朝。
サンウェストの議会とグランディス教会より、魔将接近の可能性がある旨の布告が出された。
とはいえ、魔将なんて現実感のない存在が来ると聞かされても、普通の人はピンと来ないらしく、パニックにはならなかった。
……リーガレオに一番近い大都市、サウスガイアであればもうちょっと反応も違うだろうが、後方ならこんなもんだろう。危機感がないのは困りものだが、冷静に行動してくれるのであればこちらとしてもやりやすい。
「つーわけでだ。僕とユー、アゲハは魔将を相手取ることになる」
ようやく情報が公開されたので、僕はシリルに説明をした。
「そうなんですか。……魔将って強いんです?」
「個体差はあるけど、最上級を鼻で笑える程度には。……実際どうなんだ、ユー。今回の、ギゼライドってのは」
起き抜けは二日酔いでひでえ顔だったが、『クリア・ドランク』の魔導で一息で復帰したユーに話を振る。……やっぱあの魔導羨ましいなあ。
「そうですね。ヘンリーがやったジルベルトとアゲハがやったバゼラルドの中間くらい、ですかね。エッゼさんの話によると」
「後、魔導とかはあんま使わない、純近接タイプ。ガタイもでかいぞ」
ユーの話をアゲハが補足する。
「……それで、負傷してて、瘴気の薄い後方で、僕たち三人プラス四方都市の騎士団と冒険者、ね」
「まあ、分は悪くないかと。というか、ここを落とされたら魔導士の練度が落ちてしまうので、死守です、死守。私が死なせませんが」
そこは信頼している。……が、やっぱ英雄上位陣がいないのはちょっと心許ない。
まあ、エッゼさんが王都、ロッテさんがイストファレア。広範囲を攻撃できるリオルさんと、単騎最強の勇者さんは次の魔将の対応のためにリーガレオを離れられない、と。
……やるしかないか。
「? 瘴気って、なんで瘴気が関係するんです?」
ふと、僕の言葉に違和感を覚えたらしく、シリルが疑問を口にする。
……そういや、当たり前だけどシリルは知らないか。
「まあ、リーガレオじゃ公然の秘密だし、後方でもちょっと事情通なら知ってることだけど。シリル、今から話すことはあんま言い触らすなよ」
「は、はい。なんです? 脅かさないでくださいね」
脅すつもりはないが。
「魔将って、瘴気の薄いとこじゃロクに活動できないんだ。最初に倒した魔将は、色々あって瘴気の薄いサウスガイア辺りまで追い詰めて倒したんだが、とどめを刺す前に『枯渇』して死んだらしい」
僕も駆け出しに毛が生えた頃の話だから、噂でしか知らないが。
「魔将が複数同時に出てこないのも、瘴気を食い合って全力が出せないから、ってのが定説でな」
「そ、そうなんですか? 魔族って、そういう種族でしたっけ」
んなわけはない。確かに数が少ない代わりに単体としての強さは純人種を突き放していたが、瘴気がないと生きていけないとかそんな制限がある種族ではない。
……どっちかっつーと、上級の魔物たちの制限だ。
なお、更なる状況証拠として。……魔軍の攻勢で滅んだ小国は、事前に夥しい量の瘴気が流し込まれていた。
「ちなみに、もっと言うとだ。昔の魔国の軍を知ってる人でも、魔将を名乗る連中のことは誰一人知らないらしい」
そして。
「ちなみに、倒すとグランディス教の功績点がもらえる。……どういうことだろうな?」
勿論、魔族を殺しても、通常功績点なんてもらえない。そんな人殺しを推奨するような仕組みではない……はずだ。
考えようと思えば、いくつでも憶測は出来る。
むむむ、と難しい顔になっているシリルを見ながら、僕も何度目かの疑問を抱くのであった。
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